ブッシュ大統領の日韓中3国訪問

2002.02

*この文章は、雑誌『中国語』に中国にかかわることをテーマにして連載しているものの一つです。ブッシュ政権の対外政策は、実に深刻な問題を抱えているというのが私の実感なのですが、日韓中3国に対する訪問においてもその怪しさ、危うさが浮き彫りになったと感じています。事実関係に基づいてブッシュ外交の怪しさ、危うさを指摘する試みとしてお読みください。

 アメリカのブッシュ大統領が2002年2月17日から23日までのわずか1週間の日程で日本、韓国及び中国を駆け足訪問した。今回の訪問は、当初2001年10月に予定されていたが、同年9月11日に起こったいわゆる同時多発テロ事件(以下「9.11事件」)によって延期されたものである。アメリカが今回の訪問で重視した課題は何だったか。日本、韓国及び中国はブッシュにどのように対応したのか。

1.アメリカの意図・ねらい

(1)アメリカの目的意識の曖昧さ

アメリカの今回の3国訪問目的が何かについては混乱していた。そのことは、ブッシュとパウエル国務長官の発言の食い違いぶりから伺うことができる。

ブッシュは、出発直前の自らのラジオ演説(2月16日)で、3国との会談では、テロリズム問題に重点を置く考えを明らかにした。

また2国間関係に関し、日本との間では不安定な日本経済の問題が重要と指摘した。韓国については、韓国の対北朝鮮政策(「太陽政策」)を支持するとしながらも、「北朝鮮などが大量破壊兵器で自由を脅かすことを許さない」ことに注意喚起する、と述べた。さらに中国については、「経済的自由及び法の支配を奨励」し、米農産物に対する中国市場開放について議論し、中国が人間の尊厳や良心及び信仰の自由などの普遍的な価値を受け入れるように希望する、と雑多な要素を並べ上げた。

アメリカ内部の意思の不統一を理解する上で示唆的なのは、ブッシュに同行したパウエルによる議会証言だ。証言は2月12日に行われた。内容は外交全般に関するものだが、今回の訪問にも言及した。その内容は、ブッシュのラジオ演説と比べ、かなり重点、ニュアンスが異なる。

まず注目されるのは、パウエル証言は日本については国名をあげただけだったことだ。それに対して中国については、アメリカがロシアとの間で築き上げつつある重要な戦略的な関係を、中国との間でも築き上げることを目的としており、首脳会談はそのためのものだ、と位置づけている。またパウエルは、韓国との関係についいても詳しく述べた。米韓の絆がかつてなく強固なことを示し、北朝鮮問題についても、アメリカの確固とした見方を含め、韓国側と話し合うことを紹介した。

ブッシュが重視したテロリズムの問題を、パウエルは3国訪問との関連では言及していない。逆にパウエルが強調した中国との戦略的関係の構築という考え方は、ブッシュの発言からは窺うことができない。このように、ブッシュの今回の3国訪問がどの程度十分な準備を踏まえて行われたか、さらにいえば、そもそも今回の訪問をアメリカがどれほど重視したかについては、かなり疑問が残る。

(2)受け入れ3国の「お家の事情」

ブッシュを受け入れた日本、韓国及び中国の事情もそれぞれに異なっていた。

日本では、ブッシュ訪日の準備を担当する外務省がほとんど機能麻痺に陥っている。ブッシュ訪日直前になって、国民の小泉支持率は急落した。小泉首相の「構造改革」路線は中身を伴わない口先だけのことであることが、支持率急落とともに声高に指摘されるようにもなった。日本の経済問題を重視するとしたブッシュの期待に応えられる状況ではないことがハッキリしていた。

韓国では、ブッシュが年頭教書で行った「悪の枢軸」発言(北朝鮮をイラク、イランとともに「悪の枢軸」を構成すると名指ししたもの)が大きな影を落とした。金大中大統領が進めてきた「太陽政策」(話し合いによって南北関係を改善することを方針とするもの)に対し、ブッシュは就任直後から冷水を浴びせる姿勢を示していた。訪問直前のこの発言は、さらに金大中の立場を損なうものだった。

金大中は、大統領としての任期を1年残すのみとなっている。金大中は、南北関係に足跡を残すことに強い意欲を持つ。ところが、北朝鮮に対する見方、政策について、アメリカと前向きな意見交換を行うどころか、如何にして双方の認識に齟齬を際だたせないようにするかという生産的でない問題に取り組むことを強いられることになっていた。

その点、中国はブッシュの訪中を生産的なものにしようとする考えがあったことが窺われる。ブッシュ訪中日として、30年前のニクソン訪中日という節目の日を選んだのはその現れだ。中国はまた、9.11事件や中国のWTO加盟実現を契機に進んだ米中対話の機運をさらに高め、安定した中米関係を実現することに意義を見いだしていることは明らかだ。

ただし、中米間には多くの重要な問題が立ちはだかっている。これらの問題は一朝一夕に解決が得られるはずがない。アメリカが対中不信感を強めれば、中国をも「悪の枢軸」と見なす条件は事欠かない。中国としては、ブッシュ訪中を重視する理由があった。

2.訪問が明らかにしたこと

(1)日本訪問

ブッシュが重視した日本経済の問題については、小泉首相が例によって中身を伴わない抽象的な「断固たる決意表明」を行い、ブッシュはこれを手放しで賞賛する(共同記者会見及びブッシュの国会演説)だけに終わった。アメリカ側の日本経済に対する見方はますます厳しさを増している。それにもかかわらずブッシュが対日要求を控えたのは、巷間伝えられているように、支持率急落の小泉に代わるアメリカに好都合な選択肢がなかったためだろう。またアメリカも、崖っぷちにある日本経済に対する有効な処方箋を持ち合わせていないことも働いていたとする見方もある。

そういう中で突出したのは、ブッシュのテロリズム、「悪の枢軸」に関する軍事路線に対する小泉ののめり込みだった。「悪の枢軸」発言以来、欧州諸国、ロシアをはじめとして、ブッシュ政権の独断的な政策に対しては、国際的に厳しい批判が行われ、アメリカと一線を画す国が増えている。ブッシュが訪問した韓国と中国も、テロリズム反対を明確にする一方、ブッシュ政権の政策を無条件で支持することはなかった。そういう中でひとり小泉が無批判にブッシュを支持する姿勢を明らかにした。ブッシュにとって、まさに援軍を得る思いだっただろう。経済問題で小泉支持を明確にしたのは、小泉の忠誠に対する報奨という意味が込められていたと思われる。

ちなみに、ブッシュは国会演説でわざわざ、3国訪問を日本から始めたことは重要な意味があると強調した。しかし、小泉の対米忠誠はいまに始まったことではなく、ブッシュ訪日の成果ではあり得ない。どんなことでもアメリカのいうとおりになる日本は、ブッシュのリップ・サービスの対象でしかなく、アメリカ外交の対象としての位置づけすら与えられていないことが浮き彫りになった。

(2)韓国訪問

ブッシュと金大中の首脳会談における中心テーマは、もちろん北朝鮮問題だった。

たしかにブッシュは、金大中の対話路線を支持するし、ブッシュ政権としても北朝鮮と無条件で交渉する用意がある、と述べた。金大中も、かつてレーガン大統領が「悪の帝国」とレッテルを貼ったソ連(当時)と関係を改善した例を挙げて、ブッシュ政権の立場を弁護しようとした。またブッシュは、中国の江沢民との会談でも、米朝交渉に本気で取り組む気持ちがあることを北朝鮮側に伝えてほしいと述べたことも明らかにしている。

しかし、ブッシュが示した北朝鮮に対する発言は、米朝関係の改善さらには南北関係の進展の可能性が極めて乏しいことを印象づける。ブッシュは、首脳会談後の共同記者会見の冒頭で、「悪の枢軸」に北朝鮮を含めた理由をわざわざ説明する念の入れようだった。そして、この問題については「熱い気持ちを持っている」とし、金大中に向かって、「これからも言い続ける」と述べた。また記者の質問に答える中でも、金正日が人民を自由にし、米韓の対話提案を受け入れ、「善良な心の持ち主であることを証明」するまでは、金正日に対する見方を変えない、とまで言い切った。

(3)中国訪問

中国訪問では、米中双方が所期の目的を達成したと結論することができる。ブッシュは、ラジオ演説であげた問題のすべてについて、首脳会談と清華大学での学生向け演説で言いたいことを述べた。米中間に様々なレベルの対話ルートをつくることで合意したことは、中米双方にとって重要な成果だった。

しかし、両首脳の共同記者会見及び清華大学の講演に際しての中国学生の質問に対するブッシュの答え方は、米中関係の前途が平坦でないことを窺わせるのに十分だった。その中心にあるのは台湾問題だ。

ブッシュは、共同記者会見の冒頭発言で、台湾問題に関し、「アメリカは、台湾関係法を支持していく」と公然と述べた。また、ミサイル防衛計画には台湾が含まれるかという記者の質問に対し、「脅威を与える国家からアメリカ、同盟国及び友人を守るという脈絡で、ミサイル防衛問題を(首脳会談で)取り上げた」と答えた。じつはブッシュは、日本の国会演説で、「アメリカは台湾人民に対する誓約を忘れない」と明言し、そのあと続けて「(アジアの)人民及びあらゆる地域の友人及び同盟国を守るために、効果的なミサイル防衛計画を推進する」と述べている。この二つの発言は見事に符合する。

清華大学の学生は、ブッシュが台湾問題の「平和的解決」としか言わず、「平和的統一」といわないのはなぜか、と質問した。ブッシュは曖昧な答えに終始した。それに対しその学生はさらに、ブッシュが質問に正面から答えようとせず、「統一」を口にしないのは「残念なことだ」と批判した。そして、ブッシュが日本の国会演説で台湾への誓約に言及したこと(上記)についてブッシュの確認を求めた上で、中国に対する誓約(注:1972年、1978年、1982年の共同コミュニケ)はまだ覚えているか、と皮肉混じりに指摘した。

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