新駅の名前は島本町住民につけさせて欲しいですね
(2006年5月1日 月曜日)
JR新駅の開業が当初の予定より1年延びて2008年(平成20年)春になることは、この日記でも何度かお知らせしていますが、主な要因は駅西側の道路用地買収が難航していることにあります。町では任意買収を行うべく全力をあげると決意を示していますが、一方では土地収用法の適応も視野に入れて事務を進めなければならないとも表明しています。
同法の適用のためには、その前段として事業認可の取得が必要です。現在町は認可取得が得られやすいように、西側道路拡幅整備の延長計画や当該道路付近の自然環境影響調査を開始しています。いずれも不必要な事業と言い切ってしまうことはできませんが、結果的には用地取得のための“強権発動”を促すための事業と言えますし、さらには多額の新たな支出を伴う現実を併せ考えると気持ちは複雑です。
しかし土地収用法を適応してもなお、西側道路の整備が完了し駅の東西口利用が可能になるのは、早くても2009年(平成21年)3月末になる見込みだと町は言っています。私たちが一番初めに知らされた新駅計画からは、とうとう2年も遅れることになりました。
さて新駅の名前ですが、今は仮称「島本駅」とされています。駅名は原則としてJR西日本が決めることになっていると町の担当職員は言いますが、私は住民の意見も聞いて欲しい、聞いて当然だと思います。町はJRに対して「駅名は島本町で決めます」と言って欲しいです。私自身は「島本駅」に違和感はありませんが、熱心に考えておられる住民も少なからずいらっしゃいます。
町に要望書を出された方の推薦駅名は「水無瀬川駅」で、私にお手紙を下さった方は「新水無瀬」との駅名です。いずれも詳しい資料をつけて推挙の根拠を示してくださっています。また提案文中には「住民からの公募とか住民投票で決定するなど、駅名に住民が参加できる可能性はないのでしょうか?」とあります。私も全くその通りだと思います。駅開業が遅れる分時間ができたのですから、町も公募等の労をとりやすくなったと思いますが、どうでしょうか?
若山台団地の配布、最後はヨロヨロ足がもつれます
(2006年5月2日 火曜日)
「なんぶニュース」配布の集合住宅分は本日の若山台団地で終わります。約1,300世帯を一人で配布すると3時間を要し結構きついです。しんどい所を後回しにしてきましたが、今日は「エイヤッ!」と気合を入れて緑豊かな団地の中へ。ホーホケキョとウグイスが応援してくれますが、2時間を過ぎると足取りがだんだん重くなります。
ロータリーのスーパーマーケットでトイレを借り、お茶とおやつも買って公園のベンチで一息つきます。う〜ん、17年前のニュース配布は団地内を一気に走り回って配布を完了できていたのになあ〜と、年月のもたらす残酷さ?を実感してチヨット落ち込んでしまいます。それにしても若山台団地に空家の数が増えているように思います。特に賃貸住宅は、家賃を支払うより購入してローンの返済をしたほうが有利と考える人が増えているのか、居住者の氏名を消した郵便ボックスが転出の状況を物語っています。
20数年前に若山台団地を開発した都市整備機構(当時の日本住宅公団)は所有している団地周辺の緑地や調整池を新たな開発対象とはせず、島本町に移管を予定しています(もう間もなく変更協定の事務手続きが完了します)。ということは現状以上の団地の活性化は進まないと捉えざるを得ないでしょう。自然環境に恵まれ、バスを使えば阪急水無瀬駅も数分(JR新駅はもう少し近くなる)ですから良い団地なのですが、高齢社会に突入して5階建てにエレベーターが設置されていないのは致命的です。足腰不自由ない高齢者でも毎日の上り下りとなると2階がせいぜいです。
心配なのはエレベーターがない団地は他にもあるという現実です。島本町の集合住宅が住みづらくて、他市町への転出が進むことになりかねないかと危惧されます。何処まで町が関与することができるのか私もわかりませんが、まちづくりの再構築が必要になってきているのではないかと思います。ゴーストタウンのようになった団地は考えすぎだとはわかりますが、ニュースを配っていてアレコレ思いを巡らせてしまいました。
憲法記念日、水無瀬駅前で辻元清美衆議院議員と共に
(2006年5月3日 水曜日)
澤嶋さんも平野さんも高槻の集会に参加すると言うので、私は地元島本で誰もアピールしないのは寂しいと思いました。せめて私一人でも駅前街宣するつもりで、明け方までかかって配布のチラシも作りました。朝9時30分からマイクを持って「改憲の目的は憲法9条を改悪して、戦争ができる国にしようとしていることに気付いてください」と訴えました。
10時前に辻元衆議院議員が来て、何時もの明晰でパンチの効いた話をしてくれました。さすが辻元さん、いつのまにか人垣ができています。私はこの間にビラを配ります。ビラに書いた「南部」の名前を見て「知っていますよ、頑張ってね」と笑顔を返してくださった高齢の女の人がいました。「私たち、あの戦争で本当に苦しみました。もう二度と嫌ですものね」と言われました。私は涙が出そうになって、強く頷きただ頭を下げるのみでした。
本日は予定が目白押しの辻元さんでしたが、私の街宣に合わせて駆けつけてくれました。目一杯の30分間を島本町民に解かりやすく訴えてくれたこと、本当に感謝しています。辻元さんが次の目的地へと去ると“現金”なものでさ〜っと人垣は引きましたが、私はそのまま島本町内のことを話し続けました。3月議会で町の国民保護計画を作る協議会の条例等が可決してしまったこと、町立小・中学校、幼稚園の卒業式・入学式での「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱が益々逃れようもなく実施されていることなどについて報告しました。そしてこれらの事象が戦争ができる国への数ある一歩であることを知って欲しいと話しました。
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私が作って、当日みなさんにお配りしたビラの内容は次の通りです。
あなたの平和憲法を知っていますか?
日本国憲法は“未来からの贈り物”・・・だから憲法第9条は放さない
日本国憲法は第2次世界大戦の深い反省の中から生まれました。私たちは二度と戦争を起こさないために戦争を放棄する第9条を定めました。この60余年間、直接戦争に巻き込まれず、戦争と言う名のもとに人を殺すことを国民の誰もが強いられなかったのは、第9条があったからなのです。オハイオ大学のチャールズ・オーバービー博士は「(平和憲法)第9条は、全人類への未来からの贈りものである」と言われました。
日本国憲法の三原則である平和主義・主権在民・基本的人権の尊重は、戦後半世紀を経た今も全く色あせることなく息づいています。戦中の明治憲法では、国益を守るため人権は全く無視され、権力が暴走し人びとの自由や人権を奪いました。現平和憲法は政府が再び暴走して戦争をしないように、悲惨な社会をつくらないように、私たちのために制定されたのです。憲法により権力を制限することで、私たちの権利・自由・安全などが確保されるのです。憲法は私たちのものであり、私たちは憲法によって守られています。
さて、今年は憲法の改正に向けて政府が大きな動きを見せています。改憲の焦点は「戦争の放棄」を定めた第9条ですが、9条が改定されると「戦争を放棄して、戦争をしない国」から「戦争ができる国」になってしまいます。9条改憲によって、集団的自衛権が容認されると、同盟国(アメリカ)と共に戦争ができるのです。
戦争をするための憲法に改悪したい人たちは、国家への忠誠心と戦争を肯定する考え方を一人ひとりに植え付けなければならないのです。さらにはそのような家族をつくることも必要です。そのために、第24条を変え個人の尊厳や男女平等を取り払い、家族や国家を優先させます。さらには教育基本法を変え、子どもたちに“愛国心”をうえつける必要があります。日の丸・君が代の学校現場への強制と厳しい処分がこのことを物語っています。
2006年5月3日 南部 由美子
完成冊子にミスプリあり・・・トホホです
(2006年5月4日 木曜日)
4月30日の日記で“日記冊子版”を作ることを書きました。印刷屋さんも頑張ってくれて本日納品、予定より早い出来上がりで私は大いに喜びました。さぁ〜て!と手にとって、ゆっくりページを繰っていきます。とあるページで「あれっ?えぇ〜っ!違う写真がはいっているやん!」。見事なミスプリ発見です。完成の喜びがたちまち半減です。印刷屋さんが飛んできて平謝り。修正は記事と整合した正しい写真のシールを作って張ることになりました(シールは私がせっせと張りました)。
数日を要しましたが完璧な修正ができました。冊子をご覧下さった方で気付かれた方は多分皆無だと思います。もちろん印刷代は大幅におまけしてもらいました。まあ杓子定規に考えれば印刷屋さんの一方的なミスなので、いちからの刷りなおしを求めることもできたかもしれませんが、そこは双方我慢の限界を出し合って平和的に解決しました。でも多分印刷屋さんの儲けは殆どなくなったことでしょう。
どんな仕事も人間がすること、ミスが発生することはありえます。今回のようなミスなら即儲けに跳ね返り、印刷屋さんは減収となってしまいました。ミスをしたら代償が生じるのは当然なのです。こじつけるつもりはありませんが、その点役場のミスは殆どが「甘いなぁ〜」と住民が感じる処置に終わってしまうことが多いと思います。
今年の町立プールは大丈夫?
(2006年5月5日 金曜日)
寒かった冬、長雨だった春を経てやっと五月晴れの初夏の陽光に接する日々がやってきたとうれしく思いますが、季節と暦がドンドンかけ離れていく感は毎年強くなっていきます。ゴールデンウイークまっただ中ですが、私は戸建て地域へのニュース配布に取り掛かっています。一戸建の住宅地はひたすら歩け歩けの配布ですから、この陽気が恨めしくなるほど汗が噴出します。水が恋しい〜っ!
ニュース配布中に、第一幼稚園で見つけたペットボトルのふきながしです。
さて“水”と言えばまだ2ヶ月以上ある町立プールの開始ですが、教育委員会はそろそろ開業に向けての準備に入っていると思われます。町のプールは水無瀬神宮から隣接の土地を借りて「築造時期が不明」と教委が言うほど“昔”につくられた屋外プールです。随分前から老朽化による補修費も嵩み、水無瀬川緑地公園建設時にプール新設も計画に位置付けられました。
当時私は「どうせ造るなら夏場だけの屋外プールはやめて、高齢者等の体力づくりにも寄与する屋内温水プールはどうか」と質問した記憶があります。答えは「先ず屋外用をつくる。その後体育館の移設新築に合わせて屋内プールを考える」と言うものでした。現体育館の耐用年数は当時で20年以上あり、現実的には屋内プール構想は絵に描いた餅のまま消滅しています。まあ、町の財政状況の現状・今後を思うと温水プールは年間を通した維持管理費が多額で、私も「造りなさい」とはもう言いづらい状況になってきました。
ただ現実として水が“だだ漏れ”のプールをどうするのか、との問題は目の前から消え去ってはくれません。教育委員会も昨年2回の調査を行っています。結果は「部分補修で完全止水をすることは不可能」「したがって、部分補修を行い少量の漏水は容認して2〜3年間の使用を行う」「多額の補修費をかけても今後数十年の耐用は不確定であり、新築を含めた検討を行うべきである」がコンサルタントの出した結論です。なお町立プールは前述の通り借地ですから、更地にして返還するには約1,800万円の解体費が必要となります。
一方「夏季休業中の学校プールを一般開放すればどうか」との考えも教育委員会にはあるようです。先の見えた多額の補修費を町立プールにつぎ込むよりも、学校プールの施設設備を改善して開放に到るほうが建設的との考えだと思います。運営は精力的に活動し始めた総合スポーツクラブ等に委託を視野に入れると、可能性がない話ではありません。何が何でも新築を目指さずとも、学校施設という社会資本活用への努力は、案外住民の理解が得られるかもしれないと思います。
いずれにしても安全で楽しくて、健康づくりにも役立つ身近な“町民プール”実現に向けてのオープンな話し合いが必要な時期に来ていることは確かです。私も6月議会では一般質問で取り上げ、議場での論議を深めたいと思っています。
“前倒し”母の日に銅製鍋のプレゼント
(2006年5月6日 土曜日)
連休で帰省中の長男が思いがけないプレゼントを母の日に先立って贈ってくれました。ひとつはニュース配布の手伝いです。今回は目的地で私を“落す”だけでなく、尺代・桜井台・向陽が丘、つまり上り下りのきつい地形の地域を一緒に配ってくれました。ゼイゼイと息のあがった母親の姿に哀れをもよおしたのか、私よりは1.5倍の長さの脚でスタスタと坂を登っていきます。感謝、感謝のプレゼント「その1」でした。
プレゼント「その2」は見事な手打ちの銅の大鍋です。鍋を求めた「花染」さんは時々立ち寄るお店です。「花染」についてはまた紹介する機会もあるかと思いますが、島本でピカイチのお店であることは間違いありません。女主人の美意識と専門知識と経験は店内に並ぶ一つひとつの品に見て取れますが、押し付けることなく出過ぎることなくお客の心を自由に遊ばせてくれる心地よさがあります。私もよく「今日は目のお正月だけ」と言ってフラっと立ち寄っています。
さて我が家にやってきた大鍋は、普段使っているお鍋ならゆうに10個以上は買える値段でした。落ち着いた赤銅色に輝くその鍋は、あえて作家を名乗らない職人が一枚の銅版を叩いて叩いて生み出した名人技の結晶です。私より絶対長生きするずっしりと重い鍋を抱えて、これからどれだけ使いこなせるかはわかりませんが、鍋が「参った!」というまで使い込みたいと思いました。うれしかったのはピンからキリまである日常の道具や雑貨の類に対しても、美意識や価値観が通じるところを長男に見つけたことです。
久しぶりのケーキづくり
(2006年5月7日 日曜日)
午後からふれあいセンターの調理室を借りて、1週間後に開く「ボチボチサロン」のバザーで売るケーキを焼きます。サロンは私の仕事場所(メゾン水無瀬4−202)で私の議会活動報告を兼ねたおしゃべりの集いです。毎回500円の会費を貰っておにぎり等の軽食つきです。今回はミニミニバザーをコーナーに設けることにしたので、私のバザーには付き物の“ナッツたっぷりドイツケーキ”も出すことにしました。
澤嶋さんも誘い2人で必死になって、パウンド型40本を焼き上げました。ナッツ類をたっぷり使うので材料費がかなりかかりますし、調理室の貸し室料が9千円もして全部売れても多分赤字です。でも結果じゃなくて、こうして友人とケーキを作ることが楽しいし「久しぶりのお馴染みケーキやね」と喜んでくれそうな知人もいそうで、想像するとうれしい気持ちになる、そのことが私は好きなのです。手前味噌でワンパターンのケーキでも、お菓子作りってなぜか楽しい魔法に掛ってしまうものなのですね。
6時間の奮闘は夜の7時に終了しました。ケーキの熱が取れたら明日はリボンをかけてラッピングをします。その前にもちろん出来たてホヤホヤをほおばって、2人は「うん、うまい!」と同時に言いました。このケーキは日を経るほうが美味しいので、本番の「ボチボチサロン」バザー当日には文句なしでしょう!
多数派の言いなりに道を開くことはできない・・・議会運営等検討委員会
(2006年5月8日 月曜日)
ちっともゴールドでないゴールデンウィークが終わりました。遊びに行くこともなく、ひたすらニュースの配布に費やした日々でした。今朝は議会運営等検討委員会があります。検討委員会では「議員の数をどうする?」「政務調査費必要?不必要?」のような大きな項目から「湯茶の接待を事務局にさせる?させない?」の細かい項目にいたるまで、多種多様の検討課題があります。
どの委員も真摯に臨んでいるとは思うのですが、結果は“実り”の少ない会議が続き実際の議会運営に活かされることが殆どありません。それは会議が全会一致を基本にしているからです。今しきりと「全員賛同の縛りがあるからなにも決まらない。だから議会改革が進まないんだ」と多数決で決めるやり方に変えようとする意見が自由民主党クラブ(元緑風純政会)・山吹民主クラブ・公明党から出ています。
私はこの日記でも常々言っていますように、議会改革を最も求めている立場の議員だと自負しています。委員会への検討事項も誰よりも多く提出してきました。1つでも2つでもできることからやっていこうと口を酸っぱくして毎委員会ごと檄を飛ばしてもいます。従って実効ある検討結果が一向に出てこないことに対しては、誰にもまして残念で悔しい思いでいます。こんな状態が続けば、議会は早晩住民から呆れられそっぽを向かれてしまいます。よその議会はどんどん進んでいます。住民が望む開かれた議会改革、同時に議員自らを厳しく律する議会改革はもう当たり前に行われているのです。
しかし私の会派「人びとの新しい歩み」と「共産党」の他は、前述したように「改革したいのであれば、多数決を導入しよう」と駆け引きを前面に押し出してきます。私は「多数決」には乗れません。何故なら彼らが多数決のもと行いたいのは、自らの会派勢力の拡大と政務調査費をよこせという実質報酬アップと質問形態の軽減・短縮化をはかる、要するに“威張って、たくさん貰って、楽したい”を「議会改革」の衣にくるんでいるに過ぎないからです。おまけに「議場に国旗を揚げろ」なんという、個々人の内心の自由を侵すような重大なことまでも多数決で決めろと言い出すに違いありません。以上のことが私の創作でないことは、現に多数会派から提出された検討項目が示しています。
この現実を踏まえた上で、それでもめげることなく、いつかは住民の方々から「議会が一歩私たちに近づいたね」と言ってもらえるような議会運営の中身にしたいと、私は切実な思いで毎回の会議に臨んでいます。検討委員会は傍聴可能です。一人でも多くの住民の方に、多数決を唱える委員の本音を実際にチェックしていただくことが、実は改革への一番の早道かもしれません。しかし会議の日程を広くお知らせ出来ていません(本来なら議会のホームページに掲載すべきものだと思います)。私は一度住民の皆さんに広く呼びかける公開検討委員会を議会自らが開き、住民の方々の生の声を頂く場を持つことを提案したいと考えています。
住民にはわからないで定められる町の“決まり”
(2006年5月9日 火曜日)
役場の仕組みや仕事の根本は各々が条例・規則で定められています。これらの“決まり”は公にされていますから誰でも知ることが出来ます。しかし実際の仕事は要綱・要領・内規・基準・○○マニュアル・申し送り等々で進められていることが多いのです。ところがこちらの方の“決まり”は役場に求めなければ手にすることが出来ません。私は新しく作られた要綱・要領は議会に知らせるべきと常々言っていますが、未だに実現しません。行政から議会への情報提供は十分でないと思っています。
新年度早々に新しい2つの要綱が定められ、すでに施行もされています。「島本町における法令遵守の推進に関する要綱」と「島本町不当行為等対策要綱」です。私はこれらの要綱が作られたことを知りませんでした。もっとも町長の施政方針で述べられていましたから別に降って湧いて出てきた要綱ではないかもしれませんし、2つの要綱に適合する事象がそう頻発するわけでもないと思います。しかしだからと言って役場の上の人たちだけで、議会や住民が知らない間に作られ、その存在も知らされず使われていくのは疑問です。
他市ではこれらの要綱を条例制定しているところもあります。新しく条例を作るときは、もちろん議会の議決を要しますから議員は複数回の意見・意思を示すことができます。条例案が上程された時の本会議場での大綱質疑、付託された委員会での質疑と討論、最終採決時の本会議での討論を発言することが可能なのです。何度もチェックを掛けられ可決した条例は、町の“法律”として公になり効力を発生するのです。条例は改正の場合も廃止する場合もやはり議会の議決を必要とします。
私は今回の要綱の中身を云々しているわけではありません。前述したように条例設置をしている自治体もあるくらいですから、おおもとは地方公務員法或いは新しく出来た公益通報者保護法に定めてあったとしても“法令遵守”の要綱は「職員の行動規範の確立とその制度保障」(要綱の第1条「目的」にかかれています)のためには大事な内容なのです。この要綱の目玉は「公益通報」に係ることです。公益通報とは、公益を守るために職員の違法行為(違法性が高い行為も含めて)を知った時「島本町法令遵守推進委員会」に通報することです。
委員会の構成は助役を委員長とし収入役が副委員長で、ほかには教育長・総合政策部長・上下水道部長・消防長の役場職員が委員です。あと有識者の記述もありますが、なぜかまだ決まっていません。職員ばかりでどうなん?私は外からの視点が必要だと思いますが・・・。条例設置の他自治体では弁護士等の法律専門家・行政運営に関する学識経験者・法令遵守に関して識見を有する町住民に加えて、町職員としているところもあります。
もうひとつの要綱“不当要求行為対策”の方ですが、これは読んで字の如しで“職員等が脅し等の不当な行為を受けた時に、身の安全を守り仕事がちゃんと出来るようにすること”を目的として作られました。行為の具体も示されていますが「入札」にかかわる問題は過去当町において無きにしも非ずで、今後も対応を迫られる場合がないともいえません。本要綱中にも「島本町不当要求行為等対策委員会」が設置されています。役場の構成員及び委員長・副委員長は法令遵守の要綱と同様ですが、ここには民間人は入っていません。
また驚いたことに、この2つの要綱は島本町で働く全ての職員に直接係ることでありながら、職員に知らされていないのです。町長始め3役・部長クラス職員で開く庁議や課長会議でも報告されていません。議会・住民には言わずもがなです。私の問合せに対し担当課長は「7月の広報掲載」をやっと示しました。要綱に書かれている事態はいつ発生するかわからないのです。特に職員に対し2ヶ月半のだんまりは全く解せません。要するに国から作れといわれたから作りましたという程度のもんですか?とにかく早急に役場内で働く職員(指定管理者制度上の職員も含まれる)へ周知を図ることを求めます。別に内緒にしておく必要はないでしょう?
JR新駅西側の田んぼには絶滅危惧種は生息していませんでした
(2006年5月10日 水曜日)
町は駅西側の自転車歩行者道路新設のために、自然環境影響調査の第1弾を3月22日に行っています。今日、先ず42万円の随意契約で調査したその報告書を見ました。両生類では大阪府レッドデータブックの重要種にも該当しないヌマガエルの2死体が見つかったのみでした。また爬虫類の確認はされていません。他にはドブネズミの死体が1個体とアライグマとイタチの足跡が確認されています。これらの結果からは絶滅危惧種に指定され、当町域の文献調査記載種であるヤマアカガエルやカスミサンショウウオの生息は「無し」と判断されます。
調査の目的はいうまでもなく貴重な生物の生息状況を確認するためですが、何故今後も380万円をかけて生物調査(これは指名競争入札をしています)をするのかは、もうひとつの目的(こちらの方が本命かも)が存在しています。それは5月1日の日記にも書いていますが、駅西側の道路用地取得が進まず、町が土地収用法の適用を視野に入れているからです。法の適用の前段として事業認定を取得する必要がありますが、そのためには希少生物の確認をしておいたほうが認定を取得しやすいらしいです。調査は引き続き5〜6月・9月にも行われ、植物・両性爬虫類・昆虫類・貝類・魚類の確認記録をします。
土地収用法適用に係る事業認定に関する調査費は、前述の自然環境調査420万円と交通量調査(推計含む)830万円及び事業認定申請業務500万円を合わせると約1,800万円になり、任意買収が出来ない場合のひずみは大きな支出にもなって現れてきます。
住民を“その気”にさせる職員の有無・・・歴史文化資料館懇話会を傍聴しました
(2006年5月11日 木曜日)
ずっと傍聴をしている懇話会ですが、新年度に委員の改選があり教育委員会の職員も異動があって、私も新鮮な気持ちで傍聴に臨みました。「20年ぶりに教育委員会に戻った」と挨拶をした新教育次長は「島本町が文化面で花開くことを期待する」とも述べました。これは委員方への激励とお願いを込めた言葉と受け取っていいと思います。
しかし私は時折文化推進委員会の傍聴でも感じていますが、どうも町の文化振興への視点と住民である委員方の思いがすれ違っているように感じることが間々あります。本日の会議の冒頭にも町への苦言や指摘が少々ありました。例え一部の発言であったとしても、これらの意見を頂けることは本当にありがたいことだと私は思っています。
* 歴史文化資料館は文化・地域情報の発信基地と言いながら町はPRがヘタ。職員の外に向っての話がヘタ。だから町内外で島本町のことを知らない人が多い。
* 町は人材の確保がヘタ。町内で活動して欲しい優秀な人も町外へ流出している。
* 町は報道機関の使い方がヘタ。メディアの力も地元にとってはジレンマだ。
私の注釈をつけるとすれば宣伝してもらうのはありがたいが、マスコミの影響力は大き過ぎて痛し痒しの場合があるということです。例えば桜井の菜の花摘みは新聞報道されるやいなや、町外からも多くの人が来て瞬く間に菜の花は消失してしまった例があります。農家の側は広報「しまもと」で知った町内の人びとが訪れ、その人たちがまた口コミで伝えることで三々五々楽しんでもらいたいとの願いがあったようです。要するに「“打ち上げ花火”のようなPRが大々的に必要な場合もあるが、地域の意思を汲んだ地道なPRが求められる場合もある。むしろこちらの方が大事だよ」と言うことではないでしょうか。私は「ヘタ」の意味する所は深いと思って聴いていました。
さて、資料館の正式オープンはJR新駅開業と合わせてH19年春のはずでしたが、駅が1年遅れることが確実になって資料館はどうなるのかな?と改めて思いました。本日の会議で資料館のリーフレット案が出されていましたが、今回は開館までの2年分で駅開業時には内容刷新のリーフレットを作成すると説明がありました(ということは資料館の正式な開館も20年春ですね)。
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島本町立歴史文化資料館(旧麗天館)は築70年余りを経ています。新駅(東駅前広場)のすぐ側に、このような古い木造建築の資料館があることは印象的で素敵ですね。 |
そこで次の質問がありました。
* 資料の燻蒸処理のあり方をどう考えるのかを含めて保存・展示出来るようになるのか?
文化財保存で最も大切な事は燻蒸処理だと発言の委員は述べました。環境面から従来の薬品は使用できなくなり、本年から代替の薬剤を捜さなくてはならないことを心配しての意見でした。もとより当資料館に本格的な博物館機能を求めることは無理がありますが、折角出来た資料館です。より充実した中身を期待するのは全ての住民の願いです。担当の答えは「正式オープン時でも無理だと考えている」でした。
私は質問に答えた担当者は、あるべき資料館の姿をちゃんと描いていないとがっかりしました。厳しい予算の問題はもちろんありますが、実現するしないの結果は別として先ずは担当者がしっかりした思想を持つべきでしょう。まあ、これは一担当者を責めるのは酷な話かもしれません。教育委員会の文化行政のあり方の反映でありましょうし、町長部局がどれだけの思想を持っているかにかかっているのですから。
私は文化行政に町財政のバランスを崩してまでお金をつぎ込めと言っているのではありません。担当職員が新しい事業に向って進む強い意思や弾む希望を持ち、住民を触発し、共感させ巻き込むパワーを自らが発信しなければ“明日のパン”ではない文化行政の充実・発展は到底望めないと言っているのです。担当には夢を抱いて欲しいし、奮起をお願いしたい。当懇話会や文化推進委員会・社会教育委員会・教育委員会議を見聞し続けてきて、私にも見えてきたものがあるように感じた今日の傍聴でした。
この人たちが目指す議会改革って一体何でしょうか?
(2006年5月12日 金曜日)
議会運営委員会(議運)が開かれました。案件は「議会運営等に関する検討委員会(検討委)」で合意が得られた検討結果を議運に諮るためです。わずか1項目ですが新しい検討委が初めて全員合意を得た検討課題です。昨年から開いている検討委ですが、既に数項目の改革事項が賛否両論のもとに日の目を見ないで消えていきました。検討事項の殆どは私(の会派名で提出)が提起しているもので、今回は多数の残念な思いの中でやっと実った1項目です。
議運に送ったその内容は、極々当たり前のことです。議場での報告事項に議会だより編集委員会の調査・研修報告を追加するものです。私は1つでも2つでも出来ることから実践していこうとも提起していましたから、今回検討委の座長(副議長)が速やかに議長に報告し、議長もまた議運の委員長に諮ったこの流れには感謝をしていました(仮にどこかで意図的に滞りを生じさせることも可能ですから)。
ところが本日の議運では「えぇ〜っ!!」とのけぞるほどの的外れな反対意見が複数あって議運の統一見解は出せず、議員全員協議会ヘ最終の結論を委ねることとなりました。のけぞった第1は、会派からそれぞれ選出し、自身が全権を委任したはずの検討委員が出した結論をいともたやすく否定したことです。
この期に及んで「会派でも違う考えがあって当然だ」と言うのはルール違反です。アナタ個人がどう考えようとそれは自由。しかしその“自由な意見”を同会派の検討委員に伝えておかないのはルール違反。伝えていればアナタ方の会派の検討委員は賛同しなかったはずです。つまりは検討委の段階でポシャっていた項目です。議運にまで上げられてくる必要は無かったのです。次に出てくるアナタ方の主張「時間がもったいない」を、ホントそっくりそのままお返ししたい気分です。
のけぞりの第2は“違う考え”の根拠のお粗末さです。「議会だより編集委員会の報告が新しく追加されると本会議の時間が長引く」からとの反対理由です。従来常任委員会委員長が行っている調査研修の概要報告に倣えば、わずか数分のことです。「時間がかかる」はまったく理由にはなりえません。
アナタ方が何故これほどまでに理屈の合わないことを言っているかです。「多数決で決めればこんなゴタゴタは起らへんで」と言いたいのでしょう。私は反対にそんなアナタ方が主張する“多数決”だからこそ危ない!と思っています。議論の打ち切りや,議員の発言を制限したり・・・その恐れは多分にあると私は思っています。それにしてもアナタ方の目指す議会改革って一体どのようなものなのでしょう?
バザーはミニでも準備に深夜まで
(2006年5月13日 土曜日)
「なんぶニュース」に明日14日の「ボチボチサロン」はミニバザーを併設しますなんて書いてしまったものですから、なんとしてもやらなくてはなりません。いろんな所でずっとバザーを開いてきた私ですが“バザー美学”の蘊蓄(うんちく)もあったりして、自宅で開く小さいバザーであっても、自分が要らない不用品をただ並べるようなことは“バザー道”にはずれるとのこだわりがあります。
バザーに出す品物は「まだ愛着があっておしいな」と迷うほどの物でなければなりません。バザーの品物につける値段は10円・100円(○万円で買った新品の場合千円2千円の高値?をつけることも稀にありますが)の安い金額にします。バザーのお客さんの喜びはなんと言っても「安く手に入れた」の一言につきるのですから。後は品物のレイアウトを、いかに見やすくきれいに並べるかの工夫です。
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今回は自宅で行うバザーでスペースもこじんまりしていますし、メインはあくまでも「サロン」と言う名の一応は議会活動報告会なのですから、それぞれの雰囲気が図れる演出をしたいと思いました。リビングのソファを動かして、仕事部屋の資料を全部箱にしまいこんで、その箱の上に布を掛け品物を並べます。大きな仕事机も品物置き台にします。小物は籐の籠に入れ、箱に入ったタオルはばらしてクルクル巻いてリボンを掛けます。昼前から初めて夜中の2時までかかりました。最後に前もって焼いておいたケーキを飾って準備完了です。
何時もは大勢で係ってきたバザーです。ミニとはいえやはり一人の準備は大変でした。とっても疲れて、ちょっとホッとしていたらそのままウトウトと品物のそばで転がってしまっていて・・・。いつの間にかもううっすらと夜が明けていました。
少人数の「サロン」でしたが、すごく盛り上がりました
(2006年5月14日 日曜日)
午前中は保育サポーター連絡協議会の総会に参加します。役員さん方の頑張りには本当に頭が下がります。日常の連絡や月1回の「おしゃべりサロン」の開催、保育の問い合わせ等々良く活動されていることにただただ感謝です。総会が終わり、午後からは忙しくなるので大急ぎで帰ります。
バザーは日中にご近所の方々が三々五々覗いてくださいました。小さな子どもたちはミッフィーグッズ(13日の写真のうさ子ちゃんがキャラクターの商品)に大喜びで、ご機嫌で遊んでくれました。夕方6時からは恒例“議会よもやま話”の「ボチボチサロン」です。今夜は6人のささやかな集いでしたが、初めての方もすぐに打ち解けて、人数の割りには賑やかで笑い声と話は尽きることがありませんでした。
500円の会費でも、差し入れの一品も加わるとテーブルの上は賑やかになりました。私はペンネとサラミソーセージ、なすびと赤カブの浅漬け、グリーンサラダ、生協で安売りになった和田八のてんぷらを用意しました(写真では豪華に見えるでしょう?)。
府議の小沢さんからは「共謀罪法(案)」の恐ろしさを聴きました。小沢さんは「1万人で国会を取り囲めるねんて、みんなで行けへん?」と意気盛んです。小沢さんの話はいつも面白くパワーに溢れています。私も見習いたいと思いますがなかなか追いつくことができません。
私からは下水道料金値上げの是非と新駅の駅名についてみんなの意見を訊いてみました。値上げは「根拠がわからん」で否定的、駅名は「別に島本駅でええのんと違う?」の人が多かったです(といってもたったの数名ですが)。
今回はみなさんバザーの方に関心があって、話もそこそこにとっ替えひっ替え洋服の試着です。「似合う」「いや似合わない」と飛び交って、もう楽しくて面白くて・・・久しぶりに大笑いしました。ケーキもたくさん買ってもらって、売上げはまずまずでした。今日以降も暫くの間バザーはセットしたままにおいて、気軽に覗いてもらおうかなと思っています。
後日最終的には3万円を超える収益がありました。今回も長い付き合いの阪神淡路大震災被災地の障がい者団体にカンパしようと思っています。バザーと「サロン」に来てくださった皆さん、本当にありがとうございました。
夫は15日間のトルコ共和国旅行へ出発
(2006年5月16日 火曜日)
昨年のエジプト旅行に続いて今年はトルコ旅行です(来年はきっとペルーですよ)。ゴールデンウィークが終わり安くなったツアーを見つけています。夫はアメリカやヨーロッパよりも文明発祥の地を訪ねるのが好みのようです。南米もインドも中国もギリシャもまだまだ訪れる国々は残っていますよ。体力・気力がある間に頑張って、夢を全部実現して欲しいと思います。
夫が感心なのは全て自分で準備(旅行後の片付けも)するので、私はお土産を待つのみという点です。おまけに私は15日間の食事作りから解放されるのですから・・・ラッキー!です。
溢れる情報はいつでも何処でも世界中の旅に誘ってくれはするけれど、緑の匂いも河の冷たさも身を焦がす熱風も遺跡の石の感触も体感させてくれる情報はありません。そしてなにより握手をした現地の人びとの手の温もりは旅した自分だけのもの。どんな旅でも旅は旅した人のもの、かの地に立った人だけのものです。
だから私は夫や子どもたちが旅(というより旅行ですが)に出ることを歓迎しています。長いようで短い人生、心の片隅にどれだけ“自分だけのもの”を積み重ねていくかは自分が決めること、自分が歩を進めることからしか道は開けないと思うのです。
まあ何のかの言っておりますが、要するに「うらやまし〜っ!」が私の本音です。
さすがに疲れて、一日家でゴロゴロ
(2006年5月15日 月曜日)
昨夜「ボチボチサロン」をお開きにした後、残った友人と話していたらナント!午前2時になっていました。それから片づけをして午前3時、6時迄グ〜ッと一気に眠って7時過ぎに保育サポートに出かけます。さすがに二晩続きの睡眠不足はこたえます。今日は一日家にいて、ゴロゴロを決め込むことにしました。幸いというか梅雨のようなお天気で万物静か、セカセカ感から解き放たれてボ〜ッとしているには打ってつけの日です。
お昼には写真のような美味しい飲茶をいく皿か頂き(と言いたいところですが)にまたタイや香港に行ってみたいと思いつつ、棚の上のミニオーナメントを写してみました。本物のように見えるでしょう?デジカメを買い換えたので、試しにそこらへんにあるものをズームでパシャパシャ撮って遊んでいます。古い方は次男に貰われていくことになりました。
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本物そっくり飲茶ミニチュア | Myお茶セット | |
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ほっと一息コーナー | 水遣りに最適錫のミニやかん |
雨の中の駅頭街宣、マイクの電池切れでトホホ・・・
(2006年5月17日 水曜日)
9時からのミニ人間ドックを受けにふれあいセンターへ急ぎます。ヘルパーの仕事を辞め職場での健康診査が受けられなくなってからは、町の健診を受けています。誕生月の受診なら忘れなくて良いと思い8月にしていましたが、暑い最中12時間以上の“水断ち”はなんとも辛く、今年は気候の良い時期を選んで申込みました。基本健康診査の他に胃がん・大腸がん・肺がん検診も受けておきますが、国民健康保険に加入しているので費用は無料です。約1ヵ月後に結果表が郵送されてきます。各種健診事業は広報「しまもと」の毎月1日号に案内が載ります。申し込みはセンターでの窓口及び電話・ファックスでもできます。
検診業務は委託(今年は船員保険大阪健康管理センター)されていますが、長年ボランティアをしてくださっている女性団体の皆さん(私も随分以前に同じボランティアをしていました)の誘導でスムースに進みました。健診の最後は町の保健師さんが待っていて、健康手帳の記載と健診結果後の健康相談の案内等がありました。ちなみに当町の保健師さんたちは住民の高い評価を受けています。町政に辛口の意見を下さる方々からも褒めていただくことが度々あり、私も常々同様に感じていますのでうれしく受け止めています。
夕方は澤嶋さん・平野さんと共に水無瀬駅に立って街頭演説とビラ配りをします。今国会6月下旬の会期末と9月の小泉政権任期切れを目前にして、きな臭い法案等を急ぎ制定・改定しようとのゴリ押しが進んでいます。私たちは教育基本法の改悪・共謀罪法・憲法改悪のための手続法である国民投票法への反対・危惧を訴えています。お二人は30分ほどで高槻でのアピールのため駅前を離れました。私は引き続き6時半までハンドマイクで訴えをしましたが、雨は強くなってくるし、途中でマイクの電池が無くなりコンビニに走るはで、ビチョビチョになりカッコの悪い街宣でした。これから毎水曜日は出来るだけ町内での街頭宣伝に立とうと思っています。マイクの声が届いていましたら、チョット聴いてみてくださいね。
2回目の下水道会計勉強会をしました
(2006年5月18日 木曜日)
建設水道常任委員会(以下、建水委といいます)が何故勉強会をしているかというと、3月議会で公共下水道事業特別会計(以下、下水道会計といいます)の当初予算が否決されたからです(これは町議会始まって以来とか)。否決に際し自由民主党クラブを除く皆が言ったのは「値上げを表明しているのに、必要な資料を出さないのはトンデモナイ!」との怒りの発言でした。議会閉会後遅ればせながら資料が出来ました。6月議会で再びの予算審査をする建水委としては、先ず資料に基づいて理解を深めようと勉強会をもったわけです(4月21日の日記にも少し事情を書いていますので参考にして下さい)。
議会が予算を認めなければ、会計は執行不可能になってしまいます。しかしそうはいってもお金の動きはあるわけで、3ヶ月間の暫定予算を組み議会に諮らない専決処分という処置で、6月議会まで“仮り”の会計を続けています。6月議会ではこの暫定予算を含めた仕切り直しの2006年度下水道会計当初予算が提出されます。これに先立つ暫定予算ももちろん報告を受けた後、質疑・討論・採決をします。暫定予算には施策的な予算は入っておらず、職員の給与とか光熱水等の必要経費が歳出の主なものです。歳入にはもちろん皆さんから頂いている下水道使用料等もあります。
まあこんなことをお伝えしても余りおもしろくありませんが、要するに議会が予算を認めないということは、やっぱり大変なことなんだとチョットお知らせしておきたかったのです。このような中でも我関せずと、建水委の一員でありながら勉強会にも出てこない○○議員には驚きです。勉強会どころか3月議会の際は最終日の委員会にも欠席していました。これじゃ、理事者に建水委が軽く見られてしまいます。今回は特に議員同士意見は異なっても、力を合わせて鋭く迫らなければならない委員会なのです。
さて本日出てきた資料は、下水道会計が一般会計から繰入れている「繰入金」の基準3パターンに係る資料と、それぞれのパターンで出した5年間の会計収支見通し、またそれぞれの収支見通しに職員を1名減すればどのようになるのかを示したものでした。H19年度より3つのパターンによる繰入金は(1)普通会計財政収支見通しの額にした場合=6億1千万円(H22年には5億8千万円)(2)基準内繰入額にした場合=3億5千万円(3)交付税基準財政需要額にした場合=4億7千2百万円と示されています。
現行は一般会計からの繰出金(下水道会計からみると繰入金)は(2)の基準内繰出金に基準外繰出金2億6千万円を加えた(1)のパターンをとっています。理事者が言いたいのは「3つのパターンの内最高額の繰入れを行ってもH21年には5千7百万円の支出超過になる。約6千万円の赤字は料金値上げによるほか他に道は無い」さらには「職員1名減でも9百万円の削減しかできない」ということなのでしょう。
しかし他に取りうる収入増・支出減の道はないのでしょうか。企業の排水量と料金は整合しているか、未収金はないか、水洗化の達成率は上がっているか(下水道管の布設をしても水洗化をして排水をしてもらってはじめて収入に繋がる)、工事や委託業務の落札価格は抑えられているか、工事のコスト削減、事務の効率を図っているか等々・・・徹底した見直しはまだされていないのではないでしょうか。値上げに走る前にすることあるのではないでしょうか?
ちなみに当町の下水道料金は1立方メートルあたり110円です。110円の使用料を頂くのに183円の経費がかかっています。経費回収率は60.1%です。これは全国平均64.9%に比べ結構低い割合です。理事者は料金を上げて経費回収率をアップしようと言い出しているのですが、私は経費を低く抑えることで高回収率にしなければなりませんよと主張したいのです。だって経費を抑える努力の具体策をまだ出してもらっていませんもの。
マンモグラフィーによる乳がん健診・・・今回も大丈夫でありますように
(2006年5月19日 金曜日)
この頃は梅雨のようなお天気が続いています。今朝もかなり激しい雨が降っていますが、申込みをしている乳がん健診に向います。一昨日は同じふれあいセンターでミニ人間ドックの健康診査を済ませたばかりですが、保健所の事業が町で出来なかった頃(センターが出来る前に)はこんなに気軽に健診に行かなかったように思います。
10年位前は住民センターに中央公民館スペースがあって、高槻の保健所に行かなくてもできる健診は今の教育委員会や地下の部屋で行われていました。衣服の着脱もオープンだったり待っている人に他人の個人情報が聞こえたりで、その頃のことを思い出すと今は本当に良くなりました。ふれあいセンター1階の健康福祉事業諸室で設備・プライバシーの保護共に配慮された検診を受けることが可能になりました。でも私が一番よくなったと感じているのは、お医者さんや保健師さんが優しく説明責任を果すようになったことです。昔の保健師さん(その頃は保健婦さん)は恐かったと思いませんか?みんな良く怒られていたように私は記憶しています。
乳がん健診はマンモグラフィーによる検査です。検診車に入る前に待っているスペースがありますが、ホントここだけは殺風景だなーと前々から感じています。壁に明るい絵画を掛けたり、鉢植えのひとつでも飾るとどんなに雰囲気が良くなることでしょう。また雑誌等があれば待っている時間も苦にならないと思います。素敵な保健師さんたちの一工夫を待っていまーす。
ところでマンモグラフィーによる検診は1年おきにしか受けられません。待っている間「毎年受けることが出来れば安心なのに、なんでかしら?」という話になりました。私は放射線の暴露の影響を考えて連続撮影を避けているのかと思っていましたので、すぐに確認しに行きました。すると「暴露量は関係しない。国の指針によるもの。あくまでも乳がんの初期発見を目的としているので、受診の機会を広げるため2年目は遠慮してもらう。その間は自己診断またはレディス健診を受けてください」が健康福祉事業室室長の答えでした。ちなみに町では国民健康保険の加入者は無料ですが、有料の自治体もあるようにも聞きました。早速聞いたことを皆さんにお伝えしました。
検診車はできたてホヤホヤの立派な新車のバス(写真)でした。バスの中は脱衣して待っている所も個室になっていて気を使わずに済みます。さらに最も改善されたのは、撮影した映像データが直ちに車内の医師に送信され、受診者も映像を見ながら説明を受けることが可能になった点です。私は「映像でみる限り大丈夫ですね」と言われホッとしました。
本日担当の女医さんは保健師による検診前の説明にも会場に出てきて、自己紹介と簡潔な指導・助言を行いました。以前は医師によるこのような話はなかったと思います。これで受診者の気持ちがとても和みましたし、安心感も湧きました。「立派な良いお医者さんだなー」と私はうれしく思いました。乳がん健診の結果は1ヵ月くらい後に通知されます。
検診が終わって11時から始まっている「介護者家族の会」の総会に出席しました。毎回盛りだくさんの内容を掲載した会報「ゆうゆう」の発行や「介護ほっと一息サロン」の毎月開催、そして交流を兼ねた施設見学も年に数回開かれ、その活動力には脱帽です。介護OBの会員が介護まっだだ中の会員たちに惜しみない手助けをし、リフレッシュの仲間にもなっておられます。途中で会員の小沢府議も駆けつけました。なんと小沢さん、先日の我家のバザーで買ったベストをさっそく着てくれています。とてもよく似合っていました。
今回の総会はゲストによる講演の代わりに、マジックショー(写真)がありました。かなり渋めの(年長者という意味です)男性による、かなりのどかな(目のさめるようなマジックではないかな?という意味)それだけに味のある“手品”を観賞しました。関係の行政職員も町長も観客の一員になっていました。お昼のお弁当は辞退して、役場ヘ行きパンを買いました。
2時から教育センターで開かれる社会教育委員会議の傍聴に出かけます。教育次長も欠席しており、会議は取り立てて問題も無く終了しました。センター1階ホールに子どもたちが描いたタケノコの絵(写真)が面白かったので、写真を撮りました。
再び役場に戻ります。年間を通じて請求している「要望・苦情」(「私の声」の投書を含む)の情報が公開されましたので、閲覧とコピーを取りました。終了はギリギリ5時30分の閉庁時間に間に合いました。別に何をしたというわけでもありませんが、今日は忙しい気分の一日でした。
サントリー“山崎”の売り込みは上手だなー
(2006年5月20日 土曜日)
“山崎”って誰もが知っているウイスキーの銘柄ですが、サントリーは自社のお酒のみをさしているのではないと思わせる、上手いイメージの刷り込みを進めていると思います。テレビのコマーシャルで流される山崎蒸留所のあのイメージです。きれいで美味しい水、その水を育てる森の緑、その緑の中にある山崎蒸留所・・・「“山崎”にいらっしゃい」と誘っています。「お酒を買って!」と叫ぶだけの宣伝なら、今日ここにこれだけの行列はできないよねと感心しながら、またも私と長男は蒸留所にやってきています。そして長〜い列のお尻に並んでいます。「150食限定」にあぶれないかとハラハラしながら・・・。
私はお酒は弱いです。ウィスキーなんて舐めてみても美味しいと思いません。なのに何故サントリー山崎蒸留所にやってくるのか。それはまさしく“山崎”のイメージに誘われているからなのです。今回はウェスティンホテル大阪の総料理長がコーディネイトしたオードブルが売りの催しです。その名も「一流シェフのレシピとシングルモルトのマリアージュ」と仰々しくついています。ええっと「マリアージュ」ってなんだっけ?程度の私ですが、一流シェフのオードブル4品がついて千円は魅力です。もちろん「山崎12年」と「山崎18年」のウイスキーがグラスに15ミリリットルずつつきます(私はウイスキーをペロッとなめるだけですが)。
オードブルはお皿に可愛く上品に、けれど凝った装いで現れました。どれも重々しく長い名前がついていて美味しかったですが、私は「西京味噌漬のフォアグラのポアレ」が気に入りました。初夏の夕暮れ花に囲まれたテラスで、軽くお酒とオードブルと会話を楽しむって、ちょっとお洒落で誰だっていい気分です。サントリーはこの“いい気分”にさせる演出が本当に上手です。私はこの演出がここ“山崎”私たちの町島本で展開され、人気を博していることに行政も気付くべきだと思っています。いろいろと参考になるヒントがありそうですが・・・どうでしょうか町長?