プラトン全集1 エウテュプロン ソクラテスの弁明 パイドン クリトン

2026-01-29

概要

プラトンの作品でよく知られた「ソクラテスの弁明」を含む計4篇を収める。「ソクラテスの弁明」は、柳広司:二度読んだ本を三度読むでも取り上げられている。

感想

エウテュプロン

ソクラテスの弁明

訳は田中美知太郎。

私がこの作品を読んで覚えていることといえば、有罪判決を受けたソクラテスが、自身に加えられる罰として提案したのが「迎賓館でおごってもらうこと」だったという、 大胆不敵な発言だけだった。ここは詳しくはどうなっているかをまず確認してみた。本書の pp.100-102 から引用する

(前略)わたしは、いかなる刑を申し出るべきでしょうか、(中略)わたしという男は諸君のために善をはたらきながら、貧乏をしています。 そして諸君に激励を与えるのに時間の余裕を必要としているのです。およそ、アテナイ人諸君、この者がこのような事情にあるとすれば、 国立の迎賓館において給食を受けるより、適当なことはないのです。(後略)

そしてこのように言い切るソクラテスはかっこいい、と思ったのだった。ところが、その後で p.105 を見ると次のようにソクラテスは語っている。

(前略)とにかくもしわたしにお金があったなら、わたしの払おうと思う金額を、科料として申し出たでしょうからね。 なぜなら、わたしには、実害は何もなかったでしょうからね。しかしじっさいには、それができないのです。 そういうお金はないからです。もっともわたしが払ってしまえるくらいの金額を、わたしの科料として、諸君が裁定してやろうというのなら、話は別です。 そしてたぶん、銀1ムナなら、諸君にお払いすることができるでしょう。それでは、この金額の科料を、わたしは申し出ることにします。 いや、しかしプラトンが、いまここへ来て、アテナイ人諸君よ、クリトン、クリトプロス、アポロドロスなどとともに、三〇ムナの科料を申し出るように言っているのです。 自分たちがそれの保証に立つというのです。それでは、その金額をわたしは申し出ることにする。その銀子の、諸君に対する保証人には、この人たちがなるでしょう。充分信用できる人たちです。

こうソクラテスは言った。次にどうなるかとページをめくると、p.106 にはこうあった。

〔刑量の評決が行なわれる〕

この後の二九を見ると、ソクラテスは死刑になったことがわかる。この評決は、死刑と何との評決だったのだろうか。死刑と給食の評決だったのだろうか。それとも死刑と科料の評決だったのだろうか。それがわからない。 おそらく後で言ったことが上書きされるのが自然なので、死刑と科料の評決だったと私は思うのだが、どうだろうか。

さて、銀1ムナとは、現在の日本の生活でどれだけの価値があるのだろうか。本書の p.59 の脚注 2 を見ると、5ムナではほぼ二万五千円ということになる。とある。ということは1ムナはおよそ 5000 円だ。 ただ、本書の第1刷は 1975 年である。1975 年の五千円は今はどれだけの価値があるのだろうか。あるインターネットのページで調べると、2025 年現在では 7000 円から 1,0000 円に相当するようだ。 ということは、プラトン一人で払える科料はせいぜい 一万円程度ということだ。そして保証人を合わせると三十万円なら払えるというわけだ。三十万円程度ならば十分な科料の額に思えるし、 だいたい死刑を求刑するのは私にはできない。それでも死刑が求刑されたというのは、よほどアテナイの人たちにソクラテスは憎まれていたと思われる。

パイドン

クリトン

書誌情報

書名プラトン全集1 エウテュプロン ソクラテスの弁明 パイドン クリトン
著者プラトン
訳者今林 万里子,田中 美知太郎,松永 雄二
発行日1986 年 6 月 9 日 発行(第3刷)
発行元岩波書店
定価4000 円(本体)
ISBN 4-00-090411-6
その他