広島に来て3年の節目に思うこと

2008.02.06

*寄稿を求められて書いた文章です。この3月末で広島滞在が丸3年なので、限られた字数の中で思うことを書いてみました(2月6日)。

2005年4月に広島平和研究所に着任して以来、すでに丸3年が経とうとしています。公私ともども内容の濃い年月でした。

まず、私的なことから広島生活についての感想をまとめたいと思います。

まずなんと言っても、広島の人たちの暖かさをあげたいと思います。最新式の電車以外は乗降がきわめて不親切にできている広電に乗っているとき、お年寄りや体の不自由な人が乗り降りするのに困っているのを見かけると、必ず誰かが手を差しのべる姿に接します。私自身も、町で道を尋ねるとき、あるいはものを頼むに当たって不愉快な気持ちを味わったことがまずありません。東京とは雲泥の差です。

次に、6本の川の清流に恵まれ、三方を山に囲まれ、美しさをほしいままにする瀬戸内海に面する広島の町の清潔さに、常に心が洗われる気持ちを味わうことができることも特筆すべきことです。私は、太田川放水路と広島市街を一望できるマンションの14階に住んでいますが、休日のたびに命の洗濯をしています。上さんといつも同じ会話を交わすのですが、放水路に限らず、河川と堤防(土手)がいつも丁寧に管理されていて、本当に心が和みます。要するに、広島の街並みは精神衛生に実にやさしいと思います。中国地方の他県全てと県境を接し、四国、九州にも近い広島は、関東に長く暮らした私たちにとって、旅行をする上でもとても快適です。

 そして食。とにかく新鮮です。しかも種類が豊富。豊かな自然環境に恵まれて、山の幸、海の幸が手近に味わえるというのも広島ならではのこと、といつも感じています。私たちとほぼ時を同じくして転勤で東京から広島に来た友人夫妻と、互いが開拓した小料理屋で二月に一度ぐらいの頻度で食事会をするのですが、料理に失望したことがありません。唯一控えているのが広島のお酒。私は、ビール以外の醸造酒はだめなのです(もっぱら焼酎)。せっかくの広島の美酒ですが、これだけは残念というほかありません。

私的なことはこれぐらいにして、仕事がらみの感想を断片的に整理してみます。

広島については、学びたいこと、学ばなければならないことが正に無尽蔵で、底なしだ、というのが一番正直な感想です。1年目は、見るもの、聞くもの、読むものの何もかもが新鮮でした。1年目が終わるころから、「えっ、なぜ?どうして?」と思わされることが増えるようになりました。そして疑問を感じたことについて理解と認識を深めようとすればするほど、ますます底なし沼に引き込まれていく感じが強くなり、今日に至っています。

1945年から55年までのいわゆる「空白の10年」が今日の広島の思想状況にどのような影響をもたらしているのか、という疑問は、さまざまな問題について考える際、しばしば私の脳裏を横切る、避けては通れない重要なポイントの一つです。中央志向がきわめて強く(お上に弱い?)、しかも圧倒的に保守的な土壌の広島が原爆体験を思想化すること、反戦平和(憲法第9条)の思想が根を下ろすことを妨げてきたのではないか、という私の理解もあくまで仮説の域を出ず、「空白の10年」問題とも無縁ではあり得ないように感じるのがやっとの状態です。

私は、広島に住むようになってすぐ(2005年夏)、中国新聞が被爆者を対象にして行った意識調査の結果に大変なショックを受けました。質問の一つ は、「日本がアメリカの核の傘に頼る必要があるか」というものでしたが、被爆者のわずか24.6%しか「必要ない」と答えておらず、「必要だ」と答えた方 が23.5%、「分からない」と答えた方が44.9%もいたのです。この数字をどのように受けとめればいいのか、いや、受けとめるべきなのか、私はずっと答えが出せず、むしろ疑問が深まるまま今日に至っています。

国民的な規模で始まった原水爆禁止運動が、まず保守層の離脱、そして60年代前半の社共対立による分裂で方向性のまとまりを見失ったことが広島にもたらした負の影響も甚大なものがあるように思います。しかし、わずかに今堀誠二氏の取り組みなどを除けば、そのことについての将来につながる建設的な総括も行われないまま今日に至っているようです。いわゆる同和問題の後遺症は、広島ではことのほか大きな影を落としていることも見逃せません。

以上にあげたのは、私の頭の中で膨らむ問題意識のほんの一端にすぎません。広島平和研究所を広島市民に認知し、支持してもらえる存在にするのが、所長としての私の最大の仕事です。そのためにも、広島平和研究所にいる間に何とかして「ノーモア・ヒロシマ ノーモア・ウオー」にこれぞという魂(思想的内容)を入れたい、というのが私の願いです。そのためにも、上記の諸問題を含め、様々な課題に率先して取り組んでいきたいと思っています。