日中関係は盤石か:国交30年に思う

2002.09.29

*この文章は、雑誌中国語に寄稿したものです。国交30周年を迎えた日中関係に必ずしも楽観的ではない私の認識を記したものです。(2002年9月29日記)

 日中国交が回復して30年がたつ。日本においても中国においても30周年を祝う行事が数多く催されている。一見、日中関係は安泰なように見える。しかし私には日中関係がこの30年間で盤石な礎を築いたとは見えない。むしろ日中関係は30年前よりも現在の方が複雑さを増し、多くの問題に直面しているのではないかとすら思えるのだ。私の見方が単なる杞憂にすぎないならば、私にとっては望外の幸せである。しかし杞憂にしかすぎないと一笑に付すことができない問題が山積しているのではないだろうか。その中でも私が特に心配する問題のいくつかを紹介して読者の判断を仰ぎたいと思う。

1.相互信頼は築けたか

相互信頼という言葉には、私には特別の思いがある。1983年に胡耀邦総書記が来日したとき日中関係の原則をハッキリさせようということになって、それまでの3原則(「平和友好、平等互恵、長期安定」)に「相互信頼」という言葉を入れて4原則にすることが決まったが、じつはその仕掛け人は当時外務省の中国課長だった私だったからだ。この提案は中曽根首相(当時)も大いに気に入り、また、胡耀邦も欣然として受け入れたものである。日中関係4原則は、今でこそもはや誰にも顧みられなくなってしまった観があるが、私は今でも相互信頼こそが日中関係にとってもっとも重要な要素であるということを確信している。

この相互信頼が国交回復30年にして確立したか。胡耀邦の訪日以来に限ってもほぼ20年がたつわけだが、果たして日中関係は相互信頼の上に営まれているといえるだろうか、ということである。おそらく誰もが肯定的に答えることはできないであろう。

問題は、日中関係がこれほど経済的に深まっているというのに、どうして国家関係全体を見るとすっきりした印象を持つことができないのはなぜか、ということである。

2.アメリカの暗い影

日中国交回復は、米中関係が劇的に改善されたのを受けて実現した。この一事がすべてを物語るといってもいいと思うのだが、戦後の日中関係は常に米中関係、というよりアメリカの対中政策の影響のもとにあった。アメリカが中国を敵視する限り日本は中国と敵対関係に立たざるを得ず、これが日中国交回復を1972年まで長引かせた最大の原因である。

米中関係が戦略的に改善するに伴って、日中関係を動かすすき間が生まれた。したがって、その後も日中関係は米中関係の温度差によって基本的に左右されてきた、ということがいえる。私が中国大使館に勤務し、またアジア局の中国課帳を勤めた80年代前半は、米中関係が基本的に安定したときであった(もっともアメリカの台湾向け武器輸出問題による波風はあったが)ので、私が「相互信頼」という言葉を日中関係の原則の中に忍び込ませるささやかな陰謀をたくらんでも、誰も怪しまなかったのである。

しかし、米中関係が決定的に悪化すると、日中関係はもろにその影響を受けないわけにはいかない。天安門事件の時がそうであったし、李登輝訪米の前後もそうであった。そして今、「悪の枢軸」論を強硬に主張するブッシュ政権のもとで、米中関係は舞台裏でしのぎを削っている感がある。

日本の有事法制作りに向けた動きは、台湾有事をも念頭においたものであることは、アーミテージ報告を読めば一目瞭然である。1996年春の台湾海峡危機の際に米中間に武力衝突の一触即発の危機が高まったが、同報告は、この危機が日米両国政権当事者の安全保障問題に関する関心を高めたとハッキリ書いているのである。

確かに米中軍事激突という危機は、滅多なことでは起こらないであろう。そのような事態は国際関係を危殆に瀕せしめることが明らかであるからだ。しかし、だからといって、台湾海峡有事を織り込んだ日本の有事法制作りの動きを軽視していいという結論にはならない。少なくともアメリカは、日本がいざとなった場合には、アメリカとともに中国と敵対することを織り込んだ戦争計画を作っていることには間違いがないからだ。

私は、アメリカの歴代政権の中でも、ブッシュ政権は中国をもっとも敵対的に眺めており、それだけに中国にとってもっとも危険な存在であると考えている。自国の実力を過信し、しかも誇大妄想的に敵作りをすることに余念がないブッシュ政権にとって、中国は、経済、軍事(特に核ミサイル)などあらゆる点からいってもっとも警戒すべき存在である。

3.台湾の存在

日中関係をさらに複雑にするのは台湾問題の存在である。日本は、対日平和条約によって、台湾を中国の一部と認めるのではなく、台湾に対する領土的主張を一切放棄するという形をとった。それは、アメリカが台湾の領土的帰属は未決であるという立場をとった結果であった。日本はこの立場を日中共同声明の際にも貫いた。アメリカが台湾支配に対する関心を捨てていなかったためである。

日中共同声明作成時の当事者の関心がどうであったにせよ、その後も台湾は存立したのみならず急速な経済発展を遂げ、米台関係もそうであったが、日台関係もまた実質的には大きな進展を見た。経済的に著しい発展を遂げる台湾の存在は、アメリカにとってはもちろん、日本にとっても魅力を増すことになった。

台湾が自らを「中国の一部」と規定しているときはまだ問題は少なかった。「中国は一つ」という認識において大陸と台湾との間に基本的に認識は統一されていたからである。しかし、蒋介石、蒋経国の死と、その跡を継いだ李登輝の登場とともに事態は大きく変わった。台湾は中国とは異なる国家としての自己主張を強めるに至ったのである。李登輝の主張は現在の台湾の総統である陳水扁によってさらに強められるに至っている。

台湾が独自の国家としての主張を強める上で、台湾の領土的帰結未決論は有力な材料として利用されることになっている。李登輝も陳水扁も台湾は中国の一部ではないという点に論拠をおき、それに民族自決の議論を重ねているからである。それは正に、「中国は一つ」とする従来の台湾自らの主張に対する決別を意味するものである。

4.親台ロビーの跋扈

こうした台湾における動きは、当然のこととしてアメリカ及び日本国内に強力な親台ロビーを生むことになる。大きな経済的躍進に支えられた台湾は、アメリカ及び日本国内に熱烈な親台ロビーを生むだけの経済的裏付けがあった。陳水扁政権になってからのアメリカと台湾の軍事交流の華々しさは、もはや人目をはばかることもない。日本でも外務省の政務官が台湾を公式に訪問したいと主張して辞任に追い込まれるケースがあったほどである。

もちろん親台ロビーの動きを正確につかむことは困難である。しかし、彼らがアメリカの台湾に対する軍事的てこ入れ、そして日本の有事法制促進の原動力になっていることは何ら秘密ではない。もちろん彼らとて、中国との本格的武力衝突を望んでいるということではあるまい。むしろ危険なことは、台湾が強く自己主張し、米日の親台ロビーがそれを強力に支持すれば、中国が屈服すると考えている点にある。

5.中国のナショナリズム

この点では、特に日本の親台ロビーが真剣に考えなければならないことがある。それは、日中15年戦争において日本が払った苦い教訓である。中国のナショナリズムはたいしたことはないというのが、対中侵略戦争にのめり込んでいった当時の日本軍国主義者の発想だった。その発想は、現実の前にもろくも崩れたのである。

今の中国は違うという反論があるかもしれない。確かに日本軍国主義者が跳梁した時代の中国は貧困を極めていた。今の中国は、戦争となったら失うものが多すぎるという議論は、物質文明の中に浸りきった私たちの発想からすれば、それなりの説得力を伴うかもしれない。しかし、中国は富めるようになったとはいえ、強烈な愛国主義が支配していることを軽視してはならない。たとえ政権首脳部が妥協しようとしても、それを許さないだけの広範な中国人民を巻き込んだナショナリズムの流れがあることを私は確信している。

6.日本人の私たちが考えるべきこと

私は、物事を簡単に考えすぎているかもしれない。しかし、率直に言って、これだけ経済関係が密になった中台関係において、武力衝突が最悪のシナリオであることは誰もが理解しているに違いない。

私たち日本人が、中国(台湾を含む)との相互信頼を確実なものにする真の所以は、アメリカに追随して固持している台湾の領土的帰属未決論をキッパリと清算すること以外にないと思う。中国が台湾を侵略したらどうするという反論があり得ることは承知している。しかし、中国はそんなに物わかりの悪い国家ではない。アメリカ(と日本)が干渉しないという保証があれば、必ず台湾との間で平和的な話し合いで何らかの結論を得ることに努めるであろう。その際に武力行使(威嚇を含む)という手段に訴えることは100%ないと私は断言できる。

要は、アメリカと日本が台湾に対する邪念を捨てること、これに問題は尽きると思う。そうすれば、日本と中国の間の相互信頼を確実なものにする道も自ずと開かれてくると思う(本来であれば、日本の歴史認識を正すという問題にも触れなくてはならないが、紙幅がないので問題提起だけにとどめる)。

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