年輪

尾根筋の、涼やかな林間の道で
この坂を登りきれば
ツバキの木のあるあの高みに出ると
いつもの、ほのかな期待とともに
夏苗を励まし
その地点に立った

「あっ·····」と思った
強い陽射しが目を射た
樹木はすべて伐られて、横たわり
まだ濃い緑の葉を、艶やかに光らせた
ツバキの木に紅い蕾が、哀れにも
そのままに

伐採が進む
公園を作るという
なんと"自然"公園を作るという
木の命、花の心、山のたたずまい
人が作るための破壊
なんのための"自然"

鮮やかな伐りくちを
白日に晒して
一本の木が横たわる
「年輪を数えれば木の年齢が分かる」
と、数える夏苗
木の内部に刻み込まれた成長の記録

「あれえ、この木はお母さんと同じ年······」
そうか、同じ年月を、ここに生きて
これまでに大きく逞しく
しっかりと根を張って
この地の一部として在り
爽やかな大気と涼しい木陰を作っていた

「夏苗のお母さんも、この木と同じくらい大きいんだね、きっと·······」
「うん。そうね、そうよ」
これくらい大きくなるものなのか
ここまで育った年月の、その半ば以上を
共に過ごしたのだと、あらためて思う

もしも、こうして年輪で示せるものなら
ここで結婚、ここで岳彦誕生、ここで春菜
それから引越し、公文開設、夏苗誕生
などと、指すことはできようが
それで分かるのはやっぱり事実だけ
人の成長は示せない

初めて会ったあの日から
今日この頃に至るまで
あなたのことをずっと毎日見ていたから
あなたの内部に刻まれた
年輪の意味を、ぼくだけは
多分、あなた自身よりも知っている

あなたは少しも変らないけれど
ほんとは、とても変化している
うんと魅力のある人に
なってきている。そのことを
いろいろな形で見せている。
成長したのは、この木だけではない

あなたの変化は、まわりに影響する
ぼくにも、子どもたちにも、そして
あなたの周囲の人々すべてに。
少しずつ、まわりを豊かにして
もっと大きく伸びる。なんといっても
自然なのがいい、あなたの日々。

夏苗、さあ行こう
お母さんは、もっと大きくなるよ
夏苗と競争だね、きっと
背丈は夏苗が有利だけれど
全体ではどうだろう。楽しみだね
さあ、行こう。帰って話そう、この木のこと。

1988.8.25

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