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もう少し迅速な事務を行っていれば、少しでも歳入増になったのに
(2008年11月1日 土曜日)

 町営緑地公園住宅の駐車場は108台分ありますが、入居者の駐車台数は8月現在で73台です。入居開始より6年を経ていますが、空き駐車場は毎年30台を超えています。入居者の高齢化率は40%を超えており、今後も当分の間は車が増えることはありません。一方近隣マンションにおける駐車場待ちは約50台となっています。

 当然のことながら近隣マンションや周辺住民からは、ガラ空きの町営住宅駐車場を貸してほしいという要望が出されていました。しかし要望に応えるためには、町は「公営住宅敷地(駐車場敷地)の目的外使用」を国に申請しなければなりません。これは町営住宅建設に係り国の補助金を使っているからです。

 今年の8月に当申請を近畿地方整備局に提出し、10月1日から「地域関連施設整備計画対象区域」内に住む住民への貸し出しが、1台7千円(町営住宅入居者と同額)で予定されていました。つまり今年度においては、7千円×20台×6か月=84万円の収入が見込まれていたのです。

 ところが予定の10月を過ぎ11月になっても、申し込みを募る広報記事が見当たりません。もちろん近隣住民の駐車利用も始まっていません。おかしいなと思い担当課に訊いて見ると、事務の遅滞で10月は間に合わず来年の1月にズレ込むようです。従って12月1日号で公募のお知らせをし、10日に締め切り、以降抽選を行い、来年1月1日から実施をすることになっています。

 これでもう、3か月分42万円の収入を逃しました。さらに言うと、これらの事務を1年前に行っていたとすれば、年間の貸し出し駐車料金168万円が歳入されていたのです。2年前からなら336万円というわけです。財政が厳しいと口にしながら、1日でも早く1円でも多くの収入を得る努力を怠った今回の事務は誠に由々しきことだと言わざるを得ません。

「吉田初三郎としまもと」展(歴史文化資料館)の
修復なった鳥瞰図<桜井周辺図>・・・
本物は撮影禁止なのでポスターを映しました
JR島本駅の自由通路に展示された島本高校生の作品

 


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皆さんのお声「要望・苦情」は、大事にしなくちゃね
(2008年11月2日 日曜日)

 今日と明日は町の文化祭です。本日は開会式のセレモニーがあるのですが、夕方まで外出の予定で残念です。文化祭のお楽しみは明日に取っておくことにしました。用事が早く済んだので帰宅後夕食の支度までの間、溜まっていた資料に目を通すことにしました。今回は情報公開請求を行い、出てきた「要望・苦情」の文書が沢山あります。

 住民の皆さんから役場に届けられた要望等は文書・電話・ファックス・メールで、また「私の声」(庁舎と庁舎以外の施設に投書箱=「私の声」が設置されています)に寄せられたものです。これらのほかにも窓口で直接頂いたご意見等も、必要に応じてその状況を職員が文書化したものがあります。従って秘密裏(?)に行われた要望等以外は、すべて入手が可能です。

 ただし個人が特定される情報や、情報公開条例の非公開に当たる情報には黒塗りの紙が貼られていて見ることはできません。ご意見を寄せて下さった方の個人名は分からないようになっていますので、ご安心ください。寄せられた意見への返答は、求められている場合は文書で回答します。回答不要の場合でも、担当課がどのように対処したかは「処理カード」に記載するようになっています。また要望・苦情は全て町長まで決裁が回ります。

 一方「私の声」に寄せられた意見は投書箱の横にファイルが置かれていて、月ごとに一覧表が作成され投書内容とその回答をだれでも自由に見ることができます。ただ一覧表の綴じこみがとても遅いのが気になります。以前にもこの日記でこぼしましたが、11月になって8月分の一覧はいくらなんでも遅すぎるんじゃないの?と憤慨しています。この点は是非改善をしてもらわなければなりません。

 さて今回私が請求したのは8月末から10月末の2か月分でした。議長・町長・教育長・水道事業管理者(町長)・各行政委員会の長宛で提出すると、役場のすべての機関から「要望・苦情」が集まってきます。私は10数年間、年間を通してこれらの情報を求めていますが、全ての文書を閲覧するのはなかなか大変です(この事務の窓口担当である自治・防災課の職員も大変・・・いつも感謝しています)。文書はざっと目を通して必要と思われる情報はコピーしますが、これもまた時間を要する作業です。

 こういった一連の地味な作業で拾い出した情報をもとに、それぞれの原課に確認に行くことから新たな課題が見つかる場合もあります。しかしそれはまあ、オマケみたいなもので第一義の目的は、皆さんの役場に対する“生の声”をただひたすら聞かせて頂くということにほかなりません。皆さんが折角意を決して書かれた「要望・苦情」が、すぐには生かされないことが多いです。でもちゃんと事務の流れに乗って、「要望・苦情」の担当課から担当部局、最終は町長まで届きます。またそれらを常に確認している議員もいることを忘れないでくださいね。

 今日は具体の要望・苦情を2,3紹介しようと思いましたが、なんだかクドクドと前置きが長くなってしまいました。次の機会に回したいと思います。写真は文化祭2日目のスナップです。例年通り大勢の人で賑わっていた文化祭と防火まつりでした。

今年の特別展示は蔵本啓吾さんの水彩画展。
鯉を描いた作品の前に立つ蔵本氏
紅葉のふれあいセンターに響く
ストリートミュージック
防火まつりの人気者はウ〜カンカン号
フリーマーケットは掘り出し物を
見つける楽しみがいっぱい

 


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教育週間の授業参観
(2008年11月5日〜8日 水〜土曜日)

 1週間ほどある教育週間の間は、保護者に限らずだれでも学校・園の参観ができます。いろいろ事件も起きる中、学校を開放するのは大変な苦労があると思われます。ありがたい取り組みに感謝していますが、参加者がやや少ないのではないかしらと残念に思いました。そういう私も町内の2つの幼稚園・4つの小学校・2つの中学校の10施設のうち4校しか訪問できず、申し訳ない気持ちでいます。

 私が参観したのは第二小学校(五年生の英語)・第一小学校(五年生の国語)・第三小学校(三年生の英語)・第一中学校(三年生の英語を2クラス続けて)です。私は今回のお目当てを英語の授業としましたが、用事の合間を縫って行ったので、一小では英語の授業がない時間帯になりました。そこで五年二組の国語(ディベート)の授業を参観しました。私たち日本人が苦手とする議論を経て結論を出す過程は、なかなか興味深いものでした。

 ディベードのテーマは「大人より子どものほうがよい」というもので、「そのとおり」と思う賛成派と「そうではない」との反対派に分かれて議論し、その内容をギャラリーである他の子どもたちが判定します。賛否に係らず「なぜそう思うか」をきちんと主張し、他者を説得できるかどうかの手法を学ぶ授業です。ただ私が考えていた対面して議論をし合うディベートとはちょっと違い、三者がそれぞれグループごとにまとめた意見を読み上げ、発表することを繰り返していました。

 本日の授業は何回かある授業の一コマで、いつか本来のディベートの形に至るのかもしれません。いずれにしても子どもたちが人の話をよく聞き、しっかりと議論を行い、そして自分の考えをうまく伝えることができるようになる、そのための授業が行われていることに私はうれしい驚きを感じています。なぜなら私は議員になりたての頃、多分委員会の質疑でディベートを学校で教えることを求めていた記憶があるからです。

 さて英語の授業参観です。島本町では2006年度より「構造改革特区」を活用し、幼・小・中11年間を見通した英語教育を行っています。他自治体より充実した取り組みを行っているという英語活動の効果はどうなのでしょう?ネイティブスピーカーである英語指導講師の授業ぶりは?等々の期待をもって参観しましたが、たった1時間の参観で分かることなんてありませんよね。でもどの授業も工夫を凝らして、子どもたちを上手にエキサイトさせていました。

 二小では英語指導助手のザミシャさんが「Can you〜?」と問いかけ、子どもたちが肯定文と否定文を使い分けて答えていました。授業の後半は運動場に出て新聞紙を丸めて作った“剣”を各自が手にして走り回り、問いかけのゲームをしながら大事なフレーズを体得していました。机の前だけで繰り返すより、ずっと印象に残る学習ができたのではないかしらと私は思いました。

 また一中では一クラスに五人の先生がついていてびっくりしました。通常は英語担任教諭と英語指導助手(エバンスさん)の2人で授業を行いますが、たぶん実習に来ていた先生の“タマゴ”も交じって、この日このクラスは先生がたくさんいたらしいです。「The place I want to visit」が本日のテーマです。生徒は一人づつ前に出て、行ってみたい国や場所を理由と共に発表します。もちろん英語で。さすが中学三年生、みんな上手でなかなかよかったです。

 三小では三年生の英語でしたが、英語指導助手(シャノンさん)が大奮闘。小さな子どもたちの興味をうまくつないで、飽きさせず授業を進めていました。ゲームになって競い合うと子どもは大興奮、その時シャノンさんは低い声で数を数えます。「五・四・三・二・一・ゼロ」(もちろん英語で)・・・すると不思議!子どもたちの興奮は必ず鎮まるのです。少し気がかりだったのは、クラス担任の先生がもう少しシャノンさんの誘いに乗ってあげれば、子どもたちはもっと嬉しかったのになあ〜と残念に思ったことでした。

校庭でゲームをしながら、英語の学習
(第二小学校五年生)
授業前校内をウロウロしていると、
子どもたちがウサギを見せてくれました
(第三小学校)

 


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何でもかんでも時間制限をしろって、言われてもねぇ〜
(2008年11月6日 木曜日)

 本日の議会運営委員会でも、またまた「議案に対する質疑の時間制限をすべし」との意見が出ました。S議員の「一人で3時間、4時間する者がいる」は、いくらなんでも大げさではないかしら?たぶん私(他2議員をも指しているのかもしれませんが)に対する意見だと思われますが、確かに1時間か1時間半は行ったことはあります。

 でもねぇ〜、私は私なりに努力して時間節約を心掛けているのです。誤解を恐れずにいますが、「私が時間をかけ過ぎという議員の皆さん、あなたのその程度の質疑では1時間できる中身がもともとないんじゃないの」と返したいです。「一度1時間以上やってごらんなさい」、私はあなた方の綿密な調査内容を聞いてみたいといつも思っているのです。

 議会では現在のところ、会派代表が行う予算・決算の大綱質疑と一般質問と常任委員会の質問時間制をとっています。先週あたりから出てきているのは、一般議案に対する時間制です。本日はそのために他議会へ調査研修に行こうという委員長の提案です。私は「議案の時間制限は反対だ」との立場で、「研修は今行く必要はない」と明確に示しました。

 すでに議会運営の検討事項として挙げられている事項すら結論が出ていないもの、また未検討のものもあるのです。一般議案の時間制をいずれは検討事項として挙げるにしても、先ずは今期私たち議運に課せられた課題の結論を出す努力が必要です。また議会基本条例に係る調査を2つの議会(伊賀市・京丹後市)において行ったにも関わらず、制定への緒にも付くことができていない現状を見てみると、今任期終了の前には一定の中間報告をしておくべきではないかと思うのです。

 私はそのために、1回でも2回でも多くの議会運営委員会を開きなさいと言いました。しかしながら愛知県下の2つの町議会を訪れる合意が成立してしまいました。しかしこの件については、現在のところ(現在は本日の本当の日付である12月23日を指します)なんの動きもありません。「今すぐ行かなきゃ」みたいに賛同していた皆さん、一体どうなっちゃったのよ!

JR島本駅東側。
駅舎の左端にある喫煙灰皿(四角いボックス)は、
もともとはエレベータ出入り口付近に
設置されていました
エレベーター内に煙が侵入するとの苦情が
寄せられて、役場が移動させました。
素早い対応だったため、
その後お礼のはがきが寄せられました

 


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今どき宿泊にこだわる視察に、住民の皆さんの理解が得られますか?
(2008年11月7日 金曜日)

 早くも来年度予算の要求時期になりました。議会費は議会事務局が案を作り、会派代表者会議で検討したのち、財政課に提出されます。私の会派「人びとの新しい歩み」では、会議の前に以下のような要望を提出しました。

2008年10月31日
平井 均 議長様
人びとの新しい歩み
2009年度議会費予算に係る要望事項
減額または削除するもの・・・(減額金額は概算)
(1)
議員報酬の引き下げ・・・・
おおむね5パーセントの削減(−約413万円)
(2)
議員手当ての引き下げ・・・
加算率100分の15を乗じることの廃止(−約354万円)
(3)
議会事務局職員の減員・・・
正職員1名を再任用または臨時職員にする(?)
(4)
議員調査研修費の減額・・・
各委員会共に原則「日帰り」とする(職員随行旅費も同様とし、−約238万円)
(5)
議長交際費の減額・・・・・
経年の実績内容の精査を行い、慶弔規定を見直す。中でも「議長杯」への支出は廃止する(?)
(6)
食料費会議賄の減額・・・・
議員の飲水分を削除する(−約2万円)
(7)
議会議事速記の廃止・・・・
本会儀における速記者を廃止し、録音による記録とする(−1万円×総録音時間)
2
新しく予算計上するもの
住民意向調査の実施・・・・・
全世帯または抽出個人(約2千人)へのアンケートを行う。(+?円)
調査内容は・・・町議会に対する認識議員定数・議員報酬額議会だよりの感想・要望議会・議員への意見要望等
議会HPの充実・・・・・・・
会議録のホームページ掲載(将来的には検索シ           ステムの導入を図る)        (+?円)
 上記の会派要望は、2008年度予算に対す要望事項(2007年10月24日提出)と基本的には変わりません。なお当要望は今任期最終の予算要望となるため、条例改正を伴う項目や町長部局に関連する項目に関しては早急なる検討体制が必要となることはいうまでもありません。
以   上

 

 議会費の見直しについては少しづつの減額が図られてきていますが、会派の意見が合わずズルズルと継続されているものも多いです。例えば議長交際費の中の少年野球大会優勝メダル=3万9千円がそうです。議員の中に少年野球の関係者がいるからなのでしょうか?私は「もうやめるべきだ」とずっと言い続けているのですが、だめですね〜。

 本日議論が集中したのは、議員の調査研修(以下「視察」と言います)に係る予算についてです。視察は3つの常任委員会と議会運営委員会及び議会だより編集委員会で行われています。現在は一人7万円の予算が計上されていますが、2007年度分の常任委員会視察に関する決算額は一人当たり3万5千円・3万8千円・4万8千円でしたから、大きく不用額を発生させた要因となっています。また経年の実績から見ても、5万円以内で宿泊視察は可能といえます。

 常任委員会視察について5会派の意見は大きく分けると3つ、「現行のまま」・「日帰りと宿泊の隔年実施」・「日帰りを基本とする」です。また費用については7万円・6万円・5万円の案が出ました。私は「常任委員会は日帰り原則、ただし宿泊も可能で予算は5万円。議会運営委員会と議会だより編集委員会は日帰りで1万円の予算」を会派の意見として出しました。結果、常任委員会の視察は現行より1万円引き下げた「6万円」の予算となりました。

 議会運営委員会の視察については「日帰りを前提」とする2会派と「宿泊あり」の他会派が意見の一致を見いだせず、結果はいつものごとく“声の大きい”議員の言う通りになりました。当議員は「日帰りと規定できない。近隣の2ヵ所を宿泊して研修することも考えられる。日帰りの前提はやめてほしい」と5万円の視察費用を主張しました。

 私は視察に臨む議会の姿勢を明確にしておく必要があると訴えました。5万円という費用の上限があっても“お泊り”を目的とする議員が未だにいる限り、財政難の負担を住民にお願いすることなど到底かないません。私は「議会の姿勢を住民に説明できる証として、せめて予算要求書には“議会運営委員会の視察については日帰りを旨とする”と記載せよ」と譲りませんでした。

 結果は議長斡旋案の5万円となりましたが、議会事務局長の「予算要求書提出時には、総括欄に(日帰りの)意見が出たことを記入する」との答弁で、私も渋々引き下がらざるを得ませんでした。後日会派代表者会議の要点録を確認しましたが、「確認事項」としてちゃんと明記されていました。次は情報公開請求をしている予算要求書に、同様の記述がされているかを確かめなければなりません。

 やれやれ、長時間なおかつ消耗する会議が終了しました。それにしても会議の途中で傍聴に来ていた住民に向かって、大声で恫喝した“声の大きい議員”(実際の声量の大きさを指しているのではありません。念のため・・・)はみっともないぞ!傍聴者がみだりに騒いだわけではなく会議を妨害したわけでもないのに、住民に直接暴言を浴びせるとは、全く許し難いです。私たちは議長の進行整理のもと、この会議を開いています。私は「抗議は議長に申し出るべきだ。議長が必要と判断すれば、注意が発せられる。傍聴者への直接の発言は慎むべきである」とピシャリと言っておきました。

 


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「2度あることは3度ある」って言うけれど、まさかホンマに・・・
(2008年11月12日 水曜日)

 戦没者追悼式に参加しました。戦争で亡くなられた方々のご遺族を島本町がお招きし、そのご苦労を称え共に祈ることは大事なことだと思います。「もう決して戦争をしない、戦争に加担もしない」との決意を新たに、私は毎年一住民の立場で参加しています。式典の半分は来賓の紹介と、皆さんが一人ひとり行う献花に費やされています。

 時間のかかる来賓紹介は町外からのお客のみと、議会は議長だけでよろしいのではないでしょうか。「町会議員はこのような式典で顔を売ってもらうなよ!」と私はいつもつぶやいています。また関係団体等の長も一人づつ献花をします。こう言っちゃなんですが、「○○銀行ご代表」なんて関係あるんですかね?たぶん出席のご本人も忙しい仕事の合間を縫って出てくるのは、「しんどいな」というのが本音ではないでしょうか。

 明らかなことは本日の主役は、戦争で亡くなられた人びととそのご遺族です。それなのに遺族会の代表者以外のご遺族は後列に座らされて、献花も(義理できているのがほとんどの)来賓の後に一斉に行います。せめて希望者や地区別に人を決めて前列に座っていただき、その方々の名をお呼びして献花を行っていただくとか、もう少し血の通った追悼式にする方法はないものかと、いつも歯がゆく思っています。

 さて式次第も終わりに近づいてきました。ご遺族の代表が町長と向かい合って、謝辞を述べる時がやってきました。「2度あることは3度あるかもしれない」とマサカの心配が胸をよぎった人(私がそうです)、「いやいやいくらなんでももう間違えるはずはない」と安心していた人とさまざまな思いが交差しつつ、いよいよ最後の町長名を述べる瞬間がきました。

 ご遺族の代表ははっきりとこういったのです。「島本町長 豊田雅様」。一瞬ため息とザワザワとした空気が流れました。相対している川口町長の顔は見えませんでしたが、どのような表情をして良いものやら戸惑ったことでしょう。仮に川口さんが当選したてで、遺族代表も思わず前の町長名を言ってしまったというのなら、まだ許せる余地はあります。私は謝辞を述べた方に対しても、追悼式を主宰した町の職員に対しても、大きな怒りがこみ上げてきました。

 厳粛に執り行われたはずの追悼式は、今回も“この一言”でおじゃんになりました。こんな格好の悪いことはありません。町長名を間違ったのは、私が記憶している限りは、これで3度目です。しかも豊田さんは2代も前の町長です。川口町長は「豊田町長」2回、「村田町長」1回の計3回間違って呼ばれたのではないでしょうか。遺族会はもちろんですが、所管の民生部にも未然に防ぐ手立てはあったはずです。

 遺族の代表が“確信犯”でない限り、このような事態が生じることはあり得ないのです。川口町長は遺族会に抗議を申し入れたのでしょうか?また職員には事態の改善をどのように指示したのでしょうか?寛容で物わかりよいポーズも時と場合によります。裏を返して見れば任期も終わりに近い4年を経たというのに、未だに名前も覚えてもらえない程度の町長ということになりませんか?あ〜ぁ、来年の追悼式が恐ろしい・・・。

水無瀬神宮の紅葉
戦没者追悼式の舞台装飾予算は61万2千円
サザンカが冬の訪れを告げる水無瀬の滝

 


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小雨のオープニングにもかかわらず、農林業祭は大盛況
(2008年11月15日〜16日 土〜日曜日)

 農業委員になって2年目ですから、農林業祭も2回目のお手伝いです。私は今年も品評会会場の担当です。品評会は前日(15日)の準備のほうが大変です。朝8時から夕方までが2日間続くので、少々気あいを入れて臨みます。前日の朝は、農家の皆さんが出品する農産物を搬入されます。米・豆・根菜類・葉菜類・根菜類が、次々と机の上に並べられていく様は壮観です。

 今年は大根が少なくてネギが大豊作ということが、素人の私にも一目瞭然です。約350品目の出展がありました。この品数は高槻市の農林業祭にも引けを取らないらしく、島本の農家の頑張りをうれしく思いました。私は出品物につけるナンバー表をせっせと書きました。搬入が終了して午後からは、国と大阪府の農業事務所の審査員(3名)が来られて賞が決められていきます。

 大阪府知事賞・島本町長賞・議会議長賞等15の特別賞が決まり、続いて穀類・葉菜類・根菜類・きのこ類・果実類・果菜類のそれぞれ金賞と銀賞が決定。賞を明記した短冊を出品物の所に貼り付けます。この後に、やっと値付けです。値を付けるのも青果卸人の専門家にお願いしています。品評会もその後の即売も、すべて公正に第3者の手に委ねられています。

 夕方近く準備はすべて整いました。葉物野菜には霧を吹きビニールシートで被って、明日を待ちます。私はウロチョロとしているだけで何の役にも立っていなのですが、農家の皆さんとの会話が今年も楽しかったです。「葉菜類は葉っぱを見ることも大事だが、軸を見なさい。スンナリ揃ったきれいな軸の物が美味しい」とか「大根の種を蒔くときは、箒が必要」などは私の知らないことばかりでした。

 大根が地中に根を張るとき、ほんの小さな石でもあると節ができたり曲がったりするからです。箒で土をきれいに掃いて障害物を取り除き、滑らかな畝に種をまくというわけです。「教えてあげてから、うちの近所の人たちはみな箒片手に種を蒔いてまっせ」、こんな話を聞けることがうれしいのです。

 そうそう、シイタケのカサの裏に膜が張っているかどうかなんて、初めて聞きました。大沢から出品されたシイタケに、その膜がありました!カサのヒダヒダが少しでも緩むと薄い膜は破れてしまいます。いかに新鮮なシイタケかが分かるというものです。「こんなのは一流の料亭にいきますわな、めったにあらしませんで」に、皆「はぁ〜っ」とため息をつきました。

 農林業祭当日は小雨でしたが、皆さん早くから開場を待っていました。私はオープニングセレモニーに参加した後は、品評会の持ち場に戻りました。大勢の人びとが入場して、出品の野菜たちを褒めてくださいました。11時からの即売を待って行列ができ、即売も大盛況!笑顔で「いらっしゃいませ」の売り子さんに徹しました。

 楽しかった2日間でした。皆さんに感謝です。来年もお手伝いができて、いろんなことを教えていただきたいなと思いました。さてどうなることでしょうか?

農家の皆さん自慢の作物がズラリ
米・豆を品評する
かんきつ類勢ぞろい
大根重いけれど、お餅も食べたい

 


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スッキリしませんね、副町長の退職
(2008年11月18日 火曜日)

 乾副町長が退職してすでに10日を経ました。表面的には役場に何の変化もありません。もともと副町長が末端の事務執行にまで係っていたわけではありませんから、日々の仕事が回っていくのに支障はないのでしょう。そのうちみんなアッケラカンと乾さんのことを忘れてしまうと思いますし、多分ご本人もそう願っているのではないかしらという感じがしないでもありません。しかし私は乾副町長が職員に対して果たしてきた“重し”の影響は、目に見えない形で消え去り、今後“お気楽ムード”がジワジワと役場を覆っていくのではないかと心配しています。

 さて、未だになんだかスッキリしません。いえ、退職の理由は「健康上」ですから、これ以上ハッキリ・スッキリした理由はないのです。人の健康状態について、他人がとやかく口をはさめるものではありません。乾さん自身が議会の会派代表者たちに宛てた文書で、「昨年あたりから体調がすぐれず、最近特にそれが厳しい状況となってまいりました」と述べていますし、退職当日私との面談においても、「体の不調により時として重要な判断が、瞬時に行いづらくなりました」とも語っていました。

 「じゃ何がスッキリしないの?」と訝る人もいると思います。先ずは、そんなに長い期間すぐれない健康状態だったのなら、なぜ静養や治療のために早めの長期休暇を取らなかったのかということです。町政のことが心配で心配で休んでなんかいられなかったのかもしれませんが、いま副町長の重責を唐突に投げ出すよりかは、まだしも説明がついたのではないでしょうか。私は病気だけが原因なら、何とか治してもらいたかったと残念でなりません。

 スッキリしない次の理由は、議会に対する対応です。最後まで首を傾げることが多かったです。「副町長退職」の報が、正式に議員に知らされたのは11月5日の町長からの文書でした(ハア、何とファックスで何気に流れてきました)。私はびっくりして翌朝副町長室にすっ飛んで行きましたが、乾さんは不在で町長と話をしました。

 町長は「副町長は大阪府に挨拶に出かけていて不在です。昨日は町内の関係機関(団体)等に挨拶に行っていました」と言いました。もちろん健康面で心配していたと、町長は初めに話しはしましたが・・・。は〜ぁ?議員にはファックスで、府や他団体には直接のご挨拶回りですか!しかも議会への第一報の前にねぇ〜。

 続けてわかったことは、副町長は10月末の庁議で初めて退職の意思を伝えたそうです。その後課長会議でも伝えたのですが、これも多分議員へのファックスの前ではなかったかと思います(時間差があったとしても、ほぼ同時期でしょう)。は〜ぁ、私たち議員は課長たちより軽視されているってことなんですね。こんなに議会がないがしろにされて、黙っている議長もおかしいと思いました。私は退職日とタマタマ同じ日に開かれる会派代表者会議において、せめて議会への一言があってしかるべきだと議長に訴えました。議長の申し入れを副町長が受けて、何とか議会のメンツは立ったと思ったのですが・・・イヤイヤ甘かった!

 さて11月7日午前10時前、会派代表者会議の席に着くと副町長からの退職挨拶文コピーが目に入りました。「急な公務が入り出席がかないません」って、なんとドタキャンです。こう言っちゃなんですが、議会の会議に出席して退職の弁を述べるのも立派な公務でしょう。わずか5分程度の時間が取れないなんてありえないです。しかも議会に対して、そして議長への約束を反故にしてまで・・・。私は乾さんがこんなに議会を拒否した姿を初めて見ました。

 ここまで来て私はハタと気づいたのですが、これは多分乾さん側にのみ問題があるのではなく、むしろ挨拶を受ける側のほうに強い拒否感を持つ議員たちがいるのかもしれないということです。しかしもしそうだとしたら、まるで子どもの喧嘩レベルですね。まあ過去の町長選も絡んで、いろいろ確執があった議員たちもいるのかもしれません。でも40年もの長きにわたった勤務の最後の日には、「お疲れ様でした」と送ってあげるのが礼儀ではないでしょうか。

 まっ、どっちがどうとも全く私の想像の域を出ない考えですから、気にしないで読み飛ばしてください。ちなみに私はこの日、夕方5時半まで役場にいました。副町長の退庁を見送りたいと思ったからです。最後の一日を閉庁時間まで仕事をして終えるというのは、乾さん流のこだわりだったのかもしれませんが、勤務時間が終了したため全職員の殆どと庁舎以外の施設からも職員が来ていました。一方議員は半数も来ていなかったと思います。

 各部局からの大きな花束を抱えた乾さんは、いつもより小柄に見えました。挨拶らしい挨拶はなく、ピロティーの中央でじっと佇み時折ハンカチで涙を拭う姿は全く予想外でした。乾さんらしい反骨精神がうかがえる最後の熱弁が聴きたかったと思いましたが、去る時は“消えゆくのみ”もまた乾さん流だったのかもしれません。

 私は議員である延20年間(3期目と4期目の間は4年間のブランクがありますが)、殆どと言っていいほど行政に対し「異議あり」と声を上げてきたように思います。役場の中枢を駆け上がってきた乾さんにとっては、しつこく小うるさい議員だったに違いありません。従って乾さんにとってはとても容認できる相手ではなかったと思いますが、私にとっては「乾さんに笑われるような質問はしたくない」と、いつも緊張を強いられる職員の一人でありました。

 乾副町長が11月7日付で退職したことは翌日の新聞記事(小さな記事でしたが)や、11月15日付の町広報紙で広く住民が知るところとなりました。突然の退任に怒っている住民もいます。私にもそのような声が寄せられています。乾さんの任期は来年の6月ですから、そのわずか2か月前に行われる町長選挙まで「川口町長を支えられないのか?」といった声が多いです。

 それもこれも健康状態が限界と言われれば、頷くしかありません。たぶん一番悔しいのは当の乾さんでしょう。巷の噂「川口さんに対抗して町長選に出はんの?」はともかくとして(というより健康上の理由で引退した場合は、首長選出馬は無理です)、「川口町長とうまくいってへんのと違うのん?」といったストレスで体調を崩すなんていうのもありえないわけで(ストレスは強い者が弱い者へ強いる過程で生まれますから)、やっぱり健康上の限界説に落ち着くことになります。

 だから、やっぱり「長い間、お疲れ様でした。健康をしっかりと取り戻してください」を送る言葉としたいと思います。乾さんは私より5歳も若いのですから、まだまだこれからが人生の実りの時、頑張っていきまっしょい!

水無瀬川の深まる秋
空席となった副町長のデスク
サントリー蒸留所の大楓

 


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西国街道のひき逃げ事件、容疑者逮捕される
(2008年11月22日 土曜日)

 19日夕方のニュースで、事件のことを知りました。テレビは「午後1時13分頃、府道西京高槻線(旧西国街道)の農協前で自転車に乗った女性がひき逃げ事故にあい重症」と伝えていました。最近ひき逃げによる酷い事件が連続して起きており、社会的な注目を集めています。これらの事件に憤りを感じながらも、まさかわが町で同様の事件が起きるとは思ってもいませんでした。

 翌日交通安全を担当する役場の職員(当該部局の次長)に、新たな情報の入手がないのか等尋ねに行きました。報道の内容を超える情報は役場も入手できていないとのことでした。私は事件の進展いかんによっては、交通安全対策協議会等組織的な取り組みも必要になってくるかもしれないことを次長に伝えておきました。その後事故現場を確認しに行きましたが、目撃情報を求める警察の立て看板が設置されていました。

横断歩道を引いてあるのが府道西京高槻線、角の建物が農協
情報を求める事故現場の立て看板

 

 22日お昼のニュースで「容疑者逮捕」が流れました。高槻市のコンビニ店経営者(47歳・男性)で、容疑は自動車運転過失傷害及び道路交通法違反(ひき逃げ)です。もちろん事故はあってはならないことですが、直接の加害の上にさらに「逃げる」という卑劣な行為が加わることによって、どれだけの被害が拡大してしまうことか・・・暗澹たる気持ちに陥ってしまいます。

 「容疑者はコンビニ店経営者」との割り出しに直接寄与したのが、事故現場近くのコンビニ店に設置された防犯カメラというのも何とも皮肉なことですが、カメラの映像を分析し警察は車種を特定したとのことです。今回の事件は2日間で解決をみましたが、事故に遭遇した女性はいまだに意識不明の重体と伝えられています。一日も早い回復を、ただただ祈るほかありません。

西京高槻線は旧街道で道幅が狭い上に、時間帯によっては国道171号線の抜け道として通行する車両も多く、その危険性を憂う声は折に触れ住民から寄せられています。特に小学生の通学時に係る心配は議会でも取り上げられてきました。ひき逃げは言語道断!許せない行為ですが、容疑者が逮捕されても旧西国街道の交通事情は変わりません。危険性が去ったわけではないのです。役場は今こそ、従前より出されている住民要望を再認識し、大阪府・高槻警察署など関係機関にしっかり求めなければならないと、改めて強く思います。


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副町長退任で、町長は困らないのかな〜
(2008年11月26日 水曜日)

 11月14日の庁議で川口町長はこのように述べています。「11月7日付で、乾副町長が健康上の理由により、退任された。退任理由について、町内では、さまざまな臆測やうわさ話が飛び交っているようである。これらの対応については正確な情報提供を徹底していただきたい。また、後任の副町長については、来年4月が町長選挙であり、その間、副町長は不在となるが、全庁的に情報の共有化を徹底して、職員が一丸となって、事務を進めて頂きたい」と庁議の要点録には書かれています(やたら「、」の多い文章ですね)。部長たちはどのような反応をしたのでしょうか?白けていたのか、大いに町長を盛りたてようと張り切って聴いていたのか・・・。

 さて、町長がわざわざ庁議で「様々な憶測やうわさ話が飛び交っている」と言うからには、よほどそういう話が人びとの口にのぼっているのでしょうね。憶測やうわさは「乾さんが町長選挙に出る」とか「川口町長とうまくいっていないから辞職した」といった内容でしょう。私はそんな噂なんて全然聞きませんね。町長は少し神経質になっているんじやないですか?私はむしろ頭の上の重しが取れて、町長は少し気楽になったかしらと感じていましたが、本当のところはどうなのでしょうかしら。

 私なら「わずか5ヶ月間でも、町長一人で大丈夫なん?」といった噂には思わず頷いてしまいそうです。12月議会を乗り切ったあと、3月議会はたとえ骨格予算であっても新年度予算を上げなくてはならないのです。また再選を目指すなら、公務の傍ら選挙のための活動もしなくてはならないでしょう。そんなこんなで“相棒”の副町長空席は、川口町長にとって大いなる痛手でしょう。というか行政力の低下は、むしろ町民にとって心配な状況に至らないかと危惧しています。本会議はあと2回、各常任委員会も開かれますが、部長たちのフォローが問われます。

 ところで副町長の退職金ですが、任期の4年ごとに支払われます。乾さんは1期目の退職金と今回2期目(中途退職)の退職金を受け取ったことになります。あ、勿論一般職の教育次長から特別職の副町長(当時は助役と言いました)になった時にも退職金をもらっています。総受領金額は、今はもう民間の人ですから言わないでおきましょう。まっ、今回の退職金だけは12月議会の補正予算に計上されますのでお知らせしておきましょう。

 副町長の給料月額は70万5千円です。これに特別職の退職手当の“割合”である100分の360を掛け、今任期の在職期間年数3年を掛けます。ちなみに乾さんの任期はあと6か月で満了でしたが、4年目は支払われません。働いた月数は切捨てとなります。従って2期目を全うしていたなら1015万2千円受け取れましたが、今回は761万4千円となります。なお給料月額については、今年度に限った特別職の減額が行われていますので、乾さんのこの1年間の給料は月額67万5千円となっていました。念のため書いておきます。

ついに売り出された東大寺の古民家(築180年)。
土間には七つの焚き口があるカマドが完全な形で残っています・・・
おしいなぁ〜

 


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気になっていた指定金融機関の窓口“停止線”
(2008年11月27日 木曜日)

 役場には「りそな銀行」が窓口“出張”しています。ずっと気になっていたのですが、窓口が込み合う場合はあまりありませんので我慢していました。しかし数日前に、支払いを行う私の両サイドに2人の人がピタリ近づいて、順番を待つ形になりました。私は財布からお金を出すわけですし、支払いに関する書類は個人情報ですから、「こんなに張り付かないで下がってちょうだいよ」と内心切実に感じました。

 これはまずい!別にこのような状況にならなくても、次の人がここで待機しなければならないと認識できる“停止線”を設ける必要性があると思いました。当節多数の機関において提示しているのですから、「役場の『りそな銀行』窓口の手前に、一本の線を引きなさい」と会計管理者の職員に伝えました。その場では、「検討します」とのお役所言葉が返ってきました。

 2、3日後写真のような2本の線が引かれていました。おお!素早い対応だとうれしく思いましたが、よく見ると銀色のテープが張ってありました。まあテープでもペンキでも表示が明確ならかまわないですが、粘着テープが剥がれかけると子どもやお年寄りの方にとっては躓きの原因になるかもしれないので、いずれはペイントして欲しいものです。

 また私が想定していた停止線は、窓口から一定の距離を置いて「ここで止まって待ってください」と知らせる横線でした。しかし貼られたテープは整列を促す2本の縦線でした。ちょっと違うかしらと思いましたが「順番を待ちましょう」の意味は伝わるので、職員の「しばらく様子をみます」を信じることにしました。

 今回の件は費用も人手も要しない簡易な作業で解決できる事でした。従って素早い対応を褒めるというまでにも至りませんが、金融窓口での安全安心の確保に気づいてくれたことが成果と言えば成果でしょうか。後で聞くと、りそな銀行の職員も気になっていたというではありませんか。複数の人間が窓口に密着して群がることは、銀行の皆さんにとっても危険を誘発することなのです。役場がちゃんと意見を吸い上げていれば、今までにも改善の機会があったということでしたね。

「指定金融機関 「りそな銀行」」と手前に引かれた“整列線”

 


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ひき逃げされた女性が亡くなりました
(2008年11月28日 金曜日)

 しばらく日記の更新を怠っていました。長引く風邪とグズグズと進まない「なんぶニュース」を持て余していたのとで、アッという間に1週間が過ぎてしまいました。訪問下さった皆様には空振りばかりで、本当にすみませんでした。空の日記に連日40人以上の訪問者があり、申し訳なさでいっぱいです。

 さて週明けには12月に突入し、中旬には議会が始まります。かなりのトホホ状態ですが、とりあえずはニュースの版下を月曜日に印刷屋さんに渡さなければなりません。ああ、ついでに言いますと今まで無理を聞いてもらっていた印刷屋さんが操業できなくなり、新しいところを探すのに一苦労。そんなこんなで無駄な時間を費やすことも多々あった日々でした。

 まず最初に悲しいお知らせです。22日の日記でお知らせしましたが、19日に旧西国街道の農協前で起きた交通事故の被害者が亡くなられました。意識不明の重体から回復されることなく、逝ってしまわれたそうです。ひき逃げの容疑者は事故の2日後に逮捕されていますが、肉親を奪われたご家族はさぞ悔しく、悲しみの極みだとお察しいたします。

 日記には目撃情報を求める立て看板の写真を掲載しましたが、看板はひき逃げ犯が捕まった後も引き続き立てられています。なおかつ新しい貼り紙が看板に張ってあるのを見つけました。            

張り紙の内容は・・・「捜査協力のお願い」と題し、

 平成20年11月19日午後1時13分ごろ島本町広瀬1丁目3番5号先で発生したひき逃げ事件がありました。この件で車の番号「46」又は「64」を見た方がおられますので、本人もしくはこの方のお知り合いの方でも結構ですので、ぜひご連絡をお願いします。

大阪府高槻警察暑交通捜査係

(072−672−5234)

 と書かれていました。後段の部分がちょっとわかりづらかったので、高槻警察に問い合わせてみました。「ひき逃げの容疑者は逮捕されたのに、なぜこのような張り紙をするのですか」との問いに、交通捜査係の人は丁寧親切に答えてくれました。あの事故の際に車のナンバーを見た人がいたのですが、車のナンバーを別の人に伝えて現場を離れたそうです。「捜査の精度を高めるために目撃情報の確認を直接行う必要があり、立て看板に新たな張り紙をして<その人>を探しているのです」と説明してくれました。情報提供者でもない私には何も教えてくれないかもしれないと思っていたので、うれしい勘違いでした。目撃者が現れるといいですね。

「JAたかつき」の向かい側にも立て看板を設置
事故直後に立てられた看板の上に、
新しく貼った「お願い」のビラ

 


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何と言うことでしょう!議案が消えちゃった
(2008年11月29日 土曜日)

 本日の本当の日付は12月11日です。11月の日記をまだ終わらせることができずにいますが、とんでもない事態が発生しましたので、暦通りの日付にひとまず素っ飛びます。とんでもない事態とは、12月議会にあげられる補正予算の債務負担行為(2008年度〜2009年度にわたる予算)の中で「ごみ焼却処理施設運営委託検討支援」に係る業務委託の予算830万円が、何の説明もないまま削除されたことです。

 ちなみに12月議会は来週の12月16日・17日・19日の日程で開かれます(19日は議会運営委員会で追加されました。従って現在配布中の「なんぶニュース」には間に合わなかった日程で申し訳ありません)。今までにも修正等により差し替えとなった議案がなかったわけではありません。しかし今回は当該業務の内容が一部変更されたわけでもなく、バッサリと削ってしまう前代未聞の事態です。ましてや議案発送を経て(議案が告示されたことです)、あと数日で本会議開会という今になって「なかったことにする」というのは、どう考えても納得がいきません。

 午後に議案書の差し替えのため総合政策部長が議員控室に一人でやってきましたが、なぜこうなったのかの説明は一切ありませんでした。驚いた私は当該事業を主坦している所管の都市環境部次長のもとへ飛んでいきました。次長は「内部で検討・調整した結果、議案を取り下げるということになりました。ただ補正予算計上については、担当としてそれなりに自信を持って提出したつもりです」と答えるのみでした。

 こうなれば、やっぱりトップの判断を聞かなければなりません。町長室を訪れます。しかし町長ですら「様々な要因で調整した結果の処置です」としか答えず、一切明らかにしませんでした。議会をバカにするにも程があります。議案内容にどのような瑕疵が見つかったのか、あるいはどこから横槍が入ったのかわかりませんが、「様々な要因による調整」は議案書を出す前にしておかなくてはならないことでしょうが!

 私は猛烈に腹が立ちました。なぜなら本日12月11日は、午前中に議員全員協議会が開かれていたのです。町長以下総合政策部長らも出席していました。その席上でなぜ謝罪と説明をしなかったのか?また前日には議会運営委員会が開かれていました。まさに今12月議会の議事日程を検討・確認していた会議だったのです。言えない内容もあったかもしれません(例えば理不尽な圧力がかかったとか・・・)。しかし、少なくとも取り下げる謝罪はできたのではないですか?

 私は怒りを通り越して、殺伐とした気持ちに陥りました。二元代表制を担う一方の議会をこんなに無視するやり方に、これが川口町長の掲げてきた行政運営の実態かと暗澹たる思いでした。いくら追及しても、この町長からは何も出てきません。私は「これは瑕疵ある議案を提出した町長の重大な責任です。議案にないものを議場では議論できないわけですから、開会冒頭に削除に至った経緯と共にきちんと謝罪をしなさい」と言い置いて面談を終えました。

 さて削除された「ごみ焼却処理施設運営委託検討支援」業務とは、現在清掃工場において町の職員が行っている業務を民間に委託し、従前からの民間委託事業に加え全面委託に移行するための検討と、実際に民間業者によるごみ焼却を含めた包括的運転管理を行うための業務を委託するものです。簡単に言うと町立ではありますが、中身はすべて民間が担う清掃工場になるということです。

 この計画自体はなにも降って湧いたわけではありません。清掃業務に携わる職員の定年退職を順次迎える中、第4次行財政改革推進計画に織り込まれたものです。現在町の職員は場長を含め6名いますが、予備要員はいません。加えて今年度末には1名の定年退職者があり、2009年度末は場長を含む2名が退職します。以降1名づつ定年を迎え、4年後の平成25年度末には町職員は0人となります。結局技能労務者を採用せず、技能の伝承を断ち切ってきたのですから、当然迎える清掃工場の姿であることは否めない現実です。

 しかし町として当然想定していることであるとすれば、なおのこと時間をかけた丁寧な住民への説明が必要です。住民とゴミ問題には、切っても切れない日々の課題が存在しています。従って広く住民間での議論が必要です。勿論議会でも具体の課題を想定した特別委員会等の設置を経て調査研究を行わなければなりません。それらを一切飛び越えてのこのたびの予算計上には、唐突感は免れません。

 しかしだからと言って、「引っ込めたからええやん」とはならないのです。「もともと引っ込めなければならないような議案を出すなよ!」と言いたいし、「百歩譲って、種々の了解を得られないことが議案提出後の土壇場で分かったとしても、それならそれで議会への説明責任を果たしなさい」というのが私の怒りの源です。「こんなんで島本町は大丈夫なのかしら?」。あ〜あ、ため息ばかりの役場の帰り道でした。

 今回の日記はいつものことながら実際の月日を無視してお届けしましたが、実はもう一つ怒髪天を衝く怒りを覚えた事象があります。次回の日記も時空をさ迷いながらの日記となりますが、お楽しみに(あっ、話の中身は楽しいことではないです)!写真は12月の初めから点灯した、恒例の楠公道路クリスマスイルミネーションです。都心部の煌めくデコレーションと違い、島本らしくつつましやかに瞬いている“健気さ”に、近づく年の瀬の思いを重ねました。

阪急水瀬駅前のイルミネーション。
年々電球が少なくなっていくのか樹木が
大きくなってきたのか、少々寂しげですが、
分相応ということでよろしいのでは?
阪急からJR駅にまっすぐ延びる
府道“楠公道路”の第一中学校前

 


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議会事務局はビビるな!「キマリは守って下さい」となぜ拒否しなかったの
(2008年11月30日 日曜日)

 日記の日付けは11月ですが、表題の件は12月10日に起こったことです。前回の日記で「“怒髪天を衝いた”ことを書きます」とチラッと書きました。“怒髪“はチョット大げさであったかと思いますが、議会事務局で吠えた(?)私の怒りは相当なものでした。また事務局長を別室に呼んで説明を求めたことも(実はぎゅ〜っと油をしぼりました)、未だかつて私が示したことのない態度でした。それくらい私は怒っていたのです。

 ではなんで怒っていたかということです。実は、一般質問の通告順番を守らない議員がいたことが判ったのです。実際の提出時刻順ではなくて、自分の質問を○○(順番を言うと、どの議員か分かっちゃうので伏せました)に回すよう議会事務局に強要した議員がいました。これは明らかに議会の決まり事を破っていることになります。一般質問通告書の提出は11時を1秒過ぎてもアウトですし、質問の順番はもちろん提出順となっています。だからこそ私たちは皆、一般質問通告の厳しい決まりに神経を使い厳守しているのです。

 「なあ〜んや、そんなことで怒ってるの?」と思もわれた方もいらっしゃるでしょう。さらには議員と議会事務局の間で起きたこと、また実際一般質問の順番がどうなろうと住民の皆さんには殆ど関係ないことかもしれません。いわば議会内で生じたコップの中の嵐に、「なに熱くなってんの?」と呆れておられるかもしれません。

 しかしルールを曲げる議員と、それをいさめもせず唯唯諾諾と従った職員がいることが明らかになったのです。もちろん無理難題を求める議員も議員ですが、全ての議員に対して平等・公平にあたらなければならない議会事務局が、このような恣意的な対応を取ることは断じて許されません。「良かれと思ってやったこと」と事務局長は言いました。

 「言い訳は通らないです。もし順番を変えることがどうしても必要と言うのなら、百歩譲っても議会運営委員会を開催して結論を得てからでないとだめです。」「今回の件を良しとするなら、これからは誰かれなく勝手に『順番を変えろ』と言ってきますよ」と私は返しました。こんなことは氷山の一角かもしれないし、今までもあったかもしれない・・・(と疑われても仕方がありませんね)。当の議員も議会事務局も議会内部に大きな不信感を生じさせたことを反省し、今後一切「横車を通さない、通させない」と誓うべきです。

 一般質問を行う議員名と質問項目をお知らせしますが、その前に写真を掲載します。なお質問順番6番目の私は、12月17日の夜になる可能性大です。進行状況は議会事務局(962−6315)へお確かめくださると、より正確な状況が把握できます。

第一中学校校舎(玄関横のピロティ壁面に描かれた絵

 

一般質問
千頭議員
島本町人材育成基本方針策定後における取組み状況について
「まちづくり基本条例」制定に向けた現在の進捗状況及び今後の具体的なスケジュールについて
今後の行財政運営における基本的な考え方及び自主財源の確保などの取組みについて
 
杉本議員
いきいき百歳体操について
阪急水無瀬駅高架下等周辺のハト糞対策は進んでいるか
防犯灯の設置について
 
岡田議員
妊婦健診の完全無料化について
『保育ママ』・『こんにちは赤ちゃん』事業について
 
野村議員
「JR島本駅」周辺等について
「福祉施策」について
 
藤原議員
川口町長四年間の実績と今後について
住民センターの核である住民ホールのあり方を問う
 
南  部
「健康モールビル」建設は、住民要望を受け入れた計画変更を行うのですか。
副町長の空席は行政運営に支障をきたしませんか。なお当質問は町長の答弁を求めます。
 
冨永議員
農業の再生をめざして
 
河野議員
安心して利用できる介護保険制度を
障がい者・児の居場所づくり・地域支援の充実を
 
平野議員
町営住宅跡地開発事業に係わり行政は近隣住民の生活環境を守るために尽力をすべきです。
女性・障がい者の視点を反映させた防災施策を求めます。
財政健全化のために互助会に対し不当利得金の返還請求を行うべきです。
 
伊集院議員
ふるさと納税について
子育てと小中一貫教育について
 
山口議員
土地の有効活用について
観光行政について
 
清水議員
長期財政収支見通しについて
危機管理について
 

                                                                                                                                                                                        


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