中国脅威論の本質

2002.08.27

*この文章は、ある雑誌に寄稿したものです。中国脅威論をどう見るかについては、新ガイドライン安保との関連でも正確につかまえておく必要があると思います。(2002年8月27日記)

 中国脅威論には長い歴史がある。特に中国が社会主義体制をとってからは、常に中国を脅威と見なす考え方が支配してきた。要するに、資本主義と社会主義は両立せず、敵対関係に立つとするイデオロギー的な考え方だ。今日でもそういう考え方は存在している。

しかし近年になって台頭してきた中国脅威論は、驚異的な成長を続ける中国経済の実体を踏まえたものであり、また、中国の対外政策、特に台湾に対する政策に着目したものであることに大きな特徴を持つ。また、そういう脅威論を下支えするものとして、1982年の歴史教科書事件、1985年の中曽根首相(当時)の靖国神社参拝によって表面化した歴史認識問題、1989年の天安門事件以来の人権問題、1995年の日本の敗戦記念日(中国からすれば抗日戦争勝利記念日)をめぐる齟齬など、数え上げればきりがないほどの日中間の様々な事件の発生がある。

日本にとっての中国は、明治維新までは畏怖の対象であり、日清戦争以後は侮蔑の対象だった。そういう複雑な対中感情が戦後も明確に清算されないまま、上記の諸事件などによって時に増幅され、時には対中感情の悪化をもたらす材料として働いてきたのだ。残念ながら、対中感情を好ましい方向に変化させるような材料は、この数十年間皆無に近かったことも記憶されるべきだろう。

日中関係が国際的に重要な位置を占めるものでないならば、日本の中国脅威論もそれほど意に介する必要はないのかもしれなし。しかしながら、日中両国は今や国際関係の動向を左右するだけの実力と影響力を備えるに至っている。日中関係は単に2国間関係として割り切るわけにはいかない重要性をもっているのだ。それだけに、日本国内で中国脅威論が増幅されることは重大な国際的な意味合いをもたずにはすまない。

日中関係を左右する問題は、大きくいって3つある。歴史認識の問題、台湾問題、そして日米安保の問題だ。しかもそれらの3つの問題は相互に密接な関連性をもっている。

歴史認識の問題は、日本が中国大陸を数十年にわたって侵略した過去をどのように清算するかという問題だ。しかしハッキリしていることは、日本には1972年の日中共同声明で過去については謝罪したと見なし、それによって清算は終わったと考える向きが多い。だが中国からすれば、過去の歴史を清算するということは、当然のこととして将来に向かってそういう過去を繰り返さないという決意を常に新たにするという意味を含んでいる。このような日中両国の歴史認識の懸隔が続く限り、日中関係はいつまでたっても盤石な礎を築くことはできないだろう。

台湾問題もまた歴史にかかわる問題である。1895年の日清戦争の結果として、日本は台湾を中国から割譲せしめ、これを植民地とした。ちなみに日本敗戦の1945年は台湾植民地化からちょうど50年である。中国にとって抗日戦争勝利の記念すべき年は常に台湾を割譲せしめられた屈辱の年を想起させる。

日本は敗戦後、アメリカの圧力もあり、台湾に逃れた蒋介石政権を中国の正統政府と見なし、これと国交関係を結んだ。その結果1972年に至るまで日本は大陸中国との敵対関係を続けることになった。この異常な関係に終止符を打った1972年の日中国交正常化は、しかし日本と台湾の関係をキッパリと清算するものではなかった。

中国側の妥協もあり、日本は台湾との非政府間関係を維持することについて中国側の了承を取り付け、その後の事実が示すように、日台実務関係はその後も進展した。問題は、日本国内に強力な親台ロビーを生み、彼らが台湾独立を支持する勢力の基盤となったことだ。しかもこれら親台ロビーを構成する人々は、日本の中国に対する侵略責任を否定する人々と重なっている。

さらに日中関係を決定的に複雑にしているのが日米安保条約である。アメリカは、朝鮮戦争勃発後、台湾の領土的帰属は決まっていないとするいわゆる「未決論」を展開し、この議論を根拠に台湾問題を国際化した。この未決論の立場は、1972年の上海コミュニケそして1989年の米中国交正常化コミュニケ(及び台湾関係法)において維持され、アメリカが台湾問題に軍事干渉するための法的根拠とされている。

以上の3つの問題が、すでに述べた過去の日中関係をめぐる複雑な状況と結びついて、現在の中国脅威論がある。アメリカは台湾を手放す気持ちはない。台湾をめぐって中国と戦争する可能性があることを念頭において軍事戦略を考えている。中国侵略の責任を直視しようとしない日本の台湾ロビーは、アメリカと共通の立場に立つ。

そういう問題を集中的に体現しているのが新ガイドラインに基づく日米軍事同盟の変質である。新ガイドラインにいう「周辺事態」には当然台湾海峡の危機が含まれる。台湾が独立を宣言するなどして中台関係が緊迫すれば、米中は軍事的に衝突せざるを得ない。周辺事態法に基づいて日本はアメリカに協力する。事態がエスカレートすれば、中国による在日米軍(さらにはアメリカに協力する日本)に対するミサイル報復という事態も考えられる。それは正に武力攻撃事態法が考える武力攻撃にほかならない。

中国脅威論を盛んに鼓吹する人々は、歴史問題を無視し、台湾独立を支持し、そのためにはアメリカに協力して中国と軍事的に事を構えることを進んで支持する人々と重なっている。私たちに求められていることは、今日の中国脅威論が単なる昔ながらのイデオロギー的産物であるには留まらず、台湾を自分たちの影響下におくために、米中日軍事激突に公然とコミットしようとしている人々であることを認識し、その危険な考え方が実現することを万難を排して取り除くことである。

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