山の夜明け
宝剣岳

長い間、思っていた
一人で眺める山の日の出を
いつか二人で迎える日が来ることを

いま、ぼくはあなたと
夜明け前の岩峰に立っている
雲海は漠々として、東の果ては
胎生の陽に彩られ
ひんやりと湿った岩肌に
清冽な夜明けの風が匂い立つ。
三千メートルの山頂に訪れる
永遠の朝
太古から続く朝の原型

新生の太陽を
息を潜めて待つ
常に変らない山の夜明け。
だが、きょうはあなたがいる
二人で迎える初めての山の朝
よろこびは
分かち合うことでさらに大きくなる

ついに時は満ちた
燦爛と輝く金色の光りが
目路の果てからほとばしる
赤く熔けた熱球は音も無くせり上がり
次第に白光を増す
みるみる岩峰は薔薇色に染まり
あなたの頬は陽光に映える
地上のものは等しく光りに包まれ
幸せの日が始まる。

この荘厳の一瞬を
ぼくはあなたに見せたかったのだ。

そして思う。
この次は岳彦だと。
ふたたび季節が巡り
峰峯に夏の陽が輝けば
三人でここに立とう。
幼い瞳に光り溢れ
きっと岳彦は
まぶしさに目を細めて
笑うだろう

1968.8.25


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