「国際テロリズム」:中国の立場

2001.10

*本稿は、別の題名で書いたものですが、多くの読者の目にとまる可能性を考えて、タイトルを変えて、コラムに載せることを考えました。日本におけるこの問題の扱われ方がいかに異常を極めているかを考える上での素材にもなると思います。

 

2001年9月11日にアメリカで起こったいわゆる同時多発テロ事件(9.11事件)は、世界中を震撼させた。中国も例外ではなく、事件直後の11日夜に江沢民主席がブッシュ大統領にお見舞いの電報を打ったのを皮切りに、人民日報は連日のように事件関連の報道を行ってきた。その報道は、邦紙各紙のような派手さはないが、事件発生からの1ヶ月間に約100本の事件関連の記事が掲載されたということは、きわめて異例の扱いといえる。

 事件に対するアメリカによる軍事報復は始まったばかりであり、今後事態がどう展開するかは、現時点では見極めがたい。今回は、事件及びアメリカを中心とした軍事報復の動きに対して、中国がどう対応してきたかについて、人民日報の報道に基づいて紹介する。今後の事態の展開に従って、中国の行動についてはさらに紹介することを考えている。

1.事件と米中関係の変化

(1)事件直後の米中首脳の意志疎通

事件直後の江沢民のブッシュ宛電報は、「アメリカ政府及び人民に対し心からの慰問を表明し、死傷者の家族には哀悼を示す」とし、「中国政府は、すべてのテロリズムの暴力活動を、一貫して非難し、これに反対している」と述べた。さらに翌12日の夜、両首脳は電話会談を行った。この中でブッシュは、国際テロリズムは世界平和に対する脅威であるとし、江沢民及び国際社会の他の指導者と協力を強め、ともに国際テロリズムに対して打撃を与えたいと述べ、米中両国が国連安保理での協力を強化したいという希望を表明した。

これに対して江沢民は、今回の事件は、アメリカ人民に災害をもたらしたにとどまらず、世界人民の平和を希求する願望に対する挑戦でもあると位置づけ、中国が今回のテロ活動を「強烈に非難する」とする認識を示した。そして、今後の中国側の方針として、①アメリカ側に対するすべての必要な支援と協力を提供、②アメリカ及び国際社会と対話を強め、協力して、すべてのテロリズムの暴力活動に打撃を与えること、③両国の外相及び国連代表団が協議及び協力を強化すること、の3点を明らかにした。

(2)事件を受けた米中関係の変化

ブッシュが、米中協力の具体的中身として、国連安保理を早々と特定したことは、当然ではあるが、やはり興味深い。

事件が起こるまでのブッシュ政権は、中国こそがアメリカにとっての「脅威No.1」という認識に立っていた。しかしブッシュは、この事件を受けて、国際テロリズムをアメリカに対する最大の挑戦・脅威という認識を急速に固めていく。ブッシュが江沢民に伝えた「国際テロリズムは世界平和に対する脅威」という発言は、脅威認識の変化を反映している。

さらにアメリカにとって、この脅威に対抗するためには、国際世論なかんずく安保理を味方につける必要がある。安保理常任理事国の中でアメリカに対してもっとも自主独立性が強いのは中国だ。中国がアメリカの行動・政策に対する障害となる可能性が大きいのは安保理においてである。ブッシュの上記発言は、そういう利害打算にも裏打ちされている。

江沢民発言は、いわゆるテロリズムに関する従来の中国の政策・方針を踏まえたもの、と位置づけることができる。すなわち、テロリズムは絶対に容認しえない犯罪であり、厳しく取り締まる必要がある、というものだ。したがってアメリカが求めた米中協力は、中国もまったく異論のないところだ。

アメリカの脅威認識が中国から国際テロリズムに急転換した点については、本稿執筆時点まででは、中国からはいっさいの反応が示されていない。ブッシュ政権の基本認識におけるこのようなブレの激しさについては、筆者自身もにわかには信じがたい、というのが率直なところだ。まして当事者である中国としてみれば、さらに時間をかけて本物かどうかを見極める必要がある、と考えるとしても異とするにあたらない。

(3)問題解決における中米の立場の違い

ブッシュ政権は早い段階から、事件の首謀者をビン・ラディン(及びそのもとにあるアル・カイダという組織)と特定し、これをかくまうもの(具体的にはアフガニスタンのタリバン政権)とをあわせ、軍事報復の対象とする方針を追求した。10月7日には軍事行動を開始した。これに対して中国は従来一貫して、あらゆる国際問題の平和的解決を主張しており、とくにアメリカが国際問題の軍事的解決に走る傾向が強いことには批判的だ。

9月12日に電話会談が行われた段階ですでに、ブッシュは今回の事件を「戦争行為」と決めつけ、軍事報復に訴える方向に強く傾いていた。江沢民が国際社会との対話と協力の必要性を強調したのは、こうしたアメリカの動きに対して、中国として牽制を加える意図が込められていたと思われる。

アメリカが軍事行動を開始した翌8日、江沢民とブッシュはふたたび電話会談を行った。人民日報は、アメリカの軍事行動開始に関するブッシュの発言を紹介していない。江沢民については、「我々は、大統領が何度も、今回の軍事行動はテロリスト活動の具体的目標にのみ限定したものであり、アフガニスタン人民及びムスリムに対するものではなく、措置をとるにあたっては無辜の人民に被害が及ばないようにする、と表明したことに留意している。我々は、以上の原則を堅持することは、テロリズムに対して有効な打撃を与える上できわめて重要である、と考える」と述べたことを紹介している。

この発言は、アメリカの軍事行動を正面から批判したものではないし、無条件に肯定したものでもない。結果的にアメリカの軍事行動を容認したもの、という評価・批判は当たっている。ただし、アメリカの軍事行動の今後における展開如何(軍事行動がアフガニスタン民衆を巻き込む無差別性を強める場合など)によっては、中国がアメリカと一線を画する行動にでる可能性を確保している点も無視することはできない。

2.安保理における中国の動き

今回の事件に関してもっとも重要な安保理の行動は、これまでのところ、事件が起こった翌日に行われた9月12日の決議1368の採択である。この安保理会合における中国代表の発言及び決議に関する人民日報の紹介ぶりにも、中国の姿勢が窺われた。

中国代表の発言では次の諸点が注目される。

①国際テロリズムを「国際の平和及び安全に影響を与える重大な潜在的危険要因」と規定したこと

②国連がテロリズムを抑え、これに打撃を加える上での役割を強化し、加盟国間で協力を強化し、テロリズムに反対する国際条約を確実に実施し、テロリストに法に照らして制裁を加えることを支持すると表明したこと

③国際テロ活動に打撃を与える上では、国際の平和と安全に第一義的に責任を負う安保理が役割を発揮するべきであると主張したこと

また、人民日報による安保理決議の内容紹介に関してとくに注目されるのは、決議の内容として、テロリスト及びその背後にいる画策者を法によって処罰すること、テロに対する国際協力という点に力点を置いていることだ。これは、以上に紹介した中国の主張を反映する部分だ。しかし人民日報は、決議に含まれた、加盟国の自衛権行使の権利確認にかかわる部分について触れていない。

アメリカは、自らの軍事行動を自衛権の行使として正当化している。NATOの欧州諸国は、集団的自衛権の行使としてその行動を正当化している。国連のアナン事務総長も、米欧諸国の立場を受け入れる認識を表明した。そういう中で、人民日報があえてこの点を無視した内容紹介を行ったことは、単なる不注意、無関心として片づけることはできない。

この点については、国連憲章における自衛権の位置づけという法的問題と先例との係わりについて詳細な知識を必要とするので、ここではこれ以上立ち入らない(事態の展開に応じて、必要がでてきたときに、改めて検討することにしたい)。

3.事件に関連する中国の首脳外交

人民日報は、今回の事件に関して、中国がアメリカ以外の関係諸国との間でも活発な外交活動を行っていることを、江沢民の各国首脳との電話による意見交換を紹介するという形で積極的に紹介している。これは、従来の中国の外交スタイルから考えると、きわめて異例なことである。

9月18日の午後から夜にかけて、江沢民は、イギリスのブレア首相、フランスのシラク大統領、ロシアのプーチン大統領と意見交換を行った。同月26日にはエジプトのムバラク大統領、また、30日にはパキスタンのムシャラフ大統領とも意見交換を行った。これら一連の意見交換の紹介を通じて、中国は今回の事件に対する中国側の立場をさらに明確にしようとしていることがうかがわれる。重要なことは、紹介されている江沢民の発言内容は、ほとんどすべてがアメリカの行動・政策に対する直接・間接の批判という意味合いを持っていることである。

ブレアとの意見交換では、テロリズムを「深刻な国際的公害」と形容した上で、テロに対する打撃を加える上で満たすべき要件として、①確固とした証拠と具体的目標があること、②なんとしてでも無辜の人民に被害が及ばないようにすること、③国連憲章の精神と原則及び公認の国際法の原則に合致すること、④あらゆる行動が世界の平和及び発展という長期的利益に有利であること、を指摘した。

シラクとの意見交換では、中東和平プロセスの促進が重要だとするシラクの指摘を賞賛し(ムバラクとの意見交換では、江沢民からこの点を積極的に発言)、現下の情勢ではとりわけ冷静さを保ち、慎重にことを処理する必要がある、と述べている。

またプーチンとの意見交換では、①事件を処理するにあたっては、直接的な結果だけではなく、地域の情勢に対する深刻な影響さらには世界の平和と発展という長期的利益をも考慮するべきだ、②安保理常任理事国間の協議を強めるべきだ、③中ロ両国がテロ問題では共通の立場と利害を持っているので、協力関係を強める必要がある、と指摘した。

ムシャラフとの意見交換では、テロに明確に反対する立場を堅持していることを高く評価し、①パキスタンがとっている立場と措置を十分に理解し、尊重すること、②中国はパキスタンの真の友人であり、同国との協調と協力を引き続き強化したいこと、を伝えた。

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