使徒星の住人たち vol.2



 俺は大学で生物を専攻していて、生態学、社会学、行動学、遺伝子学……と、学部内の多くの講義室を毎日繰り返し行き来している。
一応ゴールドカード保持者でもあるけど、俺の場合は本当に「一応」でしかない。

 ELGは、任務における生命の安全を守るために自分で救助信号を送れることが前提条件とされている。
ふたり一組の行動が義務付けされてるのも、任務の内容が内容なだけに非常事態における保障を深く考慮しての対処らしい。

 精神感応力での救助信号は道具を必要としない分、緊急時にはより依存される。
何かと精神感応力ができたほうが危険を回避するにも仕事をするにもしやすいってもの、言わばELGの全員が全員、精神感応者なのだ。

 で、どうして俺が「一応」かと言うと.。
その精神感応力において受信はすごくいいんだけど、送信がまるきし苦手ときてるから。

 ゴールドカードは精神感応力ができなきゃもらえない品物で、ゴールドカードを持って初めてELGの卵と言える。
俺の場合、同期の送信力の平均を五とすると二ってな具合にすごく悪い。
けど、受信となると同期の一に対して俺は六。ま、言ってみれば能力の偏りってとこか。

 何にしても、これじゃあ誰も俺と組んでくれっこない。
俺は相棒のSOSをキャッチできるけど、俺のSOSは受けてもらえないんだから……。

 相棒の救出の失敗はそのELGの責任に課される。
元来、信頼で結びついてるふたりだから、ひとりの負担を多くすることは禁忌なんだ。

 だから、俺のELGへの道も明るいようで実は暗い。
受信だけだったらなぁ。最高に嬉しいんだけど。

 だって俺の受信力はジャックと話ができちゃうほどだよ?

 地球系人類が使うテレパシー・コミュニケーションをα類とすると、ジャックのはβ類。
パターンだか何だかわからないけど、とにかく類型が違うらしい。

 ちなみにマックスたちはα類しかできないけど、俺は受信だけならβ類だってそこそこにイケる口なんだそうだ。
これについては一応、ジャックとファラの双方から太鼓判を押されてる。

 一方、ジャックは弱いながらもα類も使えるから、俺との会話には不自由しない。
けど、サミュエ種はセーリア人のペットだけあって、ファラとの会話はβ類で行っている。

「俺には一応聞こえるけど、他人にはこれっぽっちも聞こえないんだよな……」

 整理すれば、ジャックだってその気になればマックスたちと話せるけど、敢えて話そうとしてないってことになる。

 ファラのほうは完全な両刀使いだから、あいつに関しちゃ余程の精神防御が必要になる。
じゃなきゃ、年がら年中こっちの考えていることが筒抜けになってしまう。

 思い起こせば、俺ってば確かにその精神防御って点だけは鍛えられたよなあ……。



「おいっ。ぼけっとしてないでさ、おまえ、これからどうするよ? すぐ帰るんか?」

 午前中で予定のカラキュラムを済ませた俺とマックスは、ロビーのテーブルに紙コップのカフェ・オ・レをふたつ並べて、午後の予定を決めかねていた。

「朱里ィ。頼むから、こんなとこで眠るなよ」
「一応ちゃんと起きてるけど……。昨日、滅茶苦茶動いたもんだから身体中だるくってさ。
実はすぐにも眠りたい。もう気分はぐったり、軟骨動物!」

「マジメなおまえが講義をサボってまで……だもんな。
言っとくけど、あれ、階段教室の一般教養だったからバレなかったんだぞ?
専門だったらアウトだったんだかんな」
「悪かったって。今度、ランチでもおごるよ」

「別にいいけど。それよりどうだったんだよ。エステル先輩、帰ってらしたんだろ?
お変わりなかったか?」

 目が輝いてる。ほんとキラキラしてる。

 こんな時、真実、世間の噂って怖いと思う。
マックスって、やっぱり猫をかぶったファラしか知らないんだなーって。

「お変わりになるどころか、このクソ忙しい朝っぱらから、しっかり朝食まで作らされました」
「そりゃ、朝は食べなきゃ、うん。何たって健康第一!」

「……あっそ」

──こいつ、友達の俺よりファラを選ぶタイプだよな。

 じっと見詰めていたら、逆に俺のほうが見られていた。
マックスは心底不思議そうな顔を作る。

「なあ、エステル先輩やストマー先輩とか……。
まわりから一目も二目もおかれてる人達に囲まれて生活するってどんなんだ?」
「囲まれて……ってねェ。そんないいもんじゃないよ。
エスターさんとは暮らしたことないから何とも言えないけど、ファラに関しちゃ俺ってほとんど使用人化してるね。
このままでも俺、お婿に行っても十二分にやっていけるだろうよ」

「そりゃエステル先輩の親心さ。
おまえの面倒見るだけじゃなく、ちゃんとした躾まで世話するなんてなあ。
今時、実の親だってそこまでしちゃくれないぜ。
んー、婿ねえ。そうだよなあ。今や男子たる者、家事のひとつやふたつできなくちゃダメだもんな」

 おいおい……。ちょっと違うと思う。

「ところでさ、先輩たち、ペアを解消しちゃうんだろ? もったいないよな。
エステル・ストマー組って言ったらELG派遣本部からの特別要請でペアを組んだのでも有名だけど、絶妙なコンビネーションでも知られてるじゃん。
大学に在籍してた時からの親友同士だって聞いてるし、ぜーんぜん解消する理由なんてないようだけどな」

 そうかな。俺は容易に想像つくけどな。

 ファラがエスターさんに無理難題を吹っ掛けたとか。
シンデレラのようにファラが扱き使うもんだから、エスターさん、呆れて嫌気をさしたとか。

 俺にしてみりゃエスターさんって、ファラの友達をやってるだけでも世間に貢献してると思うよ……。

 特別要請によってスカウト・システムを経たないで、はじめっから同い年でペアを組むことになったって聞いた時、現存のELGでもファラを相手するほど度量ある人ってなかなかいないもんなんだなって、エスターさんが余計に気の毒だった。

 だってファラに何かあったら、相棒ひとりの問題どころじゃなく環境庁あげての全体責任になるって言っても、いの一番に矢が当てられるのはやっぱりエスターさんなんだ。

 そう考えると、つくづく感心するしかなくなる。
エスターさんって精神力が並じゃないんだ……。

 でもさあ、俺、思うんだけど、相手が同じセリーア人でもファラじゃなかったらエスターさんのこと、これほどすごいとは思わなかったんじゃないかな。

 そ。つまりは、ファラの相手だからエスターさんってすごいんだ。



「ハイ、マックス。こんにちは、朱里」
「やあ」

 俺たちに声を掛けてきたこの声の主は、マックスの愛しの彼女。
ユーリは特別美人じゃないけど抜群に気立てのいい娘だ。

「やっほー、おふたりさん。今日の講義はもう終り?」
「まあね。そっちは?」

「これからシュトラウス教授の生物進化論。そのあと、通信工学ってところね」

 ユーリといつも一緒にいるのは行動派のディーナ。
はっきり言って、彼女の私生活はハデで知られてる。

 ユーリとディーナが仲が良いのは見ててとても面白い。
どちらかと言えば大人しいユーリと、活発の一言でいい尽くせるディーナ。
これだけ違うキャラクターが奏でる和音はそうざらにあるもんじゃない。

「ねえ、マックス。今度私に宇宙航法学、教えてくれない?」
「いいよ。じゃ、今日のデートは宇宙への旅とシャレこもう」

「わっ、ありがと。助かるわ」
「いいわねー、ユーリは。成績抜群の彼氏がいて」

「選り好みなんかしてないで、あなたも早くいい人探したらいいのよ。
このふたりはダメだけど、大学は男性のほうが多いんだし」
「ああ、それだったらこいつも頭数に入れてやってよ。朱里さ、今、フリーなんだ」

 ンなこと、こんなとこで言わなくてもいいじゃないか。
それにしても何なんだ。そっちのふたりの納得顔はっ!

「やっぱりねえ。ダメだとは思ってたのよ」

 ユーリみたいないい娘に、そんな言い方してほしくないなあ。

「少し自覚が足りないのよっ。いーい?
あんたの同居人はあのアスファラール・ティア・エステルで、どれだけの人間が彼に憧れてるか知らないわけじゃないでしょう?
生真面目なパティヌでさえ、あんたんとこの麗しの保護者に目がいっちゃうのよ。
ねえ、朱里。彼を目の前にして、あんたを選ぶようだったら本物だけど、あたしから言わせてもらえれば、まず普通の娘はあんたを通り越して、かの君に荵きつけられるに決まってるわよ」

 キツイな、ディーナは。それじゃあ俺って惨めじゃん。

「ちょっと、ちゃんと聞いてんの、朱里?」
「しっかり聞いてるよ」

 俺だって彼女、ほしいよ。
誰かが俺のこと大切に想ってくれてるなんて、考えただけでもすごく嬉しいじゃないか。

 でも、そう世の中、うまく運ばない。

 俺だって、パティヌのこと本気で好きだったのかって訊かれたら、「好きだけどかわいいっていう好き」って答えると思う。

 けど、俺は信じたかったんだ。彼女こそ、朱里自身を見てくれてるんだって……。
レトマンって姓の俺じゃなく、朱里を想ってくれてるんだって──。

 朱里・レトマンはセリーア人と一緒に暮らしてることで名が通っている。
レトマンの姓は一部の人たちを除いて、一般大衆の興味の対象だ。

 セリーア人と接触するのでさえ困難な御時世だもんな。
「レトマン」がどれだけ稀有な立場にあるかなんて基礎の基礎、否応なしの見世物状態なんだ。

 だからこそ、俺は彼女がほしいけど、興味の対象でしか見てくれない女の子はお断りしたい。
パティヌは俺よりも俺の同居人に憧れた。だから俺は「もう、会わない」って──。

 でも、結局フラレたのは俺のほう。俺の純情はボロボロだ。
俺の気持ちは「これから」だったのに、彼女はまったく違ってたんだから。

 それでも俺だって男だしさ。本気になる以前の恋が終わったからって、こんなに落ち込んだりなんかしない。
俺が落ち込んでるのは、彼女で六人目だったからだ!

 ひとり、ふたり……までは、仕方ないよな、で済まされた。
でも、それも数が片手のうちまでだ。
いい加減ガキじゃないんだから、個人的な付き合いをするって時に相手より家族が気になるってのは、俺に対しても失礼ってもんじゃありません?

『あれはダメだぞ。あの瞳は俺が立候補したら票をこっちに入れるって言ってる』

 家に連れてきた女の子たちが帰ったあと、ファラは決まってそう言った。
俺の顔を見ようともしないで、だ。

 でもそんな時、決まってあいつは怒るでも笑うでもない、少し寂しそうな哀しい表情をしてる。
ファラらしくない憂いな……。
あんなファラの姿を見ちゃうといつもと勝手が違ってしまって、こっちとしても何も言えなくなってしまう。

 ファラはやっぱりいつものファラのほうがいい。
例え「悪魔の囁き」の舌を持ち、童話の継母のように人使いの荒い、そんなファラであっても!

 パティヌのことはファラの立体映像レターが原因だった。
実物に劣る立体映像でさえ……だったから──。

 セリーア人の強烈すぎる印象の大きさとそれが起こす不利点の範囲の広さを、今更ながら改めて思い知らされた。

 ディーナの言う通り、俺は少し自覚が足らないのかもしれない。
もしかしたら、ほんとは俺なんかよりマックスたちのほうが、ファラの価値を知っているのかも。

 灯台もと暗し──。

 身近すぎるっていうのも問題なのかもな。

 バターが塗られた焼きたてのトーストに慣れてしまうように、
知らず知らずのうちに素焼きのまま食べるパンの味を忘れてしまっているのかもしれない。

──ファラとジャック……。家族か……。



「暗い顔なんかしてないで、元気出しなさいってばっ。大丈夫、きっとすぐにいいことが訪れるわよ」

 ぽんっとディーナに背中を叩かれ──その勢いでテーブルのカフェ・オ・レがもう少しで零れるところだった。

──結構、彼女もいい奴なんだ。これで男荒しじゃなければね。

 慌てて掴んだコップを片手にマックスとふたり、大きく安堵の息を吐いた。
零れなかったカフェ・オ・レをちょっとばかり上にあげて、笑顔で「危機一髪回避」への乾杯の仕種をする。

 一年振りに帰ってきたファラ──。

 いい機会かもしれない。
九年目にして身内を研究材料にするのもなかなかオツなもんじゃないかな。

 観察目標物の秀麗な面差しを思い浮かべて、俺はくすっとひとつ含み笑いをした。

 やるなら徹底的にやってやろう……!

「大丈夫かよ、朱里」
「ユーリたちのアツアツ振りに毒されて、ネジがひとつ飛んだんじゃない?」
「まさか。よしてよ、ディーナ」

 口の悪い友達など捨てといて、その時俺は大学の帰りがけにでもお気に入りの技術開発生物研究所へ寄り道しようと考えていた。
そこはコスモ・アカデミーの隣地に位置する、俺が知っている中で一番セリーア人の資料を保持した場所だった。

 人工といえど自然の息吹が感じられる多くの温室施設。
中でも特別巨大な中央植物飼育室が織り成す緑葉の斯界(しかい)の実在が素晴らしい。

 心は、もう翔んでいた……。

 あの緑の風が吹く楽園へ。



illustration * えみこ



えみこのおまけ




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