第11ステージ(2021/3/25-3/26, 3/30~4/3)

第48日(2021/3/25) 再会のお遍路は西条から

始発の新幹線で新大阪から岡山、始発の特急「しおかぜ」に乗れば伊予西条には9時すぎには着けるはず。
新大阪の始発は6時、家を出るのはその一時間前、起きるのはその一時間前。
仕事が忙しい時は、そのスケジュールには慣れていた。

スマホの目覚ましのセットは4時50分。
顔を洗って朝飯食べながら、気がついた。一時間遅かった。伊予西条駅には、10時半くらいか。

新大阪駅で500系を見た。前世紀でのデビューなのにいまだにデザインは新しい。
岡山で乗り換えて、特急「しおかぜ」。うとうとと寝ていると伊予西条駅。


今回は65番の三角寺、66番の雲辺寺が目標。
65番は愛媛県と66番は香川県で、途中で泊まる宿は徳島県。
札所は山頂近くにあり、徳島県なのだが讃岐の最初の札所とされている。
同時に雲辺寺は、全札所の一番高い位置にある難所、いわゆる「遍路ころがし」だ

伊予西条駅に10時すぎについた。
もっと早く来たかったが新型コロナの非常事態宣言が、全国的に解除されるのを待っていた。

今年は桜の開花も早いので、道路わきの桜も見事に咲いている。

今日は木曜日、土曜日までは晴れるようだが、日曜は全国的に雨の予報。
これが微妙なのだ。
上り口のある四国中央市までは、舗装した道路を38km。
そこから山道を65番の三角寺を通って
そこから雲辺寺に行くための宿の民宿岡田屋さんには18km。
これを二日のハードコースで金曜までに行けると土曜が雲辺寺。
難所の山道なので晴れる土曜に行ける。

しかし、行けなければ日曜、日曜の予報は雨。
ここで今日の朝の出遅れが効いてくる。
無理はしたくないので、行けるところまで行こう。

コースは国道11号とそれと並行する旧道。
道沿いには、満開の桜が迎えてくれる。


お遍路小屋でひと休み・・・しようと思ったら先客がいた。
お遍路さんとは、思えないホームレスの人。そうそうに失礼にすることにした。

歩いていると腹が減ってきた。食堂がありそうにない。
コンビニでおにぎりを買う手もあるが、車の多い国道11号の道路わきも気がすすまない。
しかし背に腹はかえられない。スーパーがあったので、おにぎりを買った。

幸いにもすぐに、国道から外れたお遍路道に入り、墓場の一角で昼飯にした。
おにぎりとチーズ、まだまださんからもらったアーモンド、ミルクキャンディー、出汁こんぶ。

食べながら今日の泊まりの宿を探す。
ネットでの評判と歩く距離、次の日の行程をミックスして、四国中央市の五葉松荘に電話。
昼飯が終わって、出発。ここから12kmくせらいの距離。早くに着けるだろう。

新居浜市に入った。旧道はJR予讃線からだいぶ山の手。
新居浜市は仕事で何回も来ているが、こういう場所があったのは知らなかった。
商店街の中を通って、お遍路小屋があった。

この休憩所の背にある家は、無料のお遍路宿とのこと。現在は改装中で泊まれないとあった。

歩いていると、前方に歩いている二人がいた。お遍路さんかなと思ったら、地元の中学の女の子らしかった。
ゆっくりと歩いていて、追いついてきたら話が聞こえた。
食べ物の話をしていた。
「わたしチーズがきらいやねん、なんでか言うたら足の裏のにおいがするやろ」と言うや即座にもう一人の女の子が、
「やめれっ!そんなん聞いたら食べられんようになるやろ!」
ちょうど、横に並んだ私は思いきり笑ってしまった。
女の子二人もこちらを見て笑っていた。
そのチーズを、ついさっき昼飯で食べましたよと言いたくなった。
このあとも、チーズを食べるたびに、この話を思いだすようになった。

四国中央市に入り国道沿いに五葉松荘、4時半くらいに宿、風呂に入り晩飯。
お酒を二合飲みながら、宿の女将さんと話がもりあがりました。
なかなか楽しい、女将さんだ。

ここで良い事を聞きました。65番の三角寺から川之江に下りて、川之江から66番の雲辺寺を目指す民宿岡田屋さんに行ける事を。

酔いが回って気持ちよくなって、7時すぎに寝てしまった。



第49日(2021/3/26) 65番の三角寺から川之江に

松の葉は、根もとから二本の葉が出ているが、五葉松は、それが五本出ていると女将さんに教えてもらった。
葉の先を触っても痛くもない。なかなかきれいな松だ。

民宿岡田屋さんは、35km先。それも山道がある。三角寺も山道の標高350mの上りがある。これは苦しい。
このコース、行けつけなかったら逃げ道つまり選択肢がない。つくり別に泊まるところがない。交通機関で街に出ることもできない。
今日は26日、27日は晴れるが28日は全国的な雨の予報。
雨の日に雲辺寺のコースは絶対に取りたくはない。
とりあえず65番の札所の三角寺に目指すことにする。

途中の村山神社で、桜がきれいでひと休み。

四国中央市の中心に入り、11時だが宿で美味しいと聞いてきたうどん屋さんの石川に入る。
まだ愛媛県だが、手打ちの讃岐うどん。
ざるを注文して、ついでにコロッケをとった。美味しい。これから上りとなるのにいいのかこれで。

うどん屋さんからは山のほうを目指す。
銅山川発電所のそばを通り過ぎると疎水公園があり桜がきれいだった。

後ろを振り返ると瀬戸内海、製紙工場が見える。
50年ぐらい前に自転車で四国を一周したときに、この町に来た時は、ヘドロのにおいで吐きそうになったことを思いだした。
この町から離れたくてペダルを頑張って踏んだっけ。

今はそんなこともなくなった。









山道に入ると、アリが桜の花びらを運んでいるの見た。
食料にするのだろうか?写真を撮っていると、アリは何故か運ぶのを止めてしまった。
なんのために?
アリのほうも何のためにお前は歩いているのだ?と
言ってるのかもしれない。
そう目的がなきゃダメなのか?

今回のステージで初めての苦しい山道。
右足の小指が何故かしびれている。
靴下を脱いで見たら、水が溜まっている。

今までこんな事はなかったのに。
登山用の靴下の締め付けがきびしいのかもしれない。









自生の桜の木を過ぎて、道はまた車道となって三角寺に近づく。

着いたのは一時半。

棒になった足をもうひとふんばりして石段をあがる。

今年初めての納経をすませて二時すぎ。

ここから民宿岡田屋は13km行けないこともないが。
行けないかもしれない。

行けなければ、明後日は山の中で雨になる。
ということで、ここで四国中央市に下りることにする。
そうと決まれば、今日中には帰りたい。
少し進んで川之江駅までの道をとる。

川之江駅までは遠回りしてついた。
駅についてビールでも飲みたくなったが店がない。
商店街はシャッターだらけ。
駅前にコンビニも売店もない。

特急「しおかぜ」には車内販売もないので、岡山までは我慢。





第50日(2021/3/30) 川之江駅から民宿の岡田屋さんに

今日は3月30日・・・です。
第49日が26日で、第50日が30日なのかは、大阪に帰ったからです。
28日が雨、それも強い雨の予報だったので帰りました。そのまま行ってたら雲辺寺のコースがその日だから。

昨日の29日に着たかったけど、宿がいっぱいだったから。これは仕方がない。
朝早く起きて、新幹線、特急しおかぜと乗り継いで、川之江駅に9時前に着きました。

26日の川之江駅までの道は遠かったけど、かなり回り道をしていたようだ。
今日のコースは、三角寺の麓を通る国道192号を行く。


このコース車が多いが、昼飯を食べる場所がない。今日の朝飯は、家で4時に食べたので10時に腹が減ってきた。
都合よく新田神社というのがあって、軒下三寸借り受けやした。
昼飯はコンビニおりぎり、ベビーチーズ、金のミルク飴、出し昆布、アーモンド。
場所代としてお賽銭をあげておいた。

11時ごろに、道沿いに常福寺(椿堂)があったので立ち寄る。

だいたいここでコースの半分くらいきた。
ここからは道の勾配はきつくなっていく。

お遍路休憩所の「しんきん庵」というとこでひと休み。
今日は早く着きそうだから、時間調整もかねて。

雲辺寺にいくコースは三つに分かれる。
このコースから左に別れて曼陀峠を越えるコース。

国道をまっすぐ進み、旧道の境目峠を越えて池田町佐野に行くコース。
境目峠から曼陀トンネルに向かうコース。

私は民宿の岡田屋さんに泊まりたいので、二番目のコースをとる。
このコースは、境目トンネル(855m)を通ることもできるが、車の多いトンネルは嫌なのでパス。

国道とお遍路道の分岐に出た。

お遍路道らしいコースとなった。
勾配はゆるく歩きやすい。


峠付近は、道が舗装となってひらけてきた。
たぶんトンネルができる前は、徳島、高知に抜ける大事な道だったのだろう。

道標は「是より徳島県三好郡」
徳島県がこんな所まできているのがわかる。
愛媛県の瀬戸内海側から歩いて半日で徳島県は、なぜか不思議。

徳島県に入ったら急に風が強くなって寒い。
上に一枚のヤッケをきた。
県が変わると、天気もかわるのか。





二時前だが宿についてあげてもらった。
建物は古いが居心地のよい宿だ。

風呂からあがったらうとうとして寝てしまった。

晩飯の時間、酒を二合。
同宿の人は、川崎から来た女性だった。宿の93歳のおやじさんと話がはずんでたのしかった。

明日のコースを教えてもらって寝ました。




第51日(2021/3/31) 八十八カ所の一番高いところにある雲辺寺

朝起きると朝霧。今日はいい天気になりそうだ。暑いくらいかもしれない。
宿に泊まっている女性も同じコースだ。

6時半の朝食をいただいて、7時の出発。
距離は5kmぐらいだが、標高差は600m以上あるしんどいコース。

右の写真ではわかりにくいが、勾配がすごい。

途中でなぜかコースに自転車があった。
ここまで来て自転車で行くのをあきらめたのか。



400mの高度をあがって舗装路に出た。
あと200m以上はあがるが、道はよくなった。


もう一度、山道に入ってようやく雲辺寺の仁王門。仁王門からちらりと見える石段。。。やれやれ。。。














納経が終わって休んでいると、同じ宿だった女性があがってきた。
言葉を軽くかわしてから彼女が本堂の前で一心にお経をあげている姿を見てはっとした。
きれいな人だと思った。横顔が美しいというか、すがすがしいのだ。見とれてしまった。

雲辺寺の裏側に天空のブランコというのがある。

ぎりぎりにブランコが設置されて、下の眺望がすばらしいとのことだ。
乗ってみたが、あいにくの黄砂でかすんで下が見えた。
晴れていればきれいだと思う。

ところで雲辺寺は讃岐の一番目の札所だが、実際は徳島県三好市にある。
稜線で香川県と別れていて、このブランコは香川県かもしれない。
お遍路は涅槃(ねはん)の道場に入りました。

ここからは雲辺寺山の頂上近くを通ってから山を下りる。



11時前に途中のベンチで昼飯。お弁当は宿でお接待でいただいたおりぎり。
ちょいと塩からいです。

宿で聞いてきた大喜多うどんに行きたい。
夜は居酒屋行きたいの願望により、今日の泊まりは観音寺のホテルを予約。

舗装路に出て、民宿青空屋さんのそばをとおる。
ここもネットの評判がいいようだ。

歩いていると観音寺の街が見えてきた。

ため池が見える。香川県はため池が多い。

ため池が見えて67番の札所の大興寺。
道から建物が見えてきたので、入ろうと思ったけど通用門。
やはり仁王門から入ろうと正門に回ったら急坂の下り。
あ~あ、反対側まで回って仁王門、そこから石段でまた上がることに。
「なんか、わしに恨みでもあるんか」とそんな事は言ってはいけない。














ここから68番と69番の札所に向かうが、道が非常にわかりにくい。
歩き遍路の地図よりも、ここはグーグルマップに頼ろう。
目的地を大喜多うどんにセット。
このうどん屋さん、2時半までや、急げ。

スマホの案内で大喜多うどんに着いたのは、2時20分でセーフ。
かけうどんだけにしようと思ったが、
小エビのかきあげが美味しそう。それも注文した。


美味しかった、おなかがいっぱいになった。

どうしよう、札所から宿までが6kmあるのに、動くのも嫌になってきた。





食べ終わって、体が重たいが先を急ごう。汁を全部いただいたのも悪かったか。
観音寺市街を通り抜けて札所の観音寺に。

ここは68番の神恵院と69番の観音寺は同じ敷地にある。
それぞれに本堂と大師堂がある.。



納経所は一カ所で行われるが、納経代は二回分の600円となっている。

観音寺パークホテルに宿泊。
コインランドリーで洗濯してから、居酒屋に直行だ。
下の地図では、距離が46.5kmとなっているが、山道は反映されていないので正確ではない。実際は28.3km。


第52日(2021/4/1) 向かい風を讃岐の札所ボーナスステージ、善通寺に

ホテルの朝飯は、サンドイッチだ。量はこれでは足らんが。お遍路さん用のホテルではないから仕方ない。
7時40分に出発。

川沿いの堤防の道を東に向かうが、風が強い。
お遍路の笠が飛ばされるので、脱いでリュックの後ろにつけた。それでも風で押されて進むのもつらい。

JR予讃線を横切る。鉄道のジオラマもやっているので、参考にしようと写真をとっておく。
ジオラマをやりだしてから建物や木をよく観察するようになった。

歩き始めて一時間で70番の本山寺に着いた。

納経をしてここから国道11号線。
ため池の横を通って、三豊市の中心部で国道から別れて左のほうに行く。

途中の神社で昼飯。
コンビニおにぎりに雲辺寺の非常食として持って行ったフルーツの缶詰、チーズを食べてしまおう。

道は少しづつ上りとなってきた。
71番の札所の弥谷(いやだに)寺だ。

途中で鷹が飛んでいるのか見たら凧だった。

風が強く迫力ある飛び方だが、風がなかったらどうするんだろう、


坂がきびしくなってきてお遍路道に入る。
疲れてきたら、山門にきた。やれやれ・・・

やれやれと思ったら、境内は坂だらけ。こっちのほうがきついやんか。
昔は難攻不落の山城だったそうだ。

これでもかと石段をあがって本堂、石段を下りて大師堂。
疲れました。





大師堂は全体が建物の中にあった。
ここは撮影禁止だった。



ここからは、ほどなく72番の札所の曼陀羅寺。
そして73番の出釈迦寺。
















さて今日の宿は、民宿鶴吉(つるきち)。ネットでの評判もよかったのが理由です。

宿に入る前にコンビニで角ハイボール、宿に入って缶ビール。
ひと眠りして美味しい晩飯、楽しい会話、酒を飲んで寝てしまった。

同宿の人は、横浜から来た人。



第53日(2021/4/2) ところてんと骨付き鳥

同宿の人は、歩き遍路で30日で回ろうとする人。100kmマラソンもする人だ、真似ができない。先に出発された。
宿の主人とレモン酒について話をしていたら出発が遅れてしまった。

宿をでたら目の前は山。
いつも思うのだが、香川県の山って、子どもに「山を描きましょう」って言ったら描きそうな形だね。

30分くらいで、74番の札所の甲山寺についた。


次の札所の76番の善通寺はすぐそこ。適当に歩いていけばすぐに着いた。
善通寺は広い。

それと他の寺では、本堂と大師堂は近くにあるのだが、ここは違う。
それは、弘法大師が生まれたとの事。
そのせいか大師堂のほうが立派に感じてしまう。

ここはお遍路だけでなく観光地ともなっているので人が多い。
わかりやすく言えば、四天王寺のようなものか。



善通寺の駅の近くを通り、次は77番の金倉寺(きんぞうじ)。札所のボーナスステージだから忙しい。
すぐにローソクと線香がなくなる。

車の多い道の横を通っていたら、渋滞している。
前方で交通事故、それも三台が壊れて止まっている。
大事なければいいですが。


金倉寺から出て北に。
ここで道がわからなくなった。
お遍路道はどっちだろう。

右のほうの道をとったが、これが違っていた。



歩いていると横に車が近づいてきて「道隆寺にいかれるのですか」と聞かれた。
そうですと答えたら「道が違います、この道だと倍ぐらいの距離があります」と教えていただいた。

お遍路道まで、車に乗せてあげると言われたので、ご厚意に甘える。
送ってもらって、暖かいお接待に感謝した。

ここからのお遍路道はわかりにくい。
工場があとからできたので、この道でいいのかなと歩くことになる。非常にわかりにくい。

ここを抜けるとまっすぐの道でわかりやすい。


77番の札所の道隆寺についた。

12時前で腹が減ってきた。
うどんを食べたいなと思っていたら、これから行く方向にある。

うどん屋さんは、コース上になく横にそれる。
その道に行こうとしたらJR予讃線の跨線橋があって、それを越えなくてはいけない。
行く気をなくして歩いていたら、「ぼちぼち焼きそば」の看板。
そこに行ったら、現在は昼間はやっていないようだ。

結局のところコンビニがあったので、おにぎりを買いました。
道沿いは車が多いので、平行して走る道を歩くと神社がありました。
考えてみると、お遍路でお寺巡りをしているのに、昼飯は神社が多い。
申し訳ないので、お賽銭を境内使用料として奉納した。

丸亀の市内、ここは今日の宿があるところ。
道路から丸亀城が見える。確か台風で石垣、日本一の石垣が損害を受けたので工事をしているようだ。

次の札所は78番の郷照寺。


寺の記述が少ないのは、数が多くて印象がうすいから。
札所のボーナスステージになるとこうなる。

79番の札所は、天皇寺。

ここの手前に八十場(やそば)のところてんの店があった。
美味しそうだが、帰りにでもと先に札所。
ところが近くにあるはずなのに、グーグルマップで行ったり来たり。
この札所は、隣接する白峰神社の中にあるような無いような。

まさかここではないだろうと思ったところが、本堂と大師堂だった。
詳しくは知らないが、崇徳天皇が関係しているらしい。

帰りにところてん屋さんに行こうとしたら遠回り。こんなに遠かったかな?




疲れていたので、黒みつのところてんを注文。
黒みつは浪速風とのこと。

一気に食べ終わって、現地の正式な食べ方つまり酢醤油にカラシで食べなければアカンと思い追加注文。

カラシが効いてオイチィ~。



JR八十場駅まで歩いたら、すぐに列車がきた。
あわてて乗って、丸亀駅まで。
今日の宿は、駅チカのアルファ椀丸亀。

でも、このホテルにコインランドリーはなかった。
自転車を借りて、外のコインランドリーに。
洗濯ものは少なかったけど、乾燥まで含めて1100円は高い。近くのセブンで角のハイボール飲みながらの洗濯まち。

丸亀と言えば、骨付き鳥。
昔よく行ってた店に行ったら、そこの店主が覚えていてくれて歓迎してくれた。
今回は、歩きのお遍路やと言ったらびっくりしてた。
酒を飲みながら、ひねどりの骨付きの焼いたのを、ご飯に乗せて醤油かけて食べました。美味しいです。





第54日(2021/4/3) ここも遍路ころがしの難所、80番から82番、そして大阪

ホテルの朝飯はうどん、つけ麺だった。薬味のトッピングは自由にできるので、いろいろとのせてみた。

予讃線で丸亀から八十場に着いたのは、7時40分。


昨日の白峰神社の鳥居から伸びる道を東に進む。
線路沿いに行けばいいのだろうと思っていたら、それは遠回りだった。
コースから外れてしまって修正したら、お蕎麦屋さんがあった。
その名は、「さぬき地そば そば吉」という。
うどんの地の蕎麦屋さんに入ってみたいと思ったが、営業時間が11時から。今はまだ9時ごろ。
行ってみたい店だ。





80番の札所の国分寺についた。
国分寺があるということは、昔はここが讃岐の国の中心だったんだろう。
隣の駅が讃岐府中だ。府中は国の中心を表している。

国分寺で納経。


さて本日のコース、遍路ころがしの難所となっている。

アルファベットの大文字の「Y」の字を考えてください。
Yの字の下が、80番の国分寺、Yの字の左が81番の白峯寺(しろみねじ)、Yの字の右端が82番の根香寺(ねごろじ)。
Yの字の中心までの道が、きついコースの遍路ころがしとなっている。
順番に行けば、行って戻ってのコースとなり、それがきびしい山道となっている。
行って戻るは、心理的に疲れるのだ。

Yの字の下の国分寺からは、舗装路を上がっていく。
墓場があって、そこからは山道となった。

桜がきれいな道があった。














道の左側にセメントで固めたような崖があった。これは、凝灰角礫岩(ギョウカイカクレキガン)とのこと。
珍しいものらしい。この地はかつては火山活動が激しかったとのことだ。

この道は、木で階段状にしてある。
この段差が大きく、結構つらい。
またこれがたくさんある。

かなりの急な坂を上って、坂を上がり切って昼飯。










ここからは車道を白峯寺にむかう。

道からは、桜できれいな山が見える。


車道からお遍路道に入ると、金網がある。この一帯は自衛隊の演習場となっている。

お遍路道は下って札所に。
またこの道を戻らないといけないと思うと、下らないでほしいと思う。


Yの字の下から上がり、Yの字の左端まで行きました。
ここからYの字の中心にもどり右端に行きます。
こりゃ本当の遍路ころがしだわ。これが徳島の最初にあれば、かなり脱落者がでそうなコース。

実際の最高ピークは、82番の札所に入る前の道です。
山道を歩いて2.4kmの標識を見たら、いつも思います。
京都競馬場の2400mは、4コーナーのポケット。競走馬は、2分24秒ぐらいで走るのか。早いなあ。
この山道なら一時間かかるかも。
あと0.8kmの標識を見たら、3コーナーの山の上あたりかな。
疲れると、そういうのが頭をよぎる。

休憩所の足尾大明神は桜の名所のようだ。車が多く散策する人も多い。

ここからまた山に入る。それもまた下り、またここに帰るというのに。

82番の札所の根香寺に着きました。

疲れてくると、般若心経あげるのもつらい。
この寺でも崇徳天皇がでてきた。すとくさん、なんかしたんですか。

ローソクを使いきって、今回の札所は終了。
なぜなら、明日は雨の予報だからだ。
ひきあげよう。

来た道をまた戻って下界に下りる。

地図を見ると途中に喫茶店があるように書いてある。
そこでコーヒーを飲もうと下りるが全然ない。

駅に近づけば、コーヒーどころかビールもあるだろう・・・全然ない。

自転車でのお遍路案内もあるようだ。
自転車なら20日、歩いてなら45日と書いてある。

私、今日で54日なんですが・・・・・・・・。

ようやくJR予讃線の鬼無駅についた。



次回のスタートは、ここになる。
ビールが飲みたいが売店もコンビニもない。

ここから大阪は近い。普通に乗って坂出でマリンライナー、岡山から新幹線なら時間はかからない。


最後に言いたいことがあります。

お遍路で歩いていると無人販売所をよく見ます。

今日は、はっさくが売ってました。

食べたいなと思っても、袋ごとになると持つのが大変。
割高でもいいですから、歩き遍路用に一個づつ買えるようにしてほしいです。




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