歌集に詠まれたABCC

2009.05.16

*1954年8月6日に第二書房から出版された歌集廣島編集委員会編『廣島』の存在を知り、ネットの「日本の古本屋」で見つけ、買い求めました。とても興味深い内容です。ここでは、当時の広島の人たちが放影研の前身であるABCCをどのように見ていたかを示す短歌を紹介しておきます。5月6日付で私が記した放影研に関する報告については、いろいろな方から反応を寄せていただき、力強く思っています。ある被爆者の方からは、「絶対に許せない」という声が寄せられていますことを付言しておきます。みんなの力で、放影研の対NIAID協力計画が強行されることをやめさせたいと念願しています(5月16日記)。

〇安達艶子(無職) 魂眠る墓地掘りおこし比治山に原爆研究所鮮やかに立つ(p.9)
〇今元春江(文選工) モルモットにされに行くなとA・B・C・Cの被爆調書をやぶりて捨つる(p.20)
〇加納節尋(元写真師・守衛) A・B・C・Cかたへの崖の防空壕悪夢覆ふがにみな蓋をせり(p.36)
〇品川楊村(会社員) 蒲鉾形のモダン建築わが窓に見え何に役立つアメリカ原爆被害研究所(p.70)
〇竹内多一(無職) A・B・C・Cは兵器実験のひとつの場山上の偉容に怒りあたらし;
A・B・C・Cへ比治山山上を提供し市長は行けりアメリカへの旅(p.88)
〇みやもと・まさよし(公務員) 治療せぬA・B・C・Cをいふときに鋭きことば君は放ちぬ(p.156)
〇向井恵美子(主婦) 比治山のいまだ稚き夏木立A・B・C・Cのドームは白く(p.158)
〇森田良正(公務員) 比治山の上の異形の建物が人間モルモットの試験場とか(p.164)