「国際テロリズム」:9.11事件と米中ロ関係

2001.12

*この原稿は、ある雑誌のために執筆したものです。事件が起こってからすでに2ヶ月以上が経って、事件が国際関係に及ぼす影響についても考えなくてはならないいろいろな問題が生まれてきています。

例えば、アメリカの行動を根拠に、イスラエルはPLOに対する軍事作戦をテロ対策として正当化し、インドはカシミールにおける軍事作戦をやはりテロ対策として正当化する立場を強調するようになりました。ロシアも、チェチェンに対する軍事作戦を同じ立場で正当化します。スリランカも、国内タミール人との内戦を対テロ作戦と主張しました。テロリズムという言葉が正確に定義されていないことは、こうした事態を生んでしまうのです。

アメリカの軍事作戦計画は、たしかにタリバン政権を崩壊させました。しかし、タリバン後のアフガニスタンの再建は難航しています。その中で、国際社会(その代表とされる国連)が口出しするのは当然、とする雰囲気があります。私は、こうした動きは、アメリカの軍事行動を当然視する前提のうえにあるものですし、アフガニスタンの国民の意思ではなく、各派閥の「親分」たちを無理やり寄せ集めているだけのものであることを、しっかり見据える必要があると思います。大国が小国に意思をおしつける手法がまかり通るようになったら、民主的な国際社会への展望は開けてこないのです。

他方で、問題の本質を見つめるべきだ、という声が国際的に大きくなってきたのは力づけられることです。アメリカなどの軍事行動が長びくにつれて、事件を生んだ土壌・背景である、アメリカの二枚舌の中東政策とアメリカが中心になってすすめてきたグローバル化政策による貧困問題に国際社会が向かい合わなければならない、という認識が国際的に高まっているのです。

そういう中で、日本ではまだあまり注目されていないのですが、事件後の米中ロ関係にも動きがあります。大国間の関係が彼らの思惑によって形作られることには、私たちは常に警戒してかかる必要があると思います。事件後の米ロ関係は、そういう意味で、とくに要注意だと思っています。

2001年9月11日におこったいわゆる同時多発テロ事件(以下「9.11事件」または「事件」)は、国際関係にも大きな影響を与えることになった。とくにアメリカのブッシュ政権が「アメリカにつくか、テロにつくか」という乱暴きわまる二者択一の形で各国に去就を迫ったことは、アメリカと各国との関係に影響を及ぼしつつあるケースが少なくない。

米中関係及び米ロ関係もその例外ではない。そしてそのことは、中ロ関係のあり方にも今後影響を及ぼす可能性をはらんでいる。今回は、9.11事件をうけた米中ロ関係について考察する。

1.米ロ関係

9.11事件をうけて、もっとも大きな変化を見せつつあるのは米ロ関係である。しかし、この変化の流れが一直線で進むと判断することをためらわす材料もある。

(1)9.11事件以後の米ロ関係

事件が起こったあと、まだ大統領専用機の中にいたブッシュに最初にお見舞いの気持ちを伝えたのはロシアのプーチン大統領だった。また、アメリカが最高度の軍事警戒態勢をとったとき、プーチンはブッシュに電話し、ロシアが対抗措置をとることはないと通報した。

両国が対立していた時代には、アメリカが軍事警戒態勢をしけば、その理由の如何を問わず、ソ連(ロシア)もこれに対抗するための軍事警戒態勢をとるのが常だった。そこには相互不信という抜きがたい要素の働きがあったわけだ。プーチンが対抗措置をとらないと通報したことは、ロシアがもはやアメリカに対して不信感をもっていないというメッセージを送ることでもあったのだ。

ブッシュ政権は、以上の2つの行動をとったプーチンを最高度に評価した。ブッシュは記者会見で、わざわざこれらのことを感謝と評価の気持ちを最大限にあらわして紹介した。

その後もロシアは、アメリカの軍事行動を全面的に支持し、協力する態度をとった。テロ関連情報の提供はもちろんのこと、アメリカ軍機がロシア領空を通過することも許可し、アフガニスタンと国境を接する中央アジアの3カ国(旧ソ連の一部を構成しており、ロシアの勢力圏とみなされている)へのアメリカ軍の展開についても同意した。

このようなロシアの軍事協力は、アメリカのアフガニスタンに対する軍事行動にとってきわめて重要な意義をもつものだった。アメリカはパキスタンの協力を取り付けはしたが、パキスタン国内の反米感情を考慮した作戦を余儀なくされた。ロシアと中央アジア3カ国の積極的な協力がなかったならば、アメリカが反タリバン勢力にてこ入れすることは難しく、戦争は膠着していた可能性が大きかった。

アメリカは、ロシアの行動を高く評価した。「米ロ関係はいまや冷戦後の時代ではなく、冷戦後の後の時代に入った」(パウエル国務長官)とまで形容するまでになっている。

このような雰囲気を背景に、プーチンが訪米した(2001年11月)。その結果、両国大統領がそれぞれの戦略核兵器を大幅に削減することを発表した。ブッシュは、2人の関係が信頼と友情で結ばれていることを強調した。

(2)米ロの思惑の違い

しかし詳細に見ると、米ロ関係がさらに発展するうえでは、解決・克服しなければならない重要な問題があることが分かる。双方に利害打算が働いていること、両国関係がよって立つ基盤についての認識に差があること、個人的信頼関係だけでは国家関係は盤石とならないこと、などである。

9.11事件以後のブッシュ政権があらゆる政策に優先させたのはテロ対策だ。すでに紹介したように、事件に対する去就(アメリカにつくかどうか)だけで各国をいわば値踏みした。ロシアは文句なしに合格した。しかし、事件前までの米ロ関係に強い影響を及ぼしていた問題(アメリカのミサイル防衛計画、チェチェン紛争、ロシアの民主化など)がなくなったわけではない。

プーチンとしては、アメリカがテロ対策を中心にすえたことに全面的に協力することにより、正にこれらの問題について、アメリカからの圧力・攻勢をかわし、主導権を握ることに眼目があることはまちがいない。

また、両国関係を発展させる基盤についての認識についても、両国の間には明らかにずれがある。たしかに両国とも、国際テロ問題が最大の問題となったとし、この問題に両国が協力して対処する必要があるという認識で一致している。

しかし、プーチンが国際テロ問題は21世紀最大の問題という位置づけをし、その枠組みの中で米ロ関係を位置づけようとしているのに対し、ブッシュ政権はそこまで踏み込んだ認識を見せているわけではない。たとえばラムズフェルド国防長官は、アメリカが直面する挑戦はテロに対する戦争とは違うものだ、とハッキリ述べている。

以上から考えられることは、テロ対策が一段落した段階では、両国の利害打算の違いや両国関係のよって立つ基盤についての認識の違いが表面化する可能性があるということだ。

米ロ関係の改善がブッシュとプーチンの個人的な信頼関係に大きく依存してきたことも、むしろ長期的な関係を考えるうえではマイナス材料になりかねない。じつはその兆しがプーチン訪米のさいに露呈された。

すでに紹介した戦略核兵器の大幅削減について、ブッシュは正式な条約によって約束することに消極的な立場をとった。これに対してプーチンは、正式な条約にすることに意欲を示した。また、戦略防衛ミサイル計画を進めたいブッシュは、その障害になるとするABM条約を廃棄する考えを捨てていない。プーチンは逆に、アメリカの計画を条約の枠組みの中に縛りこむことを重視している。両者の考え方の溝は埋まらず、プーチン訪米のさいには、この問題では進展がなかった。

ブッシュ政権は、自らの動きを縛るものについては極力抵抗するという顕著な特徴をもつ。その姿勢は、事件の前と後でまったく変わっていない。しかしロシアにとって、そのような姿勢を受けいれることは、米ロ関係がブッシュ政権の思いのままに動かされることに同意するに等しい。

より基本的には、ブッシュ政権との間に合意を実現したとしても、ブッシュ後の政権がその合意を引き継ぐ保証はない。要するに、しっかりした条約によって裏づけられない関係は基本的に不安定、ということだ。

結論として、米ロ関係についてはこのまま関係が前進するという前提に立って物事を考えるのは早すぎる、ということになる

2.米中関係

米中関係については、9.11事件は大きな影響を及ぼさなかった、という印象が強い。たしかに、事件前にはアメリカでなかば公然と議論されていた中国脅威論が影をひそめたということはある。事件をうけて、アメリカの軍事戦略が見直される可能性は否定できない。しかし、ラムズフェルド国防長官は、事件はそれまでの軍事戦略の考え方の有効性を確認した、という見方を示した。この問題は今後の重要な観察課題である。

9.11事件以後の米中関係に関しては、プーチンの初動の早さに対して、江沢民の動きは精彩を欠いた、という批判が中国国内にはあるようだ(中国の事件直後の対応については前号で紹介した)。中国も国際テロ関連の情報をアメリカに提供することに同意した、とされる。しかしロシアが同意したようなアメリカ軍機の中国領空通過や、アフガニスタンと国境を接する地域をアメリカ軍の使用に提供するようなことはない(原稿執筆時点)。

むしろ中国の行動を流れているのは、国際テロリズムに反対する点ではアメリカと認識・立場を共有するが、アメリカの軍事行動に対しては是々非々の立場を貫くことに力点がある、ということだ。中国は自主独立の立場を維持しようとしている、と見られる。

ブッシュ政権は、中国の立場を公然と批判することを控えている。やはり、国連安全保障理事会の常任理事国である中国の発言力を考慮せざるをえない、ということなのだろう。

カタールで開かれた世界貿易機関(WTO)の会議で、中国は事件前からの予定どおり加盟が承認された。このことは、事件が米中関係に悪影響を及ぼしていないことを示す一つの判断根拠だ。むしろ事件によって先行き不透明感を増すアメリカ経済にとって、中国のWTO加盟は数少ない好材料である。

3.中ロ関係

9.11事件後に中ロ関係では目立った動きはない。しかし、米ロ関係の今後の展開如何によっては、中ロ関係にも影響が及ぶ可能性がある。とくにテロ対策に関する米ロ協力の帰趨、アメリカのミサイル防衛計画に関する米ロ交渉が注目を要する。

じつは国際テロリズム対策は、9.11事件が起こる前から、中ロ関係において比重を高めつつあった。中ロ両国と中央アジア4カ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン)をメンバーとする上海協力機構(2001年6月設立)の重要な目的の一つは、国際テロリズム・民族分裂主義・宗教過激主義に打撃を与えることにある。

事件の発生以後、アメリカが主導権を握り、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンが緊密に協力して対応する軍事体制がつくられた。新聞報道によるかぎり、中国を含めた上海協力機構に基づく動きは見られない。

将来にむけた問題としては、アメリカが中央アジアにおける軍事的プレゼンスや政治的影響力を高めるようなことになった場合、上海協力機構を足場にした中国の取り組み、さらにはロシアや中央アジア諸国との関係に複雑さをもたらす要因となることも考えられる。

ミサイル防衛計画に関する米ロ交渉の行方は、中国の安全保障の根幹にかかわる大問題だ。アメリカの軍事的脅威に対して最小限の核戦力で対抗してきた方針(最小限抑止核戦略)の土台が揺らぐことはもちろんだ。

中ロ関係そのものにも重大な影響が生まれる可能性がある。ロシアがアメリカのミサイル防衛計画を認めるようなことになれば、中国が重視してきた中ロの共同歩調が崩れることにつながる。それだけではない。米ロ関係が緊密になればなるほど、中国がつとめて成り立たせようとしてきた米中ロの間における力の正三角形の関係が崩れることにもなる。ことは中ロ関係という次元の中には収まらず、中国外交の基本にもかかわる可能性すらある。

RSS