矢ヶ部 巌:数Ⅲ方式 ガロアの理論

作成日:2012-12-01
最終更新日:

概要

小川三四郎、佐々木与次郎、広田先生の3人の対話により、 ガロアの理論を紹介している。副題は「アイデアの変遷を追って」

感想

初版は 1976 年、第 9 刷は 2002 年に出ている。その後入手困難となっていたが、 2016 年に新装版が出た。おそらく、著者が手直ししたところはないと思われる。

さて、何が面白いかといえば、初版の時代の世相や流行を表わすことばが見え隠れするところである。 また、有名なことばのもじりもある。 そのような言葉を発するのはたいてい、3人のうちの佐々木(与次郎)だ。

第4章 4次方程式を斬る

アー,ちかれたびー(p.59)

中外製薬(当時)が扱っていた栄養ドリンクであるグロモントのキャッチコピー。

第5章 4次方程式をフェラリに見る

「二分間マツ」ほど,ジッとガマンの子ではない.(p.75)

ボンカレーのCM 「3分間待つのだぞ……じっと我慢の子であった」 のもじり。 「ちかれたびー」と並ぶ、1970 年代の CM から来た流行語の双璧である。 ちなみにこのことばは佐々木ではなく広田叔父さんのセリフである。

第7章 方程式解法の原典に立つ

フンベツ過ぐればグにかえる――だ.(p.111)

「分別過ぐれば愚に返る」と綴る。 ことわざで「あまり深く考えすぎると、かえってつまらない事を考え失敗するということ。 」 と説明されている。

第8章 解法の方向を定式化する

ケッコウ,ケだらけ,猫,灰だらけ.(p.131)

たいへん結構だ、の意味。車寅次郎のセリフとして覚えている。

フク雑カイ奇!(p.135)

「複雑怪奇」は、平沼騏一郎が自身の内閣総辞職にあたり残したセリフとして有名である。

男は証明にウルサイ!(p.136)

このことばの裏には「男は黙ってサッポロビール」というコマーシャルのセリフがあると思われる。

よくあるハナシだ.(p.137)

このことばを聞いて、日吉ミミが歌った「男と女のお話」を思い出した。1970 年発売。 「♪恋人にふられたの よくある話じゃないか」

第9章 方程式論の流れを変える

(16世紀中葉までに3次・4次方程式のの解法が完成したが) その後の二世紀というものは,方程式論において「不毛時帯」となっている.

広田叔父さんのセリフ。「不毛帯」とは、山崎豊子の小説の題名「不毛地帯」のもじりだろう。。

一種の水平思考が,鍵となっている.

同じく広田叔父さんのセリフ。水平思考とは、 問題解決のために既成の理論や概念にとらわれずアイデアを生み出す方法のことをいい、 デボノ博士により提唱された。

第10章 根の整式を探求する

オレがやらねば,ダレがやる.(p.162)

これは、彫刻家である平櫛田中が、たびたび揮毫した次の書から来ていると思われる。

いまやらねばいつできる わしがやらねばたれがやる

第11章 根の分数式に着目する

ふじかシイ(p.184)

これは、ドリフターズの加藤茶が言っていたコマーシャルだったと思う。

第12章 根の有理式を解明する

ラグランジュの大予言!(p.213)

五島勉の「ノストラダムスの大予言」にひっかけている。

第13章 代数的解法を究明する

`x_1^m - x_2^m`
も,アルでよ.(p.221)

あまりにも有名な、オリエンタルカレーのコマーシャル「ハヤシもあるでよ」からの引用。

第14章 ウェアリングは知っている

これにて,一件落着!(p.251)

時代劇「遠山の金さん」の最後の決め台詞。

第15章 ルフィニ参ります

右辺の置換は,`sigma` と申しマ〜ス。(p.258)

最初はテレビのアニメーション「サザエさん」のことばかと思ったが、 正しくは「サザエでございま~す」だった。 だから、もっと近いことばがあったような気がする。

第16章 置換群を分類する

違いがわかる男!(p.274)

ネスカフェのコマーシャル、「違いがわかる男のゴールドブレンド」だろう。

わかるかネ.わかるかネ~,小川君!(p.282)

これと似た、松鶴家千とせの「わかるかなー、わかんねーだろうなー」を思い出す。

頭は晴れても,心はヤミだ!(p.287)

泉鏡花の婦系図(おんなけいず)から「月は晴れても心は闇だ」のもじり。

第17章 置換群を追求する

佐々木与次郎,恥ずかしながら,ただ今,予想しました.(p.299)

横井庄一氏がグアム島から帰還したときに、氏が発したことばを元にしているに違いない。

叔父さんは,神様デス!(p.310)

三波春夫の「お客様は神様です」のモジりだろう。

第18章 不可能を可能とする

男はツライよ.
私,姓は車,名は寅次郎.生まれも育ちも葛飾です.(p.310)

ご存知、映画「男はつらいよ」シリーズである。

シラケるー.(p.315)

「シラケ」は 1971 年の流行語。

第19章 代数的量を解析する

「忘却」とは,忘れ去る事ナリ――だ.(p.326)

NHK ラジオドラマ「君の名は」の冒頭で流れた語りである。

第20章 不可能の証明を完成する

`Q_1` は,お呼びで――ナイ。(p.353)

「お呼びでない」は植木等のギャグ。

第21章 方程式は生きている

どっこい,方程式は生きている(p.363)

最初に思い浮かべたのはど根性ガエルのテーマ曲の歌詞「どっこい生きてる、シャツの中」である。 あるいは、どっこい大作かもしれない。

一にスイミン,二にラグランジュ!(p.368)

これは、当時の風邪薬のテレビコマーシャル「一にスイミン(睡眠)、二にストナ」のもじりだろう。 ストナは今でも現役の風邪薬である。

四根平等!(p.374)

おそらく「四民平等」のもじりだろう。

第22章 アーベルは燃えている

ガウスの一言,アーベル,ヤコビを走らす!(p.385)

三国志の故事、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」からだろう。

サエてる,サエてる.海岸通のリンゴ色!(p.393)

少し調べて、おそらく資生堂のコマーシャル「海岸通りのぶどう色」のことだと判断した。 私は覚えていない。

なお、第21章から第23章までは、章の表題も元ネタがありそうだ。 この第22章の表題の元ネタは「パリは燃えているか」なのだろうか。

第23章 夢は方程式を駆け巡る

将棋は中原、方程式はラグランジュ!(p.405)

これは、「野球は巨人、司会は巨泉」のもじりだろう。 ちなみに、与次郎の叔父でガロア理論を教えてくれる広田は将棋ファンという設定になっている。

なんだ.アーベル,お前もか!(p.405)

これは、シェークスピアの「ブルータス、お前もか!」のもじりだろう。

なお、第23章の表題のもじりは、松尾芭蕉の句によるものだろう。

第24章 方程式の群を導入する

この道は,いつか来た道!(p.419)

歌曲「この道」の冒頭である。

花も,嵐も,ふみこえて!(p.429)

流行歌「旅の夜風」の冒頭である。

灰色の脳細胞を活躍させなきゃ!(p.435)

「灰色の脳細胞」とは、アガサ・クリスティ作の推理小説に登場する探偵、エルキュール・ポアロがよく口にすることば。

第25章 方程式の群を観察する

ここはまだ見つけられていない。

第26章 正規部分群を発見する

連想ゲームなら,まかしとき.フミさんだって,かなわない(p.455)

これは、NHK テレビ番組「連想ゲーム」のレギュラーだった、壇ふみのことだろう。

第27章 代数的可解性を特徴づける

逆転こそ,数学の泉!(p.478)

なにかの捩りとは思いにくいが、私は浪越徳治郎の「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」を思い出す。

第28章 代数的可解性を判定する

これで、グー.(p.509)

桂三枝(現:桂文枝)の「オヨヨ!」「グー!」が流行ったのが 1974 年である。

第29章 ガロア理論ここに始まる

あんた,数体のなんなのサ?(p.518)

「港のヨーコヨコハマヨコスカ」の決め台詞ですね。

将棋の話

広田先生は将棋が好きなので、いろいろなことを将棋になぞらえる。 きっと著者の矢ケ部氏も将棋が好きなのだろう。それがわかるところがある。 22 ページ、下から9行目ページに「定跡」ということばが出てくる。うまくいく方法、という意味だが、 将棋の場合にのみこの字を当てる。 普通は「定石」を使う。こちらは囲碁の場合に使い、また一般の用法に転用されてもいる。

(追記:お恥ずかしいミスがあった。 数Ⅲ方式ガロアの理論(その37) (suu3galois.hatenablog.com)で指摘されていたので直した。 指摘されたEROICA氏に感謝する。(2021-07-28)

162 ページでは「叔父さんは将棋アニマルである.」と紹介されている。 エコノミック・アニマルと日本が言われたのは 1965 年のことで、 1969 年には流行語になったともいう。

p.179 には、叔父さんである広田が将棋好きであることがわかる発言がある。以降を引用する。

佐々木 ラグランジュの研究は,これまで,なの
広田 なかなか.もっと広い式をも対象とする.不利な時は,戦線を拡大せよ――と,いうだろう
佐々木 それは,なに?
――それは,将棋の格言なのである.

p.234 では、手順前後!と佐々木に突っ込まれた広田は、「将棋なら致命傷だ.だが,数学では,そうではない.」 と答えたのち、持論を展開している。

p.494 では、広田は「形よく指す将棋は,筋が良い.」といっている。

数学上の記録

この本で数学以外のことを書いたが、もちろん、数学上のことも考えた。 その記録を残す。なお、以下、引用した個所は枠で囲む。また、本書の数式は中央揃えではないが、 本引用では中央揃えにした。

第6章 5次方程式に挑む

この章では、二人の学生が5次方程式の解の導出に挑んでいるが、ことごとく失敗した。 それを受けて、学生の一人で本音を吐くのが特徴的な佐々木が「解の公式なんかに, どうして,こんなに苦労しなきゃならないの.」と恨み節をつぶやく。 するともう一人の学生で、優等生を演じている小川が、次のようにいう。 「そういえば,方程式の解法に,どうして,昔の人は夢中になったのでしょうか? 佐々木君とは違う意味でツクヅクそう感じますが.」と同調する。 二人の学生の本音にたいして、教え導く側の広田は「そう正面切って質問されると,答えに窮する.」 と身もふたもないことをいう。しかし、次のような仮説を pp.107-108 で披露している:

古代ギリシヤ人は円錐曲線に関心を持った.(中略) 同一平面上にある,放物線と双曲線との交点を求める問題から3次方程式が現われる.(中略) 同一平面上にある,放物線と円との交点を求める問題から4次方程式が現われる.(中略) 2次から4次までの方程式の根の公式がみつかれば, 5次以上の方程式の根の公式を探そうとするのは,もう数学者の意地というものだろう.(後略)

私にはこの「意地」というのが今ひとつわからなかったが、ある本を読んでひょっとして、 と思った。 その本とは、Graphics Gems V というグラフィックスの本である。 ここでは、3次方程式の根や4次方程式の根の導出法を(反復的な方法ではない、 まさこの本に出ているような代数的な方法で)プログラム言語によって示されていたのだ。 そのプログラムを公開する動機は何だったのか。グラフィックスという立場を考えて、なるほどとうなったのだった。

第7章 方程式解法の原点に立つ

p.111 で、佐々木は次のように言っている:

3次方程式

`x^3 + ax^2 + bx + c = 0`

に対して,適当な `x` の整式を見つけて

(`x` の整式)`{::}^3 = `定数

という方程式を作るのだね.

この文章の意味がとれなかった。意味は、次のページの小川のことばで解消された:

目的は,3次方程式

`x^3 + ax^2 + bx + c = 0`

の根 `x_0` に対して,

`x_0^2 + Ax_0 + B`

を根として持つ,一番簡単な型の3次方程式

`y^3 = `定数

を求める事です.

この意味もわかりにくいが、その後の式展開を見て納得できた。

第8章 解法の方向を定式化する

pp.138-139 で、広田は、`A` を定数として、

`X^m = A`

という `X` の方程式が解けなければならない、と語っている。 これを受けて佐々木は、この方程式の `m` 個の根は、

`root(m)(A) zeta_m^k (k = 0, 1, 2, cdots, m-1)`

であると述べている。ここで `zeta_m` は次の式で表される:

`zeta_m = cos {:(2pi)/m:} + i sin {:(2pi)/m:}`

私が思うに、これだけでは代数的な解があることの説明にはなっていないと思う。 言い換えれば、`zeta_m` すなわち、1の累乗根は三角関数で表わされるだけでは不十分で、 根号を用いて表示できること、つまり方程式が代数的にも可解であることまで伝えなければならないはずだ。 しかし、こう書いたあとで後の章を読んでみると、 まさに私が疑問に思っていることを小川が語っている。それは第9章にある。

第9章 方程式論の流れを変える

第8章のところで述べた私の疑問は、p.150 で小川が引き取っていた。以下、多少違えた形で引用する。

(`A`, `B` を定数として)この間,方程式

`X^l = A`

の根を

`root(l)(A)zeta_l^k (k = 0, 1, cdots, l-1)`

と表わしましたね.このとき

`zeta_l = cos {:(2pi)/l:} + i sin {:(2pi)/l:}`

と,`zeta_l` には三角関数を使っていました.
そうしますと,与えられた方程式を代数的に解くとき

`X^l = A` から `Y^m = B`

という順に帰着された場合,第二の方程式の定数項には `zeta_l` が現れますから, `zeta_l` も与えられた方程式の係数から加・減・乗・除と累乗根を使って表しておかないと, いけないわけですね.三角関数を使ってはダメですね.

`zeta_2 = -1, zeta_3 = omega = (-1+root()(-3))/2, zeta_4 = i = root()(-1)`

ですが,何時でもコンナ風に表わせるのですか?

この問にたいして、広田先生は「それは,よい質問だ.この問題は,後に再び取り上げる.」 と答える。問題の解決は第21章以降である。

第16章 置換群を分類する

この章の主題は置換群の分類である。その分類過程で、小川や佐々木が、 各種の整式について、値を変えない置換から構成される4次の置換群を求めている箇所がある。 p.272 は次のようになっている。

`x_1x_2 + x_3x_4`

では,ご同様に

`{((1, 2, 3, 4),(1, 2, 3, 4)),((1, 2, 3, 4),(1, 2, 4, 3)), ((1, 2, 3, 4),(2, 1, 3, 4)),((1, 2, 3, 4),(2, 1, 4, 3)),`
`{:((1, 2, 3, 4),(3,4,1,2)),((1, 2, 3, 4),(3, 4, 2, 1)), ((1, 2, 3, 4),(4, 3, color(red)(2), color(red)(1))),((1, 2, 3, 4),(4, 3, 2, 1))}`

この佐々木が挙げた置換群には7番めの置換の赤字の部分に誤植がある。正しくすると次の通り。

`{((1, 2, 3, 4),(1, 2, 3, 4)),((1, 2, 3, 4),(1, 2, 4, 3)), ((1, 2, 3, 4),(2, 1, 3, 4)),((1, 2, 3, 4),(2, 1, 4, 3)),`
`{:((1, 2, 3, 4),(3,4,1,2)),((1, 2, 3, 4),(3, 4, 2, 1)), ((1, 2, 3, 4),(4, 3, color(blue)(1), color(blue)(2))),((1, 2, 3, 4),(4, 3, 2, 1))}`

第21章 方程式は生きている

第9章で小川が発した問題にたいして、第21章において肯定的に解決されている。 つまり、方程式 `x^n - 1 = 0` は代数的に解けることが証明されている。 この証明では、素数 `p` には必ず原始根が存在することを前提としている。 p.373 で、佐々木が「どんな素数に対しても,いつでも原始根が見つかる事の証明は?」と尋ねると、 広田先生は「それは別の機会にゆずり,話を進めよう.」と答えている。 果たして、別の機会はこの本に出てくるのか? 私がこの本を通読した限り、その「別の機会」は見当たらなかった。

「どんな素数に対しても,いつでも原始根が見つかる」ことは、原始根定理と呼ばれることがある。 原始根定理の証明は代数学や初等整数論本にはあるはずだ。私が持っている本の中では、 高木貞治の「初等整数論講義」にある。

誤植

p.160 で、下から 13 行、正しくは「根と係数の関係」が、誤って「根と係教の関係」になっている。

数式記述

数式は MathJax で記述している。

書誌情報

書 名数III方式 ガロアの理論
著 者矢ヶ部 巌
発行日2016 年 4 月 23 日(新装第2刷)
発行元現代数学社
定 価3800 円(本体)
サイズ
ISBN978-4-7687-0453-0

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MARUYAMA Satosi