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 本日は10月3日です。10月に入ってやっと涼しくなり、随分体が楽になりました。私はここ2、3日議会(9月議会後半)の準備にアタフタしています。昨夜は一般質問のための設問づくり、今朝は質問の通告書を提出してヤレヤレほっと一息、午後からは議会運営委員会に出席しました。一昨日は補正予算で計上される歴史文化資料館整備に係る現地調査、昨日は議案説明会に出席しました。一つひとつの用事は精々1〜2時間しか掛からないのですが、議会を目前にすると何となく慌しい気持ちが積み重なってきます。

 さて10月9日(火)〜10日(水)に開かれる後半議会は、委員会審査を経た2006年度各決算の採決を行います。ちなみに常任委員会における表決は、一般会計の総務文教常任委員会所管分のみが否決されましたが、他は全て可決されています。否決されたのは教育費における学童保育料未徴収問題を認めるわけにはいかないと、私を含めて総務文教常任委員全てが反対をしたからです(経緯については7月8日の日記と、少し前の日記・・日付がない青い文字の文章・・を参照してください)。

 後半の議会では3つの常任委員会に分けられた一般会計を合わせて表決をしますが、さて可決されるのか否決されるのか・・・微妙なところです。私は勿論反対します。単なるミスでは済まされない不適切な事務が継続していたこと、チェック体制が全く機能していなかったこと等々、これら前代未聞の不祥事を到底認定することはできません。

 今回の議会では各会計の決算を採決するほかに、補正予算が1件あります。補正の内容は、来年4月に開館をする歴史文化資料館関係の予算です。資料館内外の整備工事と館内の展示資料を整えるための備品等に係り、約4380万円の予算計上をしています。財源は財政調整基金から約1870万円の取り崩しと地域活性事業債2510万の起債を当てます。言わば貯金を引き出し、更には借金もしなければならないということです。

 歴史文化資料館の整備内容に関しては後日の日記でお知らせしたいと思いますが、計画の中身で「うれしいな」と思った内容が2つあります。1つは館西側の楠の大木が2本残されること(5月23日の日記で楠の写真と共に保存を訴えています)、もう1つはプレハブの収納庫(約64平方メートル)です。収納庫は規模が縮小されましたが、いかにも“倉庫”といったコンテナ形態のプレハブ建屋ではなく、屋根を設ける等により資料館の雰囲気に合わせた外観になるようです。私はこれらの点については予てより担当職員にも要望していましたから、今回の計画変更は歓迎しています。まあ私の願いを聞いてくれたということではないでしょうが、多分歴史文化資料館懇話会委員方等の意見もあったりして、今回の良き判断に結びついたのだろうと喜んでいます。

 議会の日程の最後は一般質問です。本日、質問通告を行ったのは4議員のみです。自由民主党クラブ・山吹民主クラブ・公明党は申し合わせたのか、一人も質問しません。何故なのかしら?と残念に思います。特に“大会派”(5人)の両クラブは、せめて会派から1人か2人の質問者を出すべきでしょう。また“新人議員”がみすみす質問の機会を逃すなんて、もったいないなぁと思います。一般質問は年間たったの4回しかチャンスがないのです。私は未だにドキドキしながら一般質問に臨んでいますし、またいつまでたっても満足な出来ばえとはいい難いです。だから1回でも多く経験して、「やったね!」と感じたいと願っています。それよりも何よりも、先ず質すべき課題が山積しているという現実が、一般質問を逃さない一番の理由ですよね。

一般質問(質問順)

冨永議員 町営住宅跡地開発について町の責任を問う
水道の少量使用者の料金軽減を求める
河野議員 08年度幼稚園入園募集の緊急事態を問う
子どもの医療費助成を小学校卒業時までの拡充を求める
年長者の最低生活改善を問う
給食費等口座振替手数料の改善を求める
南部 保育士配置基準は現行の町基準を守ってください
就労支援型幼稚園への移行は、次年度当初実施に固執しないでください
教員の体罰や不適切な指導が発生していますが、学校は大丈夫ですか
平野議員 就学前の子どもの教育と保育環境の整備について=基本方針=について
母子家庭の支援制度の充実を

 

 
歴史文化資料館正面、右端の楠が残ります
保存が決まった2本の楠、
奥の低木ヤマモモも残ります

 


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 本日の日付は10月6日です。青い文字のリポート(一応、最新版日記)が続くので、いつまでたっても6月と7月の日記を終了できません。あ〜ぁ!ほんまにお恥ずかしいしだいです。さて前回のリポートで、4人の議員が行う一般質問の通告項目を掲載しました。その中の私の質問で「教員の体罰や不適切な指導が発生していますが、学校は大丈夫なのでしょうか」と題した項目があります。標題の「体罰」に過剰?反応したのか、新聞社から昨日と本日も電話が入りました。

 電話をしてきたのは高槻記者クラブに駐在の読売新聞社と毎日新聞社です。質問の概要を聞いた後には、面談の申し入れもありました。“聞きたがり屋”の記者さんたちには悪いですが、私は断りました。実は「体罰」や「不適切な指導」を質問に取り上げるのに、私は随分躊躇しました。いずれも心が重くなる事象であり、これ以上の再発は防がなくてはなりません。

 しかし被害を受けた子どもたちも加害の教師たちも、共に彼らの個人情報は守られなければなりません。特に子どもたちは「誰か」と特定されてしまうことによって、周囲からの更なる重圧(いじめ等)が科せられ、二次被害を引き起こしている事例は少なくありません。まだ記憶に新しい高槻市における体罰事象も、マスコミ報道後子どもは登校拒否に陥ったと聞いています。

 私の質問の主旨も、「どこの学校の何年生の誰が」や「どの教師が」を問うものでは決してありません。実際のところ私は学校名を知ってはいますが、それ以上の個人情報に結びつくことは何も判りません。また知る必要もないと思っています。私の質問の目的は教師の体罰や不適切な指導を暴き、罰することではありません。島本の教育に携わる全ての人びとが学校現場で起きている現実を直視し、問題解決のために何をすべきかを改めて問い直すことが必要だと訴えたいのです。

 私が議場での質問の前に新聞記者に会わないのは、この気持ちにほころびが生じると良くないと無意識のバリヤを張ったからだと思います。読売や毎日の記者がそうだとは言いませんが、私の経験上からはマスコミに“乗せられ”てはいけないと、第三者に係るデリケートな問題は特に用心しなければいけないと感じています。ちなみに私が質問のために収集した情報は、誰でもが入手可能な情報公開の制度を利用して入手したものです。ただ継続的に粘り強く、情報を点から線へと繋いでいく作業と時間は必要でした。勿論教育委員会や学校長にはヒヤリングも行いましたが、聞いた話の根拠は後日必ず文書で入手しています。継続して起きている(としか考えられない)「不適切な指導」の場合は、3年前から今年の文書が質問を構成する基礎となっています。

 心して一般質問に望みたいと思っています。9月議会後半の日程は、10月9日(火)〜10日(水) 午前10時からです。

 
ふれあいセンターをのぞむ桜井西側の田んぼ
実りの秋に彼岸花映えて
 
コスモス畑開園で尾山取水場もきれいに草刈


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 本日の日付は10月11日です。9日と10日の後半議会が終わってヤレヤレです。9月議会は前半・後半の本会議と、途中に決算審査を行う常任委員会があります。従って3週間くらいはずっと議会の仕事が続く日々で、やっぱり少々疲れました。最終日の一般質問ではヒートアップしてしまいましたが、その分ささやかな達成感もあって「まあ合格点だったかな?」と自己採点しています。

 うれしかったのは私なんぞに褒め言葉など掛けたこともない議員、それも2人の議員から評価をもらったことです。「ガンガン責めたなぁ」と「わかりやすかったわ」とのたったそれだけの言葉でしたが、これら(特に後者)は質問にあたり私が常々心がけていることなので、「やった〜!」と思いました。実は質問を難しく言うのは簡単なのです。難しい用語や資料から引用したデータ等を散りばめておけばいいわけですから。しかし限られた持ち時間(わずか20分)でわかりやすく平易な表現を用い、なおかつ鋭く迫るのはなかなか難しいものなのです。

 余談ですが、わかりやすい質問云々の前に発言者の国語力不足にため息をついた例がありました。「希薄」を「きうす」と発語した議員(私がこっそり渡したメモをもとに、後刻正直に訂正を申し出たため良しとしましょうか)、また「ネガティブリスト」を「ネガティ」・「ブリスト」と意見書の文言を読み上げた議員もいました。この場合は「ネガティブ」という言葉を知らないとしか言いようがありません。「う〜ん…まずい」と思わず唸ってしまった私です。

 後半議会はそれぞれの常任委員会で採決した決算に対し、最終の表決を示す場でもあります。一般会計における総務文教常任委員会の結果は「否決」でしたが、同じ一般会計でも民生消防常任委員会と建設水道常任委員会では「可決」でした。3つの常任委員会をひとつにした一般会計全体の賛否がどう出るのか、少々のドキドキ雰囲気(私たち議員ではなくて、町長他理事者たちの気持ちですが)が議場に流れました。

 さて表決は2006年度一般会計「否決」との結果が出ました。もっとも決算は予算と異なり否決されても法的な拘束を受けませんし、済んでしまった事務執行を引き戻せるわけでもないので「そういうこと」と片付けられがちです。しかし町長以下職員にとっては1年間行ってきたことを否定されるのですから、大きなダメージであり大いなる反省がなされるべき事態なのです。しかも2005年度決算に引き続き2ヶ年度に渡る否決(この間補正予算の否決もあったりして)は、すご〜く恥ずかしい行政運営だったと天下に公表したことになります。町長の「ごめんなさい」で済む話ではありません。ちなみに一般会計を除く他の会計は全て可決されました。

 しかし決算不認定の要因となった学童保育室保育料の未請求・未徴収・還付問題に係る懲戒処分は三役(町長・副町長・収入役)には到っていませんし、学童保育を所管する教育委員会トップの教育長ですら文書訓告を受けたに止まっています。要するに本気で反省しているとは思われないなぁ〜と私は感じています。このあたりがいつもは大抵のことには目をつむる議員たちに対しても、大きな反発を促したのではないかと思います。

 議会が終了したその日に、「島本町適正業務検討チーム」設置の通知文が議員全員にファックスされてきました。ふむふむ・・・「前年度と今年度の決算否決の原因となった不適切な事務執行を反省して、再発を防ぐために新しい“チーム”の設置を行います。そのための要綱を定めましたので送ります」と通知文には書かれています。チームのメンバーは「町長の指名または公募に応じた職員の中から町長が選任する」となっています。

 まあこのような検討チームを作るなとは言いませんが、果たして効果があるのかしらと疑問に思います。「公募」といっても職員が対象で、所詮は“お仲間”同士ではありませんか。会議をする時間ばかりが増えて、住民サービスが疎かになりませんか。情報公開請求などに対応して「忙しい。(あなたに対する)この仕事ばかりやっているわけではない」としゃあしゃあと述べる原課も未だにあるくらいですから。

 せめて公募委員は、住民から選ぶべきだと思います。悲しいけれど、そうじゃなきゃもう信用ならないです。だって不適切な事務の全ては事業担当職員の仲間や上司が“不適切な事務”に発展する前に、実効的な軌道修正に正せる機会がいくらでもあったのですから。当たり前のことができなかったという障害が何によってもたらされ、なおかつ継続していったかを探れるのは“外部の目”しかありません。「島本町適正化業務検討チーム設置要綱」を絵に描いた餅にしないためにも、再考を求めたいと思います。

 一般会計決算の否決に係る報告が結構長くなってしまいましたので、歴史文化資料館整備工事の補正予算及び私の一般質問の報告は後日に回します。

 
桜井西側のコスモス畑。背景はふれあいセンター
今夏の猛暑で開花が遅れている?まだ少し寂しい咲きぐあい
 
背景は建設進むJR新駅西側駅舎
  

 


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 本日の日付は10月13日です。11日に終わった定例議会の補正予算=歴史文化資料館整備工事等に係り、私が行った討論を掲載します。質疑終結後議員は採決に当たり「反対・賛成・保留」のいずれかを意思表明しますが、その際の発言を「討論」と言います。私はいつも解りやすい討論を心がけていますが、今回もまずまずの討論になっていると思います。なお発言そのままの文章に、言い足りないところは「*」の印をつけて注釈を入れています。

 なお9月議会後半に提出された補正予算は、歴史文化資料館(以下資料館と言います)1件のみでした。補正予算は資料館の展示に要する備品等の購入費やジオラマの修繕費等合わせて約281万円と、資料館内部と外構の整備工事費に4100万円となっています。主な工事は屋根瓦の葺き替えとプレハブ収納庫(約60平米)の設置、門扉や外周の塀、電気工事等です。

 質疑が集中したのは資料館の耐震性についてです。重い瓦葺きの屋根と空間が多い構造に、私を初め多くの議員が「耐震診断を行うべし」と求めました。昨年度に島本町公共施設耐震化検討委員会が発足しましたが、今年の6月以降委員会は開かれないままです。さらには資料館については整備工事が予定されているにも拘らず、委員会において館の耐震性については一言の問題提起もされていませんでした。

 それでは以下に討論を記します。

一般会計補正予算について賛成の討論を行います。大阪府立青年の家の講堂である麗天館を、昭和の優れた木造建築物として残してほしいと多くの声が上がり数年を経ました。まるで昨日のことのように思いますが、もう後半年を待たずして町の歴史文化資料館としての正式開館が予定されています。
限られた人員と予算で開館までこぎつけることは、大変な苦労があったことと思われます。担当職員方の労をねぎらいたいと思いますが、昨年度末館のトイレ改修工事にみられたように、業務執行の精度や迅速性に欠ける事業の取り組みがあったことも事実です。
さて現在まで資料館に費やされた税金は約2千万円余りに上ると聞きました。今回の補正予算が開館までの最終整備工事予算と理解しますと、あわせて約7千万円近い事業費を要したことになります。7千万円が生きる、住民の皆さんが「7千万円出しても良かったな」と、喜んで納得していただけるような歴史文化資料館でなければなりません。
しかし開館に際しての要である職員配置については、未だ明確ではありません。また資料館が親しまれ、町内外に広く知ってもらうためには住民ボランティアの係りは欠かせませんが、未だボランティア養成講座の計画も立てられていません。大いに積極性に欠ける事業の進捗に、はがゆい思いと心配の念を禁じ得ません。
また人びとの関心を呼びリピーターになっていただくためにも、館には“目玉展示物”が必要です。歴史文化資料館懇話会委員がいみじくも発言されていたように、「資料のない資料館」が偽らざる館の姿です。展示物の本物は民具と遺跡の土器のかけらだけ(* これらを否定するものでは決してありませんが)、あとは写真パネル類というのでは人びとを呼び込めません。
既に文化財保護条例の素案は出ています。当条例もまた議会に早く諮られなければ町登録文化財の特定もできず、ひいては目玉展示物の企画も打ち出せないのではないでしょうか。
担当職員は発掘作業や寄贈物の整理や、いわば地味な仕事をコツコツと果たしてきたわけですが、ようやく開館に向けて全国に発信をする機がやってきたと思うのです。先ほどは事業執行に積極性を欠くのではとの苦言を呈しましたが、今までの反省を十二分に踏まえ、いまこそ自信を持って事業を推進していってほしいと思います。
さて整備工事に係っては大きな心配事を残したままの着工となります。館の耐震化への方向性が明確でないことです。公共施設耐震化検討委員会においても、教育委員会は積極的に耐震診断を求める発言は行っていません。結局地震に大丈夫な建物を目指すことなく開館を迎えるというのが現状です。不安を抱えながら、町の公共施設として存在することの危険性に思いをはせると、忸怩たる思いが広がります。
しかし(* 本日に到ってやっと理事者側の方向性が見えました)町長の「耐震診断は検討してまいりたい」、教育長の「診断を町長部局にお願いをする」、また総務部長の「10月中に開催する耐震化検討委員会のなかで、資料館の調査シートの検討を行う」、さらには教育次長の「耐震診断を強力に進めてまいりたい」との答弁がありました。耐震診断は開館までに執行されることを信じたいと思います。そのためには開館時期が(* JR新駅の開業日と合わせる)遅れても仕方がないと、私は考えています。
終わりに資料館は言うまでもなくJR新駅に近接する位置にあります。駅東広場の一部だといってもよいと思います。資料館は町内一の“繁華街”に隣接しながら山々を背景に、島本の特色を表現した近代的な駅舎と昭和10年代(* 資料館の前身である麗天館は、昭和16年に建設され66年を経ています)の木造建造物と、なおかつ緑濃い史跡桜井駅跡が一体となった景観を呈しています。
さらに言いますと、ホームに上がれば駅西側は広々とした田畑が広がるという風景は、そうどこにでもある景観ではありません。駅前に歴史文化資料館を開館できることは稀有なことだと思うのです。恵まれたロケーションと利便性を、大いに活用してほしいと願います。
重ねて申しますが「耐震診断を行う」との答弁を踏まえて、本補正予算には賛成をしたいと思います。担当においては気を引き締めて、あと一押し二押しの力を発揮されることを求めます。人が足らない・忙しい・面倒・金がないとの言い訳をヤル気に変えて、開館準備及び開館後の管理運営に向け努力してください。
歴史文化資料館事業は多くの住民も議会も注視し、応援しています。最後に収納庫(* プレハブの倉庫兼作業場)の設置位置に係り、町の木「楠」の大木を2本残される(ヤマモモの木も残ります)ことを評価し、賛成の討論とします。

 

 資料館整備に係る補正予算は、共産党議員団の2議員が「保留」をしたほかは賛成しました。「保留」議員は採決に加わらないため、結果は「可決全員」となりました。さて今後は1千万円と答弁した耐震診断費用をどう手当てするのか(貯金=財政調整基金の取り崩ししか仕方がないのかも)、いつ議会に諮るのか(12月議会まで待ってはいられないとすれば、臨時議会を開かなくてはならないでしょう)、迅速な行政対応が求められます。

 
駐輪場と新駅の往来は、ここ史跡桜井駅跡の新設通路を通ります 史跡内の木に付けられた番号は?伐採のためでしょうか
 


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 10日間も日記を休んでしまいました。その間何をしていたというわけでもなく、ただ毎日ちょこまかと出かけてはいましたが・・・要するにサボっていたに過ぎません。にも拘らず毎日アクセスしてくださる方々がいらっしゃいました。本当に申し訳ありません。

 さて本日の日付は10月23日です。昨日は秋晴れの空の下、第三小学校学習田の稲刈りが行われました。私は毎年田植えと刈入れを見学させてもらっています。桜井の田畑を通る機会は多いですが、必ず学習田を見るのが習慣になってしまいました。今夏の猛暑は稲の生育にはよかったのかしら?と心配しましたが、お盆を過ぎた頃には白い粒々の花を見つけてうれしかったです。ずっしりとした稲穂が黄金色になると、子どもたちが作った案山子が出現しました。今年の出来ばえは四小よりもよかったですよ(去年は四小がグッドでしたが)。

 農家の方々を始め地域の皆さんのご協力で、今年も無事に立派なお米が収穫できました。子どもたちは上手に鎌を使い、両手に稲束を抱えて脱穀機に運んでいました。こぼれた落穂を丁寧に拾うことも、教えてもらっていました。稲を育て収穫し食するという一連の体験は、子どもたちにとって本当に貴重な学習です。隣接地で建設が進むJR新駅西口の工事を垣間見ながら、いつまで学習田が続けられるのかしらと、心配の念が頭をよぎりました。

 
脱穀機に稲束を運ぶ。背景は建設中の新駅舎
しっかり教わります
 
稲を刈り取る子も運ぶ子も、みんなで協力します
 


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 本日の本当の日付は10月25日です。1週間前に戻りますが、10月18日のミニレポートです。

 この日は3つの予定が入っています。 先ずは10時から始まる朗読ボランティア活動のため、ふれあいセンターに急ぎます。今はわずか4人で活動している小さなグループですが、元々は町の広報「しまもと」や社会福祉協議会の「やまぶき」の吹き込みを担当していた大きなグループの仲間たちでした。自主グループとして独立してからは細々とした活動になりましたが、お互いの絆はより深く“阿吽の呼吸”で和気藹々と20年を超える年月となりました。

 作成したテープ雑誌は視覚障がいを持つ方々に聴いていただいています。テープのA面は、テレビやラジオでは流れない地元(島本町や近隣市町)の情報や話題を初め、生活に密着した記事を選んで吹き込みます。B面は持ち回りで、その回の担当者が選んだ小説やエッセイ等を吹き込みます。「そよかぜ」と名づけたテープは、今回で70号となりました。「継続は力なり」、良く続いたものだと思いますが、いつまでたっても上達しない私には我ながら困ったものです。

 今号における私の担当は、「町内の情報」と「後文(終わりのご挨拶文)」です。どちらも既成の記事を読むだけでなく、文章を作り上げなくてはならないので少々の苦労を伴います。記事の内容は私の持論を展開するのではなく、あくまでも客観的な事実に基づいた文章を書くことを守っています。ただ自主グループの自由さから、例えばいち早い議会の会議録や情報公開請求で得た情報を折り込むことはあります。

 リスナーの皆さんからは(皆さんといっても、10人にも満たないですが)、「へ〜知らなかった!町内のことがよく分かる」と好評を頂いています。今回私が取り上げた「町内の情報」は、10月9日に審議・可決された町歴史文化資料館の整備に係る記事です。約10日後に本情報を耳にされるのは、住民の中でもテープ「そよかぜ」を聴いてくださっている方々が最初なのではないでしょうか。

 また私は記事を書くときの留意点として、できるだけ視覚障がいを持つ人とのかかわりを付け加えるようにしています。これには担当職員からの聞き取りが必要です。今回の記事に係って言えば、歴史文化資料館の展示物は視覚に障がいを持つ人びとには当然のことながら見えません。触覚で捕らえることが可能な展示品も殆どありません。それでは資料館が視覚障がい者に門戸を閉じた公共施設になってしまいます。

 生涯学習課での聞き取りでは「開館に際しての視覚障がい者へのサービスは考えていなかった。しかしいずれは音声案内等が必要だと思う」との言葉がありました。そこで記事の締めくくりには、将来展望として当発言の紹介を付け加えました。誰だって、特に障害を有する人びとにとって、記事の視点が“我がこと”として捉えられているかどうかは、最も大事なことだと思います。長い活動の中でこの視点だけは外さないように心がけてきましたが、どうでしょうか…?

 午後からは、議会だより編集委員会に出席しました。また夜は住民福祉審議会の傍聴があり、18日はバタバタと忙しい1日となりました。これらの会議についての内容は、後日ご報告していきたいと思います。

 
水無瀬神宮秋季講礼大祭当日(10月21日)の拝殿と湯釜の準備
奉納の舞
 
湯神楽(笹の葉の湯しぶきを浴びると無病息災とか)

 


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 本日の日付は10月27日です。昨日は10月18日の出来事を書きましたので、今日は19日のご報告をします。

 今日は久しぶりの雨、それも一日中降り続いていました。秋の深まりと共に、さすがに朝夕の冷気にはブルブルッと感じていましたが、このところは秋晴れの日が多く日中は汗ばむ陽気でした。私はあまりにもアッパレな快晴は、真冬や早春以外では苦手です。何か行事がある時は別にして、雨の日が好きです。気持ちが落ち着きます。一人で居るのもじっとしているのも、雨の日は丸ごと「許す」と言われているようで、そのダラダラ感・ぼんやり感がいいのです。お日様がパ〜ッと降り注いでいると、何かしなくてはとせわしい気持ちに陥ってしまいませんか?

 とは言うものの、雨の中ふれあいセンターに出かけます。来年1月に予定している映画会の準備会があるためです。映画は7月5日の日記で紹介しています羽田澄子監督の「終わりよければすべてよし」です。8月には有志で「映画を観る会」が立ち上がりました。「会」と言っても“この指たぁ〜かれ”で集まった少人数の世話人が、代表の倉田嘉子さんのもとで、まだ右往左往している段階です。

 私もその中の一人に過ぎず、単なる縁の下の力持ち的存在でしかありません。まあそうは言っても、東京の岩波ホールまでこの映画を観に行って皆を煽ったのは私ですし、代表の倉田さんとはかれこれ30年のお付き合いですから、準備会には喜んで参加しています。

 本日の準備会では、事前学習会の内容について細部の詰めを話し合いました。私たちは「映画をただ観るだけでお仕舞い」とはせず、事前の学習会もしょうと決めていました。学習会は2回、10月28日と12月6日に行います。28日分は広報「しまもと」でお知らせができなかったため、私たち世話役でせっせと案内葉書を書きました。12月の学習会と本番1月の映画会に際しては広報紙への掲載を初め、全力を尽くして宣伝に務めたいと皆で張り切っています。どうぞ、今からでもいつからでも”この指にたかって“ください。準備会への皆さんのご参加を待ってま〜す。

 以下に10月28日のお誘いと12月6日の予告を、葉書の文面のまま掲載します。お目に留まれば幸いです。

介護のお話会にいらっしゃいませんか
第1回 「私の介護体験〜認知症の母と暮らした日々」
* 日 時・・・10月28日(日) 午後1時半〜3時半
* 場 所・・・ふれあいセンター3階 第1学習室
* お 話・・・倉田 嘉子(映画「終わりよければすべてよし」を観る会代表 東大寺在住)
* 会 費・・・300円(資料代)
* 申込み・・・不要です
 私たちは来年の1月19日に、映画会の開催を計画しています。映画は巨匠羽田澄子監督の「終わりよければすべてよし」と題したドキュメント作品です。私たちは数年前にも、同監督の秋田県鷹巣町を題材にした作品を上映しています。当時多数のご参加を頂いたことを、今もうれしく思い出します。
 さて昨今の医療制度・介護保険制度の改定や福祉サービス全般の後退が憂慮される状況下で、介護を受ける人も介護をする人も様々な問題点を抱えながら日々頑張って生きておられます。今回の「介護のお話会」は映画の事前学習として、2回のシリーズで開催いたします(第2回目のご案内は、葉書の表面をご覧ください)。
 皆様、どうぞお気軽にご参加ください。涙あり笑いあり、そして学びありのひと時を共に過ごし、ちょっぴり元気になりましょう!
2007年10月17日

 

 
秋の始まり・・・柿の実色づいて
秋の深まり・・・赤い葉っぱもきれい


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 本日の日付は10月31日です。日中はまだ汗ばむ陽気です。“秋深し”の情景にもなかなか出会えないので、今年もあと2ヶ月でおしまいなんて、全然そんな気がしませんね。

 さて昨日の30日は大阪府都市計画公聴会の傍聴に出かけました。今回の公聴会はJR新駅設置に合わせた用途地域の変更に係り、住民が意見を述べることができる貴重な機会です。友人のSさんが公述人として町でただ一人名乗りを上げていました。

 私は町の都市計画審議会委員ですから、来年1月には大阪府の変更計画に対する審議(島本町の意見を府に提出するため)をしなくてはなりません。また新駅に関しては、私も数年前に公述人の経験があります。従って先輩として友人として応援の意味も込めての傍聴でした。いずれにしても住民の意見を聴くのは議員の務めですし、公聴会には私のほかに平野・河野・冨永議員が傍聴していました。

 今回の用途地域の変更内容(案)は既に町の広報紙やホームページで、皆さんご存知のように「府道桜井駅跡線の沿道(駅東広場・歴史文化資料館・第一幼稚園を含む)を、第一種中高層住居専用地域及び第一種住居地域から近隣商業地域に変更するもの」です。変更案ではパチンコ店やカラオケボックス等の風俗遊戯施設の建設も可能とされています。

 Sさんは沿道の現状を「ソコソコ賑わい、ソコソコ静かなところ」と上手く表現をし、当該地域を「気に入っている」と述べました。私も同感です。またSさんは変更計画案には「反対」と表明し、その理由は「町の説明不足」を挙げました。また「用途地域の変更より、まちづくりの方針そのものを住民主体で具体化をすること」と「地区計画制度等の導入で住民の合意形成をはかること」を求めました。Sさんの後述内容はよくまとまり、とても良かったと思います。

 
公述するSさん
役場からは総合政策部の部長ほか2人が参加

 

 午後からは、農業委員として大阪府農業委員大会に参加します。会場は大阪国際交流センターで、公聴会が開かれた(府庁)谷町4丁目から地下鉄で2つ先なので助かりました。大会は千人規模の参加者でしたが、見渡す限り年長の男性(農家の方々)です。大阪に限らず全国どの地域でも同様の様相を呈するのが、日本の農業の現状なのでしょうね。目を凝らしてみると数名の女性も参加していますが、たぶん私のような議会選出の委員だと思います。

 
壇上の主催者と来賓。知事は挨拶後すぐに退席
府内全自治体から参加した農業委員たち

 

 大会終了後は、再びSさんと待ち合わせて天王寺・梅田界隈をブラブラ楽しみました。ウィンドーショッピングや食事もして、盛りだくさんの“日程”は終了しました。公述人の大役を果たしたSさん、本当にお疲れ様でした。 

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