中台戦争の可能性

2002.08.26

2002年7月12日にアメリカの国防総省は、中国の軍事力に関する年次報告を議会に提出した。この報告は、5つの部分から構成されている。5つの部分の構成は、中国の軍事力に関する知識のギャップ、中国の全体的、安全保障的及び軍事的戦略、中国の軍事戦略及び軍事力の発展、中国と全ソ連との関係そして台湾海峡における安全保障状況、となっている。

 ここでは特に台湾海峡における安全保障状況に関する部分、とくに中台戦争の可能性の報告の内容について紹介する。アメリカが中台戦争の可能性を本気で考えていること、そうであるとき、周辺事態法・有事法制を抱え込む日本が戦争に巻き込まれる可能性が大きいことがお分かりいただけるはずである。(2002年8月26日)

1.全般的な評価

報告が示す中国の台湾に対するアプローチに関する評価は至極常識的なもので、特に目をむくような内容はない。すなわちそのアプローチは政治、経済、文化及び軍事という多面的なものであるとする。ただし報告は、中国が意欲的な軍事の現代化を進めており、そのことは台湾問題の平和的解決という長年にわたる政策に影を落としていると指摘している。

また中国は、台湾が独立を公式に宣言するときなどにも武力行使はしないということを拒否していることを併せて考えると、統一達成のために武力行使を考える傾向が増しているのではないかという見方を付け加えている。しかしその場合でも、中国側に有利な条件で台湾側に交渉を強制し、第三者の介入を排除するのに十分な迅速さで作戦を実施することに主要な目的があると指摘する。

この最後の部分は、名前は挙げていないが、アメリカが台湾を支援するために介入する時間的余裕を与えないことを中国側が考えていると、アメリカが見ていることを表していることは明らかである。報告はまた、台湾の陳水扁が台湾独立を考えていないと述べているが、中国側は、台湾における多くの政治的な傾向が台湾独立に向いていると認識しているという判断している。

2.中台戦争をめぐる評価

<中国が圧力をかける政治的経済的選択肢>

報告は、中国が政治・外交、経済、軍事を含めた様々な手段を展開すると見ている。中国側の圧力は、台湾の政策決定者たちが世論によって影響を受けることを狙っている、とするのが報告の判断である。

報告は、現在の台湾の世論が圧倒的に現状維持を支持していると判断している。報告はまた、中国の指導者が台湾経済が両岸関係に大きく左右されるということを認識していると判断している。

以上の報告の判断は、常識的にもうなずけるものである。報告は、台湾の世論が圧倒的に現状維持を支持していると指摘しているが、このことは、間接的ではあれ、アメリカ自身の意向を反映しているものと見ることもできる。

<中国の軍事的選択肢>

報告によれば、中国の攻撃能力は年々増大しており、台湾を脅迫し、また、現実に攻撃する有効な選択肢が増えていると見ている。これは、中国のミサイル能力をはじめとする軍の現代化が一定の成果を生んでいることを認めたものである。

中国が軍事力を行使する場合は、先にも述べたように、中国に有利な条件で交渉による解決を強いるものだというのが報告の判断だ。具体的には、台湾の国民的な抵抗の意思を急速に崩すことにより、アメリカが介入する余地を与えないようにするものであろうとする。報告は明示しないが、このような電撃的な作戦による中国の台湾に対する攻撃をアメリカがおそれていることを十分にうかがうことができる。

ただし、中国が具体的にどういう強圧手段を用いるかは不明であると報告は認めている。しかしいずれにしても、そういう強圧手段は、突然軍事力を行使することによって台湾をやっつけるというものになるだろうとする。そして中国は、軍事的圧力を強め、台湾が中国に有利な政策を採用せざるを得ないようにするだろうと見ている。

その際中国は、台湾側の軍事的抵抗力を損なうことにより、台湾側として抵抗しても無駄だと考えるように追い込むだろうと、報告は指摘している。強圧的選択肢の中には、情報操作、空襲、ミサイル攻撃、海軍による封鎖などが考えられる。報告は、中国は政治的降伏を狙って警告なしに、水陸両用または空挺部隊を使っての限られた主要拠点占領作戦という手段に訴えるかもしれない、という可能性も指摘する。なお報告は、強圧的な軍事的選択肢を行使する能力は、台湾だけではなく、フィリピンや日本のような潜在的な敵に対しても脅威になりうるとしている。

そういう強圧的手段が失敗した場合には、報告は、中国が台湾全土を占領することを試みるかもしれないと判断している。しかし、そういう作戦には海空にわたる運搬手段が必要になるので、成功の保証はないとする。報告は、この先10年間は中国はそうした高度の作戦を行うことは困難だろうと判断している。

<強圧に対する台湾の脆弱性>

報告は、台湾が中国の軍事的な強圧に対してどれほど耐えられるかはいくつかの要素に依存しているとしている。その中でももっとも重要な要素は、中国が押しつける要求の内容如何だろうとする。もしも中国の要求内容が限定されたものであれば、台湾が交渉に応じなければならないと考える程度は低いものになるだろう、と報告は指摘する。そのほかに考えるべき要素として報告は、台湾及び中国の軍事力、政治力及び世論の動向が重要だろうとする。しかし報告が、中国の台湾攻略の成否を決める上での最終的かつもっとも重要な要素とするのは、台湾が国際的なかんずくアメリカの支持をどの程度取り付けられるかだとする。

この点で、報告の姿勢はきわめて明確である。つまり、中国が台湾に自己の要求を押しつけられるか否かの成否を握る決定的要素はアメリカであることを明確に承認しているからである。

<中国の軍事力行使を制約する要素>

中国が台湾に対して軍事力を行使する際には内外の制約を考えなければならない。報告は、中国指導部がその際にもっとも重視する要素は、所期の政治的目標を達成するために必要な能力を中国が有しているかどうかという点にあるだろうとする。しかもこの場合、中国は、台湾に対する軍事能力という点だけではなく、台湾を防衛しようとする外部の介入を阻止する能力という問題も考えることになるだろう、と報告は指摘する。ここでも再びアメリカの介入如何が事態の結果を左右するという判断をアメリカがもっていることが明らかである。

報告はまた、中国としては台湾との戦争がもたらす政治的及び経済的なコストも考えるし、台湾に対する武力行使が中国の地域及び世界における利益を損なうことも考えるだろうと指摘している。これは当然なことだろう。

<外部の介入に対する対応>

報告は、中国が台湾との戦争は不可避だと考える場合には、紛争の地理的な範囲を局限する戦略を採用しようとするだろうと見ている。それだけではなく、中国の指導者は、外部勢力が台湾防衛に介入し、また、自らの経済的利益が妨げられる前に軍事的な解決を達成するべく、十分な軍事力とスピードをもって物事を実行するだろう、と報告は見ている。ここでも再び報告は、中国の台湾に対する作戦が意外性と迅速性を中心とするものとなることに対する警戒感を隠していない。

報告の判断によれば、中国の戦略は、台湾が軍事力を行使しないようにとする宣伝と、この戦争が内戦であり国際的な仲介や介入の対象ではないとする国際的な努力も含むだろう。この点に関する報告の指摘もうなずけるものがある。台湾問題は内政問題だとする中国側の主張は、台湾「領土未決」論を採るアメリカや日本をのぞけば、国際的に少数派だからである。

報告はまた、アメリカという名指しこそは避けるものの、外部からの介入(アメリカ以外に考えられない)に対しては、中国はその外国の戦略的な資産を人質にしたり、実際に攻撃したりすることによって、その外部の介入の決意を鈍らせることに努めるだろう、という指摘を行っている。これは、日本にとっても看過できない重大な指摘である。

アメリカと中国が台湾問題をめぐって戦争になる場合、それは正に「周辺事態」に相当するし、武力攻撃事態法がいうところの「武力攻撃事態」(武力攻撃のおそれがある場合)にも相当する。報告が、中国は「外国の戦略的な資産を人質」にする攻撃を行う事態を想定しているということは、中国が在日米軍基地を攻撃対象にする可能性を確実に意味している。攻撃対象は在日米軍基地に限定される保証はない。アメリカ軍の対中軍事作戦に全面的に協力する日本は、中国からすれば正に交戦国にほかならない。日本そのものが攻撃対象になる可能性があることを報告は指摘しているに等しいのである。

なお報告は、中国は、相手側の優越性に対抗するために向上しつつある非対称的能力に頼ることになるだろう、と指摘している。そしてきわめて具体的に、中国の雑誌の中には、アメリカの航空母艦の艦隊が行う台湾を支持する作戦を複雑にするためにその非対称的な能力(注:ミサイル攻撃)を使う意図をにおわせるものがあることを指摘するのである。報告は指摘しないが、ここまで戦闘が拡大するとき、それは正に米中全面戦争にほかならない。そのただ中に、周辺事態法及び武力攻撃事態法で対米全面協力を約束する日本が巻き込まれていくということなのだ。

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