帰宅して制服のズボンを脱ぐ準
第83話:迷い道
 「羽犬塚くーん。」
 学校からの帰り道、準が道の側の溝蓋を踏んで歩くのに夢中になっていると、後ろから声がしました。振り向くと、クラスメートの速星くんです。
 「一緒に帰ろうよ。」
 「うん。」
 速星くんは準と同じ方向に帰るのです。ふたりは並んで歩き始めました。

 「ねえ、どっちにしようかとか、迷ったことあるよねえ?。」
 いきなり速星くんが聞いてきました。
 「えっ。それはあるけど。おやつ、プリンにしようか大福にしようかとか。夜中に起きてトイレ行こうかやめとこうかとか…やっぱ行っておけばよかったなあ。失敗したなあ。ぶつぶつ…。」
 「何したって?。」
 「い、いや、してないしてない!。」
 「?。ぼく、今どっちにしようか迷ってるんだ。」
 「どんなこと?。」
 「あのね…あ、こっちから帰ろうよ。」
 速星くんが、小道を指さしました。
 「えー。」 
 その道は薄暗く、何となく気味悪い感じがしたので、準は顔をしかめました。
 「怖いの?。」
 「そ、そんなことはないよ。でも、通学路破りはいけないんだよ。それに、遅くなったら叱られるし…。」
 「大丈夫、こっちは近道だよ、きっと。それに、わかりゃしないって。」
 速星くんは、準の右腕を引っ張りました。準はしぶしぶついて行くことにしました。

 道は、民家の裏を抜けたところで、石段に変わりました。苔むして崩れかけた段をとんとんと登っていくと、小さなお堂がありました。
 「へえ、こんなところにお寺があるよ。」
 準は格子戸の隙間から中を覗いてみましたが、暗くてよく見えません。
 ふたりはお堂のまわりをぐるりと回りましたが、先に続く道がありません。
 「行き止まりだよ。元へ戻ろうよ。」
 「大丈夫だよ、どこか抜け道があるよ。」
 速星くんはそう言うと、草の生えた崖を登り始めました。
 「こっちだよー。」
 「う、うん。」
 準はそんなところ行けるのかな、と思いましたが、怖がりだと思われたら嫌なので、速星くんがやるように草の根っこを足がかりにして、必死で後をついて行きました。

 「ほら、手につかまって。」
 「あ、ありがとう。…ふぅ。」
 速星くんに引っぱり上げてもらって、準もようやく登ることができました。そこは雑木林で、道らしいものは見あたりません。
 ふたりは、がさがさと落ち葉を踏みしめてあちこち歩き回りました。
 「どっちに行けばいいのかな?。」
 「そうだねえ…。」
 準が見上げると、木々の間から太陽が見えました。
 「日がこっちから差してるから…ええと、よくわからない。」
 「…。」
 「あ、そうそう。こうやって指をねぶって空にかざすと、風向きがわかるよ!。…でも、あんまり関係ないみたい。」
 「……。」
 「あ、あっち行ってみようよ。」
 なんだかすごくお間抜けなことを言ってしまったような気がして、準はあわてて今までと別の方向に歩き出しました。
 「あっ、待ってよ。」
 林はだんだん下りになり、準は木につかまりながら降りていきます。こんどは速星くんが後を追いかけます。しばらく歩くと、突然準の視界が開けました。
 「ねえ、こっちこっち!。うわっ」
 準は足を滑らすと、草の生えた斜面を転がり落ちてしまいました。
 「だ、大丈夫?。わっ」
 あわてて駆け寄った速星くんも、つまずいて準の上に倒れかかりました。
 「いててて…あっ。」
 ふたりは同時に声を上げました。そこは細い道になっていて、その下は準たちの見慣れた団地だったのです。
 「えへへへへ。」
 準と速星くんは、顔を見合わせて笑いました。

 「ねえ、どうして道があっちだってわかったの?。」
 通学路に戻ったところで、速星くんが聞きました。
 「えっ、それは、その…。そっちの方向に行ってみたかったからだよ。」
 「そう…。」
 準の適当な答えを聞いて、速星くんは何か考えているみたいでした。
 「ぼく、決めたよ。」
 「え?。」
 「さっき話しかけたこと。ぼく、サッカーのチームに入ろうかと思ってたんだ。だけど、お母さんがもう4年生だから、塾に行ったらって言うんだ。迷ってたんだけど、今決めたよ。ありがとう、羽犬塚くん。」
 「ぼ、ぼく、何もしてないけど…。でも、よかったね。」
 「うん。」
 ふたりはもう一度見つめ合うと、にっこりと笑いあいました。
 
 「また冒険しようね。」
 分かれ道に来たところで、速星くんが言いました。
 「うん。じゃあ、明日学校でね。」
 「…あ、そうそう。」
 家に向かって歩き出した速星くんが、振り返って言いました。
 「夜中にトイレに起きたときは、迷わず行った方がいいと思うよ。じゃあね。」
 …どきっ。
 「は、はははは。」
 何でばれたんだろう、とかぶつぶつ言いつつ、準はかなり遠回りして、ようやく自宅にたどり着きました。

 「ただいまー。」
 「おかえり。遅かったわね。」
 台所からお母さんの声がしました。
 「うん、ちょっとね。」
 準が靴を脱いでランドセルを置いて廊下をとたとた歩いていると、お母さんがリビングから出てきました。
 「ちょっと、準ちゃん。あなた、泥だらけじゃないの。」
 準が見ると、廊下に足跡がついています。準はあわてて靴下を脱ぎました。
 「制服汚しちゃだめって言ってるでしょ。もう、どこ行ってたの?。」
 準はおしりに泥が付いたズボンを脱ぎながら、いたずらっぽく笑いました。
 「えへへー。ないしょだよ。」
 「しょうがない準ちゃんね。汚れ物は、洗濯機に入れておくのよ。」
 「はーい」
 「明日までに制服が乾かなかったら、裸でランドセル背負って学校に行きなさいね。」
 「えーっ。」
 「冗談よ。」
 「よ、よかった。」
 「ほっぺにも泥が付いてるわ。顔を洗って着替えたら、おやつにしましょうね。」
 「はーい。ねえ、今日のおやつはなあに?。」
 「ゼリーとおまんじゅうがあるけど、どっちにする?。」
 「うーん。じゃあ、どっちも!。」
 「こらっ。」
 「へへへへへ。」
 準は頭をかいて笑いました。
 …今頃、速星くんは、お母さんにサッカーやりたいって言ってるのかな。
 速星くんが行きたい方向になればいいなあと、そっと願う準くんでした。 

第82話へもどる第84話へ