ABCCへの回帰?:放影研の対NIAID協力計画

2009.05.06

1.放影研主催の地元連絡協議会

 放射線影響研究所(放影研。かつてのABCC)は、現在アメリカ政府の機関である国立アレルギー及び感染病研究所(NIAID)との間で、日本の原爆被爆者における「急性放射線被ばくによる免疫老化とその他の後遺症に関する研究」を進めるべく交渉を行っています。すでに放影研の計画書は先方に提出され、NIAIDが受け入れれば、近い将来に契約されてしまうかもしれない状況です。
放影研には、地元連絡協議会というものがあり、放影研の活動に対する地元関係者の理解と協力を求めるために随時会議を開催してきました。また、この会議は原則公開で、メディアの取材の元で開かれてきました。ところが放影研は、NIAIDとの研究協力計画については、なぜか地元連絡協議会を開催せず、理事長が協議会のメンバーを個別に訪問して計画概要を説明して「了解を取り付ける」というアプローチで臨んできました。実は私も広島平和研究所所長という地位にいるために、「当て職」としてこの協議会のメンバーになっており、その関係で理事長の「説明」を受けたのでした。
 しかし、理事長の説明には曖昧な点が多く、また。私として疑問を感じざるを得ないような点もありましたので、理事長には、地元連絡協議会を開催してしっかり報告し、十分な議論の上に決定することを希望すると申し上げました。その後、2週間ほどが経っても放影研からの返事がなかったので、私は理事長にメールを送り、是非地元連絡協議会を開催してほしいと申し入れました。その結果、理事長は4月28日に同協議会を開催しました。
 私は、理事長からの個別説明を聞いてから、NIAIDのウェブサイトを検索し、いくつかの公開資料から、NIAIDと放影研との間で進められている研究計画が極めて重大な問題をはらんだものであり、放影研はこの研究計画に参加するべきではないと判断するに至りました。
 そこで、地元連絡協議会の席上では、このコラムの末尾に添付する「国立アレルギー及び感染研究所(NIAID)に関する資料抜粋(翻訳)」を席上配布の上、放影研がこの研究計画に参加するべきではないとする私の見解を表明しました。NIAID側資料から明らかになった重大なポイントをまとめると、以下の数点になります。

①NIAIDは、2004年にアメリカ政府から直接、対核テロリズム対策の計画開発に関する中心的機関としての役割を果たす特別任務を与えられたこと
② その資金は、議会からの特別割り当てによる対テロ対策専門の「色つき」予算であること(予算は5年にわたり、文書には記載されていないが1年間約200万ド(半額はアメリカの学者に還元)とのこと)
③ NIAIDの司会の下で開かれた会議において、日本の原爆被爆者を対象(言葉は悪いですが、「モルモット」です)とする研究計画が承認されたこと
④ NIAIDは、放影研を指名して上記③の計画を推進しようとしていること
⑤ さらに、放影研は過去数十年にわたる放影研に協力してきた被爆者に関するデータベースなどをもNIAID側に提供することになっていること(善意で長年にわたって放影研に協力してきた被爆者の膨大な資料、データがアメリカの体格テロ対策のために利用される危険性があること)

 以上の事実関係に基づき、私は以下の4点を指摘し、放影研がこの研究計画に参加すべきではないと強調しました。

① 放影研の提案するNIAIDとの間の計画は、アメリカに対する核テロによる民間人の被害(被ばく)に対する備えを作るためのアメリカ政府の政策に協力することが本質である。しかし、そもそも、アメリカがなぜ核テロを心配しなければならないかといえば、それは幾重ものアメリカの二重基準の中東政策に根本的な問題があるからである。
本件研究は、その根本的な問題を不問にしたまま、核テロ(核兵器使用の可能性を含む)が起こることを前提として、日本の原爆被害者(ヒバクシャ)を臆面もなく利用して対処療法だけを練ろうとするものであり、ヒバクシャをモルモット扱いすることに等しいのではないか。また、核テロそのものを絶対に起こさせてはならない(アメリカには、核テロが起こらないことを確保するための中東政策の抜本的見直しを含む諸政策を講じることを求める)、とするヒバクシャの「ノーモア・ヒロシマ」「ノーモア・ヒバクシャ」の訴えの立脚点と根本的に背馳し、「人類は核兵器と共存できない」とする広島の思想・立場とも根本的に相容れないないのではないか。
② このような計画を広島県・市を含めた地元連絡協議会が仮にも了承するということになれば、広島の根本的存在理由が問われることになるのではないか。
③ この計画を放影研が推し進めることは、多くの被爆者にとって、忌まわしい過去の記憶を伴うABCCの復活を意味し、過去数十年にわたる放影研の努力を水泡に帰せしめることを危惧する。放影研の自らの名誉のためにも、この計画を断念すべきではないか。
④ このような放影研の存在理由そのものを損ないかねない本件計画に関して、所内の明確な同意・コンセンサスを得た上でこの協議会に諮っておられるのか。

2.地元連絡協議会での憂うべき議論の内容

 私が問題提起したのに対し、他の委員から様々な議論が行われましたが、その中でも際立っていたものは次の2点でした。今回の協議会が、いつもの例に従わず、プレスに公開しない形で行われたこともあってか、本音の発言が飛び出したようですが、それだけに私としてはいたたまれない内容のものでした。

① 被爆者のためになる研究であるならば、NIAIDという核テロ対策が目当てのアメリカの研究に放影研が参加することはかまわない。
② 参加するか否かの判断は、被爆者の方の気持ちを尊重して決めることが適当。

 私は、①の主張に対しては、NIAIDがアメリカでの核テロを想定してその対策を考えるための研究であることを明確にしており、仮に副次的効果として(国内向け説明として)被爆者の利害にメリットがあるという説明は牽強付会的にできるかもしれないが、本当に被爆者のことを考えるのであれば、アメリカ側の「汚い」お金によるべきではなく、日本政府から研究費を出させてクリーンな計画として行うべきではないか、と指摘しました。ところがその発言をした人から返ってきた返事は、日本政府がそのようなお金を出すはずはない、だからアメリカ側に協力してもよい、という乱暴を極めたものでした。
②の主張に関しては、被爆者を代表する立場の方もおられたので、私は発言を控えましたが、「自分たち非被爆者の問題ではない」という発想が見え見えの発言が広島で医療を行う立場にある人たちから行われるということに、私は強い違和感を覚えました。結局、こういう発想の人たちは、「ノーモア・ヒロシマ」「ノーモア・ヒバクシャ」の訴えは自分たち自身のものであるという認識が欠落しているからこそ、被爆者に判断を押しつけて我関せず、という態度をとることになってしまっているのです。これでは、「人類は核兵器と共存できない」という広島の思想が根本から崩れることになってしまうでしょう。

私は、放影研が進めようとしている問題が広島市民の関知しないままで進められることには納得がいきません。是非とも一人でも多くの市民がこの問題に関心を寄せ、放影研の計画に対して良識的な判断を下し、行動を起こしてくださることを願います。

(資料) 国立アレルギー及び感染病研究所(NIAID)に関する資料抜粋(翻訳)

1.「放射線及び核の脅威に対する医学的対抗措置のための国立衛生研究所(NIH)戦略計画及び研究アジェンダ」(2005年6月 NIH刊行物No.05-5608)
(出所)http://www3.niaid.nih.gov/about/overview/pdf/RadNucStrategicPlan.pdf
<要点>
① 2004年にNIAIDは、米国政府から直接、対テロリスト対策の計画開発に関する中心的機関としての役割を果たすという特別任務を与えられた。即ち「テロリストによる放射性物質を含む攻撃に対する医学的対抗措置を開発するNIH(国立衛生研究所)のすべての活動を指導するため、戦略計画及び研究アジェンダを開発する」という任務である。
② その資金は、NIH(NIAIDはNIH傘下の研究所)に対する一般予算ではなく、議会の特別な割り当てを通じて提供される上記計画のための特別な予算(「色つき」予算)によって賄われるということ。
<以下は原文の翻訳>
〇「2004年に米国厚生省(保健及び人的サービス省:DHHS)は、NIAIDに対し、あり得るテロリストによる放射性物質を含む攻撃に対する医学的対抗措置を開発するNIHのすべての活動を指導するため、戦略計画及び研究アジェンダを開発する任務を与えた。それまでは、民間人向けにそのような製品の開発を行う任務を担う連邦機関は存在しなかった。「放射線及び核の脅威に対する医学的対抗措置のためのNIH戦略計画及び研究アジェンダ」はこの刊行物の主題であり、NIAIDの生物防衛分野の活動に基づきそれを更に発展させようとするものである。(浅井注:NIAIDは本来感染や免疫についての研究機関だから、本来の任務に放射線の任務を追加したということ)
〇「この重要な計画の資金は、米国厚生省(DHHS)内の公衆保健緊急対処局に対して、議会の特別な割り当てを通じて提供されるもので、これは通常のNIH予算の一部ではない。」
〇「過去10年、特に2001年9月11日以来、増大するテロリズムの脅威が主要な国家的安全保障上の優先事項となってきた。…これらの脅威に対応するため、連邦政府は、放射性物質の散布を含む攻撃の結果生じる健康影響に対抗できる医学的措置方法の選択肢を増やす責任がある。NIHの任務は、公衆の健康増進のための基礎的及び応用的な研究を行うことである。NIH内部においては、NIAIDが以下のふたつの領域において指導的役割を担っている。即ち、テロリストの攻撃において使用される可能性がある感染性媒体に対する医学的対抗措置の開発、そして免疫恒常性及び免疫再構築に関する研究である。これらの理由により、厚生省(DHHS)は、NIHなかんずくNIAIDに対して、放射線被曝に対する新しい医学的対抗措置の研究開発を加速するための強い研究計画を開発するよう任務を課した。」
〇「NIAIDは、この研究計画を指導するため、ここに提示した「放射線及び核の脅威に対する医学的対抗措置のためのNIH戦略計画及び研究アジェンダ」を作成した。この文書は、以下に述べる研究に限定している;即ち、放射線に被曝した民間人を評価し診断し治療するため、そしてその被曝による有害な影響を最大限に減らすための新しくて有効な医学的対抗措置をもたらすような研究である。」
〇「2004年に、米国厚生省公衆保健緊急対処局は、NIHに対して以下の任務を与えた。即ち、放射線及び核攻撃に対して民間用に使用可能な医学的対抗措置開発のための国家研究計画を立案し、実行に移すという任務である。…NIAIDは、NIH全体の活動と共同し、他のNIH研究機関及びセンターの参加を確かなものとする役割を与えられた。…2004年10月14日にNIAIDは、「放射線及び核の脅威に対する医学的対抗措置のためのNIH戦略計画及び研究アジェンダに関する『ブルー・リボン・パネル』の会合を招集した。」

2.NIH「アレルギー及び感染症国家勧告評議会(NAAIDC)会合記録」(2007年9月17日)
(出所) http://www3.niaid.nih.gov/about/overview/councilCommittees/PDF/2007-09naaidc.pdf
<要点>
① すでに2007年9月17日のNIAID課長が司会した会合において、日本のヒバクシャを対象とする、放影研側が今回説明している内容の特定の目的の研究を行う案が承認されていた。
② 明らかにこの研究は、対テロ対策の一環として位置づけられており、ヒバクシャからの試料がその特定目的のために使用されることになっている。
<以下は原文の翻訳>
〇「NAAIDCの第157回会合が招集された。…NIAID課長のアンソニー・S.ファウチ博士が司会を務めた。」
〇「すべてのコンセプトが提起され、承認された。
  『核事故またはテロリストの攻撃による放射線被害のメカニズム、診断及び治療』(浅井注:説明省略) 『原爆被爆者における急性放射線被曝による免疫老化とその他の後遺症に関する研究』:この計画は、原爆の爆発にさらされた人体における、免疫とその他の器官システムに対する放射線の影響と加齢による影響の識別、そしてそれらの影響の疾病発症への寄与に焦点を当てる。この計画の第一段階においては、被爆と加齢のメカニズムをより良く理解しこれらが免疫老化にいかなる影響を及ぼしたかを理解するために研究を行う。また、免疫不全がいかにして慢性的炎症状態を生じたか、また免疫老化に伴って生じる可能性のある疾病及び感染を明らかにするために研究が行われる。被爆に起因する免疫老化のメカニズムを解明するため、原爆被爆者からの試料が使用される…。研究の次の段階では、急性被曝の他の器官システムに対する遅延性症状に対する研究を含むことになるだろう。

3.「急性電離放射線被曝による免疫老化とその他の後遺症に関する研究」(2008年7月1日)
(出所) SAM.GOV
<要点>
① 2007年9月に承認された計画を具体化するために、2008年7月1日に、NIAIDが直接放影研に計画提案を行うようリクエストすることになっている(浅井注:表現は悪いが、対テロ対策研究に放影研を狙い撃ちで利用しようとしている)。
② 放影研は、本件研究実施過程でヒバクシャから得られる試料に関する分析・研究に加え、これまで数十年にわたって放影研が蓄積してきたヒバクシャに関する情報、データ、組織標本などをもNIAID側に提供することが要求されている。
③ 放影研とNIAIDとの契約は5年間とある。この研究契約のためにNIAIDは放影研に対して毎年200万ドル(約2億円)を5年間にわたって払う、そしてその半額はアメリカの研究者に還元されると聞き及んでいる。
年間これほどの巨額の金額が放影研とアメリカ国内の共同研究者に渡るのは、数百人の被爆者の試料に関する研究だけに必要とされると考えるのは極めて不自然である。アメリカ側研究者が放影研の提供する試料だけではなく、放影研がこれまでに蓄積してきたヒバクシャに関する膨大な情報、データ、組織標本などをも研究対象とすることを可能にするためのものと考えざるを得ないが、どうなのか。
<以下は原文の翻訳>
 「NIAIDのアレルギー・免疫・移植局(DAIT)は、日本の放射線影響研究所(放影研)に対して計画申請を発出する予定である。もしも必要であることが明らかになれば、提案者(放影研)は、放射線により誘発された免疫系の加齢(免疫老化)とその他の放射線影響に関する研究を行うことになるだろう。その目的は、免疫とその他の器官における放射線と加齢の影響を明らかにし、これらの要因の被爆者における疾患発生への寄与を明らかにすることである。(浅井注:さらなる放影研に関する研究内容を紹介しているが、ここでは省略する。)提案者(放影研)は、被曝に起因する免疫老化のメカニズムを解明するため、被爆者から得られた試料を使用する…。
  提案者(放影研)は、採用された場合には、以下のことを行うことが要求されることになる。
-造血幹細胞に対する電離放射線被曝及び老化の影響分析
-電離放射線被曝及び老化のワクチン反応に対する影響分析並びに強固な免疫反応を増大させる方法の調査
-年齢及び電離放射線に関係した人間の免疫能力に関する包括的評価システムの開発
提案者(放影研)は、例えば、以下のことを証明(demonstrate)し、文書化(情報提供?document)することが要求される。
1. 核兵器から放出された様々な量の電離放射線に被曝した数万人の個人(すべての年齢グループの男女を含む)の数十年にわたる長期的な健康状態を追跡した証明された歴史
2. 原爆被爆者に関する将来的及び回顧的な臨床的及び基礎的な調査研究実施に関する証明された歴史
3. 被爆者自身へのアクセスならびに被爆者のデータベース、及び組織標本(例えば血液)へのアクセ-ス
4. 原爆被爆者における研究実施と、この集団において放射線が免疫システムに対して与えたインパクトに関する証明された歴史
5. (浅井注:技術管理的な内容なので省略)
費用の償還及び完成形態の契約は、資金が利用できること及び契約者からの技術的に受諾可能な提案の受領を条件として、2009年7月15日頃に開始する5年間の単一契約として単一の契約者に与えられる。(浅井注:以下省略)