二十年ぶりの北岳

久しぶりに三千メートル稜に立ちました。
渓谷に沿って登り、雪渓の末端から尾根にとりつき
可憐な花々が揺れるお花畑を抜けて
稜線に出ると
涼風と霧が身体の中を
吹き抜けて行きました

肩の小屋に着いて 一休みしたところで
ザッと降ってきた雨も 夕方にはあがり
翌朝は日の出を眺めることができました。
でも、この日の太陽は雲海の間から
真っ赤な円盤となって昇ってきました

明けやらぬ東の空を さまざまな色彩に変え
強烈な光の一閃と共に、今日の日を解き放ち
周囲の山々をモルゲンロートに変えてゆく
あの見事な
ご来光ではありませんでした。

本当にすばらしい朝の一瞬を
あなたと一緒に迎えたのは
宝剣岳の頂きでした
昔々のことです。覚えていますか?
あの赤いキャラバンシューズは
そのとき 初めてはいたのですね

日の出のひとときは過ぎ
赤い円盤が白熱の球となって中空に昇ると
次第に雲は消え 深い青空が広がりました
ぼくたちは荒々しく起伏する岩の背稜を
いくつも越えてゆきました

北岳のつぎは中白根、そして間ノ岳
塩見岳へ伸びる稜線の緑の海の中の
赤い屋根は熊ノ平の小屋でしょう
西農鳥は深い霧(ガス)の中で寒さに震えました
それから、この日最後のピーク農鳥岳
あとは大門沢への下りです。

カチャンと二人で
白根御池の小屋まで登り
台風襲来で下山してから
二十年も宿題になっていた
白峰三山縦走でした。

年代わり、星移り
相棒も変わって
それでも快調に完遂できた山行で
久々の山小屋泊り
顔ぶれの変化が印象的でした

ファイトファイトのワンゲル組や
若者グループ中心から
ファミリー登山への変化です
こどもも大勢登っていました
夫婦登山も 祖父孫娘登山もありました。

大門沢小屋では
小三、小四の女の子と一緒でした
ぼくたちと同じコースを歩いてきたのです
一泊余分に農鳥小屋に泊まってはいましたけれど。
「主人のペースで歩くので、ついて行くのが大変です」
と、母親が笑っていました

夏苗はもうスイスの山を歩きました
あなたは あの赤いキャラバンシューズを
スイスの山靴に買い換えました
それがわが家のファミリー登山の
きっかけになるのでしょうか
どうでしょうか。

1987.8.25

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