使徒星の住人たち vol.1



「ったく、裏切りモン……」

 カチャカチャと、帰ったばかりの悪友が飲み干したコーヒーカップを片付けながら、俺は口を尖らした。

 確かにあいつは能力もあるし、性格もほどほどにいい奴だよ。
でもね、でもね。

<フラレたばっかの朱里ンとこに、わざわざノロケに来ることもないわなァ>
「う……、うるさいっ」

 肩にとまる白い鳥を払うように大袈裟に身体を揺する。

 すると、バッサバッサとバランスをとろうと翼を羽ばたかせ、
<おっとと、おおっと……>
音声で表現するなら、コォッ、ココォッ。

 嘴を開閉しながら、ジャックが思念を送ってきた。

<オレにあたるこたァねーだろォ>

 ふん。どーせ、俺はフラレましたよ。
俺が思ってたより彼女のほうは、俺自身を見てくれてたわけではなかったですよ。

<おまえは女を見る目がないんだから、これはこれで良かったんだよ。
あんな女、おまえにゃ似合わんて>
「言ってくれるではないの、ジャックくん。今夜の御馳走、キミはどうやらいらないとみえる」

<御馳走……? それってもしかして、キャットフードか?>
「もち。ついでにメーカーはKIMだったりして」

 味に定評なこのブランドメーカー名に、ジャックの縦長の瞳がキラリンと輝いた。

<やぁっぱ、おまえの良さがわからねー奴は女じゃねえよ。今頃後悔してるに決まってるって>

 ったく。このお調子モンの風見鳥っ。見返りの早さも一品なんだから!
これで銀河でも珍しいと評判のサミュエ種とは、ほんと信じられないよ。



 サミュエ種は鷹の羽根ひとつひとつを細長くしたような真っ白な鳥で、ちょっと尾が長めなのと、まるで冠みたいに頭に生えてる毛が薄桃色……たしか朱鷺色とも言うんだよね。
ジャックの口の悪さに似合わずかわいい色でさ。それが特徴といえば特徴かな。

 ただし、それは外見上の話。
何たってサミュエ種の珍重点と言えば精神感応力を持ち合わせていること、これに尽きる。

 俺たちの感応とは少し異なるってジャックは言うけど、実際、まだそれらの点はほとんど未解明。
とにかく、そんじょそこらじゃお目にかかれない鳥だと言っていい。

 環境庁の星間希少生物鳥類部門のトップに名を連ねてるほどの御墨付きだもんな。



<朱里よォ、セロリの新鮮なのも食いてえなァ>

 ジャックは精神感応力を使って、いろいろ話しかけてくる。
それはもう口煩いと言っていいほどだ。

 例えばお気に入りの食事、KIM食品会社のキャットフードA−6タイプ。
普通の愛玩動物がこんなに細かく、いちいち銘柄まで指定するかねえ。

 加えて繊維質補給までしっかり考えちゃってセロリまで用意させてさ。ほんと我が儘な奴っ。

 ここまで世話してる(させられている、が正しい)と、俺がジャックを飼っているって他人が誤解するのも頷けそうなものだけど、一介の学生の俺が「サミュエ種」なんて貴重な鳥を私有できるわけがない。
いくら宇宙総合大学コスモ・アカデミーに籍を置く、あの「環境庁自然保護局」のELGの卵だとしても、だ。

 ELGは「環境庁自然保護局環境近衛隊」の略称で、銀河宇宙政府の非加盟惑星国家の星にも自由に入出国できる権利を持つ各自治体警察同様の権限使用許可パスポートを指すんだけど、通常、そのパスポートの所持者の俗称に用いられている。

 つまり、非加盟惑星国家の星においてはその国家の協力要請が為されない限り、惑星圏内での捜査や逮捕が行使できない銀河宇宙軍に代わってELGが活躍するのが一般だし、加盟惑星国家でも民間業者の信用に関わるような表沙汰にできない事件や、個人的な申請によって軍での取り扱いを却下されたものなども受け付けるから、仕事の出所はさまざま、環境庁に属してるとは言え、公私関係なく、生活保護、環境保護、自然保護……、結局「生きとし生けるもののための環境」ってのが目的だから、その仕事内容も自然から人為までと、これまた幅が広いんだ。

 ま、エリートであることには間違いない。
自分で希望するだけじゃなれないってのがネックだけどね。



<あれっ、あいつ戻ってきたよーだぜ>

 さっき出て行ったばかりの悪友マックスの再訪をジャックが報告した。

「忘れ物なんかなかったはずだけど、何事だろう?」
<ノロケがし足らなかったんじゃねえの?>

 首を傾げて俺を仰ぐ、そのジャックの琥珀色の瞳が、さも楽しそうに笑っているように見えるのは気のせいだろうか。

 そんなことを考えているうちに、マックスの奴は勝手知ったる他人の家にずかずかと入り込んで、ちょっと息を弾ませながら口を開いた。

「つ、つい話に夢中になっちゃって。肝心なこと、言い忘れちゃった……。わりぃ、水一杯くれる?」
「ほれっ。……んで、わざわざ戻ってきた理由は何なわけ?
午後の講義、どうせ一緒なんだから、そん時でも良かったのにさ」

 マックスは俺の言葉なんかお構いなしにゴクンゴクンと喉を鳴らし、水を飲み干して一息付いた。

 いったい何なんだよぉ。目をうるうる潤わせたりして、気色悪いな。

「今朝のお役所の公式通信ニュースを聞いたか?
五組が解散するらしい。そんで人材募集を出したんだってさ。
すでに午後一番には大学の事務局からも発表されるって噂だ。いいか? 五組だぞ、五組!」

 ELGは通常ふたり一組で仕事をこなす。
その成し遂げられる「仕事」という名の軌跡の一瞬一瞬が、信頼と協調の共済で象られてる。

 とはいえ、ふたりの合意のうえで生み出され、息合った輝かしい実績を持つペアであっても、何らかの都合で協力者を解消するのは珍しいことじゃない。
何と言っても人間同志なのだから。

 そして、その単独となったELGが新しいパートナーを求めて訪れる指定機関と言えば、一応、銀河で最も誉れ高き学府とされてる俺たちの大学「コスモ・アカデミー」と決まっていた。

「コスモ・アカデミー」は惑星ショルナにある。
それに、この星は環境庁の御膝元だからELGの個人住宅も当然数多い。
スカウトするにも帰宅ついでにちょっと大学に寄り道して、親睦会という名の飲み会をちょっと開いたりすれば、情報収集には十分おつりがくるってもの。
うちの大学は何事においても最高最良の環境が細事にわたって施与されてる……らしい。

 それにしても「五組」ねえ。
大学各部内の金色枠の学生証を持つ学生を対象に五組十人のELGがひとりずつパートナーを選ぶから、つまり、俺たち学生の中の十人が運良く新たなELGになれるわけだ。

 マックスが念を押すのもわかるよ。
う〜ん、一挙十人なんて快挙だよ。年に三十人採用で多いほうだもんな。

 俺の頬まで熱くなってきて、もう、やったねって気分だったんだけど、
<あまり早喜びするなよ、朱里。マックスの奴、ほかに何か言いたそうにしてるじゃないか。
糠喜びになるともしれねーぞ>
こんなふうに冷めた奴がいるもんだから……。

 でもさ、俺はともかく、ゴールドカードを持っているマックスでも、ジャックの言葉は聞こえないんだよな。

 待てよ。ってことは、マックスがもしも心のガードをほんのちょっとでも緩ませていたら……?
俺やほかのクラスメートに対しては気を張っていても、ジャックとは音信不通のつもりで精神防衛をしてないとしたら?

 おい、マックス。おまえにとっては音信不通でも、ジャックにはこっちのテレパシーが筒抜けなんだからな。
カーテンぴらぴら、窓開けっ放し……なぁんてことするなよ。

 仮にもマックスはこう見えて我がコスモ・アカデミーでも秀才と謳われるほどの頭脳の持ち主でもあるし、そんなヘマするような奴じゃないって俺は知ってたから、この時、いやにジャックが嬉しそうな声で鳴いたのはただ単に俺への嫌がらせだと思ってた。

 けどね。

「そんでな、おまえ、大学に来るメンバーって中にな、エステル・ストマー組ってのがあって──」

 俺の信用をこの阿呆は簡単に裏切ってくれちゃってたんだ。

「へえ、エステル・ストマー組ねえ」
「そうっ、あのエステル・ストマー組さっ!」

 ふうん、エステル・ストマー……。エステル……、エス……テ…………?。

 げっ、エステルっ!?

「あいつ……、ファラが帰って来るってぇの!? 嘘だろ〜っ!」

 ファラ……、本名、アスファラール・ティア・エステル。
A級のELGで、マックスとか他人にとっての憧れの対象──。

<ファラが帰るっ。やっほー、やっほー、ファラが帰るっ!>

 ハートマークをあたり一面に飛ばしてリズムよろしく喉を鳴らしてるジャックにとっては恋しい飼い主。

 そして、ぼーぜんと目を点にして立っている俺にとっては……。

「こっ、こーしちゃいらんないっ。マックスっ、おまえ、邪魔だよっっ!
掃除に買い物に……、あーっ、あと一時間で昼っ。じ、時間がっ!
悪いけど、おまえ、今日の講義代辺、頼むなっ。えーと、まずは掃除だ、掃除……」

「ちょっと、おい、朱里。朱里ってば。何をそんなに慌ててるんだよ。
久し振りのエステル先輩の帰宅をまるで台風のように」

 馬鹿野郎。「台風のように」じゃなく、存在そのものがまるで「台風」なんだよっ。

「でもさ、一年振りだろ? エステル先輩が帰ってくるの。
おまえ、一人暮らしは人恋しくなってしょうがないって言ってたじゃないか。よかったじゃん」

 そういいことばかりあってたまるか。
確かに一人暮らしは人恋しくなるよ。以前にそんなことを言った気もする。

 でもさ、ガールフレンドとかできると、そんなのしゃぼん玉のように消えてしまうもんさ。
ファラがいた日にはガールフレンドどころか、俺の個人的時間なんて皆無に等しいんだぞ。
何たって、あいつはジャック以上の我がままな奴なんだから。

 おまえなあ、一度でいいから環境庁自然保護局ELG派遣部の本部長でさえ気を揉んでる奴を同居人に持ってみろよ。
ったく、マックス、おまえは甘いっ、甘すぎるっ!

 ここで身内と他人サマの違いが出るもんなんだっ。



──そうなんだ。ファラは四歳年上の俺の同居人。
ついでにいうと俺の保護者……っていうか、もう俺も十七歳で未成年じゃないから後見人ってところか。

 ファラ自身が俺をいいように働かせるイイ性格してるってのもあるんだけど、俺が目指してるELGなもんだから、まったくもって始末の悪い存在。

 なおかつ、ファラ自身は、もしもその身に何かあったら銀河連邦政府が動き出すってほどの御身大切なセリーア人なんだから……。

 本来ELGとして勤労の義務に就かなくても生活保証はバッチリ政府がしてくれるし、その生活補助金なんて軽く五人の召使いが雇えるほどだ。
それも政府は倒産なんてしっこないんだから、一生涯安心して遊んで暮らせる御身分なんだ。

 ほんと、何も好んでELGになることなかったんだよ。

 ELGは給料もそれなりにいいし待遇も最高の部類だけど、セリーア人と比べたら月とスッポン、比べるなんて御門違いってもんだ。

 乳白色の髪、瞳、肌。セリーア人は一目で目につく。
でも、この銀河でセリーア人を一目でも拝んだ者が、いったいどのくらいいるだろう。
ほんの微々たるもんじゃないかな。

 まして、そのセリーア人と暮らしてる人間なんて何人いることか……。

 俺は運がいいのだろうか。

──五人分の召使いの労役を課せられても?

 ほんとに俺は運がいいのだろうか。

──そのセリーア人のぺットにまでイイように使われても?



 遠縁さえいなくて孤児院のお世話になる寸前だった頃──。
ひとりと一羽の珍重な奴らと暮らし始めたあの頃から数えて、もう九年目を迎えるんだって思い出したのは、かのセリーア人と一年振りの再会を果たした時だった。

 ファラは他人を扱き使うのが上手いうえに、人を喜ばせるコツというやつも心得てる。
俺の好物が、ケーキ専門店「チナム」のホワイトスノーやティラミスだってことも知ってるし、それにちょっとだけど、この頃土いじりをするようになったってこともどっかしらからか耳に入れてるんだ。

 だから、その日の夕方、荷物を肩に掛けたファラが、左右の手に「チナム」の箱と植木鉢を持って玄関先に現れた時、俺は「おかえり」って笑顔で迎えてしまってた。

 箱の中身は見なくてもわかってる。

 植木鉢のほうは、大きな白い蕾をひとつだけつけた、鋸のようなギザギザ形の葉の見たこともない植物で、その名は「歌姫」だとファラが教えてくれた。

「セリーア人のために咲く花なんだ。これを咲かす地球人種がいたら、そいつは相当なお人好しだな」

 そう言いながら俺に「歌姫」を渡すなんて、まったく蔓のように捻くれた性格してるよ。

 ファラの言う「相当なお人好し」にはカチンとくるものがあったけど、
それでも俺は「絶対、咲いたところを見てやるぞ」と心に誓いながら、そっと「歌姫」を抱き締めた。

「歌姫」は俺の腕の中で、緩やかにその蕾を揺らしている。
それはまるで貴婦人の微笑みのように、気高く、優しく、騎士の心を燻らせる。

 俺は一目で「歌姫」に荵きつけられ、そんな俺を眺めるファラは、
<自分ばっかり点数稼いじゃって>
そんなふうに意味のよくわからない小言をジャックに言われながらも、「気に入ったか?」と尋ねてきた。

 俺の答えは訊かずともわかってるくせに、だ。

 だから俺も、「もちろんっ!」と声にしながら、アッカンベーをしてやった。





「歌姫」は必ず咲く。俺にはない予知がこの時働いたのは、ただの希望だったからかもしれない。

 けれど、「歌姫」は咲くことになった。

 そして、多くの想いを……。

 この花はありありと、この瞳と心に刻みつけた──。



illustration * えみこ



えみこのおまけ




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