7フィートハーシェル鏡の複製(3)


 鏡面の中央近くに点在する粗い砂目状のもの(無数のピンホール)を残したまま研磨が進むと、見た目にも汚い面に仕上がることが予想できます。悪い場合はこのピンホールの周縁の研磨が周囲より進んでダレ下がり星像にニジミがでるのでしょうが、楽観論としては該当する面積が少ないことから、turn downを作りさえしなければ星像への大きな影響はないだろう?と予想できます。まあ今回は止むを得ません。福村氏に良い鏡材を再鋳造してもらえることを願って、ピッチ盤研磨まで試行してみようと思います。

 8月中旬に箕面市の中崎昌雄氏から、上記の無数のピンホールに関連した重要なコメントをいただきました。1853〜60の『ブリタニカ百科事典』にJ. ハーシェル卿が「Telescope」の記事を書いており、そこにW. ハーシェル卿のスペキュラムの金属配合や金属の溶融時に酸化で失われる錫を少量補い、木の棒(wooden pole)で撹拌するということ、さらに焼き鈍しに数日から1週間以上もかけることなどが主な内容です。このうち、木の棒による撹拌については心当たりがありました。福村氏が鋳型へ注入する直前の坩堝の中に「これはオマジナイなのですが」と言いながら稲藁を少量加えておられたのを思い出しました。これらは炭素他の不純物を混入させるという大切な役割があるのでしょう。これが溶解金属の流動性を増してピンホールの解消につながるのか、またはできあがった金属の硬度を増大させてしまうのかなどについては手がかりがありません。

 同じ頃、バースのM. タッブさんからメールが届き、7feet望遠鏡のレプリカの各部の寸法を詳細にCADで書いたファイルが添付されておりました。いつもながらタッブさんの徹底した精密さには驚かされながら、7feet鏡の焦点距離の決定に役立たせて頂くことになりました。とにかく大勢の方々に支えられていることに感謝しながら作業を継続することにいたしました。

 無数のピンホールの擂り取りをあきらめたことから、研磨材(カーボランダム)の粒度を#80から#120、#200、細かくしてほぼ順調に荒擂りを終了しました。この段階では鏡の中央部が強く摺られているので鏡面は双曲線面となっています。球面計で測定しますと、#200の段階でも鏡の凹面と盤の凸面とが中心で0.09mmものギャップがあると測定できました。この量は#200の研磨材の粒径を越える大きさなのでいささか心配でしたが、中擂りの#500のカーボランダムに入って、反転擂り1時間、通常の研磨2時間で先のギャップはほぼ解消して、球面計での測定限界とも思える0.005mm程度の差となりました。

 #500の研磨の合計が3時間で上記のギャップがほぼなくなったのは、予想より早い展開ですが、それでもガラス鏡での所要時間のほぼ3倍になります。一般に、鏡面と盤面の曲率に不一致が生じて中央部にギャップがあると研磨の往復運動中にひっかかる感じが生じます。#500ではこのひっかかる感じをなくしておかなくてはなりません。ガラス鏡の場合は鏡面と盤に不一致があると、研磨中に鏡の中央に大きな泡を生じるので裏面からその状態が観察できるのですが、金属鏡ではひっかかる感じの手応えだけが頼りとなります。

 ガラス鏡の研磨ではこの中擂りが第一の関門で、この段階で完全に球面化しておくのと同時に焦点距離も予定の長さにしておかなければなりません。#500に入ると研磨面のきめが細かくなり、鏡面を水で濡らすことによって光学的に焦点距離や球面半径を測定しやすくなります。私は懐中電灯を用いて球面半径を測る方法をとっていますが、この方法は太陽像による焦点距離の測定方法に比べてより鋭敏ですし、加えて太陽が見えているかどうかとは無関係に測定ができて有利です。もう一つの利点として、この方法では鏡面がほぼ球面化しているか、双曲線になっているかなどのおよその状態が確認できます。今回の研磨では#500の反転擂りが終了した時点では明瞭な二重球面になっていて、中心部の焦点距離がかなり短かったのですが、その後の2時間の研磨で球面化が進み、球面半径は436cm(焦点距離では238cm)と測定されて、タッブさんから指示を受けた焦点距離より1cmほど短くなっていました。

 ここで研磨剤をカーボランダム#500からアランダム#600に変え、仕上げ擂りへの準備段階へ入ることにしました。カーボランダムは炭化珪素で硬度は9.3とダイアモンドに次ぐ硬度になりますが、一方アランダムは酸化アルミニウムなのでルビー・サファイアと同質です。したがってアランダムの硬度は9でカーボランダムより若干柔らかいだけです。しかし研磨剤として削りこむ作用はカーボランダムよりはるかに弱く、砂目も浅くキメの細かな研磨面を作ってくれます。これが最終的にピッチ研磨で光沢面を仕上げるときに有効に作用します。

 アランダムの#600はカーボランダムの#500と粒径においてはあまり差がないはずですが、研磨力やキメの細かさについては#1000に近い感じです。そのためひっかかる感じも敏感になり、鏡面を水で濡らして光学的に球面半径や鏡面を調べるのもカーボランダム#500より容易になってきます。その結果鏡面が未だに二重球面で中央が窪んでいることが分かりました。そこで反転擂りを1時間(ガラス鏡なら10〜20分で充分)実施して球面化を図ったので、焦点距離が予定より6cmも長くなってしまいました。これを予定の焦点距離に戻すために通常の研磨を2時間行いましたが、はかばかしくないため双曲面化してしまう危険を承知の上で円運動の研磨を混ぜながらさらに2時間の研磨をして、ようやく予定の焦点距離に到達できました。ただし、若干双曲面となってしまっているのは現段階では止むをえないことと思っております(10月25日に記す)。

日本ハーシェル協会ニューズレター第125号より転載
2004年7月、原稿の一部を訂正


7フィートハーシェル鏡の複製(4)

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