尖閣問題と日中関係

2004.04.05

*この文章は、朝日新聞のインタビューに答えた内容を、同社の記者が原稿の形にまとめ、私が若干手直ししたものです。最終的に字句調整で更に若干修正されたものが、2004年4月2日に同紙の「私の視点」欄に掲載されました。ここでは、その最終調整前のものを載せることにします。(2004年4月5日記)

 尖閣諸島・魚釣島に中国人活動家7人が上陸した事件は、逮捕を経て強制送還の措置がとられた。上陸事件の背景に、中国で対日感情が悪化している状況があることを厳しく指摘したい。

小泉首相がA級戦犯を合祀する靖国参拝を続けることが最大の問題だが、これに旧日本軍の毒ガスによる死傷事故事件(チチハル)、日本人留学生の心ない寸劇事件(西安)、集団買春事件(珠海)などが加わった。日本人は関連のない出来事が偶然に重なったと捉えがちだが、中国人は日本(人)の対中認識の反映として結びつけて考える。こうした認識のギャップを埋める私たちの自覚的努力が緊急の課題と考える。

中国の指導者たちは、日中戦争で味わった深刻な国民的体験にもかかわらず、対日政策を抑制的に営み、国民の暴走を抑えてきた。ところが改革開放が進み、いまや私たちが考える以上に国民感情を配慮する政策運営を迫られている。中国政府が活動家の身柄拘束に厳しく抗議し、対日デモが起こったのは、民間の対日ナショナリズムの激発を抑えきれなくなっている現れとも解される。

日本が実効支配している尖閣に上陸したのだから、不法入国で身柄拘束したのは、日本としては当然の措置だった。だが、強制退去以上の強硬な措置をとっていたならば、日中関係がどこまで悪化したか分からない。日本政府内で最終的に危機意識が働いたのは不幸中の幸いだった。

日本は今後、日中双方の民間による尖閣上陸を阻止し、類似事件の再発を防ぐべきだ。私は、一部中国人の感情的行動はともかく、中国側が日中関係を損なわない努力を払うことを確信する。日中関係を重視する戦略的考慮が対日政策の中心に座っているからだ。したがって日本としても、尖閣に関しては、実効支配を維持しながら中国との関係を損なう事態を避けることで、問題が風化する方向にもっていく対応が重要になる。

領土問題は国民感情に直結するだけに、冷静な対処が難しい。尖閣問題は、常に日中間の火種となりうる。火種は未然に防ぐに限る。だからこそ故訒小平氏は、この問題を後世の知恵にゆだねたいと、棚上げを提案したのだ。その英知を大切にすることだ。

どうしても領有権問題の法的決着をつけたいというのなら、国際司法裁判所(ICJ)の判断を仰ぐことも考えられる。しかし、法律的に白黒をつけても、領土問題をめぐる民族感情が収まるものではないことは、日中双方で変わりはない。

それよりも、尖閣付近の石油資源を共同開発するというプラス思考はどうだろうか。排他的経済水域(EEZ)の線引き問題を意識しないですむような、周辺海域一帯での日中共同開発を通じ、双方が相互信頼を積み重ねていくことが賢明だ。

とにかく、尖閣問題で日中関係全体を悪化させてはいけない。衆院安全保障委員会で尖閣を固有の領土と確認する決議が可決されたが、国会議員には大局を見据える戦略的見識を持ってほしい。感情に任せた反応は小人のすることで、「大国日本」の政治家には、国際的な文脈で物事を判断するだけのスケールがほしい。

根本的には、日本の対米追随を前提にする限り、日中関係は、米国・日本の対中国・台湾政策次第で左右される。米国(したがって日本)が中国を友好国と見るかライバルと見るか、また、台湾問題でどのような姿勢をとるかによって、日中関係は翻弄され、戦争に直面する危険性すらある。近年の米台・日台関係の推移から判断すれば、中国側が対日警戒感を深めていることは間違いない。それだけに日中間の信頼醸成が必要であり、そのためにも、尖閣問題に関しては、冷静に対応することで相互信頼醸成の材料の一つとしてほしい。

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