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一緒に暮らし始めた年若い叔母は美しい顔に反して、よくわからない性格だった。 からかっても、ヘラルドの知っている他の娘のように騒いだりしない。 虫を投げつけても、蛙を手に持たせても、だ。 落ち着き払ってそれをつまみ上げ、なおかつ外に逃がしてやる。 何を考えているのかわからない、そんな娘だった。 「イレーナはつまらない。」 面と向かって、ヘラルドは繕い物をしている叔母にそう言った。 怒るかと思いきや、イレーナはくすっと笑った。 そんな反応も他の娘と違う。 「何しても驚かないし、騒がない。つまらないよ。」 「楽しんでるわよ。」 「楽しい?嘘つけ。」 ヘラルドは憮然として、イレーナの横に座る。 「本当に楽しい事なんて無いくせに。イレーナはいつだって目が笑ってない。」 「そう?」 気にせずに針仕事を続ける叔母の横顔をヘラルドは見つめた。 そういえば葬儀の時も、イレーナは泣いていなかった。 「イレーナは人間じゃないんじゃないか?悲しいとか楽しいとか感じないんだろ。」 「え?」 さすがに顔を上げて、ふくれっ面をしている甥の顔をまじまじと見るとイレーナは噴き出した。 「何だよ。」 「ごめんなさい。真面目にそんな事聞くんだもの・・・。」 何がそんなにおかしかったのか、イレーナはけたけた笑い続けている。 「ちぇ。」 不貞腐れて見せたものの、内心叔母の笑い声を聞けてヘラルドは嬉しかった。 「そうね。今まで自分を抑えているところがあったから。人間じゃなかったかもね。」 「何で?」 「―――悲しいことを感じ無いように。辛いことを辛いって感じ無いように。 だから楽しいことも楽しいって感じられなかったのね。」 ヘラルドは伯父の顔を思い出した。 イレーナは親族の中で誰にも似ていない。 ヘラルドの母親にも、祖父にも、もちろんヘラルド本人にも。 祖父の後妻であるイレーナの母親は評判の美人だったが、とうに亡くなっていたのでよくは知らない。 すべて自分とは異質な人に囲まれた生活は、彼女にとってどういうものだったのだろう。 「でもこの家に来て、本当に楽しいわよ。」 「うちの母さん、意地悪だろ?」 家にイレーナが来てから、母親はイレーナを無視しているようだった。 後妻の子であるイレーナを元々嫌っていた節があるが、それだけではない。 頑として頼らなかった実家から、イレーナの為とはいえ援助を受けている事が耐え難いのだろう。 「ううん。・・・それにあなたがいるから。」 「僕が?」 「ヘラルドが私を気遣ってくれるでしょう?それがとても嬉しいわ。」 笑いすぎたせいか目にうっすらと浮かんだ涙を拭うと、イレーナは微笑んだ。 「僕はいたずらしかやらないよ。」 「それが楽しいの。」 突然恥ずかしくなったヘラルドは、ぷいと横を向いた。 「イレーナは本当に変わってるよ。」 「あなたも軍人になるんでしょ?」 どうしてそんな話になったのか覚えていないが、日課のように部屋を訪れるようになったヘラルドにイレーナは聞いた。 「当たり前だろ。他に何になれって言うんだよ。」 椅子の足を二本浮かせて、前後に揺れながらヘラルドは逆に聞いた。 危ないわよ、とイレーナが椅子を元に戻しても、反抗するようにまた同じ座り方をする。 「さあ・・・。他になりたいものは無いの?」 「“ヘラルド・デ・ディオス”が軍人以外に?なれっこないさ。周りが認めない。・・・イレーナは軍人が嫌い?」 「正直、そんなに好きではないわ。ごめんなさい。でも、あなたのお父さんもおじいさんもみんな軍人だものね。」 「父さんの話はするなよ。」 「どうして?」 「父さんは嫌いだ。不名誉な死をしたから。」 「嘘。」 イレーナは、なぜかヘラルドの額を指で突いた。 うわっとバランスを崩して、ヘラルドは慌てて立ち上がった。 「何だよ。」 「あなたのお父さんは立派な人よ。」 「軍人が民衆に殺されたんだぞ。戦場で戦わずに死ぬ兵士が立派なもんか。」 今度は椅子を前後逆にして、またがる形で背もたれに顔を載せる。 「知らないの?」 「何を。」 「あなたのお父さんは、農民の暴動を話し合いで諌めようとした。力で鎮圧しようとしなかったのよ。 自国の国民とは争いたくないって、理由を聞いてあげようとした。 結果は・・・悲しいものだったけど。」 「・・・軍人が、話し合いで解決しようとしてどうするんだ。」 「軍人だからって力を使うことが正しいことかしら? ましてや自分の命が危険にさらされる時に、他人の命を気遣える人って世の中にどれ程いる? 自分の死よりも他人の死を重く見る人がどれくらいいるかしら。」 だからあなたのお父さんは立派な人だと思う、とイレーナは繰り返した。 「軍人としてではなく、人間として立派な人だと思うわ。」 「―――母さんはそんな事教えてくれなかった。」 そう言いつつ、自分の心が軽くなってくるのをヘラルドは感じていた。 「姉さまは・・・あなたのお父さんを憎むことで悲しみを乗り越えようとしているんだと思う。 でもあなたは自分の頭で考えて、自分で評価しなくてはね。―――まだ、お父さんが嫌い?」 「・・・いいや。」 「よろしい。」 イレーナはまたヘラルドの額を指で突いた。 「さっきから何だよ。痛いだろ。」 「教えてあげましょうか?」 「だから、何?」 「あなた嘘つく時、必ず眉間に皺がよるの。」 正直なのね、とイレーナは笑った。 |
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