※このお話は、3年前のクリスマスウェブ用に構想していたものです。話中の出来事は、当時(2005年)のものです。ただし、準くんはその時点も今も4年生という設定は変わりません。
「どうした、準。なんだか元気ないな。」
夕食の時、お父さんが言いました。
「ううん。別に…。」
準が浮かぬ顔で返事をすると、横からお母さんが口をはさみました。
「学校で、お友達に何か言われたらしいのよ。」
「いじめられたのか?」
「ううん、そうじゃないけど…。ねえ、ぼくの名前の『準』っていう字、二番目って意味だよねえ。ほら、準優勝とか言うじゃない。だからぼく、何をやっても一番になれないんだ。」
「あれ、言わなかったかな?。そういう理由でつけたんじゃないよ。準って、訓読みだと『みずもり』って読んでね…」
「みずもりって、なんか漏らしちゃったみたい…。」
「水漏りか。ハハハハ。」
「ふふふ、じゃあ、準ちゃんにぴったりね。」
「あーっ。お父さんもお母さんも、やっぱりぼくのこと大事に思ってないんだ。うっうっ。」
「ごめんごめん。…あ、そうだ。」
お父さんは席を立つと、一枚の紙を持ってきて、まだ泣きべそをかいている準に見せました。
「?」
その紙には、「ミリオン・キャンペーン:星の王子さまに会いに行きませんか」と書かれていました。
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今から2年前の5月のことです。まだ2年生だった準に、お父さんが言いました。
「さあ、準。今から宇宙へ行くぞ」
「わあい、やったやったー。ぼく、お母さんにお弁当作ってもらおうっと。お菓子は何を持っていこうかな。ねえ、宇宙に行くのも、やっぱりおやつは300円までなの?」
「ハハハ。いや、残念ながら、行くのは名前だけだよ。」
「えーっ。なんだ。つまんないの…。」
「つまんなくはないよ。とても夢のある話だよ。今日打ち上げられるロケットM-V(ミュー・ファイブ)5号機には、第20号科学衛星MUSES(ミューゼス)-Cが搭載されていていてね、火星と木星の間の小惑星帯にある"小惑星(25143)1998SF36"という星を目指すんだよ。そしてね、その小さな星から、岩石のかけらを地球に持って帰るんだ。それを調べることによってね、太陽系の成り立ちや、普通コンドライト型の隕石(メテオライト)の起源がわかるんだよ。すごいだろ。」
「ふうん。なんだかよくわかんないけど、すごいねえ。…でも、それと名前が宇宙に行くのと、どう関係があるの?。」
「その衛星が小惑星に降りるときにね、ターゲットマーカーっていう球を先に落として、それを目標にして着陸するんだ。その球に、約88万人の名前を記したシートが包み込まれているんだよ。」
「球って、どれくらいの大きさなの?」
「そうだなあ、準が持ってるやつくらいかな。」
「ぼくのタマって。ヤだな、お父さんのエッチ!」
「アハハハ。準のタマなら、5人分くらいしか名前が書けないな。そうじゃなくて、ソフトボールだよ。」
「な、なんだ、そうだったのか。エヘヘヘ。」
「その88万人のなかに、お父さんが申し込んでおいたから、準の名前もあるんだよ。すごいだろ」
「うん。」
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「…そういうことだけど、準は憶えてるかな?」
「ぼく、そんな恥ずかしい間違いしてないもん。」
準が、顔を赤らめて抗議します。
「…でも、自分の名前が、どこかの星に着陸するなんて、ワクワクするね!」
「おお、準もやっと男のロマンがわかるようになったか。」
お父さんは、うれしそうに笑いました。
MUSES-Cは打ち上げ成功後、「はやぶさ」と命名されました。目的地の小惑星1998SF36には、日本で初めてペンシルロケットの実験に成功した故・糸川英夫博士にちなんで、イトカワという名前が付けられました。
そして、11月30日の日曜日の朝、準が眠い目をこすりながらリビングに行くと、お父さんがソファに座ってテレビを見ていました。
「おはよう。」
「おはよう、準。『はやぶさ』が着陸に成功したらしいぞ。」
「えっ、本当?」
準は、お父さんの横に座りました。
「ねえ、そのときの様子って、映ってないの?」
「何分前人未踏の未知の惑星だからな。先にカメラマンとか行ってたら、なんとか探検隊みたいで変だろう?」
「そうだけど。」
「でも、ちゃんとターゲットマーカーを落下させて、それを目印に降りたみたいなんだ。」
「じゃあ、ぼくたちの名前が、イトカワに着いて、そして、『はやぶさ』を導いたんだね!」
「そういういことになるな。」
あとで「はやぶさ」から送られてきた写真には、ごつごつした惑星イトカワの表面に、「はやぶさ」自身の影と共に、白く輝くターゲットマーカーが、確かに写っていました。準は、3億キロも離れた想像もつかない遠い宇宙で、自分たちの名前が記録されたボールが果たした役割を想い、何とも言えない感動を覚えたのでした。
その晩、準はお父さんと庭に出て、夜空を眺めていました。
「ねえ、イトカワって、どの星なの?」
「うーん、残念ながら小さすぎて、とてもじゃないけど見えないんだよ。」
「そうなの…。」
「青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星はめにみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。」
後ろから、いつの間にか二人の話を聞いていたお母さんが、歌うように言いました。
「何、それ?」
「仙崎(山口県長門市)出身の童謡詩人、金子みすゞの『星とたんぽぽ』っていう詩よ。彼女の詩を読んでいると、気持ちが純粋になるわ。」
「準は、サン=テグジュペリの『星の王子さま』を読んだことがあるかい?」
こんどは、お父さんが聞きました。
「ううん。」
「主人公の星の王子様がね、地球のキツネと仲良しになるんだ。仲良しになるってことは、他の誰かとは違う、特別な存在として相手を認めることだとキツネは言うんだ。王子にとって、そのキツネがかけがえのない存在に思えたときに、悲しい別れが訪れるんだけど、そのときキツネがこう言うんだよ。『本当に大切なものは、目には見えない』って。」
「…。」
「準って名前はね、偏らない心で誰にでも接することができるやさしい子になって欲しい、という願いが込められてるんだよ。そして、おまえはその通りに育ってくれているよ。二番目なんてことがあるものか。準はお父さんとお母さんにとって、何物にもかえられない、一番の宝物なんだから。」
「うん。」
お父さんとお母さんは、夜空を眺めている準の頭をなでました。
「さあ、寒いからもうお家に入りましょう。」
「うん。」
この宇宙のどこかには、準の名前が、両親のそれと一緒にあるのです。何とも言えない安らかな気持ちになって、準は、もう一度振り返って無数の星が瞬く空を見上げました。
「はやぶさ」は、その後26日にもう一度着陸を試み、サンプルが採取されたかどうかわからないまま、イトカワを離れました。
12月のある夜、準がお父さんに尋ねました。
「ねえ、『はやぶさ』は、ちゃんと地球に向かっているの?」
「うーん、それがねえ。通信できない状態らしいんだよ。」
「えっ。それじゃ、帰って来れないじゃない。」
「一時的なものらしいけどね。でも、燃料が漏れたり、いろんな所に不具合が見つかって、最初は2007年に帰還する予定だったのが、3年ほど延びるんだって。」
「そうなの…。」
準は、満身創痍で宇宙をさまよっている「はやぶさ」が、かわいそうになりました。
「そうだ!」
準はそう言って、窓際に飾ってあるクリスマスツリーから、ぴかぴか光を反射する金色の球を一つ取ると、庭に出ました。
準は、球を持って手を伸ばすと、空に向かって呼びかけました。
「おうい、はやぶさ、はやぶさ!」
準は、ターゲットマーカーのみんなの名前がイトカワに導いたように、地球から「はやぶさ」の名前を呼びかけることで、迷わず帰ってきてくれると思ったのです。
「あっ、流れ星だ。」
準には、わずかに光って消えていった流星は、「はやぶさ」が自分のことを見つけてくれた返事だと思えました。
「きっと、きっと帰ってきてね!」
準は、夜空に向かって大きく手を振ると、家の中に入っていきました。
クリスマスウェブから来られた皆様、遊来星図書室のMeteorと申します。このたびは、拙作をご覧いただきましてありがとうございます。昨年、一昨年と、お話をつけることができなかったので、今回久々の絵物語を描かせてもらいました。あまりクリスマスっぽくないお話で恐縮ですが、3年越しの作品をようやく完成することができました。一人ひとりが、目に見えない大切なものを見つめ直す聖夜であったらと思います。クリスマスウェブは今年で最後と聞き、こういう交流の場がなくなるのはとても残念ですが、来年もまたクリスマスをテーマに、何か描きたいと思います。最後になりましたが、主催されたまいなすさん、参加された皆様、ご覧いただいた方々にとって幸せなクリスマス、そして新年になりますよう、心からお祈りします。
WEB拍手←拍手、ありがとうございます(^^)。よろしかったら、感想などもお聞かせください。
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感謝
宇宙航空研究開発機構
日本惑星協会
AstroArts
星の王子様に会いに行きませんか
『はやぶさ〜不死身の探査機と宇宙研の物語』 吉田 武 幻冬舎新書
『星ナビ』2006年2月号 特集 「帰って来い!はやぶさ」
…その他、様々なサイトや報道を参考にさせて頂きました。ありがとうございました。
準の名前は、私の本名、それに、私の定位家族の名前と共に、87万7490人の一員として、今実際にイトカワにあります。 |