2. 港北ニュータウン・ブルース

 

         3. 玉川学園にて

              (2002.1.22.

     
 

 本日も快晴だ。ここにきて、路線と路線を結ぶ散策がいいと思い立ち、田園都市線のあざみ野から新百合ヶ丘まで歩くことにする。それで小田急線まで出るのだ。たまプラーザではなく隣のあざみ野にしたのは、その方が新百合ヶ丘に近いと思ったからだ。

 ちょうど3時にあざみ野駅に到着した。駅前をまっすぐ行くのが最短距離だったが、向って左側の坂が気になり、そちらに行くことにする。いつも坂があると、その向こうに何があるんだろうと気になって仕方ないのだ。

 坂を登りきると、そこには日溜りの造成地が広がっていた。綺麗で大きな家が多い。一方で、整備されてはいるものの、広大な区画の空地も多かった。なんとなく、最近お金持ちになった人たちが、急いで作ったようにも感じられた。もちろん、それはかなりのお金には違いないのだが。

 坂を下り通りに出てしばらく行くと、市が尾高校があり、そこを曲って川沿いをずっと進んだ。サイクリングロードらしく、大勢の高校生たちが自転車で走って行く。のどかな風はゆったり歩くにはちょうどよかった。

 しばらくぼんやり歩いて行くと、辺りは畑ばかりになった。右手には山があり、まっすぐ行っても街がありそうな気配はなく、左手の丘側だけ何かありそうに感じられた。

 ちょうどマラソンをしていた部活動らしき女の子が道を左に折れたので、そちらの坂へ行ってみる。部員が増え、途中で鴨志田中学だと分った。坂を上がっていくと、これまで何もなかったのが嘘のように、大きな住宅街が現れた。だいぶ人が住んでいる様子だ、分らないものだ。

 平坦になったところからまた坂を下ると、大きな通りがあってバスも走っている。青葉台行きと表示されているのを見るうち日体大が現れ、広大な敷地が広がっていた。これくらい広いと羨ましいものだ。また登り坂になり上りきると、ここにも敷地の広い住宅街が広がった。青葉区は確か比較的新しくできた区だ。それは開発するには逆に良かったのだろうか。新しい区、新しい家。

 もうだいぶ新百合ヶ丘の近くだと思っていたのだが、掲示板の地図を見て、こどもの国近くだと分る。どうも田園都市線沿いに来てしまったらしい。疲れがどっと出て、長津田に出て帰ろうかとも思ったが、どうせだからと目標を遂行することにする。

 こどもの国駅にはすぐ着いた。気分転換と今後の体力確保のため、マクドナルドにて食事をとる。5時半位になってまた外に出て、暗い中を歩き始めた。

 よく整備された綺麗な街並み、最近建てられたらしい大型のマンション、坂沿いに街が作られているせいか、階段や高架が多い。だがみんな綺麗だ。ちょっと人工的でもある。青葉区というと青葉台のイメージがあるが、随分広いものだ。そのうちなんとなく生活感が出てきて、かなりの団地群があるが、奈良町というらしい。バスも奈良行きというのがけっこう走っている。この感じでは駅からは少し離れているんだろうな、と思った。

 坂を下りると辺りは寂れてきて、だんだん暗くもなり、この方向でいいのかと心細くなってくる。広く静かな住宅地を抜けると、やっとまたバスの走る道路へ出た。それでアップダウンを元気に上っていくと、突如大きな建物が見え始めた。

 不意をつかれたようにそちらに吸い寄せられていくと、やがてその一帯が玉川学園町だと分った。そうか、学校なのか、と思う。道を下って近くに行くと、まさにそれは玉川学園だった。たくさんの建物や明りや、校舎を結ぶ小道が見えた。大きいなあ、と思った。

 自分の行っていた大学は狭かった。狭い敷地に建物が密集していた。初めて見たときは、まるでヒーローものの秘密基地のようだと思った。だから広い敷地に憧れていた。

 このくらい大きければなあ、と感慨に耽る。それに、玉川大学は会社の後輩の女の子が通っていたところでもあった。ここに行っていたのか、とまた感慨に耽る。

 思いもかけなかったところに突如大学が出現し、それが後輩の子の学校だったので、なんだか感慨深かった。会社が資金繰りがおかしくなり、どうにもならなくなって同じ頃辞め、それ以来会うことはおろか、どうなったかも知らなかった。一人暮らしだったけれど、郷里に帰ってしまっただろうか。それともまだ東京にいるのだろうか。笑顔の可愛いひとだった。こうして建物を見ていると、彼女の学生時代のことについて、聞いてみたい気がすごくした。

 駅に到着すると6時半だった。駅にはまばらに高校生たちが電車を待っていた。ふと、自分は彼らにどう見えているだろう、と思った。格好だけは大学生みたいだが、よく見ると年を取っているし、社会人にも見えない。どうとも捉えきれない存在である。

 社会のどこに属している訳でもないが、と言ってその中で生きてもいる。そういった自由と不安がある。何をしたいかもはっきりせず、といって何かしなければといつも漠然と思っている。まるで学生時代と同じだ。日々何となく彷徨ってばかりいた頃のことを思い出した。そこから抜け出そうと就職したのだし、それなりに充実もしていた。でも、会社は不渡りを出したし、ぼくはまた彷徨っている。今のぼくは、何かあの頃と違うんだろうか。

 新百合ヶ丘で急行に乗り換え、下北沢で降りて歩いて帰った。

 あなたは学生時代、どう過ごしましたか。そうみんなに、聞いてみたい気がした。

 

04. コバルト・アワー