オルダス・ハクスリー:すばらしい新世界

作成日 : 2023-05-05
最終更新日 :

概要

フォード紀元と呼ばれる未来の世界は階級格差によって秩序が保たれていた。下層階級は数十人の一卵性多胎児から工場で生産させられていた。

感想

この小説は、ジョージ・オーウェルの「1984 年」と並び、反ユートピア小説(ディストピア小説)の傑作とされる。 私はディストピア小説といわれる小説を読んだことがなかったので、 ということでどんな気分になるか心配しながら読み進めていった。 Wikipedia によれば、ディストピア小説に分類されるものとして、 村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」や筒井康隆の「最後の喫煙者」などがあり、 これらは今まで読んだことがあったが、 これら2編を読んだときはディストピア小説とは意識していなかった。

読後感としては、設定された世界がディストピアとしてはまろやかな感じがした。 もちろん、冒頭の一卵性多胎児が工場で生産される描写を読むと嫌な気分になるのだが、 それでも妙な安心感が全体を支配しているように思える。もっとも、私はこの小説の読者としては落第だろう。 というのも、本書の結末の描写が何を意味しているか、 私には全くわからなかったからである。著者自身による新版への前書きを読んでやっと描写の意味がわかったからである。

本書の世界では、フリーセックスが奨励されている。第3章ではこんな描写がある。

地中海地方に生育するヒースの丈高い繁みのあいだにできた草地の小さな入り江で、 七歳くらいの男の子と、おそらく年上の女の子が、ひどく真剣に、新発見をもくろむ科学者の集中力をもって遊んでいた。 初歩的な性的遊戯だ。

ほかにもフリーセックスを奨励する場面はあちこちで出てくる。そういえば、フリーセックスの極北の世界にある、 星新一のショートショート「解放の時代」があったことを思い出した。 このあとで、所長といわれる人物が生徒たちに向かってつぎのような過去の事実を紹介している。

子供たちの桃色お遊戯は異常なものとみなされていた(生徒たちは爆笑した)。 異常なだけでなく不道徳なものとも思われていた(えーっ!)。だから厳しく抑圧すべきものと考えられたのだ。

ちょっと戻って、第2章では所長と生徒の問答がある。

(前略)「ポーランド語とは何かは知っているだろうね」
「死語です」
(中略)
「ではというのは」と所長が問いを投げる。
気まずい沈黙が流れた。顔を赤らめた少年もいた。卑語を口にすることと、科学用語としてのその言葉を言うことのあいだには、 ごくわずかながら明確な区別があるが、そこがまだ呑みこめていない生徒もいる。(後略)

このあたり、私たちがいま生きている世間で隠すべき行為がおおっぴらに許されて、 ごく普通の行為が逆に隠されるべき事実になっている世界がディストピアなのだろうか。 昔見た映画のルイス・ブニュエルの「自由の幻想」を思い出した。もっとも「自由の幻想」は超現実主義に基づくものだから、 一貫性がないのだけれど。

第5章の第2節を読むと、p.115 でタクシコプターが出てくる。その名前の通り、ヘリコプターのタクシーのことをいうが、 私は日本人だから、ドラえもんの「タケコプター」を思い出してしまった。タケコプターはタクシコプターより進化していると思う。

この小説を読んで感じたことはいろいろある。たとえば、本書の主人公は誰なのだろう。 最初はバーナード・マルクスかと思っていたが、 バーナードが前面に出てくるのは前半で、後半はジョンが主要な位置を占める。 そして、バーナードとジョンを結ぶのがレーニナ・クラウンである。私がわかったのはこれぐらいだ。

本書で描かれる世界の階級は、五クラスある。アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、エプシロンである。 バーナードはレーニナと一緒に野蛮人居留地に出かけて、その地で暮らしていたジョンとジョンの母親であるリンダを連れて帰ってくる。 ではなぜ、進んだ社会で、しかも厳格な五クラスの階級制を設けているのに、わざわざ野蛮人居留地を設けているのだろうか。 これだけ進んだ社会ならば野蛮人居留地など設ける必要はないだろうに。こう考える私は血も涙もない人間になってしまったようだ。

この小説については、いろいろな本で言及がある。たとえば、梅田亨「森毅の主題による変奏曲(下)」を参照。

誤訳

誤訳と思われる箇所がある。p.112 の右から4行目で(その下で五分の四拍子のリズムが刻まれて) とあるが、原文(www.huxley.net) と比較すると、《その下で四分の五拍子のリズムが刻まれて》が正しいと思う。

書誌情報

書名 すばらしい新世界
著者 オルダス・ハクスリー
訳者 黒原敏行
発行日 2013 年 6 月 20 日 初版第1刷
発行元 光文社
定価 1048 円(本体)
サイズ 文庫本
ISBN 978-4-334-75272-9
その他 越谷市立図書館で借りて読む

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MARUYAMA Satosi