小泉首相の訪朝について

2002.08.30

2002年8月30日、日本政府は、小泉首相が9月17日に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問することを発表しました。この訪問については、アメリカ及び韓国には首脳間で直接に、また中国及びロシアに対しては外交ルートを通じてそれぞれ伝えられ、各国からの賛同と支持を得たといいます。

 私の第一印象は、率直にいって「手放しの賛成と支持」というものではありません。むしろ以下の点を見据えることが日朝首脳会談にとってきわめて重要なのではないか、ということです。是非皆さんにも考えて頂きたいと思います。

第一、今回の首脳会談の最大の会談目的は何か、ということです。私は、日朝関係は日本に残された最大の戦後処理の問題だと考えています。つまり、日本の朝鮮に対する植民地支配問題をどう処理するのか、が最大の問題であるということです。日本が再びこの問題について日本にとって都合のいい解決を目指し(韓国の場合は有償無償の経済協力ということで問題をすり替えました)、仮にも北朝鮮がそういう形の解決に応じるのであれば、日本の歴史認識の問題は解決せず、日本の根本的な再生の機会は外交的に失われるということです。

日本国内の報道を見聞きしていると、日朝国交正常化問題の根本はいわゆる拉致問題にあるという見方が支配的なようです。私は、拉致問題に前進が見られるのであれば、それは非常によいことだと思います。しかし、拉致問題が最大の問題だという立場に小泉首相が立つとしたら、それはとんでもない間違いだと思いますし、そのことゆえに話し合いが決裂するというようなことがあったとしたら、少なくとも結果的に小泉首相の訪朝自身が大きな誤りを犯す行動になると思います。そういう訪朝自身は誤りなのです。拉致問題は、日朝国交正常化を通じ、またその後の交渉を通じて白黒をつけるべき性格の問題であることを忘れてはいけません。日朝国交正常化問題の中心の根本的な問題は、あくまでも日本の朝鮮支配という問題に正しい政治的歴史的解決を行う、ということにあるからです。

第二、今回の首脳会談と有事法制という問題です。私は、北朝鮮が非常に困難な経済問題に直面していることを理解しています。しかし北朝鮮が、ひたすらその困難から脱するために、経済的取引と引き換えに日本の有事法制の推進に対して原則的な立場を貫くことができないとしたら、それは非常に大きな禍根を残すことになるということです。

アメリカは、北朝鮮を「悪の枢軸」であるという決めつけを取り下げていません。アメリカ国内には、イラクの次は北朝鮮という対決戦略が今なお健在なのです。小泉首相は、そういうアメリカの対北朝鮮政策を真剣に正す決意の上で今回の訪朝を決断したのでしょうか。仮にも小泉首相の本音がアメリカの政策には何ら注文をつけるのではなく、イヤな言い方ですが、北朝鮮の弱みにつけ込んで、いわば経済をえさにして「ほんわか」ムードを作り出して、アメリカの政策を下支えする有事法制を推進する条件作りを意図しているのであるとしたら、単に日朝関係にとってためにならないだけでなく、東北アジア情勢に対してもやはり大きな禍根を残すことになるでしょう。

第三、日朝関係の根本的なあり方はどういうことか、ということです。この点については、1990年の日本の自民党と社会党そして北朝鮮の労働党の3党の間で行われた3党共同宣言にあります。すでに述べましたように、日朝関係を正常化する大前提は、日本の朝鮮半島に対する植民地支配という歴史をいかに清算し、補償問題を解決するかということにあります。いわゆる拉致問題、核兵器開発問題、ノドン・テポドン問題、いわゆる不審船事件などの問題が日本では真っ先に取り上げられますが、これらの問題は、日朝間の過去の不正常な状態の原因になったのではなく、あくまでその後に発生した問題なのです。私たちが物事の順序をひっくり返し、自分たちが犯した重大な過ちに蓋をして、問題をすり替えるというようなことがあるとすれば、日本はいつまでたっても国際的に信用される国になることができないということを忘れてはならない、と思います。小泉首相がこれほど重大な問題をわずか1日の日帰り旅行で解決する道筋をつけることができるのかどうか、我足は重大な懸念と関心を持って見守りたいと思います。

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