12月7日付の毎日新聞(広島版)掲載インタビュー

2006.12.10

12月7日付の毎日新聞(広島版)に掲載されたインタビューを掲載します

 ——世界遺産としての原爆ドームの意義を改めて考えると。

 ◆この10年間の内外の政治情勢を考えると、その意義はますます高まっていると思う。元々、日本政府は原爆ドームの世界遺産登録には及び腰だった。米国の核抑止力に依存しながら、原爆投下に異議申し立てをするのは、自己矛盾に他ならないからだ。それでも、当時の広島市などの強い働きかけで、遺産登録が実現した。

私は登録以後の10年を前後半に分けて考えるべきと思う。前半は、00年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議で「核保有国による核兵器廃絶の明確な約束」が最終文書に盛り込まれるなど良い方向だった。ところが、01年の米同時多発テロの後、ブッシュ政権は核兵器による先制攻撃も辞さないという戦略で暴走してきた。そして今年、北朝鮮による核実験があり、核をめぐる状況は悪化している。こうした時期に、核廃絶の象徴であるドームが世界遺産として毅然と存在し、逆流に「待った」をかけている意味は大きい。

——国内では有力政治家が、核保有論議を仕掛けています。

◆原爆ドームを世界遺産に持つ国が、自ら核廃絶に逆行する言動に走ることは許されてはならない。一部政治家の国際感覚の欠如にあきれる。それでも、安倍普三首相は「非核三原則の堅持」を言明した。これは、国民の間に根強い「反核文化」に、現時点で真正面から挑戦できないからだ。

——「反核文化」とは。

◆非核三原則を生んだのは、「核兵器は絶対悪」とする国民的認識としての「反核文化」と思う。それは憲法9条への思いをしのぐ、広範な国民感情に深く根を下ろしたものだと考える。原爆ドームは、核戦争で破壊された単なるモノではなく、核廃絶の原点に私たちを立ち返らせる「反核文化」のシンボルだ。

——しかし、「反核文化」は薄れているのではないでしょうか。

◆急速に台頭している核容認論に、国民から徹底した批判が起きていないのは心配だ。だからこそ、原爆ドームの存在は大きい。国をあげて世界にヒロシマを発信するためには、核抑止力に依存しながら核廃絶を言う矛盾を解消し、米国との軍事同盟を根本的に考え直し、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ウォー」を本気で言う国にならなければならない。

——地元・広島では今年、原爆ドームに近接した高層マンションの建設を発端に、景観をめぐる論議が起きています。

◆単なる景観論争ではなく、広島のアイデンティティである原爆ドームの存在理由を揺るがす大問題ととらえている。そもそも96年に登録された直後に、ドーム周辺の緩衝地帯(バッファゾーン)に建物の高さ規制が設けられなかったことが信じられない。開発業者、事務的にマンション建設の建築確認を認めた広島市当局の姿勢ももちろん問題だが、問題が顕在化したのは建設が随分と進んでからということは、広島市民全体に気の緩みがある証拠であり、そのことこそが重く問われなければならない。

——今年、原爆資料館が国重要文化財に指定され、平和記念公園が国名勝に指定されることが決まりました。

◆原爆資料館のピロティを起点に、原爆慰霊碑のアーチの奥に見える原爆ドームまでの一直線が、広島をヒロシマたらしめている。この一帯があるからこそ、ノーベル平和賞の受賞者をはじめ海外から大勢が広島を訪れる。この大切な広島のアイデンティティが余りにも忘れられていないか。その関連で、広島に隣接する山口県岩国市の米軍基地強化の動きに、広島市民の反応が鈍いのも気にかかる。

——自覚を高めなければならないわけですね。

◆世界遺産の「負の遺産」とは、繰り返してはならない人類の歴史であり、それを預かる責任は重い。日本国民全体の自覚が問われている。米ブッシュ政権の暴走は、中間選挙の共和党大敗で変化の兆しがある。しかし、この暴走にぴったり寄り添ってきた日本政治は助走力がついているから、そのまま突っ走ってしまう危険がある。「ノーモア・ウォー」の原点である原爆ドームの意義を再確認する時、と繰り返し強調したい。