北朝鮮問題を考える視点

2002.03.06

*2002年2月11日の集会では、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に関し、前年12月の不審船撃沈事件をきっかけに再び、北朝鮮は「何をしでかすか分からない」という反応があらわになっていることに対する憂慮や、この事件について日本を相手に北朝鮮が国際司法裁判所に訴えたらどうなるのか、という質問が出されました。

また、このHPの掲示板では、私の書いた『集団的自衛権と日本国憲法』p.64で紹介した「朝鮮有事がさしせまった問題ではなくなった」というアメリカ側の判断と、ブッシュが打ち出した「悪の枢軸」で北朝鮮が名指しされていることとの関連性をどう見るかについて、私の考え方を聞きたいとの書き込みにも接しました。

北朝鮮について正しい認識を持つことは、きわめて重要な課題です。特に日本を再び「戦争する国」にしようとする政府・与党は、何かといえば、北朝鮮を持ち出し、利用するだけに、私たちが北朝鮮についてしっかりした認識を持つことは、この国の進路を誤らせないためにも不可欠の要請になっていると思います。

なるべく簡潔に、私の考えの要点をご紹介します(2002年3月6日)。

1.北朝鮮に対する私たちの受けとめ方を生み出すもの

北朝鮮の名が出るとき、かなり多くの日本人が直ちに連想するのは、「拉致」疑惑、「核疑惑」、ノドン、テポドン、「不審船」等々です。「何をしでかすか分からない北朝鮮」を示す「確かな材料」と受けとめられがちなものです。

しかし、「何をしでかすか分からない北朝鮮」という受けとめ方は、近年の産物ではありません。朝鮮戦争(1950〜1953年)、ラングーン事件(1983年)などが、圧倒的な情報不足とあいまって、私たちの北朝鮮に対する警戒感を生み出してきたのです。しかもその根底には戦前からの根強いアジア蔑視、その中でもとりわけ強い朝鮮蔑視があります(この問題には、ここでは深く立ち入りません)。

1990年代に入ってからは、軍事的「国際貢献」の名のもとに対米軍事協力を強める政策を進める保守政治は、国民の北朝鮮に対する以上の感情を誘導し、北朝鮮の軍事的脅威を盛んに宣伝する手段に訴えるようになりました。その際、上記の「拉致」疑惑、ノドン、テポドン、「核疑惑」、「不審船」が最大限に利用されたのです。

2.「北朝鮮=悪の権化」でしょうか

私は、過去の北朝鮮のことについて議論するつもりはありません。過去の北朝鮮がどうであれ、重要なことは現在の北朝鮮がどうであるかであり、これからどうなるかであります。ようするに、北朝鮮は変わりっこない、という見方はおかしいのです。

どうしても過去のことにこだわり、「北朝鮮=悪」だと言い張りたい方に考えてほしいのは、「それでは日本はどうなのだ?」ということです。日本は平和愛好国家であり、日本人は平和な民だ、と私たちは思い込みがちです。しかし、その日本はほんの60年近く前までは近隣諸国を侵略し、暴力の限りを尽していた国家であり、その国家に従っていた国民だったのです。日本については「あれは過去のことだ」と涼しい顔をして、北朝鮮に関しては「悪の権化」「変わりっこない」と決めてかかるのは、どう考えてもおかしいことではないでしょうか。

もうひとつ付け加えておかなければならないことがあります。アジア諸国の多くは、「日本は平和国家」とは必ずしも受け止めていません。特に近年の日本に対してはむしろ警戒感を強めていることを、私たちは知らなければならないのです。

たとえば2001年12月に海上保安庁の巡視船が「不審船」を沈没させた事件について、私たちは政府の発表を鵜呑みにし、小泉首相の「備えあれば憂いなし」などという発言に納得して、有事法制もやむをえないと考えがちです。しかし、中国の報道が正しく指摘したように、海上保安庁による砲撃は「戦後初の日本による武力行使」です(ちなみに、テロ対策特措法に基づく海上自衛隊の海外派兵は、「初めての戦時海外派兵」ですし、「初の対米実戦協力」であることも、中国側報道の指摘するとおりなのです)。しかも、相手(「不審船」)が何もしていない(日本の領海の外にいただけですから、海上保安庁法が定める威嚇射撃をすることが認められている要件をも満たしていません)のに、こちらから攻撃を仕掛けたのですから、「正当防衛」(小泉首相)でもなんでもありません。

こういうことを平然と行い、しかも国民からの批判の声も上がらないのですから、「日本はどこへ行くのか」という不安と警戒は、アジア近隣諸国の間でますます高まっているのが実情なのです。

3.諸外国の動きから学ぶべきこと

「何をしでかすか分からない北朝鮮」という私たちの思い込みは、国際的に見ると、いまやきわめて異様なものであることが分かります。

かりに北朝鮮が本当に今日なお「何をしでかすか分からない存在」「悪の権化」であるとするならば、いちばん警戒し、身構えて当然なのは韓国です。しかしその韓国は、金大中政権のもとで「太陽政策」(対話によって南北関係を安定したものにする政策)を推進し、2000年6月にはピョンヤンを訪問して金正日との首脳会談を実現しているのです。第2の朝鮮戦争になれば、韓国も北朝鮮も途方もない被害を受けることがハッキリしている以上、互いに対話と交流によって共存する以外の選択はない、という点で、南北間に認識の一致があるということです。

北朝鮮を「悪の枢軸」呼ばわりしたブッシュに対しては、アメリカ国内から批判の声が上がっています。そのときに指摘されるのは、金正日のもとにある北朝鮮が1994年以来のアメリカとの交渉でアメリカ側に納得させた「交渉相手になる存在」という認識ですし、アメリカとの間で結んだ約束を遵守する実績です。

また西欧諸国のほとんどは、この1、2年の間に北朝鮮と外交関係を樹立しました。EUはまた、またブッシュ政権が北朝鮮を「悪の枢軸」と決めつけたことに対して厳しく批判し、北朝鮮に対する経済協力を推進する政策を発表しています(2002年3月5日の朝日新聞と赤旗)。

これらのことから私たちが謙虚に学ばなければならないことは、あるがままの北朝鮮を認識し、その北朝鮮と接するということの重要性です。私自身、朝鮮の専門家でもなんでもありませんが、米朝交渉の経緯を比較的詳しくフォローしてきた実感として、アメリカと堂々と渡り合う北朝鮮にしっかりした手応えを感じています。韓国、アメリカ、EUなどが以上のような対応をしているのは、きわめて納得のいくことなのです。

私たちに必要なことは、「北朝鮮は変わりっこない」「北朝鮮=悪の権化」とする既成観念をぬぐい去ることだ、と思います。そうすれば、日本を「戦争する国」にするために、ことさら北朝鮮を悪役に仕立てようとする政府・与党のうさんくささがすぐに分かるはずですし、なによりも私たちの北朝鮮理解を正しいものにすることによって、日本の進路を誤らせないようにすることにつながるのです。

4.ブッシュ政権の対北朝鮮政策

ブッシュ政権の北朝鮮に対する政策は、矛盾だらけというほかありません。ブッシュ大統領が韓国を訪問した際にもくり返し表明したように、ブッシュ政権も北朝鮮との対話・交渉の用意があるという立場です。「どこでも、いつでも、無条件で」とも言っています。

しかし、無条件といいながら、これまで米朝双方の間で合意したテーマのほかに、北朝鮮の通常兵力の問題(注:38度線に沿って北朝鮮が配置している軍事力。アメリカはこれこそが北朝鮮の危険性を示すものと主張します。しかし北朝鮮にとってこの戦力は、アメリカが北朝鮮に先制攻撃をかければ、反撃としてソウルに集中砲火を浴びせるためのもの、つまり防衛的性格のものなのです。つまり、アメリカの攻撃に対してソウルに対する反撃が避けられない以上、アメリカとしては北朝鮮に対する先制攻撃そのものを思いとどまるしかなくなります。いわゆる抑止力です)も取り上げると一方的に言い出しています。

そして今回の「悪の枢軸」発言です。ブッシュは韓国でくり返し、北朝鮮を「悪」(evil)であると決めつけ、金正日に対する認識を変えないとまで言いました。

確かに金大中(韓国大統領)が助け船を出したように、かつてレーガンもソ連(当時)を「悪の帝国」と言ったことがあります。しかし、ゴルバチョフ個人を攻撃することはありませんでしたし、東西冷戦の流れの中における発言でしたから、もともと冷却しきっていた米ソ関係にとってさらに深刻な事態を生み出すものではありませんでした。

しかしブッシュの場合、ここ数年来、北朝鮮がアメリカやEUとの間で行った約束をきちんと守っている(いうならば、指を指される覚えはない)のに、いきなりジャブを浴びせたに等しいものです。しかも金正日を名指ししての批判(人身攻撃)まで加わっているのですから、事態は深刻だというしかありません。

ただし、韓国でのブッシュ発言を詳しく見ますと、ブッシュは北朝鮮をイラクと同列で扱うまでの気持ちはないことが分かります。ブッシュ以下のアメリカの指導者は、イラクに対しては戦争がアメリカの選択肢に入っていることを公然と口にしますが、北朝鮮に対しては、韓国の「太陽政策」を支持すると明言し、自らも対話の可能性を追求するといっているのです。私が新書『集団的自衛権と日本国憲法』(p.64)で紹介したランド報告「アメリカとアジア」において示された認識(「朝鮮有事がさしせまった問題ではなくなった」)という認識と矛盾するものではないと思います。

北朝鮮側が「悪の枢軸」発言をどのように受けとめるかは別として、ブッシュの主観を極める意図は、北朝鮮を恫喝することによって、北朝鮮のイランなどに向けたミサイル輸出(とアメリカが断定するもの)を止めさせることにあると考えられます。北朝鮮が挑発に乗ってしまうと悪循環が生み出される危険はありますが、これまでの北朝鮮の反応から判断する限り、悪循環が高じて不測の事態に、という最悪の展開は避けられるのではないか、と私は判断しています。

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