少佐の休暇を聞いて遠出に誘ったのもヘラルドだった。


フアン・シエロは何を考えているかわからなかったし、イレーナは案外押しが弱い。
けれど二人が惹かれあっているのは少年にもわかっていた。

だが、このままでは伯父の決めた相手とイレーナの結婚話が決まってしまうのは目に見えている。
すでに伯父は何人かの貴族の子弟を候補に上げているようだ。
ヘラルドはそれを阻止する盾になることを決心した。


(・・・やれやれ。)

そんな少年の密かな決心を知らぬ叔母は、明日着ていく服に悩んでいる。

「どれがいい?ヘラルド。」
「遠出に行くだけなんだから、動きやすい普段着でいいじゃないか。」
「だって・・・パーティーの時とあんまり違うから、がっかりされないかしら?」

「イレーナ。」

「じゃあ、こちらとこちらならどっちがいい?」

「イレーナってば!」

イレーナは心配そうな顔のまま振り返り、ヘラルドを見ると眉をひそめた。

「・・・もう。何、笑ってるの?」

「イレーナが普通の女の子みたいだからさ。」
「馬鹿なこと言ってないで。ねえ、どっちがいい?」

「どんなの着たって、イレーナは美人だって。それより、僕が付いて行っていいわけ?」
「あなたが誘ったんだもの。それとも・・・嫌?」
「一緒に行くのは嫌じゃないけど、邪魔になるのは嫌だ。」
「邪魔じゃないわよ。・・・というより、あなたがいないとどうして良いかわからない。お願い、一緒に来て!」

「やれやれ。」

ヘラルドは肩をすくめて見せた。

「手のかかる叔母さんだよ、まったく。」



待ち合わせのカフェに行くと、フアン・シエロは陽だまりの中コーヒーを飲みながら新聞を広げていた。
休暇のためか軍服ではなく、普通の白いシャツとチャコールグレーのボトムの少佐は別人のようだ。
椅子の背にはボトムと同系色のジャケットがかかっている。

「シエロ少佐、お待たせしました!」

少年の声にフアン・シエロは新聞から顔を上げた。
今日は前髪を下ろしているせいだろうか。彼はイレーナと変わらない年齢の青年に見える。

「今日は、あの・・・せっかくの休暇をごめんなさい。」

イレーナは軍服の時とは違うフアンにどぎまぎしているようだ。
少佐は新聞をたたみ数枚のコインと一緒にテーブルに置いて立ち上がると、軽く挨拶をした。

「・・・以前とは随分感じが違うんですね。」

彼が言ったその言葉に、イレーナは質素な白いワンピースの襟を押さえる。
ところどころをピンで留めた長い髪が、手の動きにあわせてふわりと広がった。

「いつもはこうなんです。・・・あんまり違うんで、がっかりされました?」
「がっかり?」

彼は一瞬目を見開き、そして微笑んだ。

「俺は今日の服装の方が好きですけどね。―――で、ヘラルド。今日はどこへ行くんだ?」

そう言いながら彼はジャケットを肩にかけると、ヘラルドの持っていたバスケットを取り上げる。

「列車で二駅ほど行ったところに、すごくきれいに海が見える丘があるんです。
ちょっと歩くから誰も来ないし。そこに行きましょう。」
「そうか。じゃあ、行こう。」
「はい!」

バスケットを抱え先に立って歩いていく少佐の後ろで、ヘラルドは叔母の横顔を見上げた。
彼女は、熱に浮かされたようにフアン・シエロの後ろ姿を見つめたままだ。

「イレーナ・・・。」

そっと袖を引く甥に、イレーナは無言で目をやった。

「本当に僕は邪魔じゃないのか?」

ヘラルドが叔母に囁くと、彼女は慌てて首を振った。


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