吉松 隆:アダージョ読本

作成日:2020-08-07
最終更新日:

概要

副題は「現代人のこころを癒す音楽」

アダージョとは

この本を借りてきたきっかけは、フォーレにある。 フォーレの夜想曲第6番の出版譜で、冒頭は Adagio と記されている。 ところが自筆譜では Andante だった。いったい Adagio とはどのような意味をもったことばなのだろうか。 それを知りたいと思っていた。そんなとき、図書室を見ているとたまたま音楽の書架に本書があった。

本書の「クラシックにおけるアダージョの歴史」で、 執筆者の斎藤靖幸氏は次のように書き出している。

音楽のテンポを指定する速度標語には発想標語起源のものが多い。 現在では完全に速度標語として用いられている「アダージョ」もその一つである。 「アダージョ Adagio(伊)」は元来 agio (安心・くつろぎ・ゆとり) という名詞に、前置詞 ad (~に・~で)が結びついてできた言葉で、 原義は「ゆっくりと・落ち着いて・気長に・くつろいで」 といった意味である。

そうだったのか。遅いことを表す速度記号であれば、 ほかにもレント、ラルゴなどがあるが、そのなかでこの本がアダージョを選んだのは、 くつろぎ、ゆとりなどという意味があるということでさすがというべきだろう。

いや、本当のところは、「アダージョ・カラヤン」なる、 ゆっくりとした曲を集めたアルバムが大ヒットしたので、 このアダージョということばを題名にもってきたのだろう。 となると真の功労者はこのアダージョ・カラヤンを企画した人/会社なのだろう。

さて、ではほかの、レント、ラルゴなどの原義はどうなのだろうか。

レントは文字通り速さが遅いことであるのに対し、ラルゴは幅が広いこと、 グラーヴェは重いことを表す。ただ、現在では発想標語というより速度標語になっていて、 これらの間の順序関係は次のようになっている。以下は英語版 Wikipedia の Tempo から、 Adagietto より遅い記号を抜きだした。ここで、bpm は beats per minute のことである。

    Larghissimo – very, very slow (24 bpm and under)
    Adagissimo – very slowly
    Grave – very slow (25–45 bpm)
    Largo – broadly (40–60 bpm)
    Lento – slowly (45–60 bpm)
    Larghetto – rather broadly (60–66 bpm)
    Adagio – slowly with great expression[10] (66–76 bpm)
    Adagietto – slower than andante (72–76 bpm) or slightly faster than adagio (70–80 bpm)    

-ssim- がついているのは比較級で「より程度が強い」ことを表す。また -ett- がついているのは、 指小辞で「程度が少ないこと」を表す。意外なことに、 Adagio が思ったより遅くなかった。

スプーナリズム

「ストリングスの対話が心を和ませる」と題した章がある。ここの p.120 に、 次の記載がある。

さて、二十世紀に書かれた最も有名な弦楽のためのアダージョと言えば、 バーバーの弦楽のためのアダージョ、 いわゆる「バーバーのアダージョ」 (知り合いの指揮者で、「アーダーのババージョ」なんて言って笑ってたアホな奴がいたっけ)だろう。 (後略)

お、これはスプーナリズムにいただき、と思った私もやはり、アホな奴だろう。

フォーレについて

私は、クラシック音楽について書かれている書籍で、 フォーレスカルラッティの双方について言及されていれば〇、 いずれかについて言及されていれば△、 どちらにも言及がなければ×と評価することにしている。 この本はスカルラッティの曲は全く出てこないが、フォーレは相当な頻度で登場する。 だから、この本はちょっと△なところがあるがほぼ〇だと評価する。

まず、「フランス近代音楽の優しげなイマージュ」という項では、 レクイエム(特に第四曲<ああイエスよ>や第七曲<楽園にて>、 組曲《ペレアスとメリザンド》の<前奏曲>、<シシリアーノ>、<メリザンドの死>、 そして《パヴァーヌ》が取り上げられている。この項の執筆者曰く、 「とにかく、ローテンポのメロディックなものを書かせたら、 ほんと天下一品なフォーレ先生なのでありますね。」と賞賛している。

また、「レクイエムはアダージョの宝庫」でも当然、フォーレのレクイエムについて述べられていて、 執筆者は「全曲丸ごとアダージョの名曲として推したいと思う」と締めくくっている。

さらに、「一人でつまびく優しい音楽」の項では、ハープソロの筆頭にフォーレの 《塔の中の王妃》が登場する。執筆者によれば、「静かで幻想的なハープ作品として仕上げられている」 と評していて、私も同感である。

最後に「ストリングスの対話が心をなごませる」の項で、 執筆者はフォーレの音楽の特徴を説明したのち、「室内楽はその最上の美点が結実した分野の一つだ。 ピアノ四重奏曲第一番と第二番、 ピアノ五重奏曲第一番と第二番、ピアノ三重奏曲、そして弦楽四重奏曲。 いずれの緩徐楽章も詩情あふれる大人向けの名品ばかり。 ひとりもの思いに耽る夜にどうぞ。」と激賞している。 ちなみに「アーダーのババージョ」を紹介していたのもこの項である。

書誌情報

書名アダージョ読本
編者吉松 隆
発行日1996 年 11 月 1日
発行元音楽之友社
定価1456 円(本体)
サイズA5判
ISBN4-276-96032-0
その他越谷市立図書館で借りて読む。

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MARUYAMA Satosi