感じるままに vol.2



 恋だ……って、好きだ……って認めたら、ほんとに楽になれるのだろうか。
一日が暮れるごとに身体が熱くなる──。

「あんまり見るなよ、みんなに知られるぞ。親衛隊以外にもあいつ見てる奴、結構いるんだからな」

 一週間ほど経った日の、隣のクラスとの初めての合同体育。
バレーの授業中、トス練習の合間を見て、悟が俺に囁いた。

 悟はちょっと哀れむような眼をしていた。
「克己。おまえ、本気なのか……?」

 俺は自分でも気付かないうちに、食い入るように見てしまっていたらしい。
最初はけしかけていた悟も、こと相手が悪いと意見する。

 知ってるよ、そのくらい。あいつを見てる俺が一番よく知ってる。

 俺、自慢できるもの何にもないし、取り柄っていえるものもない。
あいつに釣り合う人種じゃないのは、充分わかってる。

 強引な手回しのわりに、他人の気持ちを汲むあいつ。
相手が何をしてほしいか、いつだって先を読んでて、それを承知で事を進める。

 追っ払うような態度するくせに、一度関わった人間には優しくて。
だから、あいつに肩入れしている奴は少なくない。

 今度、部長になるのだって上級生や同級の奴らにそれぞれ信頼されてるって証拠だし、この間だってクラス投票で級長に任命されていた。
俺も一票入れた口だけど、統率力に長けているってのは、俺の欲目なんかじゃないんだ。
それはみんなが思ってることなんだよ。

 この頃、俺はバスケ部の連中に話しかけられる。
それは和義の強い影響だ。

「軽音部主催のコンサートでおまえの作った曲、聞いたぜ。結構いいじゃん」
「おまえって、実は隠れた才能持ってたんだな」

「以前から知ってたんだぜ」と言われても、俺は「そうなんだあ」、「へえ」くらいしか返せない。
だって、克己にじゃないもんね。みんな、和義の義弟に話しかけているんだ。

「和義、義弟ができたって喜んでたぜ」
「そうそう、それっぽくないけど、カズの奴、一人っ子だったもんな」
「みんな、和義は『克己ちゃん』に甘いって言ってんもんなあ。まさにまるで父親っ!
後輩の奴の中でも噂になってるしよぉ」

 親の再婚で得をしたことといえば、和義がこんな俺をかわいい義弟って構ってくれる点だ。

「克己、早く来い。急いで着替えないと次の移動教室、遅れるぞ」

 和義の声で俺の脚は我に返る。

 追いかけるように和義に向かって走ると、あいつは先を進みながらも歩調をゆっくりにしてくれている。

 いつも…なんだ。突っ撥ねるようで、そうじゃない。むしろ優しい。
相手の重荷にならない──優しさ。

 見惚れてしまう。焦がれてしまうよ。

「赤いな、おまえ。また熱でも出したのか?」

 夜なべして曲を仕上げると、次の日、俺はよく熱を出した。
そんなに身体が丈夫なほうじゃなかったから、和義は俺の顔色を疲れと誤解した。

「何でも…ない、よ。早く行こう」

 更衣室で制服に着替えてる間、隣りの和義がずっと気になった。

 和義は俺の理想が服着て歩いてるようなもの。
だから…、憧れがすぎてこんな気持ちになっているのかもしれない。

 そう、兄弟がほしかったのは和義だけじゃない。
俺だって、友達が兄弟姉妹の話で花を咲かせるとき、やっぱりいいなって思ってた。

 うん、興奮してるんだよ。感動してるんだ。
和義みたいな義兄貴ができたから。

──そう、思いたかった。俺、本当に。

 でも、心のどこかでわかってたんだ。
違う、義弟になりたいんじゃない……って。

「沙和子さん。今日、克己、学校で少し熱っぽかった。
大丈夫だって本人言ってるけど、こいつ、意地を張るから……ね」

「克己、本当なの? ちょっとおでこ出してみなさい。
和義くん、ほんと悪いわねえ。この子ったらまた無理をして曲作りでもしてたんじゃないかしら。
ほんと凝り性なんだから。まったく、誰に似たのかしらねえ」

 和義は母さんを「沙和子さん」と呼ぶ。
俺はちゃんと和義のお父さんを、「お義父さん」と呼んでいるのに……。

 和義がクラブ活動から解放される頃には、すでに俺は家に帰ってきている。
文化部と運動部の差だ。と言っても、文芸部にとって、俺は幽霊部員でしかないんだけど。

 和義は帰った途端、居間で詩を書いていた俺の手を引っ張って、即座にベッドに括りつけ、一度消えて、再び母さんと卵酒を持参して俺の部屋に現れた。

 母さんはいつものように俺の額に手を当てて、卵酒の入ったマグカップを俺の手に預ける。

「熱なんかないよ、夜更かしもしてない。何でもないんだ、俺、何でもないっ」

 病人扱いされるのは堪らなかった。
何て言うんだ? 恋患いなんです……って?

 こんなとき、和義に優しくなんかしてほしくない。
もうちょっと鈍感になって放っておいてくれてたら、まだ俺の気持ちは楽だった。

 嫌われたくない。それが一番の祈り。



 神様、このまま……どうかお願いです。俺の気持ちを止めてください。
これ以上、深く想わないように。

 神様、お願いです。
和義に好きになってとは言わないから、せめて、あいつに知られたくないんです。



 その夜、俺は夢を見た。
長い髪をした俺が和義に抱きすくめられる夢。

 スカートの裾を翻して、花がいっぱい咲いた原っぱを駆けてゆく。
鬼ごっこを和義としてて、そのうち俺はあいつの腕のなかに閉じ込められるんだ。

 あいつが俺を抱き締めると、すごく暖かくて、熱くて……。

 唇が重なると、嬉しくて、でも怖くて。
身体を硬く強張らせた。

「好きだ」
 そんな一言が聞きたくて、涙を流してキスを受けた。

 掠れる声から「愛してる」って……。

 俺は和義の背中に手を回して応えていた。

 その時の俺、昔写真で見た若い頃の母さんにそっくりだった。
髪も顔も、女の身体も……。

 俺は母さんになっていた──。






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