7フィートハーシェル鏡の複製(2)


 福村氏と喜多氏に鋳造していただいた7ftハーシェル鏡用の鏡材の外形を整えるため、グラインダーを使用してみましたがガラス材をグラインダーにかけたときと同様にピンピンと弾けるように欠けていきます。福村氏から「尋常ではない硬さですよ」とアドバイスがあった通りでした。このまま表面の凹凸や表面に見えているス(鬆)を研磨剤で擂りとっていくのは大変なことだとすぐに分かりました。

 ここで国立天文台元教授の田中済氏から「内部のひずみで硬いのではないか? 焼き鈍しをしてみてはどうか」との提言を頂き、1月24日に「三鷹熱処理研究所」ヘアンニールを依頼しました。25kwの電気炉によって250°Cから始め、1日かけて徐冷し、100°Cきざみで5日掛けて650°Cまで昇温してアンニールを試みたそうですが、「軟化の期待はできない。因みに硬度は板バネの鋼鉄並み」というコメントつきで、2月4日に返却されてまいりました。

 鏡材の軟化には失敗しましたが、後日工学専門の方から「研磨面の光沢のためには硬度が必要なのではないか」という話をききました。しかし、銅と錫の合金がどうしてこれほどにも硬くなるのかは不思議でなりません。グラインダーによる手作業では外形がきれいに仕上がらないので、翌2月5日、国立天文台のメカニカル・ショップの西野主任へ旋盤加工を依頼いたしました.国立天文台の職員が正規の職務として作業するためには、プロジェクトを立ち上げる必要がありますので、「7ftハーシェル望遠鏡用金属鏡の研磨」という名称で、木村精二氏・福村治雄氏と大金の連名によるプロジェクトを申請して認可してもらいました。


鏡材の旋盤加工

研磨状況

球面計による球面半径の測定

粗擂り後の鏡面
(小さな鬆が1つと無数のピンホール)

 非常に硬く脆い材料なので旋盤加工は極めて面倒な様でしたが、西野主任は極めて浅い量づつ時間をかけて切削してくださいました.切削屑はポロポロで、通常の金属でのコイル状の削り屑とはなりません。時にはパリと欠けるような音もします。厚さ2mmほど削りとったところで鏡材の厚さが心配になったため、ス(鬆)が小さくなった状態で一応旋盤加工を終了していただきました。

 2月7日から1週間掛けて、#100カーボランダムで2時間50分荒擂りしましたがほとんど進行しないため、もっと粗い#60で5時間荒擂りしてスを擂り取る努力をしました。研磨1時間毎に鏡面の曲率を「球面計」で測ってみましたが、鏡材の凹みの速さはガラス材の1/10程度。つまり、ガラスの10倍ほどの研磨時間を必要とする感じです。大きなスを擂り取り去ることは労力的に無理と判断して、2月17日に西野主任へ再度旋盤加工を依頼いたしました。

 ところが大きなスが取れると次のスがでてくる状態なので、「4mm切削したところで、厚さ18.4mmとなったが、小さなスが新たにでている。もっと削りますか?」というメールが2月20日付けでとどきました。これ以上鏡材を薄くするのは鏡材の強度の上で無理と考え、2月24日鏡材の受領に参りました。心配していたスは長さ2mmほどの小さなもので、部分的な切削時の傷(あるいは欠け)はあるものの金属光沢がほぼ全面にでている仕上がりで、一安心という気持ちになりました。

 2回目の旋盤加工をされた鏡材は平面ですが、盤の方は前回の研磨によってある程度Rがついているため、鏡材は部分研磨で凹面にすることにしました。55mm径の鉄材を西野主任に50mmの長さに切断して項き、これで鏡材に上向きの部分研磨を試みてみました。これは大成功で、#60で1時間余、#100で2時間たらず、の計3時間で予定焦点距離の約2mに達しました。もしもガラス材なら30分程度でRがついてしまうでしょう。

 この後、私用と非常勤講師の仕事の関係で夏休み直前の7月はじめまで作業は中断し、7月14日から研磨を再開しました。鏡材が非常に硬いので荒擂りでも鏡材がスルスルと滑る様な感じがあり、ガラス鏡の時のようにガラスの表面が研磨材で削られていくような抵抗感がほとんどありません。まるで、石臼で穀類でもひくようにカーボランダムだけがいたずらに細かくなっていくという感じです。

 ここで次の課題が出現いたします。#100で約4時間、次に#200で6時間経過したところ、鏡の中央寄りに(中央から2〜3cm偏心して)、長径5〜6cm、短径4〜5cmの楕円あるいは半月状の領域に砂穴状のものが密集し、あたかも#60の砂目の残存とも思えるものがいつまでも消えないということに気づきました。はじめは、「部分研磨が不均一に進行したのか?」と心配しましたが、そうではないと思える理由もあります。それは、普通は研磨が中央から進行するのに、10時間も研磨したのに中央に砂目が残っていて、しかも鏡の中心から少しずれた部分に集まっているということです。部分研磨が手作業とは云え、中心対称性にはかなり気をつけていました。そこで、研磨の進行にしたがって砂目がどのように変化していくのかをデジカメで記録をしていくことにしました。

 #100にもどって2時間、#200で2時間研磨をして、問題の領域の写真を比較してみますと同一の砂穴が消えていくが新しい砂穴が発達してくることが明確に判断できて、「#60の部分研磨による砂目の残存ではない」と結論できました。つまり、「鏡材金属の中に非常に微小な無数の泡(ピンホール)がある」と分かりました。

 村山先生にこの件についてのご意見をお伺いしましたところ「泡が層状に存在しているなら擂り切れるかもしれないので、もう少し頑張ってみては?」との激励を頂き、7月末以降、#200で1時間、これではもの足りないと#100で3時間、さらに#80で2時間と荒擂りをしました。しかし改善の兆候は全く見られず、夏休みも終盤に近づいた8月中旬になって精神的な焦りを感じ、無数のピンホールの除去をあきらめることにいたしました。それにしてもこうして次々と新しい課題が出現するのではないかという予感がしてなりません。

日本ハーシェル協会ニューズレター第124号より転載
2004年7月、原稿の一部を訂正


7フィートハーシェル鏡の複製(3)

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