イラクをめぐる情勢と日本の立場

2003.03.11

イラク情勢が緊迫の度を強めています。私たちの視点はどうあるべきか考えてみました。

1,イラクをめぐる情勢の現状と問題点

(1)安保理決議1441

現在の緊張と混迷を生んでいる直接の原因は、安保理決議1441にあるといえるでしょう。つまり、安保理では決してまれではない同床異夢の内容の決議が今回も採択されたことがその後の事態に深刻な影響を及ぼすことになりました。具体的には、この決議プラス査察の結果如何によって最終的にイラクに対する武力行使ができる、と解釈したアメリカと、この決議はイラク問題解決のための査察を徹底的に行うことに主眼があり、決して武力行使を容認したものではないとするフランス以下の国々との間で、査察の位置づけをめぐって深刻な対立を生み出しました。

後述するように、アメリカはいざとなれば、安保理決議の有無にかかわらず、イラクに対して武力行使することを明らかにしていますが、これまた後述するように、そうすることはアメリカの無法性を際だたせることになるので、できれば、安保理決議のお墨付きを得た「合法的」な武力行使であると主張できる方が問題は少ないと考えているのです。

査察を担当したブリックスは、査察には数週間あるいは数年という単位ではなく、「数ヶ月」かかるという報告をしました。これを受けてフランスをはじめとする国々は査察継続を主張しています。ところがアメリカなどは、「17日」という極端に短い期限をつけたいわば最後通告の内容の決議1441に関する修正決議案を提出しました。この修正決議案の採択をめぐって、ギリギリの攻防が続いているというわけです。

(2)査察を内容とする制裁措置の評価の違い

アメリカなどは、過去10年以上にわたってイラクに対する査察を内容とする制裁決議をくり返し行ってきたけれども、らちが明かないことは今や明らかだから、武力行使に踏み切るべきだという強硬な判断に立っています。これに対してフランスなどは、従来の経緯はともかく、今回は査察が効果を上げていると認識し、したがって、さらに査察に時間をかけるべきであり、武力行使はあくまで最後の手段として考えるべきである、と主張しています。

査察を含めた制裁措置が効果を上げるまでにはかなりの時間がかかるということは、これまでの国連における経緯・実績に照らしても、自明のことです。はじめから武力行使を前提として強引に物事を進めようとするアメリカが、査察を武力行使正当化のための手続きとしか考えていないのは、きわめて重大かつ深刻な問題です。アメリカにとっては、安保理のお墨付きを得て自らの武力行使を正当化すること以外には眼中にないのです。それに対してフランスなどの主張は、いろいろ取りざたされているその真意はともかくとして、客観的に見て、人道的(及び経済的)に多大な被害を伴わずにはすまない武力行使はやむを得ない最後の手段としてのみ位置づけている国連憲章の趣旨からいって、十分な正当性を持っていることを認めるべきでしょう。

(3)安保理決議(及び国連)の位置づけ

査察継続か武力行使か、という点に焦点が集まってしまって忘れられている観がありますが、安保理決議については重要な問題があることを忘れるわけにはいきません。それは、安保理決議はいかなる場合にも絶対に正しいか、という問題です。

私たちは、その点に関して、アフガニスタンに対するアメリカの武力行使を容認した決議1368において、苦い経験を味わっています。アフガニスタンに対するアメリカ以下の武力行使を個別的または集団的自衛権の行使だとした決議1368は、安保理ひいては国連事務総長を含む国連という存在がいついかなる場合においても不可謬(間違い・誤りを犯すはずがないこと)であると想定することの危険性を明らかにしました。

問題は、安保理決議が5大国主導の権力政治の所産でもあるという点に根本的な原因があります。端的に言って、美辞麗句の陰で演じられる安保理での審議は、各国の利害打算によって色濃く影響されることが多いという事実を、私たちは今回の問題を眺めるに当たっても片時も忘れるわけにはいきません。冒頭に述べたように、決議1441が同床異夢の産物であったということも、この権力政治の働きと無縁ではなかったことのあらわれでもあるのです。

(4)国際世論対ブッシュ政権の構図

フランスなどの政権が腹の底では何を考えているかということはともかく、あくまでアメリカの行動に「待った」をかけようとする姿勢は、急速に盛り上がりを見せてきた国際世論の後押しを抜きにしては考えられません。2月16日から17日にかけて行われた戦争反対デモは、世界各地で1000万人規模にふくれ上ったのです。それに呼応するように、アメリカ国内でも急速に反戦の声が盛り上がっています。

このような動きは、アメリカの強引を極める動きに危機感を深める世論が急速に結集を示したものとしか理解できません。日本の新聞では、なぜか安保理を舞台にしたアメリカとフランスの対立というように、現在の戦いの姿を矮小化して描くことに熱心ですが、それは本質を見誤っているというほかありません。そのことは、フランスの要人の発言(「我々は国際世論を代表している」)にも明らかに反映されています。

2.ブッシュ政権の国際情勢認識と特異な世界戦略

この問題については、これまでもコラムの中で度々論じたことですので、ここでは重複を避けます。簡単に要点だけを言えば、ブッシュ政権はきわめてアメリカ本位のユニラテラリズム(1国主義)を特徴としていること、軍事戦略ではラムズフェルド国防長官が打ち出した能力立脚型戦略にたって従来の戦略の見直しを進めてきたこと、9.11事件はその戦略に「恐怖という顔のない脅威」(お化け)あるいは非対称的脅威という異常な脅威認識を付け加えることに使われたこと、その系としてアメリカにたてつく国家で大量破壊兵器を開発する能力を持つもの、その典型がイラク、を「ごろつき国家」あるいは「悪の枢軸」として位置づけたこと等をあげることができます。

しかし、私はブッシュの異常性を過小評価してきたことに最近ある本を読んで気づかされました。著名な記者で数々のアメリカ政治の内幕ものを出してきたボブ・ウッドワードの『ブッシュの戦争』(日本経済新聞社)がそれです。

ブッシュは、自分の仕事と責任についてこう語っているのです。「この仕事には、——未来像のたぐいが大事だ」と。ウッドワードは、この言葉を紹介した後で、次のような解説を付け加えています。

「ブッシュの未来像は、明らかに世界を作り直すという野望が含まれており、人々の窮状を減らし、平和をもたらすには、先制攻撃と、必要とあれば1国のみの行動も辞さないという考えがそこにあった。」(p.452)

そのブッシュは、ウッドワードに対し、「私は教科書どおりにやる人間ではない、直感で動く人間なんだ」(p.453)とくり返し口にした、というのです。

これらの発言及びウッドワードの観察は、アフガニスタンで予想外(この本を読むと、ブッシュ政権が如何に計算のつかない戦争をアフガニスタンで行っていたかが分かります)の勝利を収めたブッシュのおごりと高ぶりとを如実に表しています。要するにブッシュは、アメリカの言うとおりになる世界を軍事力で作り出すことを本気で考えているということです。ここまで来ると、もはや狂信者の域に入っているといってもいいでしょう。それが今の対イラク戦争という形で現れていることは間違いありません。私は、あきれるよりも、むしろ本当に背筋が寒くなる思いがしました。ブッシュのアメリカは、本当に「狂」の世界に入り込んでいます。

3.今後の展望

(1)今後の展望を予想することはきわめて困難ですし、あまり意味のあることでもありません。いま重要なことは、とにかくアメリカが武力行使に踏み切ることを押さえ込むために全力を尽くすということでしょう。この15日には再び世界規模で戦争反対のデモを行うことが計画されています。ブッシュとしては、内外の世論によって封鎖される前になんとか、ということでしょうが、私たちの側からすれば、なんとしてでもアメリカの暴走を制止するという1点で世論を糾合させること以外にありません。喩えていうならば、ブッシュ政権対国際世論のがっぷり四つにくんだ力比べなのです。

(2)ブッシュ政権の思い通りにことが進めば、国際社会が営々として築き上げてきた国際関係の大原則が崩壊する崖っぷちに立たされることは明らかです。国連憲章は、武力行使を、二つのケースをのぞき、いかなる場合においても禁じています。アメリカの武力行使は、国連憲章で認めている二つのケース(自衛権行使と集団的措置)のいずれにも当たりません。ある国家の特定の政権を外国が武力によって打倒することは、国連憲章の定める原則と目的に根本から衝突します。私たちは、私たちの戦いが歴史的に築き上げられてきた国際社会の大原則を守り抜くための非常に重要な意義を有するものであることに、確固とした認識と自覚を深めることが必要です。

(3)私たちはまた、アメリカ・ブッシュ政権の野望を封じ込めることを通じて、国際関係において権力政治がまかり通ってきた状況を変えていく、という歴史的展望を持つことも求められています。当面の現実的な問題としては、大国だけが国連安保理において世界を支配するということはもはや許されないのだ、ということを思い知らせるということでもあります。

人権と民主主義こそは人類の歴史を通じて人民が勝ち取ってきた普遍的な価値です。国連憲章は、この普遍的な価値を国際社会においても実現することを大きな目標として掲げました。現実の国連は、大国による支配を許しやすいようにつくられたという問題を抱えています。私たちは、アメリカ・ブッシュ政権の行動を掣肘することを通じて、国連のあるべき姿に重要な一石を投じることを通じて、国際関係における普遍的な価値の実現に向けても大きな一歩を刻むことができるのです。

4.日本の立場

(1)小泉首相以下の政府・与党は、ひたすらアメリカを支持することに汲々としています。本当に恥ずかしい愚かな行動です。そこには、いささかの見識もありませんし、私が指摘したような国際関係の在り方、人類の歴史的な進歩に竿を差す行動に終始しているのです。

(2)しかし国民の意識は急速に高まってきています。新聞の世論調査によっても、アメリカの対イラク攻撃に対する反対は6割を超えています。また、小泉政権のアメリカ追随に対する批判という点でも、国民の5割以上が反対しているのです。こうした現実を踏まえざるを得なくなったのでしょう。いわゆるマスコミもこうした世論の動きを無視できなくなりつつあります。国内の戦いも決して悲観するには及びません。

(3)小泉首相以下の政府・与党が、国内世論を無視してアメリカに忠誠を示そうとしている背景には、今国会で彼らが成立を目指す有事法制に対する考慮が働いていることも見逃すことはできません。中東におけるイラクに対応するのは、アジアにおいては北朝鮮(そして中国)です。アメリカの対イラク攻撃が「成功」すれば、彼らが有事法制を進める宣伝材料も増えるというわけです。北朝鮮を批判するマスコミ(特にテレビ)の大々的なキャンペーンは、イラクを集中的に攻撃するアメリカの宣伝攻勢の構図と酷似しています。私たちは、政府・与党の側に潜むこうした計算づくの行動に対しても、しっかりした批判の目を養うことが求められています。

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