日中関係展望

2002.12.21

*私が雑誌『中国語』(内山書店)に寄稿し始めてから13年が経ったと編集者から教えられました。そしてこの寄稿も同雑誌の2003年3月号をもって完結することとなりました。中国の指導部が一新され、日中関係にも大きな動きが予見されるなかで、これから見ていかなければならない中国問題や日中関係に関する問題はさらに増加すると思われるので、一抹の寂しさを覚えます。最終回ということで、そういう問題に関する私の思いを記しておくこととしたい、と思ってしたためました(2002年12月21日記)。

1.中国指導部の若返り

中国共産党の指導部が大幅に若返った。来春開かれる全国人民代表大会では、全人代と国務院の人事も大幅に刷新されることになるだろう。社会主義国家における人事がかくもスムーズにしかも法的手続きに従う形で順調に行われることは、改革開放政策に乗り出して20年余になる中国の政治的成熟と安定を象徴する出来事である。新指導部の政治的力量と手腕は未知数という評価は速やかには消えないだろうが、新たに党指導部を構成することとなった人々は、すでにこれまで各分野で重要な職責を担って実績を上げてきたことが実証されている。私としては、この新指導部の力量については不安を感じない。

2.中国の国内環境

しかし、中国の国内環境は決して平坦なものではない。新指導部が直面するのは、WTO加盟の移行期に対処を迫られる諸課題である。過酷な対外競争に直面する国有企業の改革、深刻な不良債権を抱え、しかも外資銀行の参入を迎え撃たなければならない銀行の建て直し、様々な産業・行政を直撃する市場原理による合理化・淘汰を迫る荒波、膨大な人口圧力、そこから派生する就業・雇用問題、外国農産物との価格競争に直面する中国農業の諸課題、貧富の格差拡大に直面する地域間格差、西部大開発事業の至難さ、進行する環境汚染・破壊、西部を中心とした砂漠化の進行、中国北部における水資源の枯渇化、等々。数え上げだしたらきりがない課題の数々がそこにある。

3.中国の国際環境

中国の国際環境も平穏無事と言うにはほど遠いものがある。何よりも大きいのは台湾問題を軸とした対米関係であろう。アメリカ・ブッシュ政権下の米中関係は、表面的には、テロ対策に関する中国との協調によって政権発足当時の緊張を脱したかのようにみえる。

しかし、ブッシュ政権の「悪の枢軸」論の根底に中国が座っていると見ることは決して的はずれの見方とはいえない。アメリカ中心主義をひた走るブッシュ政権にとり、社会主義を標榜し、覇権主義・強権政治(その指すものはアメリカであることは見やすい道理である)を批判し、国際政治においてあくまで自主独立性を重視する中国の存在は、いわゆる「非対称的脅威」の最たるものである。

そんなブッシュ政権にとっては、台湾問題において中国の要求をのむことはおろか、いささかの妥協を行うことすら、およそ考えられないことである。もちろん、ブッシュ政権が台湾の独立を画策しているとまで考えるのは行き過ぎであろう。ブッシュ政権にとっての最善策は、あくまで現状維持であることは明らかである。

また、中台関係の成り行きも、時がたてばたつほど、台湾の独立にとって不利な条件が増加することも見やすい道理である。すでに中国との経済関係を抜きにしては語ることのできない台湾経済の実態がある。時間はあくまで中国に有利である。

しかし、台湾島内における独立をめざす動きを軽視することはできない。そしてそのような動きを支持する米日両国の国内の動きはきわめて要注意である。いわゆる対テロ戦争以来暴走を始めたアメリカの戦争マシーンは、対イラク戦争の帰趨如何によってはさらに暴走を加速しかねない破壊的エネルギーを秘めている。

もとより中国市場が提供する経済的魅力は、アメリカとしても無関心ではいられない。中国のWTO加盟を国際資本主義経済の中に中国を取り込むための誘因として利用したい気持ちは、アメリカ側に強いであろう。かつてのソ連がそうであったように、経済的内部崩壊を通じて資本主義世界に屈する中国を実現することは、アメリカの対中政策の不可分の一部を構成していることは間違いのないところであろう。

中国の新指導部は、もとよりそのようなアメリカの動きに対して無関心ではあり得ないだろう。アメリカが着々と進める戦域ミサイル防衛配備計画が、中国が排除しない台湾の武力解放に対抗する意味を持っていることは、言うならば常識である。中国が台湾に圧力をかけられる唯一の戦力がミサイルであることを考えれば、そのミサイルを無害化させることに主眼をおく戦域ミサイル防衛の主眼の少なくとも一つが、中国を標的にしていることは明らかだからである。

WTO加盟問題に寄せるアメリカの上記の考え方に対しても、中国指導部が無知であるとは考えられない。中国指導部としては、WTO加盟によってもたらされる利益を十二分に享受しながら、そのもたらすマイナス的影響を最小限度に食い止めることに全力を注ぐ構えであろう。そのような施策が奏功するかどうかについては、WTO加盟過渡期に当たる今後8年間の動きを見守る以外にない。

4.日本の対中国政策

日本の対中国政策は、以上に述べたアメリカの対中政策によって大きく規定されていると言って過言ではない。およそ戦略的発想に不慣れな(無縁と言うべきか)日本の対中政策に一貫性を求める方が無理だろう。軍事戦略の面ではアメリカが指図する方向に盲目的に従いつつ、経済面では90年代以来の不況の重圧から脱するために中国に対する傾斜を強める日本は、言うならばアメリカと中国の間で方向性を見失ったまま漂流している船にたとえることができる。

しかし、そのような日本の対中政策こそが明治維新以来の対中政策の踏襲であるともいえるのである。日本が中国を対外政策の中における一つの重要な要素として意識的に据え付けた歴史を私は知らない。戦前の中国が分裂していた時代には、底なし沼に引きずり込まれるごとく侵略戦争への道をたどっていったのが日本であった。戦後になると、アメリカという強烈な自己主張する国家の対中政策に引きずり回されるがままに中国と接してきたのが今の日本である。アメリカの許容範囲のなかでのみ中国との間での経済的利益を追求することに汲々とする日本のどこにも一片の主体性も見て取ることはできない。

しかもその日本には、中国に対する古くからの畏敬と蔑視のない交ぜになった感情の存在がある。その感情は、時に度を超した親中感情として自己表現することもあるが、他の場合には近親憎悪にも似た激しい敵意とライバル心の固まりとなって噴出する。この感情がアメリカの対中政策への迎合への度合いを時には弱め、時には強める方向で働くのだ。

5.中国の対日政策

中国の対日政策の基本は、改革開放政策の導入以来、とくに1982年の党大会における胡耀邦報告以来、基本的に一貫していると言って良い。その基本は、アジアの2大国である日中両国が長期にわたる友好関係を築くことによって、アジアひいては世界における平和と繁栄の基礎となるというものである。この政策は、日本の側にそれに応える積極的な対中政策が常に不在であることによって、今日まで成果を上げるに至っていない。むしろ現実には、日本側の無責任かつ無節操な対応が、中国の積極的な対日アプローチを不可能にし、関係強化を目指す様々なシグナルを無意味にする状況が続いてきた。

近年においてはむしろ、アメリカの対中政策に積極的に連動しようとする日本、そしてことさらに中国を刺激する日本政界の動きに対して、中国側の対日警戒感の高まりが見られる。具体的な事例には事欠かないが、とくに中国側が神経をとがらせているのは、新ガイドラインに基づく日米軍事同盟体制の変質強化の動きである。日本国内では対北朝鮮警戒感の高まりを口実に進められてきた新ガイドライン安保の変質強化が中国に対して向けられている内実は、中国側においては正確に理解、認識されている。その中には、近年の日台関係をめぐる動きも明確に含まれているのである。

(終わりに)

以上に見てきたように、中国情勢、中米関係、日中関係のいずれをとっても、今後の展開には予断を許さない要素が多いことが知られる。私たち日本人に必要なことは、「同文同種」「一衣帯水」などの標語的な形容詞に惑わされるのではなく、中国側の日本に対する期待を込めた関係改善の願望に正面から応えることであろう。そのためには、戦後日本外交のくびきになってきたアメリカの圧力から日本自身を解き放つことが喫緊の課題であることが理解されなければならないと思う。

RSS