住友商事の常務だった鈴木朗夫の評伝。
本書のエピソードのいくつかは、佐高信の他の著作にも出てくる。 面白いと思ったのは、中田亨:超入門 ヒューマンエラー対策を読んで感心したエピソードだ。次のくだりを引用した箇所が出てくる。 pp.101-102 で、鈴木の部下だった木村が、簡潔すぎるテレックスを受け取って途方にくれたことが忘れられないといって回想する場面である。
後年、木村が鈴木に、アレには参りましたよ、とぼやいたら、 鈴木は、直接それには答えず、
「木村君、商社マンとして会心のテレックスの往復というのを教えましょうか」
と言った。それは、ある重要な商談で現地にとんでいた鈴木が、上司だった伊藤正に、
「事態複雑一任乞う」
とテレックスを打ったら、
「一任する」
と返って来たというものである。
私がいた職場で同じようなことが起こることはまずないだろう。そこがうらやましい。
ただ、私のような怠け者からすると、鈴木朗夫は偉いと思うが尊敬に値する人物かといわれると留保してしまうところがある。そのモーレツぶりに、私は距離を置いてしまう。
pp.71-72 では、鈴木が国際的ネゴシエーションで最低限充たさなければならない条件を五つ挙げている。以下引用する。
- 鮮明に自己主張する。自己主張は可能な限り相手の言葉(ボキャブラリィ)と論理を用いて行う。
- 対決の場面では、理由(ジャスティフィケーション)なく譲歩することはしない。
- 投げられたタマはホールドせず、即座の反論で投げ返す。
- 妥協する場合は、情緒的な妥協ではなく、必ず「論理ある妥協」、「説明のつく妥協」をする。
- 相手に「押し付けられた」「損をした」と思わせない。「良いディールをした」と思わせる。
この最後のディール
という言葉から、最近のあの、アメリカの大統領を思い出した。もし鈴木が存命だったら、あのアメリカの大統領とどんな交渉をするのだろう、
と考えてみるのだった。
最後に、鈴木が働いた住友商事について思い出すことを書いておく。私は昔、住友商事の社員と仕事上のお付き合いをしていた。そのお付き合いをしていた方から聞いた話である。 その事務所に勤めていたある女性社員が結婚することになった。 その社員は退職することになった(この、いわゆる寿退職は慣例かどうかはっきり確かめなかった)。すると、その女性社員と同じ時に入社していた別の女性社員も一斉に退職したのだった。 ある社員が寿退職すると、その同期も退職しなければならない、というのが住友商事の慣例だったようだ。これには驚いた。本書には、住友商事が開明的であるような記述も散見されるが、 私が目の当たりにしたさきの例では必ずしもそうでないようでもあった。なお、今の住友商事の状況は、全く知らない。
書名 | 逆命利君 |
著者 | 佐高信 |
発行日 | 2004 年 12 月 16 日 第1刷 |
発行元 | 岩波書店 |
定価 | 1000 円(本体) |
サイズ | |
ISBN | 4-00-603102-5 |
備考 | 川口市立図書館で借りて読む |