日朝関係を見る視点

2002.09.18

これは、雑誌『クレスコ』に寄稿した文章です。1000字の制約がありますので、とても私の意を十分尽くしたものではありませんが、重要なポイント(と私が思う点)については国内ではほとんどほとんど議論が行われていませんので、問題提起の意味をこめて、とりあえず掲載します。(2002年9月18日記)

 9月17日の小泉訪朝で、日朝国交関係正常化交渉が再開されることになった。日朝関係に留まらず東北アジアの平和と安定にとっても好ましいことだ。

朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」)が明らかにした拉致問題の事実関係は、衝撃と怒りを日本国内に巻き起こしている。さらなる解明と遺家族に対する誠実な補償が行われなければならないことはいうまでもない。

金正日がミサイルや工作船など日本国内で北朝鮮「脅威」論の材料に使われている問題で責任ある発言を行ったことも、今後の日朝関係を考える点で重要な意味を持つ。早速「有事法案の追い風にはならない」と防衛庁幹部が発言している(9月18日付毎日新聞)。

しかし私は今回の首脳会談について重大な疑問を提起しないわけにはいかない。 日朝関係正常化問題は本来日本が行った植民地支配に起因する。植民地支配の時代に筆舌に尽くせぬ犯罪が朝鮮人民に対して行われた。その点を直視するものである限り、「拉致問題の解決なくして国交正常化はあり得ない」とする小泉発言は、本末転倒の議論だ。

拉致問題に関して金正日は「背景には数十年の敵対関係がある」と指摘しているが、日本が北朝鮮との国交正常化に早くから真剣に取り組んでいたならば、拉致問題は防ぎ得たであろう。また、私たちが拉致の犠牲者に関して憤激するとき、日本の植民地支配によって犠牲になった北朝鮮の人々の日本に対する怒りに私たちは粛然と襟を正すべきだろう。

拉致の犠牲者に対して賠償や補償を要求するのは当然だが、日本側は植民地支配について賠償や補償を行うことを拒否し、無償資金協力、低利長期借款実施等でお茶を濁すことを北朝鮮側に受け入れさせた。北朝鮮の経済的窮状につけ込んだ実に厚かましい態度である。植民地支配での犯罪を認めることを拒否する日本政府の姿勢を、私たち国民は厳しく糾弾しなければならないのではないだろうか。

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