江沢民のアメリカ訪問

2002.10.30

*2002年10月に行われた江沢民の訪米は、短期間なものではありましたが、米中関係のトゲともいうべき台湾問題、国際問題で焦点となっているイラク問題及び挑戦問題をめぐって、米中首脳が行った会談内容は注目されるものがありました。ここにその内容をコメントを加えながら紹介しておきます(2002年10月30日記)。

 2002年9月22日から25日までの4日間、中国の江沢民国家主席はアメリカを訪問した。イラク問題、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題、さらには中国にとっての最大の関心事である台湾問題という重大な問題が存在するなかで行われた訪問であり、その帰趨には大きな関心が寄せられた。結論から言えば、引退直前の江沢民にブッシュが一定の敬意を表して、多くの懸案について話し合ったが、重要な意見の懸隔がある問題については、双方が自分の見解を述べあうことに終始したという印象が強い訪問だった。ただし、江沢民が台湾問題について力点をおいたことが強い印象を残した。

1.訪問の背景及び概要

今回の江沢民の訪米は、メキシコ(ロスカボス)で行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に江沢民が出席する機会に、ブッシュ大統領の招待を受けて行われた非公式訪問であった。したがって、江沢民のアメリカでの主立った活動は、テキサス州クロフォードにあるブッシュ大統領の牧場での25日の会談以外には、同州にあるブッシュ大統領の父親にちなんだジョージ・ブッシュ図書館での24日の演説が注目されるぐらいだった。

2.首脳会談の内容

首脳会談の内容についてうかがう材料は、人民日報の10月26日付報道と会談当日にアメリカ側が発表した両者による記者会見に尽きている。

(1)人民日報の報道内容

人民日報はまずこの会談が、わずか1年のうちに行われた3回目のものであることを強調した後、江沢民が過去1年で米中協力が拡大し、相互信頼が深まり、両国関係発展の好ましい傾向が現れたと述べたことを指摘する。そして、両国間には広範かつ重要な共同の利益があり、中米間の建設的な協力関係を前進させるべきだと述べた、と伝える。

人民日報によれば、ブッシュもこれにこたえ、米中間には重大な問題において共通した利益が存在すること、ブッシュとしても両国が力強い友好関係を樹立することを希望すると述べたことを紹介している(筆者注:クリントン時代には建設的なパートナーシップを謳ったが、今回は江沢民の「建設的な協力関係」に後退し、ブッシュに至っては「力強い友好関係」と述べるに留まっている)。

両国首脳が一致したポイントとして人民日報は、両国ハイレベルでの対話と交流の重要性とその強化を指摘した点を除けば、反テロ問題での交流と協力の強化(年内に第3回目の協議を行うこと)とコンテナ輸送の安全及び貿易の安全の分野で協力(筆者注:具体的内容は不明)を進めることが特記されるに留まっている。

人民日報によれば、江沢民は台湾問題に力点をおいた発言を行ったことが紹介されている。すなわち江沢民は、「台湾問題は中米関係に与える影響が大きく、あまりにも重要なものである」と述べ、中国の1国2制の方針を説明した。その上で、問題は、「台湾独立」勢力があらゆる手段を使って平和的解決の前途を破壊しようとしていることにあること、「台湾独立」勢力の分裂活動は台湾海峡地域の安定と中米関係発展にとっての最大の脅威であることを強調し、米側が一つの中国政策と駐米間の3つのコミュニケを遵守し、中国が平和統一を実現するために積極的な役割を発揮することを希望する、と述べた。これは明らかに、ブッシュ政権が台湾よりの姿勢を強めていることに対する警戒感の表明と受けとめることができる。

これに対してブッシュは、人民日報によれば、米側は台湾問題の敏感性を理解しており、1つの中国政策を堅持し、台湾の独立に反対すること、また、平和的に台湾問題を解決する中国側の立場を評価していること、そしてこのような政策は変化しないことを述べたとされる。江沢民の踏み込んだ発言に対する対応としては、公式のラインを超えたものではないことが直ちに理解される。

双方はまた、人権や宗教問題についても意見を交換し、相互尊重および平等の精神に基づいて対話を通じて理解を増進し、共通の認識を拡大することに同意した、と人民日報は伝えている。

国際問題および地域問題も会談における重要テーマであった。

イラク問題に関しては、江沢民は、イラクが真剣かつ全面的に国連安保理の決議を執行するべきであり、イラク問題は国連の枠組みおよび安保理の関連決議の基礎の上で政治的な解決を求めるべきだと述べたことが人民日報では紹介されているが、ブッシュの発言については言及していない。後述するように、ブッシュは記者会見でイラク攻撃を念頭においた発言を行ったことを明らかにしているのだが、人民日報の報道はその点についてはまったく触れていない。中米の立場には大きな懸隔があることが容易に理解される。

北朝鮮の核問題について人民日報は、江沢民が中国側は一貫して朝鮮半島の無核化を支持し、朝鮮半島が平和と安定を保つことを支持していることを述べた旨伝える一方、ブッシュの発言は紹介していない。ただし、双方がこの問題について協議を続け、平和的な解決が得られることを協力して確保するべく努力することに同意したと付言した。後述するように、記者会見でブッシュはおおむね人民日報の報道を確認する発言を行った。

このほか人民日報は、江沢民がブッシュの中国再訪問を招待し、ブッシュが受け入れたこと、チェイニー副大統領が胡錦涛副主席の招待に応じ2003年の早い時期に中国を公式に訪問すること、軍隊間の交流を復活し、近い時期に国防部副部長クラスの協議などを再開すること、さらには戦略的安全保障などの問題について外務副大臣クラスの協議メカニズムを立ち上げることを決定した旨、伝えている。

(2)ホワイトハウス発表の記者会見の内容

ホワイトハウスのプレスリリースによれば、次のように伝えられている。まずブッシュはイラク問題を討議したことに言及し、中国はイラクが厳格に安保理決議を遵守することを支持すると述べたのに対し、ブッシュは江沢民に、イラクが大量破壊兵器を全面的に撤廃することを要求する安保理決議を支持するように主張したとしている。

ブッシュはさらに記者の質問に答える形で、ブッシュが江沢民に対し、国連がサダム・フセインに武装解除させる上で効果的であることに関心があると述べたことも明らかにした。効果的であるとは、ブッシュによれば、結果を伴わなければならないということである。ブッシュは、はっきり言わせてもらう、と断った上で、彼がアメリカ国民に対して何が起こるかについて話していること(筆者注:イラク攻撃を指すことは明らか)を妨げるような決議は受け入れられない、ということだとまで踏み込んだ発言を行った。これに対して記者会見での江沢民の反応はなかった。

北朝鮮の濃縮ウラン計画に関しては、双方が北東アジアにおける平和と安定が維持されるべきであることに合意したこと、双方は、朝鮮半島の無核化及び問題の平和的解決のために努力することが言及されている。

次にブッシュは、世界的なテロに対して両国が同盟であること及び両国経済関係の深まりに言及し、後者の問題については相互理解・尊重を通じて双方の違いを解決する必要があることについて合意したとしている。

人権問題に関してブッシュは、反テロの努力が少数者を弾圧し、平和的不同意を黙らせることを正当化することに使われてはならないと強調した。ブッシュはまたチベットにおける人権尊重の重要性にもふれ、チベットの指導者ともっと対話を行うことを推奨した。江沢民はこの問題に関する記者の質問に答えているが、従来の線を越えるものではない。
台湾問題に関しては、ブッシュは、3つのコミュニケに基づく1つの中国政策には変化がないことを強調した。同時にブッシュは、中台間で問題の平和的解決を目指す対話の必要性を強調した。人民日報の報道を確認した内容であることが理解される。

ブッシュは、中国との関係が率直で、建設的かつ協力的なものであることを望むと述べた。人民日報によれば、江沢民は建設的で協力的な関係を、と述べたとされており(前述)、これに対しブッシュが「率直」という形容詞を付け加えたことは、米中関係における米側の攻勢的姿勢をうかがわせるものである。

ブッシュに促されて発言した江沢民は、最初に1年来の反テロに関する米中協力に満足の気持ちを表した後、台湾問題に関して、率直な意見交換を行ったと述べ、中国の基本政策を述べたこと、これに対してブッシュがアメリカ政府は1つの中国政策を遵守することを繰り返したと述べた。人民日報が報道した内容を「率直な意見交換」という抽象的表現に落としている。

北朝鮮の核問題に関しては、人民日報の報道したとおりの発言を行っている。若干興味深いことは、記者の質問に対し、江沢民が最近の出来事(筆者注:北朝鮮のウラン濃縮技術の入手を指すものと思われる)について中国は全く知らないと述べた上で、ブッシュと問題の平和解決の必要性に合意したと発言した点である。

江沢民は、人権および宗教などの問題についても議論したことを紹介し、双方の違いについて相互尊重の基礎にたって、相違は棚上げにして共通点を求めようと応じたことを明らかにした。

(終わりに)

江沢民訪米の最大のポイントは、台湾問題におかれていたことが以上から明らかである。11月の党大会で総書記の地位をおりることが確実視される江沢民としては、中国外交にとっての最大の相手であるアメリカに対し、米中関係における最大のトゲともいうべき台湾問題に関し、アメリカが台湾独立支持などの行動に出ないことについて釘を刺すことに最大の眼目があったといえるだろう。そのことは、首脳会談に先立つジョージ・ブッシュ図書館における演説においても、かなりのスペースを割いて台湾問題に言及していることからもうかがうことができる。江沢民の力を入れた台湾問題についての発言に対し、ブッシュが従来どおりの対応に終始したことは、米中関係が今後も台湾問題をめぐってさらに一波乱も二波乱もあることをうかがわせる。

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