「羽犬塚くーん。」
学校からの帰り道、準が道の側の溝蓋を踏んで歩くのに夢中になっていると、後ろから声がしました。振り向くと、クラスメートの速星くんです。
「一緒に帰ろうよ。」
「うん。」
速星くんは準と同じ方向に帰るのです。ふたりは並んで歩き始めました。
「ねえ、どっちにしようかとか、迷ったことあるよねえ?。」
いきなり速星くんが聞いてきました。
「えっ。それはあるけど。おやつ、プリンにしようか大福にしようかとか。夜中に起きてトイレ行こうかやめとこうかとか…やっぱ行っておけばよかったなあ。失敗したなあ。ぶつぶつ…。」
「何したって?。」
「い、いや、してないしてない!。」
「?。ぼく、今どっちにしようか迷ってるんだ。」
「どんなこと?。」
「あのね…あ、こっちから帰ろうよ。」
速星くんが、小道を指さしました。
「えー。」
その道は薄暗く、何となく気味悪い感じがしたので、準は顔をしかめました。
「怖いの?。」
「そ、そんなことはないよ。でも、通学路破りはいけないんだよ。それに、遅くなったら叱られるし…。」
「大丈夫、こっちは近道だよ、きっと。それに、わかりゃしないって。」
速星くんは、準の右腕を引っ張りました。準はしぶしぶついて行くことにしました。
道は、民家の裏を抜けたところで、石段に変わりました。苔むして崩れかけた段をとんとんと登っていくと、小さなお堂がありました。
「へえ、こんなところにお寺があるよ。」
準は格子戸の隙間から中を覗いてみましたが、暗くてよく見えません。
ふたりはお堂のまわりをぐるりと回りましたが、先に続く道がありません。
「行き止まりだよ。元へ戻ろうよ。」
「大丈夫だよ、どこか抜け道があるよ。」
速星くんはそう言うと、草の生えた崖を登り始めました。
「こっちだよー。」
「う、うん。」
準はそんなところ行けるのかな、と思いましたが、怖がりだと思われたら嫌なので、速星くんがやるように草の根っこを足がかりにして、必死で後をついて行きました。
「ほら、手につかまって。」
「あ、ありがとう。…ふぅ。」
速星くんに引っぱり上げてもらって、準もようやく登ることができました。そこは雑木林で、道らしいものは見あたりません。
ふたりは、がさがさと落ち葉を踏みしめてあちこち歩き回りました。
「どっちに行けばいいのかな?。」
「そうだねえ…。」
準が見上げると、木々の間から太陽が見えました。
「日がこっちから差してるから…ええと、よくわからない。」
「…。」
「あ、そうそう。こうやって指をねぶって空にかざすと、風向きがわかるよ!。…でも、あんまり関係ないみたい。」
「……。」
「あ、あっち行ってみようよ。」
なんだかすごくお間抜けなことを言ってしまったような気がして、準はあわてて今までと別の方向に歩き出しました。
「あっ、待ってよ。」
林はだんだん下りになり、準は木につかまりながら降りていきます。こんどは速星くんが後を追いかけます。しばらく歩くと、突然準の視界が開けました。
「ねえ、こっちこっち!。うわっ」
準は足を滑らすと、草の生えた斜面を転がり落ちてしまいました。
「だ、大丈夫?。わっ」
あわてて駆け寄った速星くんも、つまずいて準の上に倒れかかりました。
「いててて…あっ。」
ふたりは同時に声を上げました。そこは細い道になっていて、その下は準たちの見慣れた団地だったのです。
「えへへへへ。」
準と速星くんは、顔を見合わせて笑いました。
「ねえ、どうして道があっちだってわかったの?。」
通学路に戻ったところで、速星くんが聞きました。
「えっ、それは、その…。そっちの方向に行ってみたかったからだよ。」
「そう…。」
準の適当な答えを聞いて、速星くんは何か考えているみたいでした。
「ぼく、決めたよ。」
「え?。」
「さっき話しかけたこと。ぼく、サッカーのチームに入ろうかと思ってたんだ。だけど、お母さんがもう4年生だから、塾に行ったらって言うんだ。迷ってたんだけど、今決めたよ。ありがとう、羽犬塚くん。」
「ぼ、ぼく、何もしてないけど…。でも、よかったね。」
「うん。」
ふたりはもう一度見つめ合うと、にっこりと笑いあいました。
「また冒険しようね。」
分かれ道に来たところで、速星くんが言いました。
「うん。じゃあ、明日学校でね。」
「…あ、そうそう。」
家に向かって歩き出した速星くんが、振り返って言いました。
「夜中にトイレに起きたときは、迷わず行った方がいいと思うよ。じゃあね。」
…どきっ。
「は、はははは。」
何でばれたんだろう、とかぶつぶつ言いつつ、準はかなり遠回りして、ようやく自宅にたどり着きました。
「ただいまー。」
「おかえり。遅かったわね。」
台所からお母さんの声がしました。
「うん、ちょっとね。」
準が靴を脱いでランドセルを置いて廊下をとたとた歩いていると、お母さんがリビングから出てきました。
「ちょっと、準ちゃん。あなた、泥だらけじゃないの。」
準が見ると、廊下に足跡がついています。準はあわてて靴下を脱ぎました。
「制服汚しちゃだめって言ってるでしょ。もう、どこ行ってたの?。」
準はおしりに泥が付いたズボンを脱ぎながら、いたずらっぽく笑いました。
「えへへー。ないしょだよ。」
「しょうがない準ちゃんね。汚れ物は、洗濯機に入れておくのよ。」
「はーい」
「明日までに制服が乾かなかったら、裸でランドセル背負って学校に行きなさいね。」
「えーっ。」
「冗談よ。」
「よ、よかった。」
「ほっぺにも泥が付いてるわ。顔を洗って着替えたら、おやつにしましょうね。」
「はーい。ねえ、今日のおやつはなあに?。」
「ゼリーとおまんじゅうがあるけど、どっちにする?。」
「うーん。じゃあ、どっちも!。」
「こらっ。」
「へへへへへ。」
準は頭をかいて笑いました。
…今頃、速星くんは、お母さんにサッカーやりたいって言ってるのかな。
速星くんが行きたい方向になればいいなあと、そっと願う準くんでした。 |