伊豆スカイライン、とその前後


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ワインディングがあって、旨いものがあって、ぶらっと走りに行ける距離にある「ツーリングスポット」。
関東エリアでと言うと、まずは伊豆、箱根が定番である。

その定番でさえ、足が遠のいて久しい。
「久しぶりだー。」

走りながら、思い出す。この前行ったのは、いつだったろうか。
随分前だ。確か、景気が悪くなり始めて、つぶれたガソリンスタンドが目につくようになって、とそんな頃。

いつも寄っていた、ワサビ漬け屋もつぶれていた。

やけに寒い日だったのを憶えている。
子供ができて仕事も忙しくて、走る機会がめっきり減った。
行かなくなったのは、伊豆に限らない。
私にも一因がある。とはいえ。

ワサビ漬け、楽しみにしていたんだが。


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何年かぶりの伊豆ではあったが、天気はあまり良くなかった。
小田厚では、左手の海側から、黒い雲が這い上がって来るのが見えている。こういう時、風上側のターンパイクは降っていても、山一つ内陸の箱根新道はもっていることがよくある。そっちに回ってみよう・・。

果たして、箱根新道は曇り。
相変わらず、路面は悪い。ちょっと野放図なターンパイクと違い、追い越し禁止の、対向二車線である。軽くウオーミングアップを兼ねつつ、家族連れのセダンと一緒に、ゆっくり登る・・・つもりだったが、あっさり、道を譲っていただいた。
ミラーに映る、恨めしそうな目つきのバイクが怖かったから?。
(ハンドルが低いせいで上目遣いなだけで、他意はございませんのですが・・。)
すいませんね。それでは、先に行かせていただきます・・。



伊豆スカイラインは、どんより曇り。
濃い霧が、左手から盛んに流れて来る。これは多分、海から流れて来た雨雲が、山を越えた残りかすだ。
天気があまりよくないから、バイクもクルマもほとんど居ない。
狙い通りである。

ワインディングを、マイペースで流す。
Le Mans III を使い込むのは、初めてだ。
様子を見つつ、猛烈に、しなやかに、加減速とロールをこなして行く。
バイクとの対話を楽しむなら、やはり、一人がいい。


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ひたすらワインディングに挑む。その楽しさは否定し難い。
しかし、ちょっと飽きて来たならば、少し、遠くを見るといい。
どんどん視点を延ばしてみよう。
そのうち、「地形」が見えて来る。

伊豆スカイラインは、盆地を見下ろす山の中腹を走っている。ワインディングは、バイクのためにあるのではなくて、山の斜面や尾根の形を、登り下りしながら、それを反映して作られている。山の風景は、よく手入れが行き届いたわざとらしさと、適当に放置されたわずらわしさを織り交ぜながら、通り過ぎる。たまに、山の合間から見える盆地は、家々の連なり、田畑、道といった、人の営みを、小さく、しかし、つぶさに見せる。

海から登る雲は、山を越し、切れ切れになり、霧になって、たゆたっている。その合間から時おり、日が射して来る。

この時とばかりに、妙に暑い。



ここらで、ちょっと遊んでみよう。
例えば、戦国武将の目になってみる。
敵の軍は、あの辺りにおびき出す。味方の布陣はこれこれで、重点はここ。そうすれば、逃げ道を断ちつつ、優位が保てる。なんかね。
そんな遊びが出来るのも、360度パノラマビューのバイクならではだ。
おっと。危なくない程度へのペースダウン、ちゃんと前も見るように・・。
(ってか、パーキングに止まろう・・。)

「地形を見る」という行為は、「自分の動きを大局的に把握し直す」ことでもある。山を下り川沿いに降り、谷に沿って走った後、次の山を超えるために、山間を縫う峠に入る・・。単に地図の線をなぞるだけではなくて、移動の生きた実感につながる。
慣れて来ると役にも立つ。上り下りや東西南北、陽の当たり方や雲の流れを見れば、暑くなる寒くなる、降る降らないといった予想にもつながる。(あんまり当たらんのだけど。)

また、コーナーに集中した走りをしてもいい。
しかし、それは、誰かの都合で造った道を、ただ激しくなぞりつつ、往復しているだけ。そうも思える。バイクが持つパワーと、ライダーが持つ可能性を、その往復にだけ閉じ込めるのは、勿体ないように思えて来る。

ちょっと見方を変えただけなのだが。随分、感じ方が違うものだ。
いや、だからこそ、見方を変えてみるのは、大切だ。

たまには、走っているその道の由来や行く末に、思いを馳せる余裕があってもいいんじゃないか、と思っている。


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前後(ホイールベース)は短くシートは高く、ハンドルが低いスポーツバイク。サーキットでは速そうだが、公道では、あまり乗り易そうに見えない。実際、簡単に前転できるくらいブレーキは利くし、バク転できるくらいパワーもある。そんな時でも、フレームもタイヤも、まるで平気な顔をしている。

要するに、今のバイクの性能は、安定走行の物理的な限界を、完全に超えている。有り余る性能だが、解き放ったら破滅である。だから、それを使うための方法論は「いかに抑えるか」になる。

はい、ここで素朴な質問。
「どう我慢するか」って、スポーツって言えるんですかね?。
「いかに発揮するか」が、スポーツの本質じゃなかったんでしょうか。

公道で乗り易いバイクを考えてみる。
私は、まず、運動性より安定性をベースに組み立てる方がいいだろう、と思っている。
まっとうに走る、その安心感がまずあって、その次に、どう動かすか、の方法論を載せた方が、万人に理解しやすいのではなかろうか。

悪天候、路面の荒れや砂など、公道での外乱は多い。嫌なヤツに会うこともあるし、疲れてしまうこともある。それでも、無事に帰りたい。
それには「低くて長いバイク」がいい。
ただ低くて長いだけだと、抑揚が無くてつまらない。すぐに飽きちゃう。
(でかいだけのスクーターとかさ。)
だから、その「低くて長い」中で、楽しめる「ダイナミックな動バランス」を、作り込めばいい。

そんな「公道バイク」の作り込みを、最新テクノロジを盛り込みつつ、今も実行し続けているのは、多分、BMWだけだ。

(BMWの場合、よく出来ていることと、楽しく乗れることには、全く相関がないので。そのことは、常に認識しておく必要があるのだが。)

国産を見回すと、そんなアプローチは皆無に見える。相変わらず、サーキットを走るアレのまがい物がメインだ。この辺り、80年代レプリカ時代と同じである。つまり、メーカーはユーザーを「アダルトビデオのマネをしたがる下ネタおっさん」として扱い続けているし、その結果として、いたいけな殉職者も量産し続けている。第二第三の大治郎君を作ることなど、何とも思っていないという訳だ。

元気で未熟だった、若い頃の私が、今のこの道路状況であれに乗ったとしたら。多分「我慢できない一瞬」はあるだろうし、その結果は、きっと取り返しがつかないレベルだろう。生存率は極めて低かったろうし、百歩ゆずっても、ライディングのスキルアップはかえって難しいのではないか。翻って、適当な性能の旧車(になってしまった愛車)を今も擁していのは、希有な幸運にも思える。

さて。他に、解は?。
目を過去に向けてみる。

国産では、多分、「たまたま出来ちゃった異端児」 (の、ほんの一例)
わずかに残るのみだろう。
外車まで見回せば、私が今乗っているこれが、 模範解答の一つである。



低くて長くて安定重視、巡航スピードはすこぶる高いくせに、重たいエンジンが前寄りで高い位置にあって、動バランスの変化が読み易く、基本に忠実でよく曲がる。抑揚があるのにおおらかで、乗っていて実に楽しい。

しかし年齢は隠せず。路面の凹凸にいちいち揺らぐ足回りの弱さは、ペースダウンを強いるので安全に寄与する(?)一方、リーンを始めるのは路面からの揺動が収まってからになるので、やはり痛痒は感じてしまう。とはいえ、いたずらに足の剛性だけ改造しても、車体側とのバランスが崩れるだろう予感も感じるので悩ましい。きっと、同じことを考える人は必ず居て、だからこそ、Le Mans III をいじくり倒した挙げ句に放逐する例が、後を絶たないのだろう。

また、最新のタイヤも良し悪しである。バイアスタイヤも進歩している。剛性もグリップも、昔よりは随分いい。しかしその分、路面の状況をダイレクトに車体に伝えることになる。昔の、しなやかだった頃のファントムあたりだったら・・などと無い物ねだりに逃げたくもなる。



何が原因だろうか。

真の原因をつかむのは、難しい。
ちなみに、私の友人は、このバイクの乗り味を「ビンテージ」と評した。

うむ。そうかもしれない。
それでもいい。

私は、久しぶりに伊豆を走れて、しかも道は空いてて、ガマンの足りない最新型に囲まれることも無く、実にいい気分だ。

天気は相変わらず、あまり良くない。
ふと、遠くで、雷の音がした。
お?やばいか、と思う間もなく、その雷は近づいて来て、目の前を通り過ぎた。
いじったドカだった。(笑)
野方図なバイクとは対照的に、真面目で寡黙そうな彼は、路面とバイクと対話しつつ、ひたすら往復を繰り返していた。


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そうこうするうち、道は山の尾根を離れ、下りに入る。
川や家々が目につくようになり、その辺りを右に折れれば、先ほど眺めた、盆地の平野に入って行く。
知らない店でワサビ漬けを買い、街中へと入って行く。
街中は混んでいた。粗い運転のクルマの合間に挟まることになるが、Le Mans III はさほど嫌な顔もせず、淡々とこなしてくれる。

その間に思案する。さて、どう帰ろうか・・・。
このまま高速に乗って一気に帰るか、もう一回りしようか。

次にいつ来れるか、わからない。ええい、行けるだけ回ってしまおう!。
「走りスケベ根性」が炸裂。芦ノ湖に回ることにする。
国道1号に入り、ワインディングを駆け上がる。

ここに来ると、いつも思い出す光景がある。
私がまだ、国産の750に乗っていた頃。
私と友人の大型バイクがワインディング駆け上がる、その結構なペースに寸分遅れず付いて来る、かわいらしい軽自動車。ドライバーは、うら若き女性だった。
それ以来、私は沼津ナンバーには敬意を表するようになったのだが(笑)、先ほどの街中の運転を見ても、最近はもう、そういうことはなさそうだ。

クルマの性能は上がっているのに。ドライバーのポテンシャルは、それに反比例するかのようだ。

バイク乗りも同じか。



標高が上がったせいで涼しい。しかも空いている。
周りを気にせず、自分のペースで走れるのはいいのだが、相変わらずバンピーな路面には閉口する。
既に結構な距離を走っている。ちと疲れたので、パーキングで休む。
湖の向こう側に、今、通って来た辺りが見えている。



どんよりと雲に覆われたそこは、もう降っているように見えなくもない。
何だか今回は、雲に追われるようなツーリングだ。
果たして、逃げ切れるか?。
しかし、まだ折り返し地点の辺りを、うろついているに過ぎない。
復路がまるまる残っている。
先は長い。
低い、遠い、狭い、三拍子揃ったハンドルにイジメられた腰が、愚痴り始めているんだが・・。


ombra 2008年 5月

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