バートランド・ラッセル:怠惰への讃歌

作成日: 2009-12-29
最終更新日:

概要

著名な哲学者ラッセルの異色のエッセイ。 冒頭に置かれた、表題のエッセイは、 1日の労働時間は4時間にする。残りは自分で適切と思うことに使える時間とすべきである、 と説く。その他のエッセイと合わせて本書は計15編からなる。

感想

怠惰の捉え方

ラッセルの哲学書とは異なり、テーマとしては読みやすかった。 私は怠けたいと思っているし、実際怠けている。 しかし、ここに書かれている、怠惰により生まれた時間を有効に使う、 というのは夢物語という気がする。

まず、怠惰は恥ずかしいことだと世間では考えられている。 これは残念ながらどうしようもない。まずはこれを認めるとしよう。 さて、ラッセルは1日の労働時間を4時間にしよう、と主張している。 しかし、これは仕事の分割という意味ならば怠惰ではない。 むしろ、単なる時間短縮であるし、それならワークシェアリングに通じる。 怠惰というのは4時間ですむ仕事を1日かけて行なうことである。

仮に、怠惰の代わりに時間短縮と置き換えてみよう。 分かりやすさのために、1日の労働時間を8時間とする。 そうすると、 今の仕事でも、時間短縮を目指していることは同じである。 目指すべき方向は、1日8時間かかる仕事を1日4時間で行なう、 ということであり、2日4時間で行なう、ということではない。 これは、生産性の向上という言い方で表される。 残念なことに、生産性はすぐには向上せず、 仮に向上したとしても、余った4時間は各人に割り当てられることはない。 新たに生まれた4時間に新しい仕事が割り当てられるだけである。

そのほかにも、単純に分割だけではすまない事情が生じる。 ざっと考えるだけでも、下記の課題がある。

これらはワークシェアリングの議論で解決案が示されるだろう。 解決策を調べたい。

さらに考えるべきことは、1日4時間労働で生み出された残りの時間の使い方である。 ラッセルは自分で積極的な役割を演ずる快楽を、 残りの時間にあてるべき、と考えていた。となると、これが怠惰といえるのだろうか。 題名から受ける印象とエッセイの内容は異なる。 これは、ある評者が amazon で述べたレビューにもつながる。


訳文について

amazon で別の評者が、 同書を<ゴミ屑・翻訳本>の典型とみなしている (この評者によれば、原本の内容は超五つ星)。 原本は手元にないので比較はできないが、挙げられていた例は確かにひどい。

私は日本語感覚が鈍く忘れやすいので、個々の例を指摘することはできないが、読みにくい訳であることは確かだ。 残念である。

残念ながら、この評者のレビューは消えている。そこでこの評者とは別に、改めて生硬な訳と思える箇所を探してみた。 以下の引用は表題と同じエッセイ「怠惰への讃歌」からの一部である。まず原文を引く。

I shall not dwell upon the fact that, in all modern societies outside the USSR, many people escape even this minimum amount of work, namely all those who inherit money and all those who marry money. I do not think the fact that these people are allowed to be idle is nearly so harmful as the fact that wage-earners are expected to overwork or starve.

この後半の文は次の通り訳されている。

これらの人が仕事をせずぶらぶらすることを許しているのは、 賃銀労働者が、働き過ぎたり、或いは飢えるようにしむけられる事実が有害であるのと殆んど同様に有害であるとは私は思わない。

意味が伝わりにくい。受験英語の教えによれば、I do not think that A is B. は 「A は B ではないと私は思う」と訳すのではなかったか。 だから、私なら、次のようにする。

賃金労働者が過重労働や飢餓に駆り立てられるという事実は有害であると私は思うが、 先の人々の怠惰が許されるという事実はそれほど有害ではないと私は思う。

関連書

書誌情報

書 名怠惰への讃歌
著 者バートランド・ラッセル
訳 者堀 秀彦・柿村 峻
発行日2009年8月10日 第1刷
発行元平凡社(平凡社ライブラリー 676)
定 価1300円(本体)
サイズB6変型判 272ページ
ISBN978-4-582-76676-9

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MARUYAMA Satosi