平野さんが、やっと辻元さんの選挙応援に係ってくれたようで“よかった!”
(2009年9月3日 木曜日)
辻元清美衆議院議員の秘書さんから、当選御礼の電話をいただきました。今回は具体のお手伝いをしていませんから、恐縮してしまいました。島本町の投票率は高く、74.57%にもなりました。皆さんの“政権交代”に欠ける思いが、ひしひしと伝わってきます。特に辻元さんへの期待度は高く、島本町では前回2005年の得票数を大きく上回りました。そして、松浪健太氏(6,259票=比例区で当選)に大きく差をつけた9,112票を得ました。
ちなみに辻元さんの大阪10区での得票数は、今回109,693票(前回は68,614票)です。松浪氏は85,106票(前回83,607票)でした。辻元さんは民主党の支援を受けましたから、本来は前回落選した肥田美代子さんの5万余票が上乗せされなければなりませんでした。さらには世間的な自公の不人気からすると、松浪氏に大差は付けましたが、もっとブッチギリの票数を得てもよかったと思われます。
秘書さんも「島本ではおかげさまで票数を伸ばしましたが、高槻市での得票数には課題が残りました。松浪さんは高槻では票を減らさず、前回より得票数を伸ばしましたから」と言っていました。ところで島本の市民派3議員は今回の選挙、辻元選挙にどう係ってくれたのでしょうか?新人の戸田靖子町議は、かねてより辻元さん支援を公言していましたから、しっかり応援されたことでしょう。私が議員を辞め島本を離れるにあたって、後を戸田さんに託せる安心感はとても大きなものでした。
辻元さんの過去3回の選挙は微力ながら私と戸田さんが係り、平野かおる議員と澤嶋真紀子議員さんにも「ご一緒に」との必死のアプローチを繰り返しましたが、結局お二人の心情を動かすことはできませんでした。しかし今回、うれしいことに秘書さんの言葉によると「平野議員もしっかり応援してくれました」と言うことです。
私が在任・在住中は、辻元候補を積極的に支援されなかった平野さんが、今回はよくぞ決心してくれました。南部が去ったことで、平野さんが前向きに辻元さんを応援する要因の一つになったとすれば、私も少しは役に立ったのだと胸をなでおろしました。社民党の国会対策委員長に就任した辻元さん、与党の一員として大変な要職ですが、その手腕に期待しています。
本日9月3日は、島本町議会の9月議会が開会しました。傍聴に駆けつけるつもりでしたが、次男が栃木県から帰省しています。今度は千葉県へ転勤するため、引っ越し前の休暇を取り、大津の我が家を始めて訪れました。まあ残念ですが、ここは次男の思いを大切にすることとし、島本行きは諦めました。次男は唐崎の松・近江神宮・石山等、ごく近所をのんびりとウロウロしていますが、短い休暇は明日で終わりです。
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9月議会前半の傍聴は、ほんのちょっぴりでスミマセン
(2009年9月7日 月曜日)
大津に引っ越しをしてから、3週間がたちました。やっと家の中が片付いたような気がします。本日のカーテンと棚の取り付け工事で、ひとまず完了というところです。早く琵琶湖周辺各地の探索に出かけたいと思いながらも、細かい用事が重なってなかなか果たせず、バタバタと日が過ぎていきます。先週は大阪・高槻・京都・島本へと出かけ、交通費の負担増も実感しました(大阪への往復電車賃は2千円でトホホです)。
出かけたのは、メゾン水無瀬4号棟の住居売買契約(予想より随分早く売れました)のため高槻市の不動産会社へ。また、栃木から帰省していた次男を送りに京都へ。大阪梅田へは、買い物とヘルパー時代の仲間と劇団四季の観劇でした。そして時間はわずかでしたが、島本町議会の傍聴もできました。
町議会では、ちょうど平野議員の決算大綱質疑を聞くことができました。また休憩時間には、市民派の3議員(平野・澤嶋・戸田議員)とも話ができました。澤嶋さんの体調が戻っていないようで心配していましたが、前日の本会議場では大発奮(大暴走?)の発言を行ったとか・・・。3議員の笑顔を見ることができて、少ない時間でしたが来てよかったと思いました。
今週からは委員会審査が始まりますが、3つの常任委員会の何れか一つでも傍聴に行くことができるように努力したいです。ただ、大津市議会も8日から一般質問が始まるようなので、一度覗いてみたいと思っています。詳細日程は分からないのですが、大津市議会では一般質問が最初に行われるようです(島本町議会は一番最後の日程に組まれます)。この件については私も現役時に是正を求めていたので、その確認のためにも傍聴したいと思っています。
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大津市議会初傍聴
(2009年9月8日 火曜日)
大津市の新しい住民となって日常生活に欠かせない最小限の行動(買い物やごみ出し等々)をクリアーしたのちに、やはり気になるのはわが街の市議会の様子です。タイミングよく9月議会が開催中で、しかも今日から一般質問が始まるようです。
午後からフラッと傍聴に出かけました。JR大津京駅までマンション専用のバスで行き、すぐ近くの京阪皇子山駅から一駅乗車すると別所駅。目の前が市役所です。市役所は皇子山公園と三井寺の緑に囲まれた環境良好(言いかえれば寂し〜い)の地にあります。
議会スペースの3階に行きましたが、議場の入り口が分かりません。議会事務局に尋ねると、職員が案内してくれました。薄暗い階段を上り、ガタンガタンのスロープを下り、鉄の扉にいきつきます。ドアノブを引いても押しても開きません。ガチャガチャしていると、中から守衛さんが開けてくれました。
守衛さんの指示で、名前と住所を書きます。これは仕方がないとしても、えっ!年齢まで書かなくちゃならないの?それに連記式の傍聴者名簿なので、個人情報が“丸裸”じゃありませんか(島本町議会もかつては同様でしたが、改善しました)。傍聴席につくと、アレレ!肝心の議席が全く見えません。“アルプススタンド”から見えるのは、議長と理事者の姿のみです。
傍聴者は数人いましたが、皆さん「中」というよりは「高」年の男性ばかりです(傍聴した2日間、女性は私のみでした)。一般質問は4人目の最中でしたが、今議会の通告者は21人です。定数40人ですから、半数の議員が一般質問を行うわけで、この点はまあまあ合格点をあげてもよいと思います。
なお、大津市議会は一般質問を会期の初めに行っています。これは大いに評価できる点であり、島本町議会も見習ってほしいと思います。各議員の質問内容の良し悪しについては、事業の経緯等が全く解らないので評価のしようがありませんが、総じて言うとあまり厳しい追及はないように感じました。
それは市長の“デカイ”態度(足を組んでもいいけれど、膝に片足を乗せるアグラ風はよろしくない!)や、理事者の短い答弁となって表れているように思いました。それなのに、なぜか全ての議員が答弁へのお礼を言うのです。多分大津市議会の慣習なのでしょうが、これはやめた方がいいです。議員を送り出した住民が聞いて、礼を言うほどのありがたい答弁だとは到底思えないからです。
また島本町議会では既に定着していますが、大津市議会では理事者と対面して行う一問一答の質問方式がとられていません。質問の持ち時間配分も1問目は30分ありますが、再質問は10分で再々質問はわずか5分しかありません。3問制を取っているならば、むしろ答弁を踏まえて鋭く切り込む2問目、及びダメ押しの3問目に時間を割くべきではないでしょうか。
理事者にとっては最初の30分間の質問を聞き流していても済むのですから、こんな楽なことはありません。丁々発止のやり取りは望むべくもないということです。反面島本町議会より良いと思ったのは、答弁には時間制限がないことです。しかし実態は理事者の答弁が押し並べて短いので、あまり意味はないようです。
クドクドと大津市議会の状況をお伝えしました。この日記を読んでくださっている多くの人は、島本町の方々だと思います。「よその議会のことをアレコレ言われてもねぇ〜」と受け止めておられるかもしれません。実際そうなのですが、私がここで言いたいのは「島本町議会にはまだまだ改善すべき点は多々あるけれど、結構イイ線いっているかも・・・。ただし大津市議会と比しての話ですが」ということなのです。
人口3万人の島本町と33万人の大津市とは、当然様々な点で違います。特に議会及び行政と住民との距離感は大きな差があります。物理的にも感覚的にも断然島本の方が近いです(私も町を離れて初めて実感しています)。これは住民にとっては、とても有利なことです。行政や議会に対するチェックの目が行き届きやすいことは、議員や役場の職員の緊張感に繋がり、改善も図りやすいわけです。島本の皆さんの、さらなる奮起を期待しています。
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大津市議会傍聴2日目、なかなか頼もしい若手議員たち
(2009年9月9日 水曜日)
昨日に引き続き、議会傍聴に出かけました。議場に入ると傍聴人は誰もいません。う〜ん、人口33万人の中核市で誰も傍聴に来ないとは情けない!理事者たちが「あの人、きのうも来てたようやけど新顔やなぁ〜・・・何者?」という風に、一斉に“アルプススタンド”の私を見上げます。
本日の一般質問では、若い2議員(共に20代に見えましたが)の質問が結構しっかりしていました。再開発事業に係る土地売買の疑義や、公有地管理のあり方、市が出資している外郭団体との不透明な係り、情報公開度の低さ等々について、手作りのパネルを掲げながら厳しく質す姿を頼もしく感じました。帰宅後、○○議員に直接電話してみました。
先ずは「今日の質問は良かったですよ」と伝え、質問内容で解らない点を少し訊きました。○○議員は、議会事務局では教えてくれない情報も気安く話してくれました。例えば「市長の態度は“デカイ”ように感じたけれど、どのような経歴の人ですか?」に対しては、「自○党バリバリの県会議員から衆議院議員に当選。2回目は落選し、6年前に市長に当選。感じられた通りの人です」と答えてくれました。
ちなみに彼らの会派は4人で、自民党或いは民主党の会派を抜け出した男性議員3人と、嘉田知事を支援してきた女性議員(60歳代)1人で構成しているとか。「9月末には会派による議会報告会を行うので、ぜひどうぞ」との案内を受けて電話を終えました。「ちょっと覗いてみようかな」という気にさせる、○○議員の感じの良い対応でした。
さて傍聴の休憩時間には、遅いお昼御飯を市役所の食堂でとりました。たぬきそばは270円でしたが、値段と比するとまあまあ合格です。食堂は最上階にあります。庁舎は築40年ですから食堂も設備の老朽化は否めませんが、琵琶湖を望むテラスからの眺めは素晴らしいです。食堂とセットなら、これからも傍聴に来る楽しみがありそうな気がしました。
食堂からは階段を使い1階ずつフロァーを“探検”して回りました。島本町役場と比べると、どの部局もより閉鎖的なレイアウトになっています。市民を受け入れる開放的なカウンターは、直接的な市民サービスを担当する係以外は殆どありません。職員はロッカーの間仕切りの向こうやドアの中にいて、全くと言ってよいほど働いている姿を見ることができません。“お役所”が“知らしむべからず、寄らしむべし”であった時代にタイムスリップした感がありました。
さぁ〜て、これからは私の日常生活も老後の暮らしも、この市庁舎内の議場や行政の働きで決まっていくのです。無関心で後悔するよりは、善良な市民としてつつましく、それでいて少し積極的に係っていこうと思いました。もちろん“昔の仕事”を、きれいさっぱり捨て去ることは言うまでもありません。新しい地で新しい出会いが生まれれば、うれしいとちょっぴり期待しています。
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島本町議会の3常任委員会が終了しました
(2009年9月18日 金曜日)
9月9日から始まった常任委員会(総務文教・民生消防・建設水道常任委員会)では、2008年度の決算審査が行われました。各委員会はそれぞれ2日間の日程で延べ6日間開かれたのですが、私が傍聴できたのはそのうちの4日間でした。4日間といっても、いずれも午後からの傍聴でした。大津京の自宅からは1時間程度で役場に着くのですが、やはり“島本は遠くになりにけり”の感は否めません。
思っていた以上の距離感に傍聴も億劫になりがちですが、17・18日に開かれた建設水道常任委員会は頑張って連日の傍聴をしました(総務文教・民生消防委員会は各1日ずつの傍聴です)。同委員会には澤嶋議員が所属しているからです。もちろん平野・戸田議員の委員会での活躍も応援したのですが、このところ体調不良の澤嶋さんが特に気になっていたのです。
澤嶋さんは9月議会の前半日程にも今委員会にも、きっと無理をして臨んでいたはずです。私が直接手助けできることはなくても、せめてエールを送らなければと傍聴した2日間でした。澤嶋さんは2日間共に、全く体調不良を感じさせない鋭い質疑を行いました(内容については日を改めてお伝えします)。
ただ理事者の答弁に対し反発の余り、澤嶋さんの発言が暴走気味になるのにはハラハラしました。熱くなっているのは本人だけで、周りは白け気味という場面が何回か展開しました。この状況に陥ると質疑の本質や目的を見失ってしまい、本題から外れた不毛のやり取りが続くことになります。その結果、質問の持ち時間が足らなくなる事態をも招いてしまうのです。
まあこんな傍聴人の繰り言に構うことはありませんが、ヒートアップは澤嶋さんの体に触るんじゃないかしらと、私はひたすら心配しました。委員会の席では気も張っていますから元気でも、終わるとドッと疲れが押し寄せます。これは元気な私でも、現役時には毎度経験してきたことでした。幸い数日間のシルバーウイークが始まりますから、ゆっくり体を休めてほしいと思います。
澤嶋さんに限らず、平野さん戸田さんもつかの間の休息を有効に使って、後半議会に備えてもらいたいです。後半議会は10月6日(火)と7日(水)に開かれる予定で、一般質問も行われます。一般質問は議員の“勝負どころ”で、これまた準備が大変です。質問の通告締め切りは9月28日ですから、結局連休中も構想を練ることになり、おちおち休んでもいられないことでしょう。
本会議や委員会等のみならず、視察研修や町行事への出席に加え自主活動(調査や議会報告紙発行等)も含めると、議員って結構忙しいのです。退任した私からは、市民派の3議員に「ご苦労様」「お疲れ様」としか言いようがありませんが、我が身を振り返ってみても(そこそこ皆さんに満足頂きながら)「16年間もよくもったなぁ〜」と、今更ながら感慨深いものがあります。
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公共下水道未接続10年余の幹部職員を、なぜ当部局のトップに据え続けているのかしら?
(2009年9月19日 土曜日)
建設水道常任委員において澤嶋議員が鋭く迫ったと前回の日記で書きましたが、その内容を私の傍聴メモ書きより簡単にお伝えします。2、3年前には、町職員で下水道の未接続者が複数いました。ちなみに公共下水道の接続は供用開始後、3年以内に行わなければならないと条例で定められています。
従って住民の範となるべき町職員の未接続に対しては、当然厳しい視線が注がれます。議員現役の時は、私も本件に係る抗議のハガキや電話を頂いていました。もちろん議会では私をはじめ何人もの議員が、厳しく接続を求めてきたことは言うまでもありません。
是正が図られない状況に、議会は2007年度の下水道会計決算を否決せざるを得ませんでした。しかし、今決算審査(2008年度分)においても(職員数は1名にはなりましたが)、未だ未接続の職員が存在することが判明しました。しかも、当該職員は上下水道部のトップです。全くあいた口がふさがりません。
これでは苦渋の決断で前回の決算を否決した議会の意思は、この1年間全く無視されてきたことになります。当該職員は休憩を委員長に求め、次のような内容の発言をしました。「未接続の職員とは私のことですが、個人としては正当な理由があります。その理由はプライバシーに係ることです。プライバシーを明らかにしなければいけないのでしょうか。私自身は公共下水道に接続をしたい。しかし、接続のためには条件整備が必要なのです」と言ったのです。
この発言を受けてそのまま本休憩に入りましたが、別室では“調整”が行われた模様です。委員会再開後、接続困難の理由がわかりました。当該職員宅の巨木が下水道管接続の支障となっているらしいのです。大木であるが故、伐採するにしても一挙にとはいかないとか。当職員が前段で述べた「条件整備」とはそういうことらしいです。
町長は「当該職員については物理的に困難であると理解している」との、擁護としか取れない答弁を行いました。また厳しい質疑を行っていたO委員も「早急な接続を求めるが、要望にとどめる」と、いささかトーンダウンした感じで質疑を終えました。しかし、接続すべき下水道はすでに敷設後10年余を経過しています。「条件整備」にそのような長い時を要するとは、いくらなんでも考えにくいです。
そこで澤嶋議員が質疑を行いました。私が質して欲しいと思っていた次の問いをぶつけてくれました。「なぜ当該職員を当該部局のトップに任命しているのか」と。町長は初めて謝罪しましたが、全く反省が見えないことは続く言葉でわかりました。「申し訳ないと思う。道義的な責任は感じるが、人事を触ることは考えていない」と答えたのです。
「はぁ〜っ?」と首を傾げざるを得ない答弁です。澤嶋さんは「その認識は甘い!町長のそのような姿勢こそが問われているのです」と、ピシャリと返しました。部局長たちに対して全く重しが効かない町長であること、このことこそが悲しいし怖いことなのです。未だ副町長の選任も暗礁に乗り上げた中で、町長自ら「人事が触れない」のなら、一体誰が部局長の配置を決めるのでしょうか。
結局下水道会計決算は、反対=澤嶋・高山議員、賛成=東田議員、保留=岡田・清水議員の表決で、不認定となりました。本会議における最終の賛否はどうなるかわかりませんが、今回も決算が否決される可能性は高くなってきました。全く由々しきことです。当該職員はもとより、町長の責任は誠に重大です。
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メゾン4号棟の売買契約決済が完了しました
(2009年9月24日 木曜日)
メゾン水無瀬の住居は1号棟が売り出し後1週間で、4号棟は2週間で買主さんが決まりました。すでに大津へ引越しは済ませていたものの、果たして買い手が現れるか心配でした。しかし、ありがたいことに2住居共、実にスムースな売買が進行しました。4号棟の引渡しのために、連休には最後の掃除に行きました。そして休み明けの24日は、高槻市内の銀行で決済の手続を行いました。
手続は双方の不動産会社と行政書士の指示通りに行えばいいわけですが、4号棟は私名義の物件ですから少々緊張しました。私からは家の権利書と鍵を渡し、買い主さんからは手付金を差し引いたお金が私の口座に振り込まれ、決済終了です。この後買い主さん側の行政書士さんが法務局へ登記を行い、全て完了となります。
島本町の選挙が終わり、3人の市民派議員が誕生したことを見届けてから約5ヶ月を経ました。この間は家探しと2度の引越し等で少々落ち着かない日々を過してきましたが、これでようやく大津に腰を落ち着ける気分になりました。というか、もう島本に帰る所はないのです。私は35年間の長きにわたり、メゾン水無瀬に住まいしました。今までで一番長く暮らしたのが島本町です。そして20年間は、やりがいのある仕事(議員と介護職)も与えていただきました。
悔いなく胸を張って島本から去ることができるのも、すべて皆さんのおかげです。長い間、本当にありがとうございました。今後は時たま気ままに、役場や町議会の様子を覗いてみようと思います。というわけで私は決済終了後、大急ぎで議員全員協議会の傍聴に駆けつけました。本日の全員協議会には戸田議員がお身内のご不幸で欠席、また澤嶋議員は病院の受診が入っているため出席可能かどうかが危ぶまれたことから、せめて傍聴で平野議員にエールを送らねばと思ったからです。
平野さんは後日のブログで「傍聴には遠くから南部さんが来てくださいました。感謝いたします」と書いてくれました。なお全員協議会における理事者からの多岐に渡る報告事項は、平野さんの同ブログできちんと記載されています。素早い更新と正確な内容は、さすが平野議員だと感心しました。ところで此処の所、3ヶ月以上も日記の更新がない澤嶋議員ですが、どうも体調に波があるようでちょっと心配です。良い波が来たときには短い文章でいいですから、是非更新をして欲しいですね。みんな待っています。
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大津市議会派「清正会・杣(そま)」の市政報告会に参加しました
(2009年9月27日 日曜日)
過日の日記で、大津市議会の初傍聴記を書きました。その折に、なかなか聴き応えのある質問をした若手議員たちがいたことにも触れました。今日はその議員たちが会派を組んでいる「清政会・杣」という会派の市政報告会が開かれ、参加しました。会場は「大津百町館」という、古い町屋をコミュニティの場に開放している趣の在る場所でした。
会派は宮尾・山本・小松(女性)・谷議員の4人で構成しています。各議員が6月と9月議会の、主に一般質問の内容について報告しました。パワーポイントによる実地調査の状況説明もあり、とてもよく解りました。議会報告の後は、車座になって意見交換をしました。最初に支援者らしき“長老さん”が長々としゃべるので、議員たちはヤキモキしているように見えました。
“長老さん”の話す内容は質問というよりは自慢話に近く、市役所の部長たちを呼び捨てにして得意げな様子です。まっ、どこでも必ずこういう人はいますが、私は苦手です(というより「空気読んでちょうだいな」と腹立たしい気分です)。議員たちは無碍には話を断ち切れそうもないので、私は話の切れ目を見計らって口を開きました。「私は最近引越してきましたので、何も分かりません。的外れな質問かもしれませんが、お訊きしてもいいですか」と、箇条的に質問を述べました。
大津市民になってまだ1ヶ月余ですが、訊きたいことは既に山ほどあります。でも人の長話を断ち切ったのですから、私がその轍を踏む訳にはいきません。8月22日に行われた「事業仕分け」傍聴と、9月議会の一般質問傍聴(幸いなことに4議員の質問は聴いていました)を踏まえて話しました。また実生活で疑問に感じているごみ収集の問題と、市の歴史資料館で行われた「戦争展」の入館料のことを訊ねました。
議員たちは誠実に答えを返してくれました。また参加者の皆さんが私の質問に直接回答やアドバイスをくれて、皆で意見交換ができる雰囲気が一気に高まりました。先の“長老さん”も、戦争展の話に係り「この辺りは大津城の外堀で、うちの裏には石垣が残ってますで」と、興味深い史実を披露してくれました。私は“前歴”がばれないように“業界用語”に気をつけつつ、数点の軽いツッコミ以外はひたすらおとなしくしていました。
報告会が終わったその日の夜から翌日に掛けて、4議員が各自のホームページで「市政報告会が貴重な意見交換の場であったこと、数々の建設的な指摘を貰ったことに感謝している」と、私の意見も具体に示して感謝の記事がアップされていました。う〜ん、会派「清政会・杣」の議員たちは、なかなかの期待を抱かせる面々です。これからは彼らを注視していく楽しみが生まれました。まっ、“ご贔屓”にするには、今後の議員活動振りをもう少しチェックしてからになりますね。
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議会運営委員会を傍聴しました
(2009年9月28日 月曜日)
ちょっと調べたいことがあって、島本町へ行きました。丁度9月議会後半の議会運営委員会も開かれるので、ついでに傍聴もすることにしました。3階ロビーでお昼ごはんを食べていると、2日前にお父さんの告別式を終えた戸田議員に会いました。私は思うところあってお通夜も告別式も失礼しましたので、お悔やみの言葉を戸田さんに伝えました。
戸田さんは思ったより元気そうで安心しましたが、悲しみも寂しさもこれから深くなってくることでしょう。一方では議員の仕事は待ったなしで押し寄せてきますから、お父さんを偲ぶ気持と議員活動に取り組む気持との整理がつきにくいことも起こってきます。でも、現役時に父を亡くした私も平野議員も通ってきた道です。戸田さんも体調に気をつけながら、どうか乗り越えていって欲しいと願うばかりです。
さて議会運営委員会では、澤嶋議員が会期を1日追加することを提案しました。めずらしく(?)公明党のO議員が賛成し、後半議会は10月6・7・8日(火・水・木曜日)の3日間となりました。一般質問を行う議員は8名です(質問議員と質問項目は末尾に)が、戸田さんが今回質問を見送ったのは致し方がないかもしれません。しかし正直言うと「こんな時だからこそ頑張れば、アッパレなのになぁ〜」と、私はちょっと残念に思っています。
今議案では第四次総合計画の基本構想が上程されます。基本構想は本会議即決で進めることとなりましたが、共産党のT議員が委員会付託への動議を提出すると予告しました。さらには総合計画の基本計画(基本構想に基づいて策定される計画)を、議決案件にするための条例提案を動議の形で出すことも告げました。いずれの動議も要件を満たせば、議案として審議が行われます。これらについて、市民派議員は異論がないはずですが、他の議員は大部分が反対するのではないでしょうか。
9月議会後半の初日6日は、3つの常任委員会に付託されていた2008年度の決算について討論(賛否の理由を述べる発言)と最終の採決が行われます。委員会で否決された公共下水道事業特別会計は、今回も不認定となる公算が大きいです。さて、どうなることでしょうか?
「どうなる?」の類でいえば、とうとう今議会にも副町長の人事案件は出ませんでしたね。仮に町長が2人前の仕事をこなしているとしても、職員を束ね導く副町長は必要でしょう。職員の箍のゆるみ具合は、あちこちで露呈しているような気がしてなりません。ましてや町長自身へのフォローが必要となれば、副町長の設置は言わずもがなではないでしょうか。う〜ん・・・問題は当り前のことながら、誰を(庁内からならどの部長?)選ぶかということでしょうね。
さて、議案の中で大きなものは清掃工場の工事請負契約でしょうか。毎年施設補修を行っていますが、今回はついに1億円を超えました。1億1千970万円の工事を総合評価制限付き一般競争入札で落札したユニチカ(株)環境事業本部と契約する内容です。後は補正予算の中に含まれる尺代の緊急避難道路に係る予算(2,100万円)及び広瀬桜井幹線冠水警報板設置工事(750万円)があります。
いずれも、これら工事内容の是非については多方面からのチェックが必要です。6日〜7日の本会議では、しっかり審議して欲しいと願っています。政権が交代して以降、国の公共工事の中止や見直しはすごいスピードで進んでいます。かたや地方自治体の歩みは相変わらず旧態然としていますし、島本町も“ご多分に漏れず”の状況にあります。島本町議会の民主党議員は、予算に上げられたこれら公共工事にどのような質疑を行い、判断を下すのか注目したいと思います。
では、最後に一般質問の通告者と通告項目を掲載します。
高山議員 | 1 | マンション居住者の税負担軽減などを求める |
2 | 基本計画(総合計画)は住民参加で策定を求める | |
平野議員 | 町立プール更衣室改修工事における入札事務の不手際及び職員のコンプライアンスを問う | |
澤嶋議員 | 体罰は人権侵害です | |
河野議員 | 1 | 淀川右岸流域下水道高槻島本雨水幹線のさらなる充実を求めます |
2 | 町内公共事業の安全・安心・説明責任を求めます | |
3 | 若者が集う場の充実を求めます | |
岡田議員 | 1 | 健康公園について |
2 | 公園のトイレ設置について | |
3 | 学校の冷房化について | |
冨永議員 | 水無瀬川緑地公園をもっと優しく、使いやすく | |
外村議員 | 1 | 大阪府知事と府下市町村長と各種協議や意見交換会の状況報告を聞きたい |
2 | 実行ある「行財政改革プラン」の確実な遂行のために | |
3 | 山崎ポンプ場横の無料駐車場の即刻開放を改めて求める | |
藤原議員 | 1 | 町立中学校のクラブ活動について |
2 | 就学援助家庭への行政支援について |
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「滋賀市民センター」の職員さんは、皆さん親切でした
(2009年9月29日 火曜日)
大津市に越してきて1ヵ月半経ちましたが、行動範囲はなかなか広がりません。駅前ジャスコへの買い物ばかりでなくて、今日はちょっと方向を変えて散歩がてら「市民センター」へ行ってみることにしました。私の住む地域を担当しているのは「滋賀市民センター」というところです。歩いて20分くらいの距離がありますから、割合遠いです。
市民センターには市役所の支所と公民館があります。正直いうとセンターへ行くくらいなら、京阪電車で一駅の市役所へ行くほうが早いかもしれません。しかし市民センターは“地域の要”とも言われていますので、今のところ急ぎの用事はありませんが、一応“表敬訪問“してみることにしました。
ちなみに滋賀市民センターは、市に在る34ヶ所の市民センターの一つで「滋賀学区(小学校区)」6,960世帯(16,645人)をサービスの対象としています。大津市の面積が374平方キロメートルもあることを考えると、センターの数は仕方がないのかしらとも思いますが、それにしても結構多いです。これは大津市が周辺の町・村と次々合併してきたことも影響があるかも知れません。
さて市民センターの中に入ると、4人の職員さんがいました(多分すべて正規職員ではないと思います)。お客は一人もいません。初めて見る顔にチラッと視線を送っているようですが、「いらっしゃいませ」「ご用件はなんでしょうか?」或いは「こんにちは」等の声掛けはありません。私の中で接客点数の減点ランプが、チカチカと始動し出しました。
仕方がないので、私はカウンターのところに寄って行き「こんにちは、引越してきたばかりで地域のことがよくわかりません。センターからのお知らせや、催しものの内容等を教えてくださいますか」と伝えました。私が問いかけたことで、俄然職員さんたちは親切な対応に“変身〜っ!”です。所長さんらしき男性、何でも知っていそうなベテラン(っぽい)の女性職員、若い男性職員が入れ替わり立ち代り私の質問に答えてくれ、資料も提供してくれました。
うれしいですね!本当は親切な人たちじゃないですか。ところで、頂いた資料の中のセンター発行「四季のたより」には地元密着の情報が満載です。「これから毎月この“たより”を見たいのですが」との私の求めに、「当センターか生涯学習センター(浜大津、遠いで〜す)に置いています。また自治会さんへは配っています」と答えました。
私は「え〜っ?私が住むマンションは自治会どころか、未だ自前の管理組合さえ立ち上がっていません。自治会に入っていなくても、センターの情報はもたらされるべきだと思いますが・・・。ではインターネットでの検索はできないのですか?」と再度聞きました。は〜ぁ、両方ともダメでした。
納得がいかなかったので、帰宅後市役所に問合せてみました。ぐるぐる電話を回されて教育委員会の生涯学習課が答えてくれましたが、結論は「ただ今検討中」らしいです。お役所の“検討中”は額面通りに受取れないことが多いですが、さて、どうなることでしょうか?
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