7フィートハーシェル鏡の複製(4)


 #500〜600の中擂りの段階で、球面化や焦点距離などの鏡面の状況を若干変化させるのに、金属鏡では2時間以上の研磨作業が必要だと分かりました。ここでひと口に2時間の作業といいますが、15分ごとの研磨面の水洗いや30分ごとに研磨台を中心とした清掃、それに光学的な測定をしていきますと、作業時間全体は研磨時間の2倍以上となります。また、中擂り以降では研磨された金属の微粉が粘土状に研磨面を覆い、非常に粘性が大きくなるため研磨の往復運動にはかなりの力が必要で体力を消耗します。そのため1日作業に没頭しても2時間の研磨が私には限度でした。ガラス鏡では荒擂りに大きな力が必要で、中擂り以降は軽い力での運動となりますが、金属鏡では全く逆な状態でした。また「すばる望遠鏡」の8m鏡をコントラベス社が研磨しているときも、最終の手研磨の際には技術者が1時間で交代をしていたそうですが、自分の年齢を考えると1日1時間の研磨時間というのも致し方のないことと思います。

 困難な中にも金属鏡研磨ではガラス鏡と比較した利点もあります。それは深い砂穴ができず、砂目や傷も浅くてすぐに消失することです。ガラス鏡でカーボランダムによる深い砂目や傷ができるのはガラス材に欠け目ができて深く掘り下げてしまうようですが、金属鏡はガラスより幾分粘着力があるのでそれほどは欠けができないように見受けられます。

 話題が変わりますが、10月28日にたまたま富山県高岡市へ立ち寄ったときのことを記しておきましょう。同市の金屋町(かなやまち)は千本格子の家並みと銅器の製造で有名なところです。たまたま同町の路上で鋳型から取り出されたままの黄銅製仏具の素材を整理している人をお見かけしました。この方は野寺さんというお名前で工芸美術用の各種の銅合金地金を扱っている商店の経営者でした。銅合金のことをいろいろお尋ねしたところ、銅に錫を混ぜた合金は「さわり」と呼ばれていて、銅70%・錫30%のように錫が多い銅合金は非常に扱いにくく、普通はそのような銅合金は作らないというお話しでした。また、鋳型の土が湿っていると水分が金属と反応して水素ガスを生じるので鬆や泡が生じることとか、鋳型をあらかじめ数百度に熱しておいてから溶融金属(湯)を注ぐのが通常の方法だということなど、参考になるお話しをお聞きすることができました。


鏡の裏面に取り付けたハンドル

盤へのピッチの流し込み

溝切りを終えたピッチ盤

 10月末から11月中頃にかけて、#1000と#2000のホワイト・アランダム(WA)による仕上擂りを行いました。はじめは#600でできた軽い双曲面の影響で、研磨運動が重くひっかかる感じでした。ガラス鏡では鏡径の1/4程度の短い往復運動を続けると完全な球面となり、ほとんど抵抗のない軽い運動になっていくのですが、重い感じとややひっかかる感じがいつまでも残ります。#1000で2時間、#2000で1時間の研磨を行った頃、これは鏡の裏面を手で触れていることによる手の熱の影響で鏡面の中央が窪んでしまうのではないかと考え、鏡の裏面に直接手で触れなくてすむようにハンドルをとりつけました。通常ガラス鏡ではピッチ研磨の段階で鏡の裏にハンドルをつけるのですが、これを一段早めて仕上げ擂りで取り付けることで成功したように感じております。それでも重い研磨運動の感じには変わりがありません。ガラス鏡での仕上げ擂りの所要時間の2倍の時間をかけて何とか完了させました。

 その後別件ですが、7年前から継続しているベテルギウスの測光観測の結果を郡山で開かれた「連星/変光星ワークショップ2003」という研究会に報告する準備と事後の集録用の原稿に追われて、作業は一次中断し、11月末からピッチ盤用のピッチの硬さの調整に入りました。これから気温が低下していくのでどの程度の気温に合わせるかが気になりましたが、早めの寒気の襲来もあって、10〜12°C程度の気温に適するように調整を進めました。そのため軟らかいピッチを注文しましたが、特注になるので20kg単位での受注とわかり、モ−ターオイルを混入させて軟化させました。モーターオイルは少量入れて溶かしては冷やし、軟化の度合いを確かめましたがなかなか軟化せず3回目の混入後に一度ピッチ盤を作成しました。しかしこれは軟らかすぎのため諦めて、硬いピッチを混入させてピッチ盤の造り直しとなりました。ピッチの溶融は沸騰させないために徐熱が必要で、硬さのテストのための冷却と調整のための加熱を繰り返すのには大変な時間がかかります。12月10日になってようやくやや堅めのピッチ盤ができあがり、碁盤目状の溝切りをすませました。

日本ハーシェル協会ニューズレター第126号より転載
2004年7月、原稿の一部を訂正


7フィートハーシェル鏡の複製(5)

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