決して変ることなく

時は過ぎ行き
形あるものは朽ちてゆき
新しいものが生まれ
物の値打ちが変る
人も変り、その評価も変る

この世のすべては
川の流れのようだと人は歌う
ミラボー橋の下にも
中国の原野にも
川は流れてゆく

もちろん ぼくたちにも時は流れた
はるばると川を下ってきた
激流ではなくとも 瀬を速み
屈曲し 飛沫
(しぶ)く流れを
遠く、はるかにやってきた

あなたとふたりで
一緒に辿ってきたこの年月は
玉手箱の煙に似て
一瞬の出来事のようにさえ思える
不思議の日々

初めて出会ったとき
二十歳だったあなたが
今日はもう五十歳だという
そんなことはなかろうと
自分を勘定に入れずに思う

あなたは少しも変らない
時折りの表情 言葉遣いに
昔むかしの「おけら参り」の
人ごみの中で見た
あなたの顔と声とが甦る

あなたが 他の誰でもなく
これこそがあなただと感じさせる
思いがけない発想はいささかも衰えず
日々の生活に活気と
潤いを与えてくれる

絶え間なく 多忙をかこちながら
一層の仕事をみずからに課し
そして家事の手抜きを嫌い
その中でコンサートや観劇にも
関心を失わない

深い思いやり
太っ腹で 泣き虫で
好奇心にあふれ ユーモアを忘れず
思いついたことは、めげることなく
何でもやってのける

言葉は通じなくても 
面白がって 意思を通じて
ハイデルベルクの学生酒場で
ローテンブルクのピアノバーで
好きな曲をリクエストして

その場の様子に合わせて
ウイットを忘れず いいセンスで
雰囲気を盛り上げる
それは世界に通じるおつきあい
国は違っても理解しあえる普遍性

愉快な笑いで困難を乗り越える
そんな個性をどこで育んだのか
それとも天性のコスモポリタンなのか
楽しい海外旅行の相棒に
あなたほどふさわしい人はいない

それがその通りなのだから
外国旅行より遥かに長い
ふたりの旅路も 当然
明るく 陽気に かろやかに
いつのまにか過ぎてきた

そうやって半世紀、いきいきと年を数えて
少しも変らず、一緒に買った
ザルツブルグの山靴を履いて
歩きに出かけようと
調子を合わせてくれて

こうして これからも
同じように やってゆこう
仕事や名刺が変化しても
あなたが変らないように
ぼくたちが変ることは無い

時が流れ 川が流れて
辺りが変り ひとつひとつ
物事が片付いても、なお残る
うつせみのよしなしごとは
流れにまかせて

明日を夢見て
好奇心をふくらませて
次の予定を考えよう。なにもかも
思ったことは実現してきた
あなたの不思議と一緒に

1995.8.25

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