第四ステージ(2019/5/8-13)

第11日(2019/5/8)甲浦から少し歩いて


甲浦駅~東洋町の民宿いくみ 2.7km


南海フェリー、徳島、JR牟岐線の海部(かいふ)駅の徳島側に右の写真のようなトンネルがある。
もともと左の建物あたりは山があって右のほうに続いていたようだ。
それが山を削った結果、トンネルのコンクリート部分だけが残り、撤去費用を考えると残したほうが、ましかと。

海部駅から阿佐海岸鉄道で甲浦駅。
前回に甲浦駅について解説してくれた親切なおじさんにまた会いました。

歩くにはいい天気です。
この時間で午後の2時すぎ、今日は少しの移動。



砂浜に下りて潮だまりを覗いてみましたが、マグロやブリは泳いでおりませんでした。

すぐに今日の泊まりの民宿いくみに着きました。

マスターは大阪で焼鳥屋をされていたそうです、サーフィンをしたくてこの地で民宿を開いたそうです。

今年は元号のかわりで10連休となりました。
連休中はたいへんお客様が多かったので、断ったとのことです。
だからその間に帰っていたのは、正解でしたねと言われました。
これは別の宿の人からも言われたことでした。






第12日(2019/5/9)東洋町から室戸岬の手前まで

今日のコースは33.2km、それでも札所はありません。
23番の薬王寺から24番最御崎寺までが75.4km、二日では私にはきついです。

東洋町の民宿いくみから、ロッジ室戸岬は健脚向きのようで、私に大丈夫ですかと聞かれましたが自信はありました。
このコースは40年前に自転車で走ったコース、上下の起伏はないのは知っていました。

途中は自販機もない長い区間があるために900mLの容器三本に水を満タンにして出発しました。

海岸に山が突き出て「鼻」を作っています。
その鼻の一番奥が室戸岬。
道路はこの鼻をめぐってついています。

とにかく単調です。
歩いていると眠たくなってきます。

出る時に買ったおにぎりで昼飯。

このコースは家も少ない、それ以上に泊まる所は少ない。
そのためコースのとりようは「帯に短し、たすきに長し」となる。
だから今日は、少しがんばっていくしかない。


椎名というところであったのは、
むろと廃校水族館です。








廃校になった小学校を水族館にしたものです。
実はテレビでそういうものがあるとは知っていましたが、目の前に現れました。
時間に余裕があるので、入場料600円を払って入りました。

規模は小さいですが、楽しいです。
魚は地元の漁師さんたちが、持ち込んでくるそうです。

教室の中の水槽にウミガメが・・・。イセエビは美味しそうだ。ウツボもおるで。


プールにもウミガメ、サバが泳いでいる。

頭がハンマーのサメも泳いでる。
全く予期しなかった水族館、楽しかったです。

不便な場所にはありますが、ぜひみなさんも行ってほしいところです。

ここから一時間半くらいの4時半に宿のロッジ室戸岬に着きました。

ロッジ室戸岬、その名称から、りっぱな建物かと思いましたが、民宿らしい民宿でありました。















第13日(2019/5/10)室戸岬にある24番最御崎寺から、26番金剛頂寺

朝飯は6時半、どこでもそうなのか?たいてい6時半。
親切な宿のおばさんと話をしながら出発の用意、泊まり客は私だけ。

昨日の降りそうにお天気が一転、快晴となりました。

若き日の弘法大師が修行したという、御蔵洞を通り札所の登り口に着きました。

これがしんどがった。

途中であった人と「しんどいね」と言いながらお寺に。



















今回のステージの初めての納経。
つっかえつっかえて本堂と大師堂で経をとなえました。

ここからすぐの室戸岬灯台に行ってみました。

広いです、水平線が丸いです。

ここからは下りの道は舗装の道路のスカイラインです。
昔はこんな道はなかったです。
ただひたすらに自転車を押していたように思います。















山から下りてこれからは室戸岬の西側は、閑散な東側に比べてにぎやかになってきました。


「昭和九年海嘯(かいしょう)襲来」と書いてあるそうです。
これは昭和9年の室戸台風が来て大きな被害がでたことを示す石碑です。


保育所の横に赤い船のようなものが。
これは津波救難艇というものです。
台風以外にも、南海地震による津波にもそなえねばならず、災害に近い街と言えます。

















ほどなく次の札所の25番津照寺にきました。

本堂、大師堂もあわせてかわいい小さなお寺でした。
すぐ下のお遍路食堂で500円のランチをいただきました。
この店は、ここに来る途中のおばさんが熱心に「行きなさい」とすすめていただきました。





ここを後にして歩いていくと次の札所の26番の金剛頂寺に向かいます。


若干ですが山の上にいく登山道に入りました。


納経所で、お茶とふかし芋のお接待を受けました。
そこの人に、今日の泊まりは聞かれました。
まだ決めていないと言うと、吉良川の「蔵」をすすめてもらいました。
さっそく予約いたました。

この金剛頂寺からの歩き遍路道はわかりにくいです。
ここだろうと歩いていたら再び金剛頂寺に。



教えてもらい道はわかりましたが、荒れていました。
間違って田んぼのあぜ道にはいりそうになったり、雑草が両側から生えて歩きにくかったりしてたいへんです。
途中で野イチゴを見つけて食べましたが、甘さはイマイチでした。
下りきって国道に出てほっとしました。

今夜の宿の蔵に着きました。
部屋が広くてびっくり、お遍路宿というより泊まるのを楽しむ宿のように思います。

なにか昔の田舎の家にきたような気がします。










今日の歩きは、22kmくらい、札所が三つあると距離が伸びないですね。



第14日(2019/5/11)27番の神峯寺(こうのみねじ)に

27番の神峯寺は、唐の浜(とうのはま)からの往復コースとなる。
この往復コースは、山のコースなので上るときに荷物をおいたほうがいいとのアドバイスをもらった。
そこで、本日の泊まりは民宿とうの浜に取りました。

蔵での朝飯はサンドイッチでした。
少し軽めでしたが、11時くらいに昼飯をとっているので、これぐらいでいいかも。

今日の天気も晴れ、海沿いのコースを歩いていきます。
休憩所があって、ひと休み。
すると買い物用の自転車でお遍路、あんな自転車でしんどないのかなとよく見ると、
電動アシスト、思わず「ズルい」と言ってしまった。まあ冗談ですけど。
電池がなくなると大変そうですね。

奈半利の街に入りました。
ここで駅がありました。
土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の終点の奈半利駅です。

この奈半利駅は鉄道としては閑散ですが、建物は津波避難ビル、下は土産物や食堂でにぎやかです
ここで早い昼飯の日替わりランチをいただきました。


歩いていくと段々と都会に近くなっていくような気がします。
失礼とは思うけれど奈半利って都会ではないけど、甲浦から歩き始めて店もない家もない光景に見慣れた目には都会のように思ってしまう。

 国道55号をあるいて行って民宿唐の浜に着いた。
早い時間だったけれど部屋の準備はできているのでチェックインして、札所往復だけの荷物にして出発、往復7kmのコース。

途中までは自動車の走る道、そして歩き遍路の道となる。
これが結構きつい、そして「マムシ注意」の看板が。
私なりのマムシ対策は、石や木の根を杖で叩くことだ。
相手は地上にころがってるわけだから、こちらの存在を地面の振動で教えること。
マムシは人間を食べるわけではないから、リスクをおかして攻撃することはない、
ただしっぽを踏んだりしたら、向こうも反射的にかんでくるだろう、だから教えてあげるのだ。
飼い猫でも、しっぽをひっぱったりしたら、急に振り返って噛んでくるだろうから。
以上が私の対策ではあるが、どうなんだろう。

歩き道と自動車の道が時折交錯している。

納経をすませて下ってきたら、歩いて上るグループがいてしんどそうだったので自動車の道を上がることをアドバイスしてあげた。

下って町に入る道を間違えてウロウロしていたら酒屋さんがあった。
缶ビールを注文して、店のおばちゃんと話をした。
おばちゃんによると、歩き遍路は最高の贅沢やなと。
そのとおりだと思う。

民宿に戻って風呂、晩飯。

外国の人が二名、日本人4人だった。
私が宿の予約は前日の夜か当日の昼過ぎだというとびっくりしていた。
私から見たら事前に予約なんて、天候や体調とか考えたら到底できないと思うのではある。

第15日(2019/5/12)高知市の手前まで進む

宿でもらったパンフに旅館かとりがあった。
レストランもしていて、好きな食べ物も選べるらしい。早速予約した。
本日の歩きは、30kmだ。

海岸沿いを歩いていくコース。
やがて安芸市に入った、阪神タイガースのキャンプで有名な安芸市。
球場前駅から海側がサイクリング道路、そこを歩かしていただく。
車が入ってこないので、歩くにはいいしトイレなどの休憩所もある・・・問題があった。
腹がへってきたが、食堂がない。

国道に出たら食堂もあるだろうと、国道沿いにもない。
地図でみた食堂は、定休日とか、閉店とか。

こうなるとコンビニでもないかと探すが、これもない。

釣り具屋さんの看板「がまかつ」・・・とんかつやったらええのに。
JAのところの旗がローソン・・・いやローンだった。
ついにはコインランドリーの旗が、ワンコインランチに見えてきた。
砂漠でオアシスの幻影とはこのことか。

スマホで地図を見た。
直ぐ近くに「和食」の文字が、そこに行こう。
これまた勘違いだった。
和食(わしょく)ではなく、地名の和食(わじき)であった。
たまたまそこにスーパーがあったので、いなりとバッテラの柚子風味を買い海岸でへたりこんで食べました。

かなりの時間へたりこんでました。
どうにも挙動不審者、歩きを再開したらすぐのところにきれいな休憩所がありました。
しってたらここで昼飯にしたのに。昼寝もできそうなところだ。

ところでスマホについて書きたい。
私の電話は、ドコモのガラホ。折り畳み携帯ではあるが、OSはアンドロイドを使用している。
スマホはソフバンのアンドロイド。
前々から気がついていたのだが、スマホが遅い。
徳島の立江寺あたりから、地図などの表示がでない時もあるぐらい。
イライラして使っていたのだが、ドコモのガラホにテザリング機能がある。
そこでドコモのテザリングで、ソフバンのスマホを動作させてみた。
なんと驚いたことに、スッスッと動作するではないか。
ソフバンって「つながりやすさNo.1」って言ってなかったかな?

それ以来、ドコモの電波でソフバンのスマホを動かしている、若干面倒だ。
このスマホ、期限がきたら解約したいな。

30kmの道のりを歩いて、4時を回ったぐらいに香南市の旅館のかとりにつきました。
歩き遍路の泊り客は私ひとり、のんびりと風呂に入りビールがうまい。

晩飯は日本酒二合についかしてもう一合、かつおのたたき定食。
それに追加で、うつぼのたたきを注文、これは美味しかった。鶏肉のたたきに近いような。
初めてウツボを食べることができてよかった。

第16日(2019/5/13)28番の大日寺から国分寺、善楽寺、そして大阪に

朝はのんびりと食べて出発、今回はここで打ち止めにして帰ろうと思う。
お遍路の途中で仕事が入ってきたし、高知市でキリをつけるのもいいかと思う。

看板をたよりに28番の大日寺。

ここで11日の宿で一緒だった人とあった。
なんでも足を痛めたそうで病院をさがしているとのこと。
私は一度家に帰って完全に足をなおしてから再開したらどうかと言ってはみた。
私が今日は大阪に帰ると言うと、「いいなあ・・・」と何回も言ってる。だったら帰ったらと言いそうになった。






納経をすませて次の札所の29番の国分寺、歩き遍路道がわかりにくい。
スマホで国分寺とだしたら、東京の国分寺が出てきた、そこまで歩けんわ。


お遍路休憩所は、たくさんあるがトイレがない。
トイレに行きたいが、そこそこ人も多いのでそこらへんでがはばかられる。

札所の手前のファミリーマート、なんと木造の休憩所が。こらええわ。
コンビニのトイレを借りて、11時まえではあるがバナナで昼飯。
そこでまた、足を痛めた人とあった。


ゆっくりと休んで歩いていたら、遍路石饅頭とやらが売っていた。
一個食べたくて店に入って、店の中で食べたらお茶もだしてくれた。
饅頭の皮が黒糖の入ったような色がして美味しかったです。

店の前のバス停の名前が遍路石、店の人にここの店の名前がバス停の由来かと聞くと、このあたりの地名が遍路石だそうです。



このあたり水の多いところです。
歩いていても、いつも水の音がします。
なんか癒されるなあ。


国分寺から川沿いのコースを取りました。
野イチゴをみつけたので、食べてみたらほのかな酸味と甘さ。
大きな建物の高知大学医学部の建物の南をとおり、坂を上りきったら車の多い道と合流しました。
坂をおりたら30番の善楽寺。


ほっとしたのか善楽寺の写真がありません。

ここは高知市なんですね。
キリとしてはちょうどいい。
ここから土讃線の土佐一宮駅の近くを通り、とさでんの文殊通り駅にきました。


今回のステージはここまで。
次回はここからにします。

ところで写真を撮って電車に乗ろうとしたら、杖を忘れているよと乗客の方から。
いかんなあ。

このあと高知駅からどう帰るか悩みました。
高速バスの選択もありましたが、酒を飲みたい。
そこで高いけれどJRで帰ることにしました。

今年中には高知を終わりたいですね。




このページの上に


前のページに

次のページに

お遍路日記の目次に

なおやんのHPに