3. 玉川学園にて

 

         4. コバルト・アワー

              (2002.1.24.

     
 

 東横線から小田急線まで来たので、次は京王線を目指す番だった。

 1時過ぎに出発し、下北沢から小田急線の準急に乗って新百合ヶ丘まで行った。まずマックで昼食をとる。今日は多摩ニュータウンまで行く予定だ。

 3時頃から歩き始めた。今回は道をそれないよう、こっちだと思われる方向にどんどん坂を上っていった。

 しかし歩いても歩いても、随分急な所なのにまだまだ家がある。なかなか上まで着かない。さすがに息が切れてきた。東京や近郊の人々の方がきつい坂に住んでいる、と悪態をつく。うちの地元の方が元から坂が多い分、もっと平地にして家を作るけどね、と文句を呟いてもみるが、気晴らしにはならなかった。

 ついに頂上へ到着した時には、冬なのに汗がたくさん出てきた。コートを脱ぎ汗を拭う。

 ここは七国峠らしい。掲示板に説明書きがあり、柳田国男曰く、尾根沿いの路は放牧のため、らしい。なるほど。以前読んだ雑誌で、宮崎駿が、高原の不便なはずの場所に道があったのは放牧のためらしく、いつかそれを扱った作品を作りたい、と言っていたのを思いだした。本当なんだな、と改めて思う。

 ニュータウンだろうと思われる方向の眼下の山あいには、住宅街が広がっていた。その向こうにまた山がある。その先へ進むため、一旦下って再びぐいぐい上っていく。

 頂上まで来た、はずだったが、ゴルフ場の柵が張り巡らされ、その先は見えなかった。おいこれ以上行けないぞ、と心の中で叫ぶもどうにもならない。仕方なく、疲れて柵の境界線を歩くと、下り坂になってしまい、ついにはまた新百合ヶ丘のビルが見え始めた。やれやれ、ちっとも進んでないよ。

 気を取り直しまた歩き始めることにする。すぐに道は稲城市に入り、それでなんだかやる気も高まる。交通量の多い道に初めて出て、きっとこの丘の向こうがニュータウンに違いないと思い込んだ。

 坂の途中で「学園通り」という看板があり、そちらに進むと、意に反して本当の山の中だった。しばらく行ってやっと稲城二中と稲城高があったが、人影はなかった。いくら夕方とはいえ、誰も見えないというのはおかしい、ひょっとして都民の日か何かで休みか、とも思ったが、真相は分らなかった。しかも微かに楽器の音だけしているのが、さらに謎を深めさせた。

 学校を過ぎ、隣は廃棄場だよ、と思った矢先、ついに電車の高架が現れた。走ってきた列車を見て京王線だと分る。線路沿いに作られた階段を上ると、向こうに新しい駅と街並みが見えた。若葉台だった。

 駅前は綺麗でバスターミナルもあり、やけに立派で巨大なマンションがあった。

 だが、歩いてみるとそれだけだった。造り始めたばかりでまだこれから、という感じだ。でもそれは成長中という訳でもなく、まるで背の止まってしまった中学生のようでもあった。

 また坂を上る。頂上に公園があった。中に入っていくと、眼下に今度こそついに多摩ニュータウンが広がった。

 一面に街並みがあった。大きな空、幾つもの綺麗な光。競技場も見える。向こうの山あいに陽が落ちていく。夕焼けの下に佇む街の姿。

 石畳の階段を降り、よく整備された路を歩く。公園で逆上がりをしている女の子や、買い物帰りに談笑している主婦たち、やっと人の気配だ。急速に暗くなっていく空の、コバルトブルーの色があまりに綺麗だった。

 永山駅に着いて、急行も停まることを発見した。かつては京王相模原線に急行はなかったが、殆ど停まらない特急よりも、確かに急行の方が便利だ。

 6時くらいだったので、仕事がちょうど終わったであろう女友だちの携帯に電話してみた。帰り支度を済ませているところだった。仕事場は世田谷の方だったので、明大前で待ち合わせ食事をすることになった。ちょうど来た新宿行きの急行に乗って明大前まで行った。

 改札前で会い、商店街の店でハンバーグを食べた。新しく出来た店で値段も安く、味も良かった。今日歩いた過程を、是非聞いてもらいたかった。空の色が綺麗だった話をした。その話はよく聞いていたものの、ニュータウンの話はあまり興味がないようだった。一人暮らしをしているが、彼女の実家はニュータウンにある。それで分ってもらえると期待していたのだが、住んでいる人間にとっては、何でもないいつもの風景なのだろうか。

 食べ終えて少し一緒に歩いて改札前で別れた。「コバルト・アワーって曲があったわよ」と別れ際に彼女は言った。コバルト・アワー・・。下高井戸まで歩いて世田谷線に乗り、三軒茶屋に帰った。

 部屋に戻ると、あの丘の上の公園から見えたニュータウンの街並みや夕焼けの空が、ほんのりまどろんでいた気がして、急にロキシー・ミュージックが聴きたくなった。本棚の奥のCDを探して、「アヴァロン」を聴いた。たゆたうギター音が、まるで今日一日のような気がした。

 

05. 伝説の緑区は