眠れる卵 vol.8



 カリ・エラが案内してくれた場所は、前村長宅であるステラとムスタムの屋敷の裏手に広がる森の中だった。

 歩いて一刻足らずで、目前に沼地が現れる。

「このあたりには霧も入り込まないの。ここは昔から聖地だったからって、村人たちは言っているけど。
でも、この先にはほかの場所と同じように霧が出ていて、その濃さは村一番なの。
延ばした手さえ一面の霧の白さでよく見えないと言われているわ」

 シンが再び風精の召喚呪文を紡いでみた。が、ここでも風は吹かなかった。

 苔色の水を溜めた沼地はくっきりとその全貌を見せている。
ちょっと見た限りでは、虫も魚もいないようだ。
水面には波もなく、静かに時間を刻んでいる。

「結界内でありながら霧のない場所、か」

 シンはその沼の周辺を散策し始めた。
ぼくたちも何を見つけたらいいのかわからないまま、個々に別れて近辺の様子を伺う。

「これ、糸……かしら?」

 カリ・エラが、何かを見つけて戻ってきた。

 つまんだ指先に、真っ直ぐ地面に垂れ下がった長い白糸がある。
白糸の先に蜘蛛がいたら蜘蛛の糸と思っただろう。
それほどに長く、輝きさえある細い糸だった。

「こんな沼に糸? 近くに住んでいる人でもいるのかな?」
「いいえ、ここから一番近いのは私の家よ。ここは村の北外れだもの」

「髪じゃなさそうだな。そんな長ったらしい髪のヤツなんか、こんなところにいるわけないか」
「そんな人の子がいたら、歩く度にずるずる髪を地面を引き摺ることになるよ」

 カリ・エラが白糸を手繰り寄せ、シンに渡そうと差し出した。

「見た目より張りがありますよ」

 シンが受け取った糸を指に絡めた──はずが、カリ・エラの手にも、シンの指にも、あるはずの糸がなくなっていた。

「あ、の……。私、確かにお渡ししましたよね……?」

 カリ・エラが不安気に訊く。

「ぼくも見たよ。シンが触ったら消えたんだ」

 そう、シンが触ったら透けるように消えてしまった。

「一角獣、だ……」

 シンが呟いたその名に、森の樹々が震えた気がした。

 まさか、の疑念に誰もが言葉を失う。

──カンギール・オッドアイの呪いに、一角獣までが関与しているなんて。

 あの気高い白い生き物を思うだけで鳥肌が立つ。
武者震いか、恐怖か。どう対応したらいいのか、まったくもって気が重くなる。

「誰か、応援が欲しいな。カリ・エラ、近くの村に魔導師はいないのか? 中級魔導師でいい。
水の精霊魔法か、過去見ができる奴だ」

 一角獣の存在が関与していると判断した途端、シンの中に焦りが出たのか。

「実力のほうは定かではありませんが、トリューナン村にひとりいます。
最近、学びの塔から出てきたと噂の若い魔道師が……」
「塔から? 脱落者じゃなきゃいいが」

「その人には頼まなかったの? カルバ村の霧を払ってくれるように」
「無理よ。そんなお金、この村にはないわ。
それに私の奉公の賃金代わりに、との話もあったようだけれど、トリューナンの村長が断ってきたの」

「なぜ魔導師が請け負うべき仕事に村長が割って入ってくるんだ?」
「多分、その魔導師は逆らえないのよ。
学びの塔での学費をトリューナンの村長に出資してもらったって噂があるもの……」

 そんなこと、あっていいのか?!

 霧が晴れて、カルバ村が以前のように豊穣の地になったとしても、トリューナン村が豊かなのには変わらないのだから、困っているこの村の現状をもう少し理解してくれてもよさそうなものじゃないか。

 ぼくは単に妬みの問題なのだとばかり考えていた。

 ところが、シンが、
「村長の息子が止めた可能性もあるな。
もしもその魔導師が本当に優秀で、カルバ村を救ってしまったらカリ・エラが手に入らなくなるから、とかね」
そう鋭く突くと、カリ・エラが震えながらに小さく頷く。

 彼女の瞳が揺らめき、涙がいっぱいに溢れて、つう、と頬に筋を残した。

「ムスタムには知らせないで。彼は私を救うことに必死になってて正しい判断ができないでいるの。
ムスタムは知らないだろうけど、カルバ村はトリューナンの村長に多額の負債をしているわ。
それはムスタムのお父さんが村長だった時からのもので……。
本当は私ひとりがトリューナンに行ったところでどうにかなる金額じゃないの」

「それでも、カリ・エラひとりが苦しむことないじゃないか。
それはみんなが背負うべきだよ。ねえ、シンもそう思うだろ?」

「断固としてトリューナンに行きたくないのなら、ムスタムとふたりで逃げ出せばいい。
幸い、この結界は人の出入りは自由だ」
「そんな無責任な。カリ・エラには足の不自由なおばあちゃんがいるんだよ?
家族を残して行けるわけないじゃないかっ」

「おまえ、どっちの味方しているんだよ。カリ・エラに幸せになってほしいんだろ?」
「そう、だけど。でも、シンのそれは突拍子すぎるよ」

「本気で嫌なら逃げるべきだと思うね」
「できないからここにいるんだよ、シン!」

「カリ・エラはともかくあのムスタムのほうは、きっと今頃、連れて逃げてしまおうかって悩んでるさ」

 わかったようにそう呟いて、シンは来た道を振り返った。

「あいつのほうは本気なのさ」

 そんな意味心な言葉を残しつつ、遠くに小さく見える、かつては村長宅だった村一番の大きな屋敷をその深い青の瞳に映した。

──その言いよう。まるでカリ・エラはムスタムを本気で好きじゃないみたいじゃないか。
彼女だってムスタムのこと、ちゃんと愛しんでいるのに。

「シン、何をそんなにイラついているの?」

 ぼくはシンの冷たい言いように堪らなくなって、彼のの外套の袖を引っ張った。

「別に。ルティエこそ、えらくカリ・エラの肩を持つよな」

 口端に笑みを浮かべながらも、シンの目は笑ってなどいなかった。

 逆だったら……。怒っているくせに目が笑っているのなら、こんなに不安にならないのに。
シンのささやかな苛つきさえが、ぼくをこんなに動揺させる。

「立ち止まってなんかいられないんだ」

 声に力を入れて、シンが言う。

──誰が……? ぼくが? シンが? それとも、カリ・エラが……?

 それからシンは、申し訳程度の微笑みさえない美しくも冷たい容貌をカリ・エラに向けて、今後の行動を語った。

「家に帰れば水瓶くらいあるだろう? それを使って、トリューナンの魔導師を呼び出す。
それなりに使えそうだったらこっちの仕事を手伝わせるさ」

「向こうの村長がいい顔しないわ……」

 だが、伏せ目がちに唱える乳白色の髪のカリ・エラの言葉を、シンは一笑した。

「カルバ村の負債を盾にするっていうのなら、それ相応の対処をするさ。
オレが肩代わりすればいいんだろう?」
「できるの、シン? そんなこと」

「この地からおまえを早く離せるんなら安いくらいだ。
こんなヤバイとこ、一日だってルティエを置いとけない。
好奇心で突っ込むには根深そうだ。おまえだってこれ以上の負担を負いたくないだろう?」

「結構な大金なのよ? 村ひとつが何年も生長えるほどだもの。そんな簡単に捻出できる額じゃないわ」
「ぼくもそう思うよ。シンが自由に使えるお金、そんなにあるの?」

 王子の公的身分を持つシンだからこそ、第三王子としての個人の財産となれば辛いところがあるだろうに。
生活に必要なものは容易に公的出費も許されよう。
けれど、国王や元老院を通さずに特定の村民救済に国費を当てるなんて、シンの独断でそれほどの大金を動かせるのだろうか。
それに、王太子ほどの発言力がシンにあるとは考えにくい……。

 ところが、普通の人の子ならば当然に抱くであろう疑問を、当のシンがますます掻き乱す。

「伊達に学びの塔に七年もいたわけじゃないからな」
「え? それってどういうこと?」

 そんなこんなの話をしているうちにカリ・エラの家に着き、ぼくたちは早速、シンが魔道に使用するための水瓶を用意した。
やっと腕を回せるほどの大きな水瓶に、みんなで協力してなみなみと水を溜める。

「何とかいけるか」

 シンの合図でぼくたちは手を止め、瓶のまわりに集まった。

 常時のごとく、一摘みの塩を入れる動作は流れるように滑らかだ。

「略式だが、清めだ」
「それで『聖水』の代わりになるの?」

「ルティエぇ……、おまえ、ガキの時に仮にも一緒に基礎魔導学を受けた仲だろうが。
そんなんじゃ神官長が泣くぞ。
聖水が要るほどの高度な呪文、そうやすやすと紡げる魔導師がいるかよっ。
まかり間違えれば生命と引き換えるほどの『気』の消耗だぞ?
それに、聖水なんて簡単に手に入るわけんだいだろ。
水精王の恩恵を受けた真水なんて御大層なモン抱えているのは、学びの塔か、一部の神殿くらいだからな」

「だって……。略式の清め、なんて言うから」
「わかったわかった。おまえは感性で発動させるタイプだもんな。道具に疎いのは仕方ないか」

 お言葉を返すようですが、ぼくは一般人であって魔導師じゃないんですけどね。
基礎魔導学程度の内容で、聖水と清水の違いなんて教わりますかぁ?
精霊魔法と神聖魔法の両方を伝習でもしない限り、知ることはないんじゃないんでしょうかね。

「そんな目で見るなよ。仕方がないな。簡単に説明してやるから。
『清水』ってのは神官が三日三晩祈り清めた真水で、オレたち魔導師が一般的に使う水のこと。
『聖水』のほうはさっきも言ったとおり、大仕掛けの魔導に用いる御大層な水だよ。
どっちも水精関連の精霊魔法の発動を助けてくれる。けど、その効果は天地の差だ。
複数の高度な魔導、特に水の精霊魔法を絡めたやつの発動成功率を高めるには聖水が必然になる。
ま、そんな機会、滅多にないけどな。……ということで、『清水』の代わりになるよう清めました。了解?」

 水瓶の中のさざ波の水面が、若き魔導師の白皙の美貌を映していた。
その水面に、白い手のひらが近づく。

 シンが聞き取れないほどの早口で一気に一節の呪文を唱え始めた。
すると、水は液体の揺らめきと鏡影を徐々に失い、硬い面へと変化した。

 水であって水ではないもの。固い何かなのに氷とは異質なもの。水鏡というより鏡そのものへ──。

 加えて、それは美貌の魔導師ではなく、紺色の闇を映し出した。

「水よ、御身に光を宿し、時の糸を結べ。紡ぐはトリューナンの我が同胞」

 紡ぎだす呪文は「鏡」のさざ波を再び生み出し、うす暗いカリ・エラの家とは違う別の場所を浮かびあらわす。

 積み上げられた魔導書と揺らめく複数のランプの灯が見えた。
瓶の水は、トリューナンの魔導師の部屋と通じていた。

「トリューナンの風よ」

 シンの声にランプの灯が揺らいだ。耳に心地好く響くシンの声は、何処か「絶対」を含んでいた。

「部屋の主を連れて来い」

 鋭い疾風に、ジュッと小さな音を立てて、ランプの灯が消えた。途端に水鏡は闇に染まる──。

 しばらくして、再び水鏡が色彩を取り戻した時、瓶の中にはシン以外の黒髪の若い男の顔があった。
トリューナンの魔導師だ。

 彼はとても驚いた面持ちで開口一番に次の言葉を口にした。瞬時、ぼくは耳を疑う。

 だって──。

「まさか、教授……?」

 この呼称、だもの。

「テラート……? 塔から出ていたのか」
「本当に教授なのですね。今、どこです? 王都ですか?」

「いや、カルバ村だよ。おまえんとこの隣り村の」
「何ですってっ?
『隣りの芝生より己の足下』が口癖の教授が、よくこんなとこまで足を伸ばしましたねえ……」

「ただの成り行きさ」

 驚愕する魔導師テラートの疑問に対するシンは応えはそれだけだった。
それ以上の理由をシンは口にすることなく、代わりに、自分への協力とカルバ村への助力、そしてこちら側への移動方法をいきなり説明し始めたのだのだった。

 故意になのか、シンはカルバ村に至る経緯と同行するぼくのことは適当に省いているようだ。

「つまり教授は、これからすぐこちらに来い、とそうおっしゃる?」

 シンの言い分を聞き終えたテラートは、苦々しく微笑みながらそう尋ねた。

「心配無用だ。オレの腕を信用しろよ」
「教授の実力を疑っているわけではありません。
トリューナンの魔導師である私がカルバ村へ行くということが問題なのですよ」

「その話か。おおよそのことは把握している。
だが、その点ならそっちの留守番役に影を用意するから安心していい。
同じ顔した魔導師が別の村で徘徊してるとは誰も想像なんかしないさ」

 そう言ったそばから、シンは光と風の精霊魔法を編み上げてトリューナンの魔導師をもうひとり作り上げた。

 すでに水鏡には、一卵性双生児のようなふたりを映している。
ぼくには本物と影の区別ができないほど、その魔導は完璧な出来栄えだった。

「教授。あなたは本気なのですね……」
「悪いな、人手不足なんでね」

 シンのその悪びれない言葉に諦めたように、トリューナンのテラートは手のひらを水鏡に合わせた。
当然のように、シンも同様に手のひらを水鏡にのせる。

 それはあたかもふたりの手のひらが合わさっているかのように見えた。

「光と水の時の糸よ、彼の者を纏う風ごと繭となせ。時の開放──」

 シンの手が、次第に波打つ水面に沈み込んだ。トリューナンの魔導師の手首を捕らえる。

 互いに手首を掴むと、シンは釣人の竿のように背を撓らせて力一杯引き上げた。
引かれた勢いに身を委ね、水瓶の中からテラートが飛び出してくる。

 その瞬間を待って、
「──時の閉鎖」
シンの声と、何かがパシャンと弾けた音が重なった。

 細かい水飛沫が四散する。
不可思議なことに、ぼくの顔や服に水がかかったのに対し、突然出現した当のテラートは髪も服も濡れた様子は全然なかった。

 一方、シンは水鏡が再度機能し始めると、影のテラートが何事もなかったように動き始めたのを確認し、納得した面持ちで瓶の水を解放してゆく。
傍観者たちが感嘆の深い吐息を吐き出す頃には、何の特徴もない水瓶へと戻っていたのだった。

 シンのこの魔導が精霊魔法と神聖魔法を複雑に絡み合わせたものであることは、魔導を正式に習っていないぼくでさえわかった。
精霊魔法だけでも少なくとも……、光の精霊、風の精霊、水の精霊という、複数の異なる精霊を操っていたし、これだけの複雑な魔導を涼しい顔して使いこなせるほどの腕前は、一介の魔導師の範囲を超えていると断言していい。

──それに、あの人はシンのことを「教授」と呼んでいた。

 もしかしたら、あながち愛称だけじゃないのかもしれない。

 そのトリューナンの魔導師と言えば、出現した時分は空ろな瞳をしていたが、すぐにぶるりとひとつ大きく震えると瞬く間に焦点の合った知的な瞳を輝かせた。
そうして、トリューナンのテラートはシンを視界に入れた瞬間、真っ先にシンのところに詰め寄ると、イタズラを見逃す大人の笑みを口許に浮かべた。

 その表情だけとっても、シンとの親しさが知れようものだ。
盛り上がるふたりの会話の中に気安く入っていけない……と、そんな疎外感さえ感じた。

「貴方が学びの塔から姿を消したあと、それはそれは結構な騒ぎでしたよ。
長老たちの焦りに焦った顔ときたら、お気の毒としか言いようがありませんでしたね。
それなのに、教授ときたら、このようなところで……。
あのときの尻拭いに奮闘したお偉方の身にしてみれば、貴方のその悠長な顔は罪ですよ」

「引継ぎはちゃんとしたさ」
「有格試験の直前に飛び出したっていうのに?」

「ほかの奴には迷惑かけてないだろ?」
「長老方は大層、各講義の人員派遣に頭悩ましていたようですよ?」

「あの人たちは少しくらい動いたほうがちょうどいいんだ。
あんまり頭と身体を鈍らしてたんじゃ、ボケるのも早いだろ。思いやりだよ、これも」
「あー言えば、こー言う」

「今までの分の溜まった休暇をまとめてもらってどこが悪い」
「ホントにねえ。
私が塔を出る時なんて、長老方が慣れない講義と実技の掛け持ちで目の下にクマまで作っていましたよ。
聞いた話じゃ寝る間を惜しんで予習していらしたとか」

「それだけオレが働かされていたってことだろうが。少しはこっちに同情してほしいね」
「教授、それはコクっていうものですよ。
長老陣十七名のうち、『指の称号』を持っているのは最長老を含む四人だけ。
最年少にして五人目となるであろう教授の代役はいくら長老会のメンバーと言えど、容易に務まるものではないでしょうに」

「おまえ、オレに説教しに来たのか? それとも手伝いに来たのか?
まさか、あの人たちの手先だとは言わないよな?」
「教授が私を呼び出したくせにそうきますか?
まあ、教授の直情径行なところは今に限ったことじゃありませんけどね。
──ところで、ジェジェも一緒なんですか?」

「ああ、そのうち合流するだろう」

 ぼくの知らないシンの背景が浮き彫りになってゆく。
こんな時、決まってモヤモヤとした感情が沸き出てしまう。

──シンのすべてを知ることは適わないのに、すべてを共有したくなる。

 ジェジェの時もそうだった。シンの学びの塔での生活を聞くたびに、こんな気持ちになって。
聞きたいのに聞くと苦しい。相反したふたつの気持ちを、どうしたらいいか持て余す。

 ふたりのそばにいるのが辛くなって、ひとり、ぼくは外に出た。

 それでも、扉のうち側から漏れてくるふたりの声にいたたまれなくて。
近くを散策するくらいなら構わないだろう、と安易にカリ・エラの家を離れた。



 朧気に見える陽はまだ高い。今、南中を少し西に傾いたところだった。

 でも、ついついもの思いなどしていると、あっと言う間に夕暮れの朱色も青紫色に染め変えられてしまうものなのだ。

 ここにいられる時間は決まっていた。
いちいちシンの交友関係を細かく気にしていたら時間などすぐになくなってしまう。

──そうだよ、落ち着け。ぼくは自分でここに来ると決めたのだから。

 このオッドアイに立ち向かうために。

 いつまでも逃げてはいられないって思ったから、カルバ村に来たんじゃないか。

 つまらない嫉妬心。シンヘの想い。オッドアイを解放した罪。これらすべてがぼくのうちにある。
ぼくは目を背けることなく、しっかりと受け止めなくてはならない。
自分の気持ちに向かい合わなければ、何も解決にならないのだ。

 瞼を閉じれば、シンの綺麗な微笑みが、耳に心地好く響く声が、ぼくの胸をぎゅっと掴んで誘い放さない。
ぼくを試すかのように纏わりついて離れない。
心のままにきみに触れてしまったら、ぼくはこの想いをきっと抑えられなくなる。

 きみが恋しい。きみとともにいたい。きみの深い青の瞳を覗いていたい。
指と指を絡み合わせて、きみの温もりを感じていたい。
ぼくのすべての感覚を研ぎ澄まして、きみの存在を確かめたい。

 一方で、ぼくはきみから離れたいと思っている。
きみを引き込みたくない。また罪を重ねてしまいそうで怖い。

──オッドアイの鎖に繋がれて雁字搦めにされたシンなんか、シンじゃない……だろう?

 彼はいつも自由だった。王子の身分さえも、彼を繋ぎ止めるのは不可能だった。
シンの翼をぼくのわがままでもぎ取るなんて──空を恋しがるとわかっていて籠に繋ぐことなどできやしない。

──ぼくはシンを守りたい、よ。

 そのためなら心を決して、オッドアイの運命にもう一度挑んでみるよ……。






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