「いつか ある日」が 来て 過ぎて

はじめは 冗談のつもりで
それでも 心の底には本心を秘めて
口に出す。
「いつか ある日」と。
いずれは あれがしたい
それから こんなことも。

大切なことは 口に出すこと
それが どんなに儚い想いでも
生まれた言葉は生命をもつ
二人の間に交わされた言葉なら なおのこと
それは密かに育ち始める。
忘れ去られたようでいて いつの間にか

それが たゆまぬ努力で実現するとは
思わない。
ぎりぎりの勤倹節約で可能になるとも
思わない。
ただ待っていれば いつしか
機が熟す。

ただ 待っていれば·········
そうではないかもしれない
どこに蒔いたかすら忘れてしまった
小さな種子に 水をやり
花の咲く当ては無くとも 慈しみ
思いをかけていた誰かが いたのかもしれない

二人の間のことならば
その誰かは ただひとり
機が熟すのを ぼくはただ
待つわけも無く日は巡り
ある日 突然 気がつけば
あの「いつか」が目の前に

幸運の女神に後ろ髪は無いとか
一時のためらいがチャンスを逃す
思い切り 決断 すばやい思案
それが決めてのあれこれに
いつもためらわず立ち向かい
ある日を手元に引き寄せて

トイレ二箇所の家が建ち
広い寝室が実現し
行きたい所に旅をした。
そして、描いた遠い日の
「いつか ある日」が遂にきて
また ひとつ 小さな言葉に花が咲いた。

二人で行くなら
ヨーロッパがいい。
ヨーロッパなら イタリアだ。
そこは西欧文明の原点
美術の宝庫
食の源流
世界史のかなめ。

そのイタリアに 二人で行ってきた。

ローマ。
コロッセオの写真 バチカンのテレフォンカード 
シスチーナ礼拝堂の案内テープ 「カフェグレコ」のカフェブレッド

アッシジ
聖フランチェスコ教会の花嫁と神父 褐色の壁のつづく狭い坂の町
登っていった砦からの眺め 夕暮れの鐘の音 

シェナ
フィルムを買った貝殻型のカンポ広場 ナンニーニのお菓子パンフォルテ
「冷房中」レストランでのワイン

サンジミニャーノ
塔の町で食べたジェラート キャップの取れないアクアミネラの壜
忘れかけたパラソル

フィレンツエ
二十分間でのベッキオ橋探訪 リストランテ・オテッロでの夕食
三本一万円のネクタイとかなちゃんのバッグ

ベネチア
サンマルコ広場で聞いた「オペラ座の怪人」とジントニック
塔からの眺め 街巡りと水上バス 裏町のピザ

ミラノ
エマニュエル二世アーケードでしたかった買い物
地下鉄に乗った「最後の晩餐」鑑賞 バールで立ち飲み朝のエスプレッソ

KLM機中でのCD アムステルダムとアリタリア機中でのクリニーク購入
時差ぼけ 横浜送迎 その他あれやこれや これや あれや
いろいろあって 楽しんだ日々

こうして ひとつの
「いつか ある日」が来て 過ぎて
今年の夏が 去ってゆき
日々の暮らしが戻ってきた今
また しておかねばと思うのは
新しい「いつか ある日」を語ること。

ミラノへの道すがら
遠望したモンテローザの雪の白。
その麓のアオスタはスキーの基地で
スイスとイタリアをスキーで往復できるとか。
そんな夢のような話が急に身近に思えたり。
いつかは 行ってみたい と
小さな声で言ってみたり。

スペインもいいね。北欧もいい。
また船にも乗りたいね。
エーゲ海クルーズなんかいいかも。
こんなことを言っているのは やはり種蒔きで
きっとまた いつかは実現すると
密かにおもっているから。

そんな楽しみが 少しずつ
昔より 現実味を帯びてくる
そんな年代にぼくたちも
差し掛かってきているのだし 元気でいよう
そしたら きっとまた つぎの
「いつか ある日」がやって来るから

1994.8.25

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