小泉政治に対する中国メディアの論調

2001.12

2001年4月の自民党総裁就任直後に憲法第9条改定を公然と口にし、8月に靖国神社を参拝した小泉首相は、9月11日のいわゆる同時多発テロ(以下「9.11事件」)を受けてテロ対策特別措置法を成立させ、対米軍事支援活動を強行した。

同年12月には、日本の領海の外にあったいわゆる不審船に対して海上保安庁の巡視船が船体射撃を行い、反撃に対して撃沈し、乗組員全員が死亡・行方不明になった。国内では、この不審船が北朝鮮関連の可能性が高いとされたこと、また、海上自衛隊ではなく警察の一部である海上保安庁による行動ということもあってか、戦後日本の最初の本格的武力行使という危険な本質が見すごされている。

小泉首相は、この武力行使を「正当防衛」とし、むしろこういう事態に有効に対処するためにも有事法制を整備する必要があると主張した。まさに「袈裟の陰から鎧が見える」であり、有事法制の成立を急ぐ小泉政治のもとで、今回の事件は政治的に仕立て上げられたのではないか、とすら思わせるものがある。

このような危険な小泉政治を中国がどのように評価しているかを理解する上で、参考になる最近の中国側の対日論調を紹介する。結論からいえば、中国側の対日認識(つまりは小泉政治に対する認識)はきわめて厳しい。

1.2001年の日本外交の基調

12月26日付の解放日報は、金煕徳(社会科学院日本研究所)の「2001年の日本外交の基調-『参拝』と『派兵』-」と題する論文を掲載した。冒頭の文章は、「21世紀の最初の1年、小泉首相を代表とする日本外交は、『参拝』と『派兵』を基調とし、その右傾保守化傾向はさらにハッキリした」で始まっている。「参拝」とは小泉首相の靖国神社参拝であり、「派兵」とは「9.11事件」を受けた特措法の成立および海外派兵である。

金論文は、日中関係については、一定の評価を行っている。論文は、小泉首相による靖国参拝が教科書問題(注:「つくる会」の歴史教科書の検定問題)と李登輝訪日ですでに停滞していた日中関係をさらに悪化させたと指摘する。しかし、10月の小泉首相の訪中およびAPEC首脳会議での会談により、「中日政治関係は回復に向かいはじめた」としている。

しかし金論文の全体を通じているのは、小泉政治さらには日本政治そのものに対する強い警戒感である。重要なことは、この警戒感が金論文に限られたものではなく、日本に関する多くの論文、論評で広く共有されていることだ。とくに、小泉訪中後に特措法が成立して海外派兵が強行され、年末には不審船を撃沈する事件が起こったことは、中国側の対日不信・警戒感を高めずにはおかなかった。

2.特措法と海外派兵

特措法と海外派兵については、上記金論文のほか、卓南生「9.11と日本の派兵を論ずる」(聯合早報9月22日)、于青「日本の海外派兵の『新突破』を見る」(人民網10月30日)がある。ここでは卓、于両論文を紹介する。

卓論文は、1990年の湾岸危機と同じく、9.11事件が平和憲法を否定するための理論的根拠に利用された、とズバリ本質を突く文章で始まっている。その理論的根拠とは、湾岸危機においては「国際貢献論」であったが、9.11事件では「同盟国責任論」である。卓論文の内容は次のようにまとめることができる。

湾岸危機の際に打ち出された「国際貢献論」は、まだ国をあげての「保守化」が進んでおらず、国民的な批判があったために、必ずしも派兵論者の思うような世論状況を作り出すことはできなかった。この理論に基づいて130億ドルもの巨費を支出したが、国際的評価は高くなかった。そこで9.11事件をうけた日本の保守政治は、「同盟国責任論」を打ち出し、国民に対して、派兵しなかった湾岸危機の経験(海外派兵しなかったこと)を繰り返してはならないとする猛烈な宣伝を行った。メディアもこの論調を強く支持する論陣を張った。「同盟国責任論」は、派兵を牽制する日本内外の世論を乗り越えることを目的とした。

正確に言うと、「同盟国責任論」という主張は、特措法強行成立および海外派兵に当たって正面切って使われたわけではない。その点では、湾岸危機に際して打ち出された「国際貢献論」と同日に論じるのは無理がある。特措法を正当化する主張は、“テロと対決する国際的努力に対する協力”に力点をおいていた。

しかし、小泉政治が特措法成立に向かって突進しはじめたのは、アーミテージ国務副長官の「ショー・ザ・フラッグ」発言を受けてのことだ。小泉首相の念頭にあったのは、集団的自衛権行使にふみきることを迫るブッシュ政権の対日要求にいかに応えるか、ということだった。それらのことを考えれば、特措法・海外派兵の根底にあるのは「同盟国責任論」であった、という卓論文の主張は決して唐突、的はずれということではない。

卓論文の最後の文章は、「(特措法で)平和憲法と死に神との距離はほんのわずかなものになった」という指摘だ。じつに鋭い。小泉政治の危険性を喝破している、というべきだ。

9.11事件をうけた小泉政治の本質を明らかにした于論文と金論文も重要である。

于論文は、特措法を「戦時に自衛隊が外国の領域に出動することを認めた最初の法律」「反テロリズムの法律ではなく、自衛隊が戦争に参加する法律だ」と指摘する。「戦時に」という指摘は、政府やメディアの宣伝で正常な判断力を麻痺させられている私たちのいい加減さを思いしらせる重みを持っているし、反テロの法律ではないと一蹴する指摘にも、襟を正さないわけにはいかない。

于論文と金論文に共通する認識は、特措法が平和憲法の束縛を振り払い、「専守防衛」「軍事大国にならない」という従来の路線から離れる点で、重大な「突破」を行った、というものだ。「突破」とは、①はじめて戦時に海外派兵すること、②はじめて米軍の実戦を支援すること、③海外派兵の範囲の無限拡大、④自衛隊の武力行使の広がり、⑤海外派兵に関する国会の事前承認を不要としたことだ。

③~⑤の点は、国内における特措法批判の主要論点だった。しかし、「はじめての戦時の海外派兵」「はじめての米軍の実戦支援」という表現での指摘に接して、私は再び襟を正す思いにおそわれたことを正直に認める。

そういう認識がなかったということではない。しかし、「はじめての戦時派兵」「はじめての米軍実戦支援」(下線は筆者)という表現を突きつけられたとき、改めて「そんなことを憲法第9条のもとで許してしまったのだ」、「本当に取り返しのつかない事態に追いこまれているのだ」と、粛然とさせられたのだ。

于論文の最後の文章も重い。「アフガニスタンの戦争がおこってから、ドイツと日本はともに米軍の行動に支援を表明した。しかし、両国に対する世論の受けとめ方はまったく違う。その原因は別に複雑なものではない。両国の侵略の歴史に対する態度が違うということだ。日本は近年、国際的に『普通の国家』と見られることを望んでいる。この願望を実現することは、実は難しいことではない。ドイツが歴史問題に対するときの『普通の態度』と『普通のやり方』を学ばないかぎり、日本が海外で軍事力を動員することに対する世論の警戒感をゆるめることはできない。」

3.不審船撃沈

2001年12月の不審船撃沈事件に対する中国側の反応は、特措法・海外派兵に対する以上のものがあった。撃沈直後から、事件および小泉首相以下の日本側の反応が報道された。「日本は20隻以上の巡視艇、駆逐艦および14機の航空機を出動し、…中国の東海(注:東シナ海)で撃沈した。これは、戦後初の不審船に対する射撃である」という描写がある。中国外交部スポークスマンの発言(12月23日)も緊張していた。「中国側は、事態の発展に一貫して注目している。主管部門が確認したところによれば、この船舶は中国籍ではない。沈没地点は中国領海の外260キロだ。我々は、日本が東海海域で武力を行使したことに関心を表明する。…中国側は、日本側に対し、関連状況を通報するよう要求している。」

この事件に対する報道、論評、論文では、孫盛林「説明がつかない日本の不審船撃沈事件」(人民網12月24日)、管克江「日本の武力行使には法的根拠が不足している」(人民網12月25日)、金武「他国の船舶を追尾包囲撃沈する日本の海上での剣を振り回す意図はどこにあるか」(北京青年報2月27日)を見る。

三つの文章は、この事件が「戦後56年で日本がはじめてしかけた船体攻撃」である点を重視する。日本の政府およびメディアが国内関連法規によって海保庁の行動を正当化しようとしているが、数十年来一貫して慎重な行動に徹してきた海保庁がこのような攻撃を発動したことは、「じつに理解に苦しむ」とする。そして今回の事件の背景には、近年の日本が軍事大国化に向けて不断に立法措置をとり、自衛隊の武力行使の権限をエスカレートしている大きな流れがあると判断している。

日本の武力行使が日本領海外で行われたことの法的問題点を指摘する点で、三つの文章は共通している。とくに国連海洋法、日本の関連法規、正当防衛という法的概念に基づいて問題を明らかにしようとするのが管論評だ。

管論評はとくに、国連海洋法の関連規定に基づいて国際法上の違法性を考える必要を指摘している。個々の指摘の内容的な妥当性はともかく、日本政府およびこれを受けた国内メディアの正当化の主張が国内法の次元に終始していることを正す意味を持つ。

日本の関連法規との関係では、管論評は、改定海上保安庁法では「無害通航でない航行を我が国の内水又は領海において現に行っている」と認められる場合にのみ、「武器を使用することができる」としている点に着目する。そして、日本の領海外にいた不審船に対して射撃を加える法的根拠はなかった、とする。

また管論評は、小泉首相が主張した正当防衛については、日本側が不審船に対し威嚇および船体射撃をした後に不審船が反撃したことを確認する。管論評が正確に指摘するように、刑法の正当防衛に関しては、発砲の前後関係を明確に区別しなければならない。日本側が先に射撃にふみきった以上、正当防衛は成り立たないのは、管論評の指摘どおりだ。

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