あなたがいるから

遠い遠い昔
男たちは野山を駆け
けものを追って狩をしたという
女たちは家をまもり
木の実を集め、子らを育て
獲物を担いだ男たちが
夕陽をあびて戻るのを待ったという

それから数千年

人間の知恵が宇宙を駆け巡る現代
文明の進歩が 日々のくらしを
どれだけ変えたろう
男と女の分業パターンに
どんな変化があったろう

あなたがいるから
ぼくは 日がな一日獲物を追っている
山を越え谷を渡っての遠出にも
心置きなく飛び出して行く

しかし、内心は屈託するぼく
火を絶やすな、狼に気をつけよ
雲の動き、風の匂いに心せよ
斎して邪神を遠ざけよ
さまざまに言葉を残して出で発つ
古の狩人さながらに
ぼくは怖れる、心ひそかに
災厄の疾風が襲いはしないか
狡猾な羅刹の忍び寄ることはないか

さもあれ きょうも ぼくは野に出で行く
一日の糧を得るために
夕べに燃える厨の火に映える
あぶり肉頬張る子らの笑顔を楽しみに
あるいはまた
未知に接し、新しい驚きに目を開くために
わが肉体に新しい生命を吹き込み
手足に力を満たすために

すべてを残した出立にも
心がやすむのは
あなたがいるから

はるかな道程 立ちはだかる岩壁
遭遇する幾多の苦難にも
耐え得るのは
あなたがいるから

疲れ、渇き、傷つき
世の総てが灰色にうつるときも
敢然として立ち上がり
峻険を越えて家路につくのは
やさしく迎えるあなたが
待っているから

あなたを 得たことを
ぼくはいつも嬉しく思う

1971.8.25

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